E2396 – 持続可能な図書館サービス「リモートライブラリー+事業」

カレントアウェアネス-E

No.415 2021.06.24

 

 E2396

持続可能な図書館サービス「リモートライブラリー+事業」

別府市教育部・森本悦子(もりもとえつこ)

 

●新図書館等整備計画の策定とコロナ禍による再考

  別府市(大分県)では,2019年度末に基本理念として,「ひとりひとりの暮らしと創造のよりどころへ」と掲げる新図書館等整備基本計画を取りまとめ,2023年度の開館を目指して事業を進める予定であった。この計画では,目指す図書館像のひとつとして,多種多様な関心を引き出す入り口となり,世代を超えた幅広い人たちが関わる接点やしかけによってさまざまな人や活動に出会い,地域の課題を解決できるコミュニティの場となることを重視していた。

  しかし,2020年春以降,新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い,1か所に人が集まることを避けるため,全国的に事業やイベントが中止や縮小となった。当市においても2020年度新図書館整備予算の執行を見合わせ,事業の進行が一時的にストップした。

  すでに,デジタル化やリモート化が急速に普及し,テレワークやオンライン教育など,実際には「場」に集うことのないリモート活動が至るところで進められるようになっており,多くの人にとって,分散型・リモート型といった新しい働き方やライフスタイルがすでに常態化していると言える。その中で,図書館の機能や役割について,ポストコロナの新しい社会の求めに対応し,リアルな場としての図書館の付加価値を向上させるため,冒頭の基本計画を再考することとなった。

●リモートライブラリー+事業実施の背景

  別府市立図書館の登録者数は,2021年2月1日時点で2万9,017人。2021年1月末時点の人口11万4,932人に占める割合は約25%と奉仕対象人口が同規模の自治体の52.0%(日本図書館協会『日本の図書館:統計と名簿2019』(2020))を大きく下回る。当市の図書館は本館のみで,従前からその立地やアクセスを主な要因とする利用率の低さを指摘されてきた。統計データからも,平素は,徒歩で来館可能な地域住民が長時間利用する割合が多いことがわかる。全域サービスの必要性を認識し,基本計画においても独自サービスの展開を課題として挙げてはいるものの,移動図書館車以外のサービスは行っていないのが現状である。

  そこで,普段,図書館を利用しない人々と本との接点を増やすため,市民が本と日常的に出会う環境を創り出すことが重要と考えた。基本計画で検討課題として挙げた全域サービスの仕組みについて,官民問わず施設の空きスペースを活用して配本することによって,コロナ禍以降の分散型・リモート型社会にも対応可能な持続可能なサービス提供が可能ではないかと具体的な仮説を立てた。そして,実証実験によって,その仕組みや市民ニーズを検証したのが,リモートライブラリー+事業である。

●検証内容

  2021年1月13日から2月19日の約1か月間,デスクと本を設架し,フリーWi-Fiやコンセントをセットにしたライブラリーデスクをまちなかに設置した。ライブラリーと,働く場,学ぶ場,おしゃべりする場,くつろぐ場など+αの場を融合させて,本との出会いを創る。その利用実態から,新しい時代における持続可能な仕組みやニーズを検証することが目的である。

  具体的には,別府市役所,別府駅,地元の老舗百貨店地下フードコートの3か所に,1か所あたりそれぞれ約40冊のビジネスや自己啓発に関する書籍,児童書などを設架した。これら3か所は,市内でも多くの人が利用する,あるいは結節点になる場所であり,それぞれの場の利用者や利用者が多い時間帯を意識した選書を行うことによって,本を介したコミュニケーションが生まれることを期待した。

  設置場所ごとの利用率や利用者の属性(性別,年齢,滞留時間)を比較・検討し,本格実施に向けたデータとして活用するため,AIによるカメラ解析システム(以下「IoTカメラ」)を設置した。IoTカメラ内で撮影した画像を解析し,上記データを収集するものであるが,画像は破棄されるので利用者のプライバシーは保護される。また,IoTカメラによる監視を行うため,設置場所は無人で貸出も行わなかった。

●検証結果

  3か所のうちで最も利用率が高かった別府市役所では,1日あたり約70人から90人の利用実績結果が出ている。他の2か所でもIoTカメラによる導線分析では,ひとりの人が本棚周辺を何度も回っている様子や,壁に向かう席の利用頻度が高いことなどが確認できた。

  IoTカメラの設置と併せて実施したアンケートの結果から,図書館を年に2度から3度利用するライトユーザーの利用が目立ったこと,30分以内の利用が8割以上を占めたことが特筆される。日ごろ図書館を利用しない層や「すきま」時間に本に接することが少なかった年代にもアプローチができたと捉えており,今後の図書館サービスの可能性を大いに感じている。

●今後の展望と課題

  より多くの市民に知識や情報を届けるために,リモートライブラリー+事業をきっかけにして,分散するライブラリーが新しいカタチとなるようにしたい。市民が市役所での手続き,通勤通学,買い物のついでの「すきま」時間に本に接することにより読書の楽しさや図書館の存在を意識するようになり,「かたまり」の時間に本を読む,困ったときに図書館に行くという行動変容が生まれることを期待している。

  また,分散するライブラリーそれぞれに特徴を付与することにより,別府のまち全体が図書館となり,新しい観光資源として域内回遊を促すコンテンツとなり得るのではないかと考えている。

  そのためには,サービスの質や管理の効率化を検証するとともに,リモートライブラリー+事業の本格稼働へ向けた諸課題を整理しなければならない。

Ref:
別府市教育委員会. 別府市新図書館等整備基本計画. 別府市教育部社会教育課. 2020, 101p.
https://www.city.beppu.oita.jp/doc/sisei/kakusyukeikaku/library_museum/keikaku_h31/honpen.pdf
別府市教育委員会. 別府市新図書館等整備基本計画. ポストコロナ版. [別府市], 2021, 39p.
https://www.city.beppu.oita.jp/doc/sisei/kakusyukeikaku/library_museum/report1.pdf
“別府市新図書館等整備基本計画 リモートライブラリー+プラス事業”. 別府市.
https://www.city.beppu.oita.jp/sisei/kakusyukeikaku/library_museum_plus.html
“リモートライブラリー+利⽤者アンケート結果”. [別府市], 4p.
https://www.city.beppu.oita.jp/doc/sisei/kakusyukeikaku/library_museum_plus/syukei.pdf