カレントアウェアネス-E
No.430 2022.02.17
E2472
シンガポールの新たな図書館サービス計画LAB25
関西館アジア情報課・河村真澄(かわむらますみ)
●はじめに
シンガポール国立図書館委員会(NLB)は2021年10月,2025年までの図書館サービス構想Libraries and Archives Blueprint 2025(LAB25)を発表した。
NLBは情報通信省傘下にあって,国立図書館,25の公立図書館,国立公文書館を運営する機関であり,これまでも時代に合わせた図書館情報政策を発表・実施してきた。
今回のLAB25では,ソーシャルメディアの普及や社会のデジタル化などによって学習や発見,読書のあり方が変容するなかで,NLBが国民にとって不可欠なものであり続けることを目指し,以下の4つの役割を掲げている。
- ラーニング・マーケットプレイスの構築(building a Learning Marketplace)
- 見識ある市民の育成(nurturing an Informed Citizenry)
- シンガポール・ストーリーテラーの触発(inspiring Singapore Storytellers)
- 平等をもたらす者であること(being an Equaliser)
紙幅の都合上,ここでは筆頭に挙がっているラーニング・マーケットプレイスの構築について紹介することとしたい。
●ラーニング・マーケットプレイスの構築の目標
NLBは,膨大な利用者と利用実績という既存の基盤を活かし,独自の顧客やコンテンツをもつパートナー(企業や教育機関)との提携を通じて,更に利用者の裾野を広げ,コンテンツの拡大・多様化を図ることで,NLBを生涯学習のためのナショナル・プラットフォームに発展させることを目指すとしている。
そして,以下に見る3つの領域を挙げている。
●プラットフォームの転換
第一に,既存のプラットフォームの転換が図られる。
従来の各図書館施設を軸としたサービスモデルが見直され,ショッピングモールや公園など,人々の生活空間のなかにNLBのデジタルコンテンツなどを利用できるサービスポイント(node)が設置される。
例えば,NLBは2021年10月以降,国内の10以上のショッピングモールとコラボレーションして体験型イベントを開催している。モール内には,ホラーなどをテーマにしたフォトジェニックな壁紙や等身大オブジェなどが設置され,それ自体がアトラクションであるとともに,そこに貼られたQRコードをモバイルアプリで読み取れば図書館が提供する電子書籍などが利用できる仕組みとなっている。
リアルな図書館の外側にサービスポイントを展開することで,図書館サービスの新たな利用シーンを生み出すとともに,発見や学習への入り口を広げ,新規利用者にアプローチするものである。
既存の図書館自体もまた,包括的なサービスを提供するハブとしての機能を担いつつも,新たな学習の場へとアップデートされる。すなわち,仮想現実(VR)などの最新技術を用いながら,デジタルコンテンツとリアルの図書館空間を融合させた,魅力的なフィジタル(Phygital)な学習体験を提供する図書館に生まれ変わる。
これらはいずれもデジタル技術を活用したものだが,単に利用者が図書館のコンテンツにウェブを通じてアクセスするのではなく,現実空間のなかにコンテンツへの入り口を埋め込むことで,新たなユーザー体験を創り出そうとするものであり,デジタル技術の活用方法として興味深い。
●学習コースの提供
第二に学習コースの提供を挙げ,個々の利用者への適切な学習リソース,学習プランの提供にも力を入れている。
生涯学習のためのポータルサイトLearnXが新たに立ち上げられ,学習重点分野(デジタル,キャリア,サステナビリティ,芸術,シンガポール,ウェルネス,科学,読書)ごとに,YouTube動画のプレイリスト,動画・ウェブコンテンツ・電子書籍などからなる学習パッケージ,参加型プログラム情報などが提供される。
ポータルサイト内では,学習重点分野の開発にも携わった同国の南洋理工大学の参加型プログラムも提供されるほか,他のパートナーとの提携も拡大する計画である。
LearnXで提供される情報は,個々の図書館資料の紹介からさらに進んで,パッケージとして学習コンテンツを利用者に示そうというものであり,情報が氾濫する現代における図書館の教育活動のあり方として注目される。
●学習コミュニティの支援
最後に学習コミュニティの支援が挙げられている。
例えば,前述のLearnXでは,NLBのもとで活動する学習コミュニティに関する情報も提供され,利用者は各コミュニティに参加することができる。
NLBとしても,会場スポンサー,ファシリテーター育成機会の提供などで活動をサポートするほか,同国の持続可能性環境省と連携したコミュニティなど,多様なパートナーとのコミュニティの開設も企画している。
目標に掲げられたラーニング・マーケットプレイスとは,単に情報集約の場に止まらず,多様な利用者やパートナーが新たな関係性を築くとともに,知識を共有する場でもあると言えよう。
●おわりに
今回はラーニング・マーケットプレイスの構築についてのみ取り上げたが,LAB25では他にも注目すべき目標が掲げられている。低所得層の子どもの読書・学習支援や高齢者のデジタル格差解消など,社会の平等を図るイコライザー(Equaliser)機能を今後の図書館の役割として明示しているのはその一つである。
LAB25の全体に関心のある人は,ぜひNLBウェブサイトを直接参照されたい。
Ref:
“The National Library Board announces its blueprint to reimagine and transform libraries and archives for the future”. SG Press Centre. 2021-10-20.
https://www.sgpc.gov.sg/media_releases/nlb/press_release/P-20211020-3
宮原志津子. シンガポールの新図書館情報政策-コミュニティーにおける公共図書館の役割-. 情報管理. 2014, 57(7), p. 457-467.
https://doi.org/10.1241/johokanri.57.457
“About LAB25”. NLB. 2022-01-07.
https://www.nlb.gov.sg/WhoWeAre/AboutUs/AboutLAB25.aspx
LEARNX.
https://learning.nlb.gov.sg