カレントアウェアネス-E
No.239 2013.06.20
E1443
司書課程でまち歩き 電子書籍「お散歩e本」制作プロジェクト
文学散歩や吟行などに代表される「まち歩き」のワークショップは,参加者がそれぞれの地域の特色を相互に学び合う上で有効な手法である。例えば京都まちづくりカフェの「図書館から始める文学まち歩き」における京都市東山図書館のように,「まち歩き」の取り組みに図書館が主体となってかかわる事例がある。このような状況を鑑みるに,司書課程のなかの教育プログラムのひとつとして,「まち歩き」を取り上げることも重要だろう。
筆者が「まち歩き」にかかわった例に,2012年の夏頃から2013年の年度末まで,愛知県田原市を舞台に進めていた,電子書籍「お散歩e本」の制作プロジェクトがある。プロジェクトの目的は,(1)地域の存在価値を目に見えるようにすること,(2)地域に密着した新たな図書館の具体的イメージを示唆すること,そして,(3)未来の「司書」教育のモデルを提示することの3項目であった。
本プロジェクトでは,事前準備から「まち歩き」のワークショップの開催,そしてその成果の電子書籍化にいたるまで,愛知大学と皇學館大学のそれぞれの司書課程の教員・学生に加え,田原市図書館が連携して実施した。
「まち歩き」のワークショップは,2012年8月24日に田原市清田・福江校区で開催した。参加者は,愛知大学から2名(教員1名と学生1名),皇學館大学から11名(教員1名と学生10名),田原市から2名(田原市図書館の館長1名と福江市民館の職員1名)の合計15名である。参加した司書課程の学生たちには,この活動を通じ,(1)地域社会や地域資料への興味関心を高める,(2)歩いた体験やその写真記録をもとにして地域に伝わる「ものがたり」を知る,(3)デジタル化による地域資料の活用方法を学ぶ,(4)図書館が情報発信を行う機関であることを確認する,などを期待した。
電子書籍の制作については,皇學館大学・愛知大学・田原市図書館の三者で作業を分担した。(1)皇學館大学の教員・学生は,電子書籍の内容となる文章の執筆,写真の選別,イラスト地図の作成など,素材となる部分を担当した。(2)愛知大学の教員・学生は,「お散歩e本」の全体的なレイアウトやEPUBファイルの作成など,用意された素材を電子書籍の形にまとめ上げる作業を担当した。(3)田原市図書館の職員は,文章の出典確認や参考資料の調査など,コンテンツをまとめる際の調整やサポートを担当した。
2013年2月21日には,「お散歩e本」の完成報告会を田原市内で実施した。報告会の前半では,筆者が基調講演「お散歩活動と電子メディアを活用したまちおこし」を行い,お散歩活動の一般的な現状とその意義について述べた。また,愛知大学の時実象一氏は,「『e本(電子書籍)』制作報告」と題して電子書籍の作成プロセスを報告し,田原市図書館の豊田高広氏は,「実験事業の目的と概要」として公共図書館と大学の司書課程との連携事業の関係について話をした。後半では,フルライトスペース株式会社の満尾哲広氏をコーディネータに加え,4名の登壇者による共同討議を実施し,電子書籍の制作を通じた「地域づくり」の可能性について話し合った。
このプロジェクトを振り返ると,「まち歩き」とその成果の電子書籍化は,図書館員を養成する上で,学生にとっても十分に実りあるものになったと考えている。学生たちは図書館員にとって必要な,地域社会に対する興味関心を育むことができ,また,公共図書館との協働によって,電子書籍化という地域資料の活用方法を学ぶことができた。そして,公共図書館と大学の司書課程が協働することで,学生視点での「地域社会の再発見」を促すことができたということは,別の見方をすれば,図書館員の視点での「大学における司書教育の現状確認」の機会でもあったことをも意味している。
とはいえ,現状では人数の関係もあり,正規のカリキュラムとしてすべての履修学生を対象にするには至らなかったのが反省点である。実施方法についてはさらなる検討が必要だろうが,全国各地で同様の展開が可能なモデルケースになりうると考えている。
(皇學館大学文学部国文学科・岡野裕行)
Ref:
https://www.facebook.com/machiaruki.higashiyama
http://2013.libraryfair.jp/node/1275
http://www.city.tahara.aichi.jp/section/library/info/osanpo_ehon.html
http://www.city.tahara.aichi.jp/section/library/info/e-hon1302.html