カレントアウェアネス-E
No.382 2019.12.19
E2211
第16回電子情報保存に関する国際会議(iPRES2019)<報告>
関西館電子図書館課・工藤哲朗(くどうてつろう)
2019年9月16日から20日までの5日間にわたり,第16回電子情報保存に関する国際会議(iPRES2019;E2085ほか参照)がオランダ・アムステルダムのアイ映画博物館(Eye Filmmuseum)で開催された。2004年に「中国・欧州電子情報保存ワークショップ」として始まったiPRESは,電子情報の保存に係る政策や具体的な事例の紹介,国際組織からNPO団体のような比較的小さな組織の活動まで,様々なトピックを幅広く扱っており,参加者の属性も,図書館員やアーキビスト,研究者のほか,大学関係者やシステム開発者など多様である。今回の会議の参加者は,開催国オランダをはじめ,欧州や北米を中心に400人以上を数えた。日本からの参加者は4人で,国立国会図書館からは筆者が参加した。
今回の共通テーマは,電子情報保存の分野における最先端や,他分野との連携などを念頭に「地平線を見つめる(Eye on the Horizon)」と設定された。加えて,関係機関等への事前アンケートを参考に「連携協力」,「持続可能性」,「新地平の探求」,「能力・コミュニティの構築」,「最先端:技術インフラと実装」という5つのサブテーマが設けられた。これらは大まかながら,現在この分野において活発に議論されているトピックを示すものと考えられる。
会期中は,複数のセッションが同時並行で進んだ。以下では,時系列に沿いつつ,筆者が参加したセッションの中から印象的だったものを中心に報告する。
会議1日目は,主にチュートリアル(講義)やワークショップが行われた。筆者が参加した「保存メタデータワークショップ」では,『PREMIS保存メタデータのための辞書』及びMETS(Metadata Encoding and Transmission Standard)といった既存のメタデータ標準に加え,2018年に策定が開始されたOCFL(Oxford Common File Layout)の概要が紹介された。OCFLは,機関リポジトリ等のストレージにおける構造的で透明性の高い電子資料の保存・管理方法に関する標準で,完全性(保存されたファイルさえあればリポジトリを再構築できる),解析可能性(人間,機械双方の可読性があり,特定のソフトウェアに依存しない),堅牢性(エラー,ファイルの破損,マイグレーションに耐えうる),バージョン管理(リポジトリ内のファイルに対する変更の記録を追える),ストレージの多様性(クラウドを含む多様な形のストレージに対応できる)という5つの要件を備えるとされる。実際の運用では,保存された電子資料に変更が加えられるごとに,差分となるファイルがストレージに追加され,資料の構成や不変性,変更履歴に関する情報はJSON形式のインベントリ・ファイルに記録される。策定作業は英米の大学図書館関係者を中心に現在も進行中だが,ベータ版は既に公開されている。今後はオープンソースのリポジトリプラットフォームFedoraでの実装や,デジタル・アーカイブにおける情報パッケージの標準化などを進めるプロジェクトE-ARK4ALLとの連携なども予定されており,動向が注目される。
2日目から4日目は主に事例報告,パネルディスカッションが行われた。
電子情報の長期保存システム構築の指針を示した国際規格「OAIS参照モデル」(CA1489参照)に関する事例報告セッションでは,第3版となる同モデルの改訂案について報告があった。改訂作業はウェブ上で誰もが参加できる形で進められ,最終的に集まった200以上の改訂提案はほとんどが承認されたという。また,今回の改訂での主な変更点として,保存に関わる様々な情報を照査する“Preservation Watch”機能や,複数の機関等の連携を想定したアーカイブ間の相互運用性に関する記述の追加が言及された。今後,改訂案は宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)及び国際標準化機構(ISO)に提出され,審議される見通しである。
リスクマネジメントに関する事例報告セッションでは,電子情報保存のためのストレージに関する基準“Digital Preservation Storage Criteria”とその利用ガイドの概要説明があった。この基準は過去のiPRESのワークショップでの議論などを基に生まれたもので,現在の第3版はコンテンツの統一性,コスト,セキュリティ,透明性等の観点に基づいた61の項目からなる。一方で利用ガイドは,リスクマネジメント,複製されたデータ間の独立性,ビット列の安全性確立,コスト分析の4つの観点から,上記基準を利用した意思決定を助ける文書として紹介された。両者の利用に際しては,各機関の事情に合わせて項目を取捨選択する必要はあるが,新たなストレージの構築や選定,現在使用しているストレージの点検などの場面で参考となるものと思われる。
国立図書館における電子書籍の保存に関するパネルディスカッションでは,まず米国,カナダ,英国,ドイツの国立図書館職員が自館における収集・保存に係る体制や,各国での制度整備の状況を説明した。各館ともワークフローの効率化・自動化を進めつつある様子がうかがわれるとともに,収集・保存対象となる資料の幅の拡大には総じて意欲的である印象を受けた。一方,続く議論の中では,各館共通の課題として対象資料の急激な増大や,多様化するフォーマットへの対応などが挙がった。
上記に加え,3日目のポスターセッションでは,ファイルフォーマットの旧式化度判定の手法,チェコでの光ディスク資料保存に向けた連携事例,日本の機関リポジトリが保有するPDFファイルの長期保存適性調査等の発表があった。また,3回の基調講演では,調査報道サイトBellingcatのヒギンズ(Eliot Higgins)氏をはじめ多彩な人物が登壇したが,これは電子情報保存をより広い社会的文脈に位置づけようとする試みとも捉えられるだろう。
5日目には,iPRES初の試みとして関連機関の見学会が行われ,オランダデジタル遺産ネットワーク(Dutch Digital Heritage Network)加盟の14機関が会議参加者の見学を受け入れた。筆者はアイ映画博物館のコレクションセンターを見学し,映画フィルムの保存や修復,デジタル化の現場を目の当たりにするとともに,こうした催しを実行できることに,オランダにおける電子情報保存コミュニティの広がりと盤石さを実感した。
そのほか,会期中はハッカソン,ライトニングトーク,ITベンダー各社による自社製品紹介など,多様な形式のセッションが開催された。それぞれの詳細な内容は,同会議ウェブサイト上の会議録等で参照できる。
次回,第17回となるiPRES2020は,中国・北京で2020年9月21日から24日まで開催される予定である。
Ref:
https://ipres2019.org/
http://www.ipres-conference.org/
https://ipres2019.org/program/conference-programme/
http://www.las.ac.cn/cedp/index_en.html
https://ocfl.io/
https://e-ark4all.eu/
http://review.oais.info/
https://doi.org/10.17605/OSF.IO/SJC6U
https://www.netwerkdigitaalerfgoed.nl/en/
https://ipres2019.org/program/proceedings/
http://ipres2020.cn/
E2085
CA1489