E2100 – 第66回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.362 2019.01.31

 

 E2100

第66回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

 

    2018年11月4日,沖縄県中頭郡の琉球大学において第66回日本図書館情報学会研究大会シンポジウムが「図書館情報学の歴史研究の今とこれから」と題して開催された。当日は,コーディネーターの吉田右子氏(筑波大学)による趣旨説明に続き,第一部は基調講演,第二部は,3人のパネリストの話題提供の後,三浦太郎氏(明治大学)の司会により質疑応答が行われた。以下,基調講演及び話題提供の内容について報告する。なお,報告の詳細については『日本図書館情報学会誌』にも掲載されるので,そちらも合わせて確認して頂きたい。

    第一部では基調講演として川崎良孝氏(元京都大学)より「図書館の歴史研究の現状と展望:アメリカ図書館史研究を例に」として,米国の公立図書館史研究を中心に,図書館史の研究状況について3つのテーマに基づいて講演が行われた。

   まず,川崎氏は公立図書館史研究の4つの世代として,資料自体に歴史を語らせる素朴実証主義による第一世代,シカゴ学派の影響のもと社会要因理論を提唱した第二世代,ハリス(Michael Harris)の修正解釈,ギャリソン(Dee Garrison)の女性化理論が登場した第三世代,ウィーガンド(Wayne A. Wiegand)の人権やジェンダーに視点をおいて,歴史的事象の裏に潜むことを明らかにしようとする批判理論が登場した第四世代があることを指摘した。

    次に,図書館史研究の基本的な視座となりうる事例が紹介された。例えば,ホンマ(Todd Honma)による,白人自身が白人特権を認識していないために,その特権が意識されていない“Whiteness Studies”という見方が紹介された。

    そして学術研究としての図書館史研究について,少なくとも米国公立図書館史では,これまでの第二,第三,第四世代の研究を踏まえ,人種,ジェンダー,階級を意識しつつ,研究者自身が抱く歴史的解釈との緊張関係を元に個別の研究論文が発表されていくだろうとの見通しが示された。

    続いて第二部では,三浦氏から図書館史研究の状況についての整理が行われた。まず図書館情報学における図書館史研究は,図書館にかかわる現象を歴史学的方法で捉える研究領域であり,図書館に関わるあらゆることについてそのルーツに遡って現在を考えることであるとの定義が紹介された。その上で歴史学研究者の須田努,有山輝雄の指摘から,歴史学とは現代的課題,政治的課題,社会との緊張感を持つ現在に繋がる学問であることが紹介された。

    1番目のパネリスト福井佑介氏(京都大学)からは,「図書館思想の歴史研究:研究の視座,方法論,解釈」として,自身の研究の解釈について取り上げながら,研究の視座や方法論について説明が行われ,過去の言説が歴史的・社会的状況に規定されている側面を見逃さないこと,さまざまな「べき」論を考える上で,その議論の前提を問うことの必要性が確認された。そのことは,議論を相対化させることにも繋がるため,意識的に問題設定や研究対象を設定するべきだと述べられた。

    また基調講演の川崎氏の議論と比較して,日本の公立図書館史研究では図書館の基本的性格に関する解釈はされているのかとの問題提起が行われ,「戦前は思想善導,戦後は開かれていくと言った程度」の解釈の相対的な「弱さ」があることが指摘された。その上で,一定の時間軸を持つ公立図書館史研究は概説的になってしまう傾向があり,制度史的な側面が重視され,戦後史には言及がないか,扱わない傾向があると述べられた。その上で,福井氏の著書についてどのような方法が用いられたかの説明が行われた。

    2番目の杉山悦子氏(都留文科大学)からは「学校図書館の歴史研究における視座と方法:沖縄研究からの問い」として,沖縄の学校図書館史研究について,教育政策側,学校教育現場,学校図書館現場の状況についての説明が行われた。沖縄という地域の特徴について,後進的であるという歪められたイメージにより,沖縄の図書館は1960年代以降に日米の支援により発展したという見方がされるが,それは固定化された沖縄のイメージによるものであり,実際には沖縄独自の展開があったという。

    その上で,1950年代の沖縄の学校図書館史について杉山氏の研究状況が説明された。沖縄を研究することは,地域を対象とするのではなく,地域から正史(中央)を問い直すことにもつながること,学校図書館の研究の課題として運動史的な見方の呪縛からどう脱却するかを含め,館種を超えた批判的歴史的検討の必要性が提唱された。

    3番目の汐崎順子氏(慶應義塾大学)からは「児童サービス史の研究とオーラルヒストリー:調査の意義と難しさ」として,オーラルヒストリーの方法論について紹介された。元々図書館職員であった汐崎氏は実践者と研究者の立場の違いによる児童サービスの捉え方(認識)の差を痛感したことから,さまざまなバイアスの存在を前提に歴史を考えることとなったという。

    その上で,汐崎氏は児童サービスのキーパーソンであった小河内芳子や小河内に関わりのあった人物に対するオーラルヒストリーの事例を紹介し,それぞれの事例でどのような研究方法が採られたかを説明した。その上で,オーラルヒストリーの意義として,情報収集の対象は「人」であり,調査者の問いかけによる能動的な情報発掘の可能性を持つこと,文献資料や統計資料と照らし合わせて調査作業中に内容確認・批判作業ができること,文字資料には「残せない情報」を得る可能性があることが紹介された。一方,問題点として,得られる情報は人の「認識力」と「記憶力」に基づくこと,調査者との仲間意識からくる共通した思い入れへの発言,話題のベクトルの偏向性,当事者へインタビュー調査できる時期には限りがあることが紹介された。

    話題提供の後に行われた質疑応答では,オーラルヒストリーの聞き手としての姿勢,沖縄と本土の学校図書館法の違い,今後の日本の図書館史研究の方向性,米国での図書館史研究とメディア史研究との連携についてやり取りが行われた。学会のシンポジウムとして,学説や研究動向を丁寧に踏まえながら展望を示した点で意義深いシンポジウムであったと考える。

白百合女子大学基礎教育センター・今井福司

Ref:
http://jslis.jp/events/annual-conference/
https://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000273
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http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028000656-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028035076-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007590494-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026645406-00
https://doi.org/10.20651/jslis.61.2_96
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008717076-00