E1706 – Elsevier APAC eBooks Forum 2015における発表報告

カレントアウェアネス-E

No.288 2015.09.10

 

 E1706

Elsevier APAC eBooks Forum 2015における発表報告

 

 2015年7月9日と10日にオーストラリアのブリスベンでElsevier APAC eBooks Forum 2015が開催された(E1600E1605参照)。このフォーラムは,アジア太平洋地域の図書館関係者やElsevier社員が電子書籍サービスについて情報交換を行う機会となっている。第5回目となる今回は“eBooks – Putting Librarians and Researchers ‘In the Know’”という全体テーマを掲げ,約30名の参加者が集い,8本のプレゼンテーションや,資料収集における投資対効果(Return On Investment:ROI)に関するグループディスカッションが行われた。

 本稿では,筆者らが他国の関係者に対して何を伝えてきたかという点を中心に紹介したい。

 小泉は“Strategic Management for Libraries In the E-Resource Era: A Glimpse into the Future”と題し,図書館の経営戦略とそれに強く影響を与えている環境について説明した上で,大学図書館において,今後電子書籍が利用されるために図書館経営者はどうすべきかについて,3つの法則を挙げ,それらを基礎に論じた。

 第一の法則は,「図書館における経営戦略と組織は資料形態によって規定される」である。ここでは米国における図書館の事例を基礎に,これまでの図書館の経営戦略が大学・公共図書館とも資料形態の変化と連動して構築されてきたことを説明した。つまり図書館経営者は,まずは現在あるいは将来の市場で普及している資料形態の特徴とその流通量に応じて,経営戦略と組織を考える必要がある。なぜなら利用者でさえも,市場で普及している資料形態の変化に強く影響を受けるからである。

 第二の法則は,「図書館の中核的な知識や技能は将来の図書館にも適用できる」である。例えば,米国マサチューセッツ大学アマースト校図書館では,仕事量が減った業務(テクニカルサービス)を担当していた図書館員を新しいサービスの部署(電子資料に関連する部署)に異動させることで,その活用に成功してきた。大学図書館に関する中核的な知識・技能は,図書館員自らが進化させてきた経緯があり,図書館経営者はその中核的な知識や技能とそれを持つ図書館員を活かす必要がある。

 第三の法則は,「電子書籍の普及には,キャズム(chasm:大きく深い溝)を乗り越える必要があり,その鍵は利用者が握る」である。このキャズムとは,商品(特にハイテク商品)の普及の初期段階で事業者が陥りやすい罠のことで,ムーア(Geoffrey A. Moore)がそう表現した。例えば,日本ではこれまで電子書籍元年と何度か呼ばれてきたが,実際には電子書籍が普及してこなかった。これは,これまで日本の一般市場を対象とした電子書籍関連企業(特に電子書籍端末の製造企業)がキャズムに陥っているといえる。しかし,これが米国の学術図書となると少し事情が変わってくる。米国の学術図書の電子版は,大学図書館のシステムなどにも組み込まれ,少しずつ普及のフェーズに入ってきているようにもみえる。日本の大学図書館で,キャズムを乗り越え,電子書籍をさらに普及させたければ,大学図書館員が利用者の実態をより把握し,自らのサービスを学術図書出版社や関連企業と一体となって改善させていく必要がある。そうすることで,大学図書館員が,少なくとも学術図書の電子版の領域で先導的な役割を果たすことが可能になる。

 林からは“Discovery is not enough: from an experience of a research library in Japan”と題し,電子書籍の発見可能性(discoverability)をテーマに事例報告を行った。

 日本の大学図書館における電子書籍サービスの現状や,ディスカバリーサービスで電子書籍が探しづらいという実感を述べ,メタデータや検索の観点からいくつかの課題とその原因について論じた。一般に電子書籍へのナビゲーションには,タイトルリスト,OPAC,ディスカバリーサービス,電子書籍ベンダーのウェブサイトの4種類がある。それぞれ一長一短であるため,現時点ではまだまだ電子書籍のMARCレコードをOPACに取り込む必要があるが,電子書籍ベンダーやMARC提供サービスから入手できるメタデータの品質は必ずしもリッチではないことが問題だと痛感している(そのため,例えばファセットナビゲーションを効果的に活用できない)。このようなメタデータの問題に,電子書籍の提供数が少ないという日本の事情が重なって,利用者がOPACやディスカバリーサービスでキーワード検索した際に電子書籍と出会いづらくなってしまっていると考えている。

 将来的には,SummonやEBSCO Discovery Serviceのように日本でも導入の多いディスカバリーサービス(CA1772参照)において,Maruzen eBook LibraryやEBSCOhost eBook Collectionといった日本語の電子書籍が横断的に全文検索できるようになることを期待したい。

 筆者らの発表の他,オーストラリアのエディスコーワン大学図書館,オーストラリア国立大学図書館の事例報告や,米国コロラド大学デンバー校図書館長のサマービル(Mary M. Somerville)氏の講演が行われた。プレゼンテーションの資料はすべてフォーラムのウェブサイトで公開されているので,参考にされたい。

筑波大学図書館情報メディア系・小泉公乃
九州大学附属図書館eリソースサービス室・林豊

Ref:
http://asia.elsevier.com/elsevierdnn/ElsevierAPACeBooksForum2014/ElsevierAPACeBooksForum2015/tabid/2744/Default.aspx
http://doi.org/10.1002/asi.22847
http://mslis.jp/article/LIS068001
E1600
E1605
CA1772
Moore, Geoffrey. Crossing the Chasm: Marketing and Selling Disruptive Products to Mainstream Customers. 3rd ed., HarperBusiness, 2014, 288p.