E1392 – 例外規定の適切なあり方をめぐって―英国の著作権法改革

カレントアウェアネス-E

No.231 2013.02.07

 

 E1392

例外規定の適切なあり方をめぐって―英国の著作権法改革

 

 英国政府は2012年12月20日,知的財産制度の見直しに関する報告書“Modernising Copyright: A modern, robust and flexible framework”を公表した。

 2006年以来(E582参照),英国では,著作権法(「1988年著作権,意匠および特許法」;CA658参照)の例外規定―すなわち,著作権者に断ることなく利用者が自由に著作物を使える条件―について検討が重ねられてきた。2011年の報告書“The Government Response to the Hargreaves Review of Intellectual Property and Growth”(E1206参照)で見直しの方向が定められ,その後のパブリックコメント募集などを経て,今回の報告書によって一連の検討に終止符が打たれることになる。この報告書に基づき,政府は2013年内に,著作権法の解釈と運用に相当する委任立法(Statutory Instrument)の草案を作成するとしている。

 報告書冒頭の要旨では,英国における著作権制度の枠組みについて,3つのあるべき姿を示している。

  • flexible:著作物の利用を妨げる障害を取り除き,それによってイノベーションと成長を支えることのできる柔軟なもの
  • modern:現在および将来の技術から生じる課題にうまく対応できる現代的なもの
  • robust:創作者や権利者が,これまでと同じように英国内で活動を続けることで,適切なインセンティブを得られることを保証する堅牢なもの

 報告書では,10の個別論点が取り上げられているが,いずれもこの3つに立脚した方針が示されている。デジタル技術の発展によって生じる例外規定の様々な「グレーゾーン」について明確な判断を下すことで,最新の技術に追いついていないという点で諸外国に劣ると評される英国の知財関連法制を整備する。それによって,研究基盤を強化するだけでなく,ビジネス環境としての魅力を高めることで,英国の経済成長を促そうとする意志が表れている。以下では,個別論点から3点を挙げ,概要をまとめる。

 まず,私的複製については,本報告書では現行法によって認められている行為と,多くの人々が妥当と考えている行為の間に,明らかな差異があると認めている。その上で,法改正では,いかなる著作物に対しても,どのような媒体を用いる場合であっても,私的使用のためであれば複製が認められることを明示するとしている。例えば個人が購入した音楽CDについて,その中身を携帯電話やパソコンに移したり,さらには個人用のクラウドストレージ上にアップロードすることも可能となる。また,ハードディスクなど,録音や録画の可能な機器への補償金制度(日本での私的録音録画補償金制度に相当する)を設けないことも記されている。

 次に,データマイニングやテキストマイニングを目的とする複製については,非商用の研究目的で著作物の内容に関する技術的分析を行う場合に限り,文献等へのアクセス権限を持つ者は,複製をしても著作権侵害にならないとするよう例外規定を見直す方針であることが記されている。2011年のHargreaves Reviewでは,非商用目的でのデータマイニングのための複製を認めるとともに,研究文献へのアクセスに際して,データマイニング目的での利用を契約上できないようにすることの多い現状は改められるべきだとされた。これに対して,学術出版社の側からは,技術的な課題や,学術出版社自身が提供しているデータマイニングサービスへの悪影響などを理由とする反対意見が多く挙がった。しかし,政府は,この改正により年間1億2,400万ポンドの便益が研究者にもたらされるとともに,英国の研究基盤の強化にもつながることを重視した。

 資料保存を目的とする複製については,現行法では,図書館と文書館による,文芸・演劇・音楽著作物(ここには台本や楽譜が含まれるが,視聴覚資料は含まれない。)の複製だけが認められているが,その行為主体が博物館や美術館に,複製対象も映画や写真,放送,録音物といったあらゆる著作物にまで拡大されることが明示された。これまで,図書館や文書館は著作権者の許諾を得て,例外規定に属さない資料を保存のために複製してきた。多くの場合,著作権者は無償でそれを許諾していたが,法改正が実現すれば,許諾を得るためのコストが不要となる。この例外規定の拡大は,Hargreaves Reviewで述べられていたものであるが,図書館や美術館だけでなく,著作権者の側からもおおむね好意的に受け止められたと報告書では述べられている。

 これらの論点の他にも,教育目的での著作物利用における制度の改善や,パロディのための著作物利用をめぐる議論など,報告書には興味深いトピックが並んでいる。日本で現在行われている著作権法制に関する議論にも重複する論点が多くあり,参考になるものであると言えよう。

(調査及び立法考査局調査企画課連携協力室・澤田大祐)

Ref:
http://www.ipo.gov.uk/response-2011-copyright-final.pdf
Jonathan Griffiths, Uma Suthersanen. “英国における権利の制限および例外規定の動向.”著作権侵害をめぐる喫緊の検討課題II. 高林龍編. 成文堂, 2012, p.1-41.
CA658
E582
E1206