E1318 – セルフアーカイブの影響を調査するPEERプロジェクトが終了

カレントアウェアネス-E

No.219 2012.07.26

 

 E1318

セルフアーカイブの影響を調査するPEERプロジェクトが終了

 

 PEER(Publishing and the Ecology of European Research)プロジェクトが活動を終え,2012年6月に最終報告書を公表した。同プロジェクトは欧州連合(EU)の支援の下,大規模・体系的なセルフアーカイブが欧州における研究の生態系に与える影響を調査してきたものである。図書館・リポジトリコミュニティ,学術出版社,研究所,研究助成団体という様々なステークホルダーが参加し,2008年9月から2012年5月まで45か月間にわたって活動してきた。

 プロジェクトは大きく分けて著者原稿の大規模収集・処理基盤構築実験と,公募によって決められた3つの調査(PEER Research)の2つの柱から成る。

 このうち前者ではメタデータや著者原稿の登録,エンバーゴ(セルフアーカイブ禁止期間)の管理等を一元的に行うシステム“PEER Depot”を構築し,登録された論文をリポジトリに自動配信する実験が行われた。実験には12の出版社,241雑誌からメタデータと著者原稿が提供された。その全体の約半数に当たる53,000件のうち,責任著者の所在がEUで,エンバーゴの切れた論文約19,000件が参加リポジトリへ配信された。一方で,残り半数の論文について,出版社から著者に対し原稿の登録依頼が行われた。しかしこちらは登録率が2%にも満たない結果に終わった。

 もう1つの柱であるPEER Researchでは英国・ラフバラ大学の研究チームによる論文著者と読者の行動調査(Behavioural Research),イタリア・ボッコーニ大学のチームによる経済性調査(Economic Research),英国・CIBER Research社による利用調査(Usage Research)の3つの調査が行われ,それぞれ報告書が出されている。

 行動調査(E1234参照)では,オープンアクセス(OA)とセルフアーカイブを結びつけて考える研究者は少数であることや,読者としての研究者は最終版ではない論文について中身の信頼性や引用して良いのか等の疑念を抱くこと,研究者はリポジトリについて既存の出版・流通を置き換えるものではなく補完するものと捉えていること等が示された。

 経済性調査では出版社やリポジトリ運営機関のコスト構造を分析している。査読・出版コストの詳細が明らかにされたほか,リポジトリには計上されていない多くの隠れたコストがあることが示された。また,OA雑誌とリポジトリの増加・普及に伴い,購読出版だけではなくOA関係者も,持続可能性と競合の問題にさらされていることが指摘されている。

 利用調査ではPEER Depotにより登録された論文に基づき,同一論文の出版社版(電子ジャーナル)とリポジトリ版(著者原稿)の利用状況の比較と,リポジトリ公開が出版社版の利用に与える影響の比較試験が行われた。前者ではリポジトリ版の利用回数は出版社版の11.5%にとどまったことや,出版社版の利用の伸びの方がリポジトリ版より大きかったこと等が示された。後者の比較試験ではリポジトリ版の一部の本文を非公開にした上で,リポジトリ版の公開/非公開で出版社版の利用回数が異なるかを分析した。その結果,リポジトリで公開しても出版社版の利用は減らないどころか有意に多くなっており,リポジトリと出版社が単純な二項対立関係にはないことが示された。

 プロジェクト全体の最終報告では以上を踏まえ,プロジェクト参加者間で合意が得られた点をまとめている。その中では著者によるセルフアーカイブの限界,研究者が最終版を好むこと,セルフアーカイブされた論文の利用シナリオは予想以上に複雑であること,そして今後のセルフアーカイブに関する議論の中ではOA出版も考慮に入れるべきこと等が述べられている。セルフアーカイブの影響調査のまとめでOA出版に言及していることは奇異にも感じられるが,PEER Depotの実験や行動調査・利用調査の結果から,著者によるセルフアーカイブが一筋縄ではいかないことが示されたためと考えられる。参加機関それぞれが出した提言を見ると,もっともOA出版に積極的に言及したのはドイツのゲッティンゲン州立・大学図書館である。同図書館ではセルフアーカイブとOA出版は1つに収斂していき,リポジトリはセルフアーカイブの場から機関ごとのOAポータル,インフラとしてのミッションを担うものへと拡大している,と述べている。

 大規模な実験や複数の調査を通じ,多くのエビデンスを提供したPEERプロジェクトの意義は大きい。合意事項としてまとめられた点は今後のOA,リポジトリを巡る活動に影響を与えるものとなるだろう。

(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・佐藤翔)

Ref:
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/20120618_PEER_Final_public_report_D9-13.pdf
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/PEER_D4_final_report_29SEPT11.pdf
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/PEER_Economics_Report.pdf
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/20120618_D5_2_PEER_Usage_Study_6_Month.pdf
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/20120618_D5_3_PEER_Usage_Study_RCT.pdf
http://www.peerproject.eu/reports/
http://www.peerproject.eu/fileadmin/media/reports/PEER_Executive_Partner_Statements_29_May_2012.pdf
E1234