2021年1月1日付の米国科学振興協会(AAAS)のScience誌Vol. 371, Issue 6524掲載の記事として、“Open access takes flight”がオープンアクセス(OA)で公開されています。
同記事は、欧州を中心とした研究助成機関のコンソーシアムcOAlition Sのイニシアティブ「プランS」が、2021年1月に発効したことを受けたものです。プランSに対して、購読モデルを基盤とした学術出版の伝統を覆すためのOA運動の現れである一方で、地理的な広がりの停滞、財政的な持続可能性への疑義等の問題点も存在することを指摘しつつ、研究成果物のOA化を巡る最新の論点をテーマ別に解説しています。記事は主に以下のことを指摘しています。
・OAが被引用数に与える影響範囲は一部のスター論文に限られるという指摘がある一方で、ダウンロード数・ビュー数・ソーシャルメディア等における非学術的な言及にはOA論文が優位であるという指摘があり、この点でOAは学術論文の著者に恩恵を与える。また、学術雑誌には研究機関に所属しない読者も一定の割合で存在し、こうした読者層へ研究成果を届けやすいという点もOAが著者に与える恩恵と言える。
・ゴールドOAを推し進める転換契約の締結が年々増加しており、2020年には137件が締結されている。リポジトリ等へのセルフアーカイブによるグリーンOAについて、プランSは著者最終稿を即時OA化するという妥協案を認めているが、これらの原稿にCC BY相当のライセンス付与の義務を追加したことで、一部の出版社は論文の自由閲覧を拡大し購読料収入を脅かすものであるとして批判している。
・研究者が論文処理費用(APC)として使用できる財源は所属機関に大きく影響される。例えば、欧州の研究者がハイブリッド誌でOA化した論文の50%は所属機関の資金がAPC支払に活用されているが他の地域ではわずか25%である。また、特にハイブリッド誌においてAPCの価格は需給に従って設定されておらず、出版社はOAへの完全移行による購読料の減少を補填するためAPCを引き上げる可能性がある。cOAlition Sは価格透明性を求めることでAPCの価格上昇を抑止しようとしている。
・OAが特に活発な欧州でもプランSは異例の動きであり、全面的なOA推進が行われているわけではない。SPARC Europeの調査によれば、OA方針を未策定、OA状況のモニタリングを未実施の研究助成機関が相当の割合で存在する。また、複数の調査で、研究者は権威のある学術雑誌での論文発表やテニュアの獲得等をOAによる研究成果の出版よりも優先していることが指摘されている。
・転換契約は内容の詳細が非公開であることが多く、また機関独自の購読パッケージをしばしば含むため契約コストの比較が困難である。米・カリフォルニア大学図書館が2016年に指摘した、購読モデルからOA出版モデルへの転換に伴う研究集約型大学を中心とした機関の財政に与える懸念は現在も重大な課題である。
・研究成果のOAによる出版が一般的になると、APCを捻出可能な先進国の特定分野の研究者にのみ恩恵が偏る可能性がある。また、購読料収入に依存する小規模な非営利団体も打撃を受ける。研究成果の出版に関する財政コストの管理の議論は未だに継続しており、多くのOAの擁護者は、機関の研究評価者が権威ある学術雑誌での出版を重視する意識を改めることで、OA出版に係る費用の低下が期待できると主張する。
Brainard, Jeffrey. Open access takes flight. Science. 2021, 371(6524), p.16-20.
https://doi.org/10.1126/science.371.6524.16
参考:
CA1990 – 動向レビュー:プランS改訂版発表後の展開―転換契約等と出版社との契約への影響 / 船守美穂
カレントアウェアネス No.346 2020年12月20日
https://current.ndl.go.jp/ca1990
CA1977 – 動向レビュー:学術雑誌の転換契約をめぐる動向 / 尾城孝一
カレントアウェアネス No.344 2020年6月20日
https://current.ndl.go.jp/ca1977
E2346 – 著作権とライセンスからみるオープンアクセスの現況
カレントアウェアネス-E No.406 2021.01.14
https://current.ndl.go.jp/e2346
cOAlition S、研究者の知的所有権を保護し不当なエンバーゴを抑止するための「権利保持戦略」を策定・公表
Posted 2020年7月16日
https://current.ndl.go.jp/node/41517
cOAlition S、オープンアクセス(OA)出版費用を設定する際に出版者が遵守すべき「Plan Sに基づく価格透明性のフレームワーク」を公開:2022年7月1日に発効
Posted 2020年5月20日
https://current.ndl.go.jp/node/40988
Springer Nature社、著者向けアンケート・機関へのインタビューに基づいた論文処理費用(APC)の財源に関するホワイトペーパーを公開
Posted 2020年4月7日
https://current.ndl.go.jp/node/40725
独・OA2020-DEによるオープンアクセス(OA)出版への「転換契約」に関する新しいモデルの提案(記事紹介)
Posted 2020年3月5日
https://current.ndl.go.jp/node/40407
SPARC Europe、欧州の研究助成団体を対象としたオープンアクセス(OA)方針・研究データポリシーに関する調査報告書を公開
Posted 2019年10月4日
https://current.ndl.go.jp/node/39183
研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)の日本語訳が公開される
Posted 2019年7月8日
http://current.ndl.go.jp/node/38531