CA903 – 返還を控えた香港の図書館事情 / 塚田洋

カレントアウェアネス
No.170 1993.10.20


CA903

返還を控えた香港の図書館事情

香港の図書館界はこの20年余りの間に急成長をとげ,現在,公共図書館50館,大学図書館7館を中心に優れたサービスを提供している。教育文化施設の整備が叫ばれ始めた1950年代から,そうした声に応え図書館活動を支援してきたのは香港図書館協会(以下,協会)である。協会は図書館員の組織化,図書館の設立と発展,職業教育の奨励,図書館職の訓練あるいはIFLAをはじめとする他の図書館協会との協力等,幅広く問題の解決にあたってきた。91年現在,会員数は506名で,大学図書館125名(会員中24.7%),学校図書館117名(23.1%),専門図書館104名(20.6%),公共図書館54名(10.7%),非図書館職員32名(6.4%)で,特に学校,専門図書館職員の加入率が高いようである。

協会は日頃から会報や各種研修会を通じて,内外の図書館事情の紹介や図書館職員の訓練につとめるほか,隔年で会議を開催している。90年は図書館経営をテーマにアメリカ,カナダ等から専門家を招いて活発な討議を行い,参加者も150名にのぼった。しかも,注目に値するのは,協会の日常業務をはじめ,こうした活動がすべて会員のボランティアによって運営されていることである。会員の負担がどの程度かは不明だが,協会の活動は日頃異なる環境で図書館業務に従事している会員達に互いの図書館の事情を知らせ,新たな人脈を築く機会を与えている。特に香港のように図書館システムが一つの都市に集中しているところでは,公私にわたる人脈が資料の相互貸借等,図書館協力の分野で重要な役割を果たす。例えば,市政局公共図書館(CA679参照)は豊富な蔵書もさることながら,大学図書館との活発な相互貸借によって,年間160万人をこえる利用者を集めている。

こうした香港図書館界の繁栄は97年の中国返還後も維持できるのであろうか。返還後の香港の憲法ともいえる香港特別行政区基本法は言論・結社の自由をはじめ詳細な人権保障規定をおく一方,現行の市場経済体制の維持を掲げて香港の経済的繁栄を約束している。しかし,基本法に自治干渉の余地が残されていることに不安を感じている香港人も多く,すでに専門職や技術者の頭脳流出が始まっている。91年まで協会長をつとめたストーレイ氏は図書館界への影響を次のように予測している。

資料購入 現在香港の公共・大学図書館は資料の大半を海外から購入しているが,多くの欧米の出版社の事務所や完備した出版流通システムのおかげで,選書と購入ルートの選択は図書館員に任されている。しかし,返還後は,当局の意向で中国資本の指定代理店からの購入に切り替えたり,例えば共産党に批判的なチベット史研究書は購入を控えざるを得なくなるだろう。また,香港ドルの国際的信用が落ち,資料購入費が目減りすることも予想される。

人材確保 頭脳流出による人材難は図書館にも広がっており,公共図書館ではここ数年に専門職員73人のうち12人が主にカナダに移民してしまった。ほかにもイギリスの市民権を取得して,とりあえず返還まで香港に留まる者や,出国準備にかかっている職員も多い。しかも,先端技術を駆使した香港の図書館サービスは技術者の補充が難しい。返還後も協会が図書館員の利益を代表して,人事・年金問題等を解決していかなければ,人材不足は慢性化するだろう。

経営 現在,中国では市場経済原則導入の一環として図書館でも独立採算制がとられている。そのため本来無料で行われるべきサービスを次々と有料に切り替え,ダンス・ホールを併設するなど経営に苦慮しているところもある。これがそのまま香港の図書館に導入されれば,図書館サービス自体が成り立たなくなってしまう。

このように氏の予測は悲観的であるし,中国の内政をみると,香港の人々の不安も理解できる。しかし,多くの図書館員は香港の図書館界を発展させてきた実績から,返還後の困難な状況を乗り切る自信があるようにみえる。香港図書館界が今後具体的にどのように対応するのか注視していかなければならない。

塚田 洋(つかだひろし)

Ref: Storey, Colin. Riding the tiger. J Libr Inf Sci 25 (1) 23-32. 1993