カレントアウェアネス
No.148 1991.12.20
CA776
図書の流通を妨げるもの
日本の学術図書館界は,購入・交換等の方法により,海外から大量に図書館資料を受け入れており,我が国ではそのこと自体を何ら問題のない,いわば当り前のこととして受け止めている。しかしながら,世界的にみれば図書や印刷物の健全な流通を阻むさまざまな要因があり,これらは排除されなければならない。この程,ヨーロッパの図書館員・出版社の代表の集まりELP(European Librarians and Publishers)は,その阻害要因を明らかにし,排除するための声明を出した。その主な内容を以下に紹介する。
〔関税〕
教育・科学・文化に関する図書,および印刷物等には関税を課さないというユネスコのフローレンス協定に加入している国は79か国にすぎず(注1),その他の国ではそのような関税が未だに課されている。
〔内国税〕
フローレンス協定に加入している79か国も国内で図書等に課税することについては,制約を受けていない。そのため図書等は,次項にみるような付加価値税や,経済的混乱に陥っている南米の国々にみられるような特別税の対象となっている。それゆえ,全ての国がフローレンス協定に加入し,その趣旨が各国内でも生かされるよう,国際社会が何らかの努力をすべきである。
〔付加価値税〕
付加価値税(VAT: Value Added Tax)とは,製造・卸・小売の各段階ごとに生じる付加価値に課する消費税である。EC諸国内においては,デンマーク22%,フランス7%,ドイツ7%,ベルギー6%,オランダ6%などと,図書に対するVAT率は非常に高い。図書を適用除外とする国はイギリス,ポルトガル,アイルランドの3か国しかない。このため,著者,出版社,および図書館は“Don't tax books. Don't tax reading ! ”のスローガンのもと,共同でその撤廃を呼びかけている。
〔郵送料〕
郵送料は,最近十年間で著しく値上がりし,ある国では2.5倍になっている。また,郵便事情の劣悪な国もあって,通常郵便では到着せず,やむを得ず書留にしなければならない場合もある。特に発展途上国ではこの傾向が強い。
比較的安い特別郵袋印刷物(バルク)扱い(注2)を,航空便やSAL便(注3)にも適用すべきである。
また,近年コンピュータによる海外発注処理が行われているが,国際通話料金が高く設定されているため,普及しない。図書館・出版社・書店等には特別料金を設定すべきである。
〔為替管理〕
為替管理が行われている国では,国の為替管理当局から外貨の割当てを受けなければならないため,海外取引が複雑になる。外貨の割当てにあたっては,図書輸出入業者を優先すべきである。
〔検閲〕
検閲が図書の流通に与える影響は非常に大きい。著者が,検閲により発表を差し止められそうな事柄につき,著述を控えてしまうといった間接的影響もある。その結果,国際間の図書流通や図書の出版そのものも阻害されてしまう。国家の安全に関する図書の流通には制約が必要であるが,その制約は,最小限度に留められるべきである。そして裁判等においては,検閲する側が,その図書が出版・流通を差し止められるべきであることを立証する責任を負うべきである(注4)。
〔資料購入予算の削減〕
経済不況のため,図書館の資料購入予算は削減を余儀なくされている。その結果,図書や逐次刊行物は売れなくなり,出版社は単価を上げざるを得なくなり,一般の人の手の届かない価格となる。また,学術出版そのものも停滞する。
〔複写〕
電子式複写機による違法な複写も,流通の阻害要因となっている。複写が多くなり,図書が結果的に売れなくなっている(注5)。
(注1)第5回ユネスコ総会(1950年,イタリア・フィレンツェ)で採択され,1952年に発効した「教育的,科学的及び文化的資料の輸入に関する協定」の通称。日本は1970年に加入した。
(注2)出版物等を海外の同一受取人に送る場合,郵便局の郵袋に入れて特別郵袋印刷物とすれば,1袋につき30キログラムまでまとめて送ることができる。日本には特別郵袋印刷物の引受局が73局ある(郵便事業研究会編「郵便事業 '89」p.145参照)。
(注3)SALは,Surface mail Air Liftedの略。船便小包をある一定の期間分取りまとめ,航空機のあきを利用して一定の期間内に名宛国まで航空輸送し,発送国と名宛国との間では,一般の船便小包と同様に取り扱うサービスのこと。日本でも行われている(「郵便事業 '89」p.218参照)。
(注4)日本国憲法は,「検閲は,これをしてはならない。」と定めている(第二一条二項前段)。
(注5)ELPがこの声明の中で挙げた事柄のうち,日本で最も問題となっているのが電子式複写機による違法な複写であろう。日本の著作権法は,「著作者は,その著作物を複製する権利を専有する」(第二一条)ことを原則としており,例外として私的使用のための複製(第三○条)・図書館等における複製(第三一条)等を一定の要件のもとに認めている。ただ,後者(第三一条)の場合,どこまでを適法な複写と認めるかにつき,図書館員と閲覧者との間で解釈が異なり,トラブルが起こることも多い。出版部数が少ない等の理由で,迅速に入手することが難しい本があることも事実だが,著作権等の無体財産権を軽視する風潮にも問題があろう。
大村美由紀(おおむらみゆき)
Ref: Publishers and librarians issue a joint statement on barriers to the flow of books. IFLA Journal 16 (3) 372-374, 1990