カレントアウェアネス
No.363 2025年3月20日
CA2078
百週年を迎えた東洋文庫
公益財団法人東洋文庫:高田時雄(たかたときお)
財団法人東洋文庫が呱々の声を上げたのは、大正13年(1924)11月19日であり、令和6年はちょうどその百週年であった。よく知られているように、東洋文庫は三菱の岩崎久彌男が購入したモリソン文庫を基礎とし、さらにそれを拡充することで成立したが、当初から東洋学の研究図書館を目指していた(1)。したがって英語、フランス語、ドイツ語をはじめとするヨーロッパ諸語(2)で書かれた中国及び周辺諸国の研究書のみからなるモリソン文庫では研究上決して十分ではないため、漢籍国書を含めたアジア諸国そのものの資料の補充が絶対に必要であった。そのためモリソン文庫の時代から史部を中心に組織的な漢籍の購入を開始したほか、前間恭作旧蔵の朝鮮本の寄贈を受け入れた。また永田安吉旧蔵の安南本も注目すべきコレクションであった。岩崎久彌が収集した和漢の稀覯書約3万8千冊は岩崎文庫として早くから文庫に寄託されていたが、東洋文庫の発足後に正式に寄贈された。その中には中国典籍日本古写本など国宝5点、重要文化財5点が含まれている。
東洋文庫が発足した後も、漢籍では中国地方誌や各種叢書などを重点的に購入するとともに、藤田豊八の藤田文庫、小田切万寿之助の小田切文庫の寄贈が所蔵漢籍の内容を豊かにした。漢籍ではまた永楽大典の収集に注意を払い、市場に出現するごとに鋭意購入に勉めたため、現在日本国内では最多の34冊を所蔵するに至っている。またモンゴルやチベットの大蔵経についても、機会があるごとに中国から購入したほか、河口慧海師の将来文献などを併せると相当数に上っている。もちろんモリソン文庫の欠を補う意味で、いわゆる洋書の収集も継続して行われ、欧米の東洋学雑誌や文庫未収の資料が補充された。文禄元年(1592)天草版『ドチリナ・キリシタン』、江戸時代初期の1614年に来朝した英国人ジョン・セーリスの自筆航海日誌は極めて貴重なもので、ともに重要文化財に指定されている。
戦後の東洋文庫は三菱からの支援がなくなり、1948年から2009年まで長きにわたって国立国会図書館(NDL)の支部として運営されたため、戦前のように積極的な図書購入は望めなくなったが、それでも多様な文献の増加が見られたことは注目してよい。1961年から2003年まで、東洋文庫にはユネスコ東アジア文化研究センターが設置され、その経費によって近代中国関係の文献が多数収蔵されることとなった。さらに藤井尚久氏旧蔵の近世日本医書には『解体新書』などの蘭学文献も含まれ、江戸期の蘭方医河口信任の子孫から寄贈された河口文庫とともにユニークな収集である。これまでは中国、朝鮮、満蒙、チベット、ベトナムといった東アジアに偏していた所蔵資料は、松田嘉久氏の寄附金によるタイ語文献、岩見隆氏旧蔵のアラビア語、ペルシャ語文献、荻原弘明氏旧蔵のビルマ語文献などが加わることで、東洋文庫の蔵書の範囲が正しく東洋全域に拡がってきたことは特筆すべき傾向と言えよう。もう一つ毛色の変わった資料群としては考古学者梅原末治氏の寄贈に係る同氏旧蔵の日本アジア考古学資料があり、同氏が日本国内、朝鮮、満洲等で長年にわたり従事した発掘遺跡の写真や実測図などが大量に含まれている。その一部は東洋文庫のウェブサイトで公開されているが、非常に反響の大きいものとなっている。それ以外にも辻直四郎氏の辻文庫、榎一雄氏の榎文庫、護雅夫氏の内陸アジア史料、山本達郎氏の山本文庫などは、東洋文庫の理事乃至理事長として運営に関与した方々の旧蔵書であるが、それぞれの研究分野に関する貴重且つ豊富な文献を含んでいる。
上に述べたようなさまざまな文献が東洋文庫には収蔵されており、従来よりそれぞれのコレクションについて各種の冊子目録が刊行されてきたことは周知のとおりである。ただ東洋文庫全体の蔵書を検索するために、当初はもちろんカード目録の方式に依るほかなかったが、20世紀の90年代になるとコンピューターの進歩とともに図書館電算化の波が東洋文庫にも押し寄せてきた。東洋文庫では1994年4月に「東洋学総合情報システム」を開発すべく電算化委員会が発足した。ただ東洋文庫の蔵書中にはさまざまな言語文字による文献が含まれているために、これらを網羅的に扱えるようなシステム構築は至難の業であり、当時としては先進的な試みがなされたものの十分な効果をあげるまでには至らなかった。ところが21世紀に入ると、ユニコード(Unicode)規格がさまざまなオペレーティングシステムで広く利用可能になったのを受けて、東洋文庫でもUTF-8を用いたWeb-Database(Web-DB)が構築され、文庫内部の蔵書管理のみならずHP上での検索も可能となった。このWeb-DBではロシアのキリール文字はもちろん、ハングルやアラビア文字などおよそユニコードで定義されている世界の文字はすべて原綴を用いて検索が可能であり、その意味では非常に便利なシステムであったと言える。ただ、このWeb-DBが国立情報学研究所(NII)の運営するCiNii Booksと連携しておらず、国内の研究者が文献検索に用いる上では決して便利とは言えなかった。さらに検索速度の面でもかなりの忍耐を強いられるという問題もあった。
そこで百週年を迎えるに当たって、蔵書管理システムを新しい東洋文庫OPAC(TB-OPAC)に移行し、CiNii Booksとの連携を可能にするための5ヵ年計画が2023年度から実行に移されることになった。これは三菱金曜会の資金援助を得て行われる百週年の各種記念事業の中でも中核をなす事業で、第1フェーズ2年間、第2フェーズ3年間に分かれている。第1フェーズではCiNii Booksで他の図書館に所蔵のある図書・雑誌について東洋文庫の所蔵データ登録を行い、第2フェーズでは他に所蔵のない図書の所蔵データを現物について登録することとなっている。2028年4月に完成予定で、これが完成すると東洋文庫に所蔵されるすべての図書・雑誌をCiNii Books上で検索可能となるはずである。もっとも東洋文庫所蔵図書のうちでかなりの部分を占める漢籍については、漢籍の分類における特殊性からTB-OPACには統合されず、東洋文庫のHP上に「漢籍統合データベース」が用意されているほか(3)、「全國漢籍データベース」(4)にも参加しており、そこからも検索が可能である。現在、全國漢籍データベースから東洋文庫所蔵分を切り出し、コンテンツの補完と修正を加えた新しい東洋文庫の漢籍データベースを公開すべく準備中である。
新しいTB-OPACでは単に書目の検索だけでなく、幅広く他のデータベース(DB)との連携も視野に入れた統合的な利用を可能にしたいと考えている。例えば、「Toyo Bunko Media Repository(メディアレポジトリ)」との連携である。東洋文庫ではこれまでも和漢洋の善本を含む貴重文献や研究上の価値が高い資料の高精細画像を国際規格IIIFによりメディアレポジトリとして公開しており、百週年事業の一環として質量ともに一層の充実を図っているが、これらの画像ファイルをTB-OPACとリンクさせることが予定されている。このメディアリポジトリには研究部の活動をふまえて作成されたデータベース、例えば「東洋文庫水経注図データベース」や「東洋文庫「大明地理之図」データベース」、「『大正新脩大蔵経』底本・校本データベース」なども含まれている。
また東洋文庫の蔵書量は一般に100万冊と言われるが、これら資料の保全には常々意を用い、閲覧・複写・展示などの機会を通じて点検を行い、資料ごとにカルテ(資料劣化調査・対策票)を作成してきた。そのカルテの情報をDB化し、TB-OPACと連携させることを計画している。
東洋文庫はこれまで幾多の困難を乗り越えつつ、民間の一研究図書館として百年の歴史を刻んできた。今後、社会の変化に伴う利用者のニーズはさまざまに変化していくことが予想されるし、科学技術の進歩にも歩調を合わせていかねばならない。いま百週年を迎えた東洋文庫は、これまでの百年の資産を受け継ぎ、次の百年に向けて新たな一歩を踏み出したばかりである。大方の注目と援助を期待したい。
(1)高田時雄. モリソン文庫の頃――鳥居坂發掘記(一). 東洋文庫書報. 2024, 55, p. 52.
https://doi.org/10.24739/0002000402, (参照 2024-11-27).
(2)英、仏、独語以外に、オランダ語、イタリア語、ラテン語、ポルトガル語、ロシア語、デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語、スペイン語の文献が含まれる。
(3)漢籍統合データベース.
https://www.toyo-bunko.org/open/KansekiAllQueryInput.html, (参照 2024-11-27).
(4)全國漢籍データベース.
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kanseki, (参照 2024-11-27).
[受理:2024-12-25]
高田時雄. 百週年を迎えた東洋文庫. カレントアウェアネス. 2025, (363), CA2078, p. 4-5.
https://current.ndl.go.jp/ca2078
DOI:
https://doi.org/10.11501/14120732
Takata Tokio
Toyo Bunko Library celebrates its 100th anniversary