CA1972 – EU新著作権指令にみるデジタル時代の「図書館」像 ―デジタルコンテンツの供給源としての図書館 / 松澤邦典

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カレントアウェアネス
No.343 2020年3月20日

 

CA1972

 

EU新著作権指令にみるデジタル時代の「図書館」像
―デジタルコンテンツの供給源としての図書館

骨董通り法律事務所:松澤邦典(まつざわくにのり)

 

1. はじめに

 2019年5月17日、欧州連合(EU)において「デジタル単一市場における著作権指令」という新たな著作権指令が公布された。EUの法体系では、指令(directive)が発効すると、EU加盟国は指令が定める期限までにこれに即して国内法を整備しなければならない。新著作権指令は2019年6月6日に発効し、EU加盟国は2021年6月7日までに必要な立法等の措置をとることになっている(1)

 新著作権指令は、Googleをはじめとする米国発の巨大プラットフォームが世界を席巻するなか、EU域内の「デジタル単一市場」を促進するための施策として策定されたものである(E2110参照)(2)。その主眼は、著作権者の利益との調整を図りながらデジタルコンテンツの適切な流通を実現し、巨大プラットフォームへの対抗軸を打ち出すことにある。そのなかで、公衆に開かれた図書館や博物館などの文化遺産機関(cultural heritage institution)には、文化的所産の収集・保存とそのオンラインでの提供により、デジタルコンテンツの供給源としての役割を果たすことが期待されている。デジタル時代において図書館に期待される社会的・経済的役割の観点から、今後欧州社会がいかに新著作権指令を受容していくのかが注目される。その意味で、新著作権指令はデジタル時代の「図書館」像の構想とも言えよう。

 新著作権指令は前文と全5編32条で構成されるが、本稿では、図書館等の文化遺産機関と特に関係の深い①絶版等の理由で一般に入手できなくなったアウト・オブ・コマース(out-of-commerce)の所蔵資料の公開促進、②所蔵資料のデジタル複製の促進、③テキスト・データ・マイニングにおける所蔵資料の利用促進の3点について、新著作権指令の構想を概観する。

 

2. アウト・オブ・コマースの所蔵資料の公開促進

2.1. 著作権の壁

 文化・知識の集積地として研究・教育・学習の中心となる図書館において、その所蔵資料を利用者に提供することは、まさに図書館の存在意義そのものであろう。一方で、インターネットの登場により、人々は当然のごとくオンラインでの知識や情報へのアクセスを求める時代となった。コンテンツをデジタル化して公開する「電子図書館」が登場して久しいが、所蔵資料をオンライン公開するためには著作権者の許諾が原則として必要であり、著作権の壁が立ちはだかる。

 著作権の壁を乗り越える方策として、新著作権指令は、絶版等の理由で一般に入手できなくなったアウト・オブ・コマースの所蔵資料については、文化遺産機関が非営利目的でオンライン公開を可能とする制度の導入を求めている。アウト・オブ・コマースの著作物であれば、既に著作権者にとっても利益を生まなくなっており、著作権者の許諾なくデジタル化して公開しても、著作権者に大きな不利益は生じないという発想がその背景にあると考えられる(3)

 

2.2. 制度の概要

 新著作権指令の構想は、次のようなものである(4)。第1に、拡大集中許諾制度(日本にはない制度であるが、日本でいうJASRACのような特定分野の代表的な著作権集中管理団体が締結したライセンス契約の効果を、その団体に著作物の管理委託をしていない著作権者にも拡張して及ぼすことを認める制度である)(E2075参照)によってライセンスを得やすくする制度の導入が求められている(指令8条1項)。

 第2に、このような集中管理団体が存在しない場合でも、非営利目的での公開が妨げられないように著作権を制限する規定を設けることとされている(指令8条2項)。これは、特定分野において著作権者を適切に代表する集中管理団体が存在しない場合の補完的な制度に位置付けられている(指令8条3項)。

 

2.3. 著作権者のオプトアウト権の保障

 許諾なしでの公開を法律によって実現する以上、著作物を公開されたくない著作権者の権利との調整が必要となる。新著作権指令は、公開6か月前までに欧州連合知的財産庁(EUIPO)が運営するポータルサイトにおいて公開対象の作品を掲載し(指令10条1項)、著作権者がその著作物を公開対象から除外できることとしている(指令8条4項)。これにより、著作権者のオプトアウト(opt-out)権を保障している。

 

2.4. アウト・オブ・コマースの基準

 新制度の課題の一つとして、作品がアウト・オブ・コマースとなっているかの判断が文化遺産機関にとって必ずしも容易ではないことが指摘されている(5)

 この点、新著作権指令では、EU加盟国は、アウト・オブ・コマースの基準を定める場合には、各分野の権利者、集中管理団体及び文化遺産機関と協議するものとされている(指令11条)。すなわち、制度を機能させるための具体的な基準を作成するに際しては、文化遺産機関にも意見を述べる機会が保障されている。

 欧州研究図書館協会(LIBER)は、集中管理団体などとの協議を想定して、アウト・オブ・コマース作品のデジタル化とオンライン公開を行う場合の確認事項を著作物の種類ごとに整理したチェックリストを公表する(6)など、EU図書館界における新著作権指令の受容と国内法の整備に向けた準備が進みつつある(7)

 

3. 所蔵資料のデジタル複製の促進

3.1. パブリックドメインとなった美術作品の複製

 新著作権指令では、著作権の保護期間が満了してパブリックドメインとなった美術作品(visual art)について、その複製物が創作性の点で「オリジナル」のものといえない限り、その複製物に対して著作権その他の権利の保護は及ばないことが明記された(指令14条)。もっとも、文化遺産機関が所蔵資料を複製したポストカードなどを売って対価を得ることが禁止されるわけではない(指令前文53)。

 この規定の趣旨は、文化遺産機関がパブリックドメインとなった所蔵資料の複製物について著作権を主張したり使用料を請求することにより、パブリックドメインの価値が損なわれるのを防止することにあると考えられる(8)。法的には「保護期間が満了した著作物には、著作権は及ばない」という当然のことを確認した規定ともいえるが、非オリジナルの複製物にも著作隣接権の保護が与えられるスペインやドイツにおいては法改正が必要となるとの指摘がなされている(9)

 

3.2. 所蔵資料の保存のためのデジタル複製

 所蔵資料を保存し次世代に継承することも、図書館に期待される社会的役割である。新著作権指令は、文化遺産機関による所蔵資料の保存目的でのデジタル複製については、著作権を制限する規定を導入するよう求めている(指令6条)。これは、日本の著作権法31条1項2号にほぼ相当する規定である。

 新著作権指令は、前文において、文化遺産機関が、その責任において、EU域内の第三者に複製を委託することができると規定している(指令前文28)。これにより、文化遺産機関は、デジタル複製の技術・機器やノウハウを持ったEU域内の他の文化遺産機関や専門業者に対して、資料保存目的での複製を委託できることが確認されている。

 

4. テキスト・データ・マイニングにおける所蔵資料の利用促進

 テキスト・データ・マイニングとは、デジタル形式のテキストやデータから有意な情報を取り出すための自動分析技術のことである(指令2条2項)。新著作権指令では、研究組織および文化遺産機関が学術研究目的でテキスト・データ・マイニングを行うことができるよう、著作権を制限する規定を導入することが求められている(指令3条1項)。当初案では研究組織のみが対象であったが、最終案では文化遺産機関も対象に加えられた(10)

 また、新著作権指令では、学術研究以外の目的でのテキスト・データ・マイニングも許容しているが(指令4条1項)、権利者のオプトアウト権を保障することが条件とされている(同3項)。文化遺産機関は、権利者が適切な方法でオプトアウトした場合でも、学術研究目的でのテキスト・データ・マイニングは行うことができる。

 

5. おわりに

 新著作権指令は、報道出版物(press publication)のオンライン利用に関する「リンク税(link tax)(11)」(指令15条)とオンラインでコンテンツ共有サービスを提供するプロバイダ(online content-sharing service provider)を対象とした「フィルタリング条項(upload filters)」(指令17条)の導入をめぐって大きな議論があった(12)。紙幅の都合上、詳細は割愛するが、いずれもプラットフォーム規制と関係が深い規定である。図書館界への影響という点では、物議を醸した上記2つの制度よりも、本稿で紹介した制度の導入の方がインパクトは大きいと考えられる。

 本稿で紹介したように、新著作権指令は、文化遺産機関がその所蔵資料をデジタル化してオンライン公開することを可能にする手厚い制度メニューを用意している。これは、新著作権指令が目指す「デジタル単一市場」において、図書館をデジタルコンテンツの供給源の一つに位置付けるものと理解することができる。

 

(1) Commission of the European Communities. “Directive (EU) 2019/790 of the European Parliament and of the Council of 17 April 2019 on copyright and related rights in the Digital Single Market and amending Directives 96/9/EC and 2001/29/EC (Text with EEA relevance.)”. EUR-Lex. 2019-05-17.
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2019/790/oj, (accessed 2020-01-14).
条文部分は、以下で日本語訳されている。
井奈波朋子. デジタル単一市場における著作権指令(翻訳). コピライト. 2019, 59(700), p. 79-89.

(2) 濱野恵. EUデジタル単一市場における著作権指令. 外国の立法. 2019, (281-2), p. 10-13.
https://doi.org/10.11501/11382322, (参照 2020-01-14).

(3) アウト・オブ・コマースの著作物のオンライン公開は「誰も損をしない」と指摘する立法提言として、以下を参照。
生貝直人.“著作権保護期間「最終20年条項」+α 神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら(1)”. 論座. 2019-01-17.
https://webronza.asahi.com/business/articles/2019011500001.html?page=5, (参照 2020-01-14).

(4) 松澤邦典. “「EU新著作権指令の拡大集中許諾制度 ~デジタル・アーカイブの法的基盤の構想~」”. 骨董通り法律事務所. 2020-01-17.
https://www.kottolaw.com/column/20200117.html, (参照 2020-01-17).

(5) Keller, Paul. “Explainer: What will the new EU copyright rules change for Europe’s Cultural Heritage Institutions”. Europeana pro. 2019-06-09.
https://pro.europeana.eu/post/explainer-what-will-the-new-eu-copyright-rules-change-for-europe-s-cultural-heritage-institutions, (accessed 2020-01-14).

(6) “Digital Single Market Directive ? Articles 8-11: Checklist for Determining When The Exception for Mass Digitisation of Out-of-Commerce Works Can Be Used”. LIBER. 2019-11-21.
https://libereurope.eu/blog/2019/11/21/dsm-ooc-checklist/, (accessed 2020-01-14).

(7) “DSM Directive transposition guidelines for libraries and library associations”. EBLIDA. 2019-11-25.
http://www.eblida.org/news/dsm-directive-transposition-guidelines-for-libraries-and-library-associations.html, (accessed 2020-01-14).

(8) Wallace, Andrea; Matas, Ariadna.“Keeping digitised works in the public domain: how the copyright directive makes it a reality”. Europeana pro. 2020-01-21.
https://pro.europeana.eu/post/keeping-digitised-works-in-the-public-domain-how-the-copyright-directive-makes-it-a-reality, (accessed 2020-01-29).

(9) Keller, Paul. “Explainer: What will the new EU copyright rules change for Europe’s Cultural Heritage Institutions”. Europeana pro. 2019-06-09.
https://pro.europeana.eu/post/explainer-what-will-the-new-eu-copyright-rules-change-for-europe-s-cultural-heritage-institutions, (accessed 2020-01-14).

(10) 作花文雄. 「Digital Single Market」に向けてのEU著作権制度の現代化〔後編〕―EU域内の著作権制度の共通化によるコンテンツ流通の拡大と文化多様性の発展. コピライト. 2019, 59(703), p. 40.

(11) 中川隆太郎. “「『リンク税』の功罪 ―EU著作権新指令とハイパーリンクをめぐる誤解」”. 骨董通り法律事務所. 2018-06-26.
https://www.kottolaw.com/column/180626.html, (参照 2020-01-29).

(12) 生貝直人, 曽我部真裕, 中川隆太郎. HOT issue(No.22) 鼎談 EU新著作権指令の意義. ジュリスト. 2019, (1533), p. ⅱ-ⅴ, p. 52-63.

 

Ref:

Keller, Paul. “Explainer: What will the new EU copyright rules change for Europe’s Cultural Heritage Institutions”. Europeana pro. 2019-06-09.
https://pro.europeana.eu/post/explainer-what-will-the-new-eu-copyright-rules-change-for-europe-s-cultural-heritage-institutions, (accessed 2020-01-14).

濱野恵. EUデジタル単一市場における著作権指令. 外国の立法. 2019, (281-2), p. 10-13.
https://doi.org/10.11501/11382322, (参照 2020-01-14).

作花文雄. 「Digital Single Market」に向けてのEU著作権制度の現代化〔後編〕―EU域内の著作権制度の共通化によるコンテンツ流通の拡大と文化多様性の発展. コピライト. 2019, 59(703), p. 37-61.

井奈波朋子. デジタル単一市場における著作権指令(翻訳). コピライト. 2019, 59(700), p. 79-89.

生貝直人, 曽我部真裕, 中川隆太郎. HOT issue(No.22) 鼎談 EU新著作権指令の意義. ジュリスト. 2019, (1533), p. ⅱ-ⅴ, p. 52-63.

今村哲也.“拡大集中許諾制度導入論の是非”. しなやかな著作権制度に向けて ―コンテンツと著作権法の役割―. 中山信弘, 金子敏哉編. 信山社, 2017, p. 309-335.

 

[受理:2020-02-12]

 


松澤邦典. EU新著作権指令にみるデジタル時代の「図書館」像 ―デジタルコンテンツの供給源としての図書館. カレントアウェアネス. 2020, (343), CA1972, p. 16-18.
https://current.ndl.go.jp/ca1972
DOI:
https://doi.org/10.11501/11471490

Matsuzawa Kuninori
Libraries in the Digital Age Seen in the EU’s New Copyright Directive: Libraries as a Supply Source of Digital Contents