カレントアウェアネス
No.343 2020年3月20日
CA1971
第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019
京都府立京都学・歴彩館:平井俊行(ひらいとしゆき)
1. はじめに
2019年9月1日から7日までの1週間、国立京都国際会館をメイン会場として、日本で初めて国際博物館会議(International Council of Museums:ICOM)の大会「第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019(以下「ICOM京都大会2019」)」が「文化をつなぐミュージアム-伝統を未来へ-」をテーマに開催された(1)。著者が所属する京都府立京都学・歴彩館(以下「当館」)はサテライト会場の一つとなりソーシャル・イベントの企画にも当たった。今回はICOM京都大会2019の参加者であり、企画の一部にも関わった立場から、概要と感想をまとめた。
2. ICOMの概要
ICOMは、博物館の専門家により1946年に創設された(2)。UNESCOと公的な協力関係を結ぶ国際的な非政府機関(NGO)である。ICOMはICOM京都大会2019の開催時点で、138の国および地域から博物館の専門家4万4,500人以上が会員として参加し、世界の博物館の進歩・発展のために尽力することを目的として活動している。具体的にはICOM職業倫理規程を定め、研修等を通して博物館および文化財の専門家のスキル向上や人材育成を図るとともに、武力紛争や自然災害で被災した博物館を支援する仕組み作りなどを行っている。ICOMは専門分野別に組織された30の国際委員会と118の国別国内委員会から構成され、毎年個々の国際委員会の会合が行われているが、3年に1回一堂に会したICOM大会を開催し、国際委員会相互の情報交換の場としている。アジアでの開催は2004年の韓国・ソウル、2010年の中国・上海に次いで3度目となる。
写真:ICOM京都大会2019の会場となった国立京都国際会館の様子(著者撮影)
3. ICOM京都大会2019の概要
ICOM京都大会2019の主な内容は次の表のとおりである(3)。
表:ICOM京都大会2019の主な内容
開催日 | 主な内容 |
9月1日 | ICOM各委員長等のみが出席する諮問協議会会議、国内委員会・国際委員会の委員長会議など |
9月2日 | 参加者全員による開会式 |
9月2日 から4日 |
基調講演、プレナリー・セッション(全体会合)、各国際委員会のセッション、ワークショップ、パネルディスカッションなどによる多彩な議論の展開 |
9月3日・ 4日の夜 |
参加者が京都市内の各所で日本文化を体験するソーシャル・イベント |
9月5日 | メイン会場外で行われる各国際委員会のオフサイトミーティング |
9月6日 | 美術館・博物館等の観光名所を巡るエクスカーション |
9月7日 | ICOM総会、閉会式 |
主要議題となったプレナリー・セッションでは2日「博物館による持続可能な未来の共創」、3日「ICOM博物館定義の再考」、4日「被災時の博物館」「世界のアジア美術とミュージアム」をテーマとして議論が行われた。
大会全体を通して、世界全体が気候変動や貧困、紛争、自然災害、人権抑圧などを背景として国際的に政治・経済・社会が変容している中、平和で持続可能なよりよい未来を構築するために、博物館は社会に対してどのように貢献できるのかを考えさせるものであった。その中では博物館同士の連携や国内外の多様な人々や他の文化・教育・研究施設等とネットワークを構築し、その存在価値を示し、過去から未来へと社会的役割を果たして行くことが重要であるとの議論が行われた。
著者自身は、業務と関連するいくつかのセッションに参加したが、個々のセッションでは大小様々な博物館がそれぞれの地域で他の施設・機関と地道な連携を図り、地域の文化施設として核となり機能するようになったとの実例が数多く紹介されていた。
4. プレナリー・セッション
ここでは、主要議題となったプレナリー・セッションの内、著者が参加した3つのテーマの会合について概要を述べる。
4.1. 博物館による持続可能な未来の共創(4)
国連総会で2015年9月に採択された持続可能な開発目標(SDGs;CA1964参照)に示された17の目標と169の達成基準に、博物館関係者としてどのように取り組んで行くのかをテーマとしたワーキンググループでの議論を大会規模で展開したものである。多くのSDGsの目標と博物館は関係する可能性があるが、中でも17番目の「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」とはまさに直結したものである。博物館は、過去の遺産に対する証人であり、未来の世代のために人類の宝を守る砦となっている。さらに博物館には研究体制やネットワークがあり、教育普及活動を実践している。これらの点で“Cultural Hub”の機能を果たす機関であり、その機能をさらに充実したものとするため、今後多くのコミュニティと連携し、自分達の可能性を信じて邁進していこうとの議論が交わされた。
4.2. ICOM博物館定義の再考
このセッションでは、社会の変化により博物館の担うべき役割が変わることから、大きな議題として取り扱われ、2019年7月に発表された新案について検討を行った(5)。背景には日本のように博物館法を独自に策定している国は少なく、ICOM規約で定める“Museum”の定義が国際的な基準となることが挙げられ、本大会の開催前から注目を集めていた(6)。
現在のICOM規約では、博物館の定義を第3条第1項において以下のように定めている。
- 博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する、公衆に開かれた非営利の常設機関である(7)。
ICOM 京都大会2019では、機能面だけでなく、文化遺産機関としての社会的役割にも十分な言及がなされた以下のような新案の検討が行われた。
- 博物館は、過去と未来についての批判的な対話のための、民主化を促し、包摂的で、様々な声に耳を傾ける空間である。博物館は、現在の紛争や課題を認識しそれらに対処しつつ、社会に託された人類が作った物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を保護するとともに、すべての人々に遺産に対する平等な権利と平等な利用を保証する。
博物館は営利を目的としない。博物館は開かれた公明正大な存在であり、人間の尊厳と社会正義、世界全体の平等と地球全体の幸福に寄与することを目的として、多様な共同体と手を携えて収集、保管、研究、解説、展示の活動、ならびに世界についての理解を高めるための活動を行うものである(8)。
その中でこれまでの先進国が考える理論から、植民地を経験した国や先住民をも含む文化の多様性を尊重する二元的な見方が必要である点が指摘され、先進国以外の国々の意見も尊重する定義である必要性が求められた。その他非常に政治的な提言を含む定義であり、定義ではなく理念ではないかといった意見や民主化を切望する国では現体制の下では実践することは困難との意見等もあった。博物館の果たすべき社会的役割の議論そのものの重要性は認識されたものの、まだ多くの課題があることから、ICOM 総会では博物館の定義を現時点で決定せず、引き続き討議を続けることとなった(9)。
4.3. 被災時の博物館(10)
このセッションでは、博物館の防災に関する事例発表等が行われ、地球環境の変化によりこれまで想像できなかったような大きな災害に見舞われていることから、災害時のコミュニティとの連携の必要性や事前に地域の防災計画の中に博物館を組み込んでおくことの重要性などが発表された。さらに「博物館災害対策国際委員会」と名付ける新たな国際委員会を設置して、継続的に協議をしていくことが決定した。その中で近年の災害対策から多くの知見を得ている日本が中心となって委員会を運営していくことも決まり、日本でのノウハウが世界の大規模な災害で活かされる機会が増える可能性がある点は、今後注目していきたい。
5. 京都学・歴彩館でのソーシャル・イベント
9月4日18時から当館所蔵の国宝「東寺百合文書(E1561、E1998参照)」を保管する地下収蔵庫の特別公開や「コミュニティとミュージアム」をテーマとしたICOM京都大会2019若手参加者によるプレゼンテーション「ペチャクチャナイト」が開催された。その他独自の取り組みとして、ICOM京都大会2019に合わせた当館所蔵資料の企画展示、近畿地方の博物館等を中心とした各館を紹介する展示や関連グッズの販売など多彩なイベントを催し、国内外の多くの参加者が来館した。
6. 第67回全国博物館大会
ICOM京都大会2019の企画ではないが、関連する催しとして9月5日に日本博物館協会が主催、当館が共催する「第67回全国博物館大会」が当館大ホールで開催された(11)。大会テーマはICOM京都大会2019とテーマを合わせた「文化をつなぐミュージアム―伝統を未来へ―」である。フォーラムの中では、京都府内や京都市内で展開する博物館連携の様子や国立国会図書館の電子情報部職員による国の分野横断統合ポータル「ジャパンサーチ」(E2176参照)の構築に向けての取り組み状況が報告されるなど、博物館・美術館、図書館、文書館、企業、大学、研究機関など多くの分野の連携が模索されていることが報告された。
7. まとめ
ICOM京都大会2019には、120の国と地域から過去最高の4,590人の参加があった。この1週間を総括すると、科学技術の進歩による世界のグローバル化と人知を超える自然の猛威からいかにして人類の遺産を守り、未来へ伝え、活かしていくことができるのかを真剣に議論する機会となった。
特に、博物館定義の見直しに関連して文化施設の社会的な役割の変化に関する議論が活発に行われた。その他の議論も含め日本の博物館関係者にとって、国際的な動向を把握する機会を得たことは大きな成果であった。さらに今回ICOM日本委員会が提案した「アジア地域のICOMコミュニティへの融合」と「“Museums as Cultural Hub”の理念の徹底」の2つが大会決議として採択された。前者については、欧州中心のICOMにおいてアジア地域の発言力を高める契機となったこと、後者については、4.1、4.2節等で言及した博物館の果たすべき社会的役割を議論する上で中心軸となる理念の重要性を提示したことで、今後日本がリーダーシップを発揮することの表明ともなった。
これから先の時代、デジタルアーカイブの共有化が進み、世界中の資料を瞬時に検索できるようになっていくことだろう。そのとき博物館、そして図書館を含めた文化施設は、社会全体にどのような価値を発信することになるのだろうか。さらに議論を深めたい。
(1) ICOM Kyoto 2019
https://icom-kyoto-2019.org/jp/, (参照 2019-12-25).
“ICOM Kyoto 2019プログラムブック”. ICOM Kyoto 2019.
https://icom-kyoto-2019.org/jp/data/images/ICOM_Kyoto_2019_PB_jp.pdf, (参照 2019-12-25).
(2) ICOM.
https://icom.museum/en/, (accessed 2019-12-25).
(3) “プログラム日程表”. ICOM Kyoto 2019.
https://icom-kyoto-2019.org/jp/schedule.html, (参照 2019-12-25).
(4) 原稿執筆時点で、ICOM京都大会2019の公式の大会実施報告書は公開されていないが、『美術手帖』のウェブサイト上で、いくつかのプログラムについては参加レポートが公開されている。
“ミュージアムは持続可能な社会にどう貢献すべきなのか? ICOMでセッション開催”. 美術手帖. 2019-09-03.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/20474, (参照 2019-12-25).
なお、大会の成果と課題については、ICOM京都大会2019運営委員長による、2019年11月8日に開催された文化庁の文化審議会第1期博物館部会(第1回)の配布資料において簡単な報告がなされている。
栗原祐司. “第25回国際博物館会議(ICOM)京都大会の成果と課題”. 文化庁.
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/hakubutsukan/hakubutsukan01/01/pdf/r1422761_05.pdf, (参照 2019-12-25).
(5) “ICOM announces the alternative museum definition that will be subject to a vote”. ICOM. 2019-07-25.
https://icom.museum/en/news/icom-announces-the-alternative-museum-definition-that-will-be-subject-to-a-vote/, (accessed 2019-12-25).
(6) “日本初開催。ICOM(国際博物館会議)京都大会で「Museum」の定義が変わる?”. 美術手帖. 2019-08-30.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/20458, (参照 2019-12-25).
(7) 日本語訳はICOM日本委員会が公開する「ICOM規約(2017年6月改訂版)」による。
“ICOM規約(2017年6月改訂版)”. ICOM日本委員会.
https://www.j-muse.or.jp/icom/ja/pdf/ICOM_regulations.pdf, (参照 2019-12-25).
(8) 日本語訳は「第67回全国博物館大会決議」の仮訳による。
“第67回全国博物館大会決議”. 日本博物館協会.
https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/2019taikaiketugi.pdf, (参照 2019-12-25).
(9) “The Extraordinary General Conference postpones the vote on a new museum deinition”. ICOM. 2019-09-07.
https://icom.museum/en/news/the-extraordinary-general-conference-pospones-the-vote-on-a-new-museum-definition/, (accessed 2019-12-25).
“ミュージアムは「文化のハブ」になれるのか? ICOMが問い直す「博物館」の定義”. 美術手帖. 2019-09-03.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/20480, (参照 2019-12-25).
“ICOM(国際博物館会議)京都大会が閉幕。「Museum」の新たな定義のゆくえは”. 美術手帖. 2019-09-07.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/20510, (参照 2019-12-25).
(10) “ミュージアムを災害からどう守るべきか? ICOMでセッション「被災時の博物館」開催”. 美術手帖. 2019-09-04.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/20493, (参照 2019-12-25).
(11) 第67回全国博物館大会については、日本博物館協会のウェブサイトに開催要項・大会決議等が掲載されている。
“第67回全国博物館大会開催要項”. 日本博物館協会.
https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/2019taikaikaisaiyoko.pdf, (参照 2019-12-25).
“第67回全国博物館大会決議”. 日本博物館協会.
https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/2019taikaiketugi.pdf, (参照 2019-12-25).
[受理:2020-02-12]
平井俊行. 第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019. カレントアウェアネス. 2020, (343), CA1971, p. 13-15.
https://current.ndl.go.jp/ca1971
DOI:
https://doi.org/10.11501/11471489
Hirai Toshiyuki
ICOM Kyoto 2019: 25th ICOM General Conference