CA1874 – 大学図書館における電子書籍PDA実験報告~千葉大学・お茶の水女子大学・横浜国立大学の三大学連携による取組み~ / 山本和雄、杉田茂樹、大山努、森いづみ

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カレントアウェアネス
No.328 2016年6月20日

 

CA1874

 

 

大学図書館における電子書籍PDA実験報告~千葉大学・お茶の水女子大学・横浜国立大学の三大学連携による取組み~

琉球大学附属図書館(前 横浜国立大学附属図書館):山本和雄(やまもと かずお)
東京大学附属図書館(前 千葉大学附属図書館):杉田茂樹(すぎた しげき)
千葉大学附属図書館:大山努(おおやま つとむ)
お茶の水女子大学附属図書館:森いづみ(もり いづみ)

 

1.はじめに

 本稿は、千葉大学(以下、千葉大)・お茶の水女子大学(以下、お茶大)・横浜国立大学(以下、横国大)の附属図書館が、丸善株式会社(以下、丸善)と共同で行った和書の電子書籍におけるPDA実験(以下、PDA実験)について記す。PDA(Patron-Driven Acquisitions)とは、図書館における選書の一形態であり、図書館側だけで資料を選ぶのではなく、利用者の希望あるいは実際に利用したものを購入する(または購入の検討を行う)ものである(E1310参照)。

 PDAは米国の大学図書館で広まり、従来のコレクション構築ではかなわなかった幅広い資料へのアクセス機会を提供するなど、その有効性が指摘されている (CA1777参照)が、日本における先例がなかった。当実験は、「単独大学では不可能な課題解決手法の開発・実施に取り組む」ことを主旨とした三大学図書館間連携活動(1)のうち、重点課題の一つである「電子資料の効率的な共同導入」の一環として、2015年4月~9月に実施した。実験に至った背景や実験の詳細、途中経過については、中間報告(2)を参照されたい。

 

2.PDA実験概要

2.1.共通する課題への解決策としてのPDA

 三大学では従来から電子書籍の収集を進めていたが、表1のとおり和書の比率が著しく低い状況であった。

 

表1 三大学における電子書籍導入状況(PDA実験開始前)

 奉仕対象者数(人)*蔵書冊数(冊)**電子書籍タイトル数(内和書)
千葉大17,7671,391,68621,372 (1,966)
お茶大4,933708,08420,883 (  950)
横国大11,1251,324,2795,476 (  881)

*  2015年5月1日現在
**2015年3月31日現在

 

 この理由としては、そもそも大学図書館の選書対象となる和書の電子書籍の販売タイトルが少ないことが考えられる(3)。それに加え、タイトル単位での選書が不要で、一定の利用が見込まれる洋書パッケージを中心に購入してきたという事情が挙げられる。その結果、和書のタイトルが増えず、利用も伸びないという状況に陥っていた。一方で、特に学部学生を対象とした学習環境としては、和書が求められている。

 このような共通の課題を解決するため、利用者の要求を効果的に反映できるPDAを和書に適用するべく、電子書籍プラットフォームのMaruzen eBook Library(以下、「MeL」)を提供する丸善の協力を得て、実施することとなった。

 

2.2.PDA実験の条件

 システム開発を伴わない範囲で、可能なかぎり三大学図書館と丸善(および出版社)の双方に有益となるよう調整した結果、以下の条件を定めた。

(1)対象は、PDA実験の趣旨に賛同した出版社の電子書籍約4,200タイトルのうち、各大学それぞれの未購入のものとする。

(2)対象タイトルは、すべて無料トライアルという形でフルテキストにアクセス可能な状態とする(同時アクセス1)。

(3)定期的にフルテキストへの詳細なアクセス統計を各大学に送ってもらい、各大学は規定のアクセス数に達したタイトルを月締めで購入する(買切)。これを各々の大学が予め定めた予算上限に達するまで毎月繰り返す。

 

2.3.利用者に発見してもらうための準備

 PDA実験においては、利用者が自然な情報探索行動の中でニーズに合う電子書籍を発見・利用できる環境をつくることを重視した。これは、PDA実験に限らず、すでに購入済みの電子書籍の利用率を向上させることにも通じる。

(1)蔵書検索時における発見可能性向上策

 各大学とも、丸善から提供されたPDA実験対象タイトルの簡易メタデータをOPACに搭載した。お茶大ではディスカバリーサービス (CA1772E1604参照)である“Ochanomizu Search”にも搭載した。これにより、自館による購入の有無、紙か電子かにかかわらず、利用者がより多くの選択肢から必要とする情報を発見し、即時に利用できる環境を整えた。

(2)ブラウジング時における発見可能性向上策

 電子書籍の広報はウェブ上だけで行わず、現実の世界でも展開するのが効果的であるとの考えから、横国大ではブラウジングで書籍を探す利用者の発見可能性向上およびモバイル端末利用者の利便性向上を目的に、書架に電子書籍へのアクセスができるQRコード付きのポップを設置した。

(3)特設コーナーの設置等による認知度向上策

 千葉大、横国大は図書館内に特設コーナーを設置し、ポスターやチラシ、デジタルサイネージなどを用いて電子書籍のメリット(全文検索が可能、持ち運びが楽、等)や使い方の広報を行った。千葉大では、その場で電子書籍の利用を体験できるよう、タブレット端末とノートPCを同コーナーに設置した。

 

3.PDA実験結果

3.1.実験中の利用状況と購入に至ったタイトル

 実験中のアクセス状況と購入状況の関係は、表2のとおりである。

 

表2 MeL電子書籍(和書)のタイトル数

 千葉大お茶大横国大
既購入タイトル91321254
規定のアクセス数に達し、購入に至ったタイトル16947131
アクセスはあったが、規定数に達さず購入しなかったタイトル826302399

 

 また、MeL全体の利用回数は、図1のとおり、実験期間中のアクセス数が開始前の10倍以上になっている。

 

図1 MeL(和書)利用統計(1か月平均)

図1 MeL(和書)利用統計(1か月平均)
各期間中の3大学における総アクセス数を1か月平均に換算

 

 アクセスが激増したのは、積極的な広報との複合的な効果だと考えられるが、最も大きな要因は、利用できるタイトル数が増加したことで電子書籍が可視化され、利用者の情報探索行動のなかで自然に電子書籍に触れる機会が増えたことだと考えられる。その傍証として、実験終了後から2015年12月までの1か月平均アクセス数は、実験開始前に比べれば倍増しているものの、実験期間中に比べればかなり減少しているという結果がある。

 購入に至ったタイトルは、各大学の学部構成に沿ったものが多かった反面、ソフトウェアやプログラミングの教科書、就職活動関係など、従来は選書対象としなかったタイトルが入るという傾向が見られた。これは、利用要求に基づく選書というPDAの目的に適った効果であるとともに、大学全体の学生支援体制の中で情報共有し、しかるべき予算の確保を求めていくといった学内連携につながる成果でもあった。

 

3.2.PDA購入タイトルの利用状況とPDAの効果

 PDA購入タイトルのその後の利用状況(2016年3月時点)は、表3のとおりである。

 

表3 PDA購入タイトル利用状況

 千葉大お茶大横国大平均
PDA購入タイトル数16947131
利用回数*887286780
PDA購入1タイトルあたり平均利用回数*5.256.095.955.76
PDA以外のMeL(和書)平均利用回数*0.30.21.20.57

*実験開始から2016年3月までの累計利用回数により算出

 

 PDA購入タイトルの利用回数が三大学平均で5.76回だったのに対し、PDA以外のMeL平均利用回数は0.57回であった。PDA購入タイトルの数点が非常によく使われて、平均値を押し上げたという状況はあるものの、PDA購入タイトルがそれ以外のものより、よく利用されるという傾向が見られた。このことから、「利用要求が高いものを購入する」という目的に対して、PDAの効果が実証できたと言えそうである。また、表2のうち、「アクセスはあったが、規定数に達さず購入しなかったタイトル」は、その後の購入候補リストとして活用することができた。

 

3.3.PDA実験から見えてきた課題

 今回のPDA実験で、利用側である大学図書館は「未購入のタイトルも含めて利用者に自由に電子書籍を使ってもらい、一定数アクセスがあったタイトルを自動的に購入する」という形で利用者のニーズを実際の購入に結びつけることができた。一方で、ニーズに基づいた購入の妥当性を担保するためには、以下の課題が明らかになった(4)

(1)購入決定とするアクセス数は三大学で共通としたが、適正な数であったか見直しが必要。

(2)アクセスの質(同一IPアドレスか否か)や、アクセスした利用者の評価(否定的か肯定的か)を購入の判断材料にするための工夫が必要。

(3)PDA実験に参加した出版社が限定的であったことへの対応策が必要。

(4)利用要求があるとはいえ、そのタイトルを購入すべきか考慮が必要な場合の対応策が必要。

 提供側である丸善は、このPDA実験の終了後に「試読サービス」の事業を開始し、いくつかの導入事例が出てきているとのことである。和書の電子書籍のPDAは、実運用レベルの課題となったと言えよう。

 和書の電子書籍購入に際してPDAをビジネスモデル化するためには、出版社やベンダーと大学図書館の両者が納得できる条件設定が必須である。今後は、PDAのためのシステム的な工夫やPDAへの参加出版社を増やしていく試みのみならず、和書の電子書籍出版そのものを増やしたり、電子書籍の値付けの妥当性を検証したりすることも必要である。そのためには、提供側の、電子出版によって紙の本が売れなくなり出版社の経営が成り立たなくなるといったリスク回避と、新たな読者層の掘り起こしや電子書籍を購読する機関の増大といったメリット追及の、両方向から考慮する必要がある。

 こうした課題にどのような妥結点を見出していくのか、引き続き、各ステークホルダーの歩み寄りと交渉が求められる。

 

4.将来に向けて

 紙媒体出版の時代において、図書館による「選書」あるいは「蔵書構築」とは、書架スペースの制約と限られた予算のなかで最大限効率的に情報提供を行うために生み出された方便であった。インターネットを通じた自由で制約のない知識の流通に向け、図書館によるお仕着せのコレクション構築を通じた不十分な情報提供の在り方は、今後、根本的に改善されていかねばならない。

 近年、電子ジャーナルでは大規模一括契約や論文単位のペイパービューにより、また、電子書籍においても海外大手出版社のパッケージ販売により、図書館がタイトル単位での選書を行うことなく資料の導入が行われ、流通するすべての資料にアクセスできる環境が整えられるようになってきている。本稿で述べた三大学の取組みは、電子化が遅れている和書においてもネットワーク時代にふさわしい利用者本位の情報提供を行い、ランガナタンの五法則を文字どおりに実現する(すなわち、まず利用に着目し、ニーズ把握と発見可能性向上に努め、利便性を高めつつ図書館機能が有機的に成長していく)ための第一歩である。

 マス・ディジタイゼーションとオープンアクセスの普及によって、将来的には学術的知識は名実共に公共財となっていくだろう。そこに至る過程として、和書の出版流通を電子情報流通環境に適応したものにしていくためには、経済的制約のなかで大学と出版社が協力して、実現可能かつリーズナブルなビジネスモデルを作り出していく必要がある。

 時代の変化にただ流されるのではなく、図書館の将来は自らが主体的に取り組み作り出して行くものであることを忘れてはならない。本稿がその参考となれば幸いである。

 

(1)“千葉大・お茶大・横国大三大学図書館連携”. Facebook.
https://www.facebook.com/coybrary, (参照2016-03-30).

(2)立石亜紀子, 餌取直子, 庄司三千子. PDAで変わる選書の未来: 千葉大学・お茶の水女子大学・横浜国立大学三大学連携プロジェクトの取組み. 情報の科学と技術. 2015, vol.65, no. 9, p. 379-385.
http://hdl.handle.net/10083/57806, (参照 2016-03-30).

(3)文部科学省. “平成26年度「学術情報基盤実態調査」について(概要)”.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/03/1356099.htm, (参照2016-03-30).

(4)実験結果から明らかになった課題の根拠は、具体的には以下のようなことである。
①購入決定アクセス数は三大学で共通だったが、それぞれの大学の規模・利用者数等との兼ね合いで変えるといった調整が必要であったのではないか、等。
②書店の選書ツアーなどとは異なり、単純なアクセス数だけでは利用者の評価が分からない。内容を見た結果「不要」と判断されるものの判別がつかなかった。
③PDAは、出版社が限定的であったり、それぞれの対象タイトルが継続的に増えなければ、実質的に選書可能タイトルは減っていく。
④利用者のニーズを購入に直結する方法は、限られた予算の中では問題が生じることもある。PDAを唯一の選書手段とするのではなく、他の方法との組み合わせによるバランス保持の必要性が示唆された。

 

[受理:2016-05-19]

 


山本和雄、杉田茂樹、大山努、森いづみ. 大学図書館における電子書籍PDA実験報告~千葉大学・お茶の水女子大学・横浜国立大学の三大学連携による取組み~. カレントアウェアネス. 2016, (328), CA1874, p. 7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1874
DOI:
http://doi.org/10.11501/10020599

Yamamoto Kazuo, Sugita Shigeki, Ohyama Tsutomu, Mori Izumi.
Report on the E-Book PDA(Patron-Driven Acquisitions) Experiment: A Case Study to Focus on the Japanese E-Book in University Libraries.