CA1873 – 権利者不明著作物の活用促進について / 星川明江

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カレントアウェアネス
No.328 2016年6月20日

 

CA1873

 

 

権利者不明著作物の活用促進について

文化庁長官官房著作権課:星川 明江(ほしかわ あきえ)

 

1. 権利者不明著作物とは

 他人の著作物を利用する場合、原則としてその著作物の権利者に許諾を得る必要がある。しかし、権利者が誰かそもそも分からない場合や、権利者が特定できたとしてもその連絡先が分からないという場合には、権利者と連絡を取ることができず、許諾を得ることはできない。このような著作物は「権利者不明著作物」と呼ばれている。

 近年、この権利者不明著作物の適法利用を可能とする手段について、活発な議論が行われている。日本では、「知的財産推進計画2014」(2014年7月知的財産戦略本部決定)(1)において、「孤児著作物を含む過去の膨大なコンテンツ資産の権利処理の円滑化等によりアーカイブの利活用を促進するため、著作権者不明の場合の裁定の手続の簡素化や、裁定を受けた著作物の再利用手続の簡素化など裁定制度の在り方について早急に検討を進める」とされたことを受け、第14期文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会にて、諸外国の制度を参考としつつ、日本における権利者不明著作物の活用の在り方について検討が行われた(2)

 本稿では、権利者不明著作物に係る諸外国の制度を紹介した上で、日本における権利者不明著作物の活用のための制度及びその改善の状況について紹介する。

 

2. 諸外国における権利者不明著作物への制度的対応

 諸外国においては、権利者不明著作物(孤児著作物(orphan works))の活用について様々な取組が行われている。

 欧州議会は2012年10月、欧州デジタル図書館の取組の促進及び孤児著作物の利用に関する域内市場の法的安定性を確保することを目的として、孤児著作物指令(Directive 2012/28/EU)を採択し(3)、域内各国では、本指令を国内で実施するための所要の制度整備が行われた。また、英国では、孤児著作物のための独自の立法もなされている。この他にも、北欧諸国(アイスランド、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク)や英国において導入されている拡大集中許諾制度(著作物の利用者と相当数の著作権者を代表する著作権等の集中管理団体との間で自主的に行われた交渉を通じて締結された著作物利用許諾契約の効果を,当該集中管理団体の構成員ではない著作権者にまで拡張して及ぼすことを認める制度)により孤児著作物の活用が可能となっている例もある(4)

 

2.1. 孤児著作物指令

 本指令は、EU加盟国で設立されている公共からのアクセスが可能な図書館、教育機関、博物館等に対して、公益的な任務に関する目的を達成するために、孤児著作物のデジタル化や孤児著作物を公衆に対して利用可能とする行為を認めている。孤児著作物の範囲は、対象機関の収蔵品に含まれている、文書の形式で発行されている著作物、映画、視聴覚著作物、レコードのうち、加盟国において最初に発行又は放送された著作物と定められており、利用する著作物が孤児著作物として認められるためには、対象機関が、利用する著作物の分野における適切な情報源を調べながら「入念な調査」を行うことが必要となる。入念な調査が行われたにも関わらず所在が確認されなかった場合に、孤児著作物として欧州連合知的財産庁(EUIPO)に登録することで、当該著作物は孤児著作物として認められる。一の加盟国において孤児著作物と認められた著作物は、全ての加盟国において孤児著作物とみなされるという加盟国の相互承認を定めている点に本指令の特徴がある。孤児著作物が権利者不明状態を脱した場合には、本指令の対象機関はその利用行為に関して、権利者のために公正な補償金を支払わなければならない。

 

2.2. 孤児著作物ライセンス・スキーム

 英国では、孤児著作物指令の国内実施のための制度整備とあわせて、英国独自の孤児著作物ライセンス・スキームが2014年10月に施行された (E1648参照)。

 本スキームを利用できる機関の限定はなく、その用途も営利・非営利を問わない。対象となるのは著作物及び実演であり、作品が発行されているか否かの区別はなく、孤児著作物ライセンスに関する規則において定められた入念な調査(英国知的財産庁の管理する孤児著作物簿やEUIPOの管理する孤児著作物データベースのほか、利用する著作物の分野に応じた適切な情報源の参照)を実施しても、権利者が特定されない場合あるいは特定されても居所が不明の場合には、孤児著作物として英国知的財産庁長官よりライセンスを受けることが可能となる。ライセンスは英国内において7年を上限として有効であり、ライセンス料は同庁によって少なくとも8年間は管理され、権利者が現れた場合には権利者に支払われる。

 

3. 日本における著作権者不明等の場合の裁定制度

 日本においては、権利者不明著作物等を活用できる制度として、文化庁長官による著作権者不明等の場合の裁定制度がある。一般に世の中で利用されている著作物について、利用者側に権利者の許諾を求める意思がありながら権利者と連絡を取ることができないために、許諾を得る方途がない場合について、適法に著作物を利用できる途を開くことで、著作物の流通を促そうという社会公益の見地から設けられているものであり(5)、1970年の現行著作権法制定時より導入されている。

 近年、文化庁では、文化審議会著作権分科会における検討などを踏まえて、裁定制度の見直しを進めている。2009年に制度の対象を著作隣接権にも拡充し、申請中利用の制度を導入する等の著作権法改正を実施し、2014年には権利者捜索の要件を緩和する等の措置を講じている。さらに、2016年2月にも、後述のとおり、権利者捜索の要件を一部緩和し、また、過去の裁定に関する情報を公開した。

 

3.1. 裁定制度の対象

 裁定制度は、公表された著作物、実演、レコード、放送若しくは有線放送(以下「著作物等」という。)又は相当期間にわたり公衆に提示されている全ての著作物等が対象となり、外国の著作物等であってもよい。誰でも申請を行うことができ、また、利用方法に限定がないため、商業利用であっても裁定を受けられる(ただし、著作者人格権を侵害するような利用はできない)。

 

3.2. 権利者捜索のための「相当の努力」

 裁定申請に当たっては、あらかじめ権利者と連絡を取るための「相当の努力」を払う必要がある。この「相当の努力」の内容として、①広く権利者情報を掲載する資料の閲覧(名簿・名鑑等の閲覧又はインターネット検索)、②広く権利者情報を有している者への照会(著作権等管理事業者及び関連する著作者団体への照会)、③公衆に対する情報提供の呼びかけ(日刊新聞紙又は公益社団法人著作権情報センターへの広告掲載)が定められている。

 2016年2月にはこの要件の一部を緩和し(6)、過去に裁定を受けた著作物等の権利者捜索について、申請者は、新たに文化庁ウェブサイトに公開した、過去に裁定を受けた著作物等の情報を掲載したデータベース(7)を閲覧することで、上記①及び②の措置を代替できることとした(E1785参照)。

 これらの措置を講じて得られた情報や自ら保有する情報を基に権利者と連絡を取るための措置を講じても、結果として権利者と連絡が取れなかった場合、文化庁に裁定の申請を行うことができる。

 

3.3. 裁定の申請から利用が可能になるまで

 申請を受け、文化庁では、裁定の可否を判断するとともに、裁定をする場合には、権利者のための補償金の額(通常の使用料の額に相当する額)を定める。裁定を受けた場合には、申請者は、定められた額の補償金を供託所に供託する必要がある。これにより、裁定を受けた著作物等の利用が可能となる。もしも裁定を受けた後に権利者が現れた場合には、権利者は、供託された補償金の還付を受けることができる。

 なお、申請から裁定を受けるまでの期間は約2か月であるが、申請中利用の制度を活用すると、文化庁が定めた額の担保金を供託することで、申請後2週間程度で著作物等の利用を開始できる。

 

図1 裁定制度の流れ

図1 裁定制度の流れ

 

4. 裁定制度の利用実績

 裁定制度は1971年の運用開始から2016年3月までで計259件、著作物等の数にすると計26万9,797点の利用実績がある(図2参照)。「国立国会図書館デジタルコレクション」における資料のオンライン公開や、放送番組のDVD販売、入試問題集の出版等について、裁定制度が利用されている。

 

図 裁定制度の利用実績

図1 裁定制度の利用実績

 

5. おわりに

 権利者不明著作物等の活用に係る課題は近年重要性を増しており、文化庁では累次の改善を行なってきた。諸外国と比しても、権利者不明著作物等の活用の途が十分に開かれている(表参照)。今後、本制度がより一層活用され、権利者不明著作物等の流通の可能性が増していくことが期待される。

 申請者の便に供するため、文化庁ウェブサイトでは、本制度の内容や申請方法等を詳細に解説した「裁定の手引き」を公開している(8)。権利者が見つからず権利処理に頭を悩ますという場面に出くわした際には、ぜひ、裁定制度を御活用いただきたい。

 

表 権利者不明著作物等に係る日本の裁定制度とEU孤児著作物指令との比較

 日本EU孤児著作物指令
制度の概要権利者の不明その他の理由により権利者と連絡することができない場合に、権利者の許諾を得る代わりに文化庁長官の裁定を受け、著作物等の通常の使用料額に相当する補償金を供託することにより、適法にその著作物等を利用することができる制度。加盟国は、公共図書館等が、その所蔵品に含まれる著作物等のうち、入念な調査を経ても権利者が不明であるものを、デジタル化等のために複製する行為及び公衆に対して利用可能とする行為を、権利の例外あるいは制限と位置付け、孤児著作物状態を加盟国間で相互承認する制度(孤児著作物の欧州連合知的財産庁(EUIPO)への登録が必要)。
利用主体限定なし公共からのアクセスが可能な図書館、教育機関、博物館、文書館、フィルム又は音声遺産の保存機関、公共放送機関
目的限定なし(商業利用可能)公益的な任務に関する目的の達成のため
対象著作物公表等された著作物、実演、レコード、放送、有線放送①図書館等の収蔵品に含まれる文書形式で発行された著作物
②図書館等の収蔵品に含まれる映画、視聴覚著作物、レコード
③公共放送機関が2002年までに自ら制作した映画著作物、視聴覚著作物、レコードであり自己のアーカイブに含まれているもの
利用方法制限なし①公衆に対して利用可能とする行為
②デジタル化、利用可能化、索引作業、目録作成、保存又は修復を目的として行われる複製行為
利用する上で求められる権利者捜索の内容「相当な努力」:
①名簿・名鑑等の閲覧又はネット検索サービスによる情報検索
②著作権等管理事業者等への照会
③利用しようとする著作物等について識見を有する団体(著作者団体、学会等)への照会
④日刊新聞紙又は公益社団法人著作権情報センターのウェブサイトでの7日間以上の広告
※過去に裁定を受けた著作物等については一部要件が緩和されている。
「入念な調査」:
※著作物等の種類によって情報源は異なる。【発行された書籍の場合】
①納本制度、図書館の目録、図書館又は他の機関によって管理される典拠ファイル
②加盟国における出版社又は著作者の団体
③現存するデータベース及び登録簿、WATCH、ISBN、印刷された書籍を記録したデータベース
④適切な集中管理団体、特に複製権管理団体のデータベース
⑤VIAF及びARROWを含む複数のデータベースや登録簿を統合する情報源
権利者への補償通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官の定める額の補償金公正な補償金
補償の支払方法利用前に供託支払方法(時期を含む)の詳細は加盟国の裁量(利用者の事前支払は義務付けられていない)
第三者による権利者不明著作物等の利用過去に裁定を受けた著作物等について裁定を受ける場合には、権利者捜索のための「相当な努力」が緩和されている。過去の裁定に関する情報は文化庁ウェブサイトで公開されている。英・独・仏では、EUIPOのデータベースに登録された孤児著作物を第三者が利用する際には、改めて入念な調査をする必要はないが、利用方法や連絡先については登録が必要。

 

(1)首相官邸.“知的財産戦略本部”. 2016-04-08.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku2014.pdf, (参照2016-04-11).

(2)文化庁. “文化審議会著作権分科会(第41回)議事録・配布資料”.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/41/index.html, (参照2016-04-11).

(3)European Commission. “Orphan works”. 2014-10-29.
http://ec.europa.eu/internal_market/copyright/orphan_works/index_en.htm#maincontentSec1, (accessed 2016-04-11).

(4)文化庁. “著作権各種報告(懇談会・検討会議・調査研究) 拡大集中許諾制度に係る諸外国基礎調査報告書”.
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/, (参照2016-04-28).

(5)加戸守行. 著作権法逐条講義. 六訂新版, 公益社団法人著作権情報センター, 2013, p. 465-466.

(6)文化庁. “著作権者不明等の場合の裁定制度の改善”.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/chosakukensha_fumei_saiteiseidokaizen.html, (参照2016-04-11).

(7)文化庁. “裁定データベース”.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/saitei_data_base.html, (参照2016-04-11).

(8)文化庁. “著作権者不明等の場合の裁定制度”.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/, (参照2016-04-11).

 

[受理:2016-05-18]

 


星川明江. 権利者不明著作物の活用促進について. カレントアウェアネス. 2016, (328), CA1873, p. 4-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1873
DOI:
http://doi.org/10.11501/10020598

Hoshikawa Akie.
Licensing Schemes for Orphan Works.