カレントアウェアネス-E
No.275 2015.02.05
E1648
英国における孤児著作物に関する新ライセンス・スキーム
権利者の所在が不明である著作物,いわゆる孤児著作物(orphan works) の権利処理をめぐって,英国において,2014年10月29日から新たなライセン ス・スキームが導入された。
英国政府は2006年の『ガワーズ報告書』以来,孤児著作物の問題に注目し,2011年の『ハーグリーヴス報告書』でもこの問題の解決策について提言し,取組を模索してきた。また,欧州連合(EU)が2012年10月に孤児著作物指令 (Directive 2012/28/EU;CA1771参照)(以下「EU指令」)を採択し,EU加盟国ではこれに合わせて国内法を整備する必要が生じた。これらの動きを受けて,英国は孤児著作物の利用許諾の在り方をめぐる検討を進めてきた。英国政府は,2014年1月10日に新たなライセンス・スキームを実施するための2つの規則案を公表し,意見募集を行った上で,同年5月30日公表の報告書において,寄せられた各意見に対するコメントを提示し,規則案の修正方針を示していた(E1582参照)。
今回,新ライセンス・スキームの導入に当たって施行された規則は,「孤児著作物ライセンスに関する規則」(The Copyright and Rights in Performances (Licensing of Orphan Works) Regulations 2014, S.I.2014/ 2863)及び「EU孤児著作物指令を実施する規則」(The Copyright and Rights in Performances (Certain Permitted Uses of Orphan Works) Regulations 2014, S.I.2014/2861)の2つである。前者は,英国内のみで適用される孤児著作物の利用許諾の枠組み(英国内ライセンス・スキーム)を定めたものであり,後者はEU指令を適用するために必要な枠組みを定めたものである。英国政府によると,英国内ライセンス・スキームの方がEU指令より広範であり,両者は相互補完的になるよう制度設計されているという。EU指令は,美術館や博物館等の文化施設・機関が,非商業的に,特定の種類の孤児著作物をデジタル化しオンラインで提供する場合に限って利用を可能とするものである。一方,英国内ライセンス・スキームは,いかなる機関や個人であっても,また目的が商業的か非商業的かを問わず,EU指令の対象外となっている著作物も含め,書籍としての発行等,より多様な形態による利用を可能とするものである。このスキームにより,約9,100万点の孤児著作物(英国政府による推計)を利用する道が新たに開かれた。
英国内ライセンス・スキームの詳細については,既に文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会(平成26(2014)年10月20日)の配布資料として解説が存在するが,以下では主なポイントを紹介する。英国内ライセンス・スキームによって孤児著作物のライセンスを受けるには,権利者の所在に関する事前の入念な調査(diligent search)が必要とされる。調査の際に参照すべき情報としては,英国知的財産庁(IPO)が管理する孤児著作物登録簿,欧州共同体商標意匠庁(OHIM)の孤児著作物データベース,そして1988年著作権・意匠・特許法(CDPA)附則ZA1第2部に定められる情報源を挙げている。入念な調査の内容は,政府が公表するガイダンスによって詳しく解説されており,対象となる著作物の種類(映像・音源,図書・新聞・雑誌等の文献,絵画・写真等の静止画)によって異なる。入念な調査の結果は,後述のIPOによるライセンス付与又はOHIMデータベースへの記載の,いずれか早い時期から7年間有効である。入念な調査を行っても権利者の所在が判明しない場合,孤児著作物となる。また,外国著作物も対象となる。
英国内ライセンスを付与する権限はIPOの長官が持つ。付与されたライセンスは英国内で有効な非独占的ライセンスであり,7年間有効となる。一定の手続を経れば更新も可能である。また,IPOはライセンス料を徴収する。このライセンス料は,著作物の種類や利用の類型に応じて定められ,所在不明であった権利者が現れた場合のために,少なくとも8年間はIPOによって保管される。ライセンス付与後に名乗り出た権利者は,自己の著作物に対する権利を回復し,ライセンス料として確保されていた報酬金を請求することができる。権利者不明のまま,ライセンス付与から8年が経過すると,ライセンス料は政府による利用が認められる。ライセンス料の設定やライセンス付与申請の却下に関しては,著作権審判所に異議を申し立てることができる。
英国内ライセンス・スキームは強制許諾制度の一種として捉えられる。日本の裁定制度とも類似しているため,今後このスキームの運用次第では,日本で孤児著作物の権利処理問題の解決策として文化庁長官による裁定制度を活用していくための重要な参考事例となり得る。一方,EU指令の国内法化のため、同時に定められた「EU孤児著作物指令を実施する規則」の枠組みは,権利制限規定に相当するものと考えられ,適用される範囲を相当限定した上で,事前のライセンス取得等の手続を不要とするため,デジタル・アーカイブ構築のような公共目的での孤児著作物利用の円滑化を図る上で,先進的な事例であろう。
なお,本稿では触れていないが,英国では上記の2つの枠組みに先行して,2014年10月1日から,拡大集中許諾制度(著作物の利用者と著作権の集中管理団体との間の利用許諾契約の効果を,非構成員の著作権者まで拡大適用することを認める制度)(CA1771参照)も導入している。3制度が揃い、孤児著作物対応の体制が整ったところで,孤児著作物の利用円滑化が進むのか,権利保護との均衡がいかに図られるのか,とりわけ運用面において,引続き動向が注目される。
調査及び立法考査局文教科学技術課・齋藤千尋
Ref:
https://www.gov.uk/government/news/uk-opens-access-to-91-million-orphan-works
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/houki/h26_02/pdf/shiryo_3.pdf
http://www.legislation.gov.uk/uksi/2014/2863/made
http://www.legislation.gov.uk/uksi/2014/2861/made
http://www.legislation.gov.uk/uksi/2014/2588/made
http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2013/24
https://www.gov.uk/government/publications/orphan-works-diligent-search-guidance-for-applicants
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2012:299:0005:0012:EN:PDF
CA1771
E1582