E1649 – 図書館のためのデザイン思考

カレントアウェアネス-E

No.275 2015.02.05

 

 E1649

図書館のためのデザイン思考

 

  デザイン会社IDEOが,米国のシカゴ公共図書館およびデンマークのオーフス公共図書館と協力し,図書館のためのデザイン思考のツールキット“Design Thinking for Libraries: a Toolkit for Patron-Centered Design”を作成した。IDEOは,主にビジネスや教育分野における新しい製品やサービス等の構想のために,デザイン思考の手法を活用している。このツールキットは図書館におけるプログラムやサービス,スペース,システムの改善に活用できるように,作成されたものである。本稿ではその概要を紹介する。

 デザイン思考のプロセスは3つのフェーズが重なり合ったものとされる。3つのフェーズとは,デザインの課題を明確にして新しい視点を見つける「インスピレーション」(inspiration),アイデアを集めて具体化させる「創造」(ideation),ユーザーからのフィードバックに基づいた継続的実践「反復」(iteration)であり,ツールキットではこれらのフェーズでするべきステップが紹介されている。また,デザイン思考は,集中して取り組む時間とスペースを用意し,少人数のチームで期間を定めて取り組むと最もうまく機能するとされている。

 「インスピレーション」フェーズではまず,プロジェクトで取り組むべき,デザイン思考に適した課題を選択する。万能なデザインを考えるのではなく,ターゲットとなるユーザーグループを設定し,彼らが図書館においてどんな課題に面しているかを考える。IDEOはこの時に“How might we
(HMW)question”「我々はどうすれば~しうるか?」という質問を用いることを薦めている。

 取り組むべき課題を定義すると,ユーザーとその課題について理解を深めるための調査を行う。デザイン思考における調査とは,ユーザーや専門家との会話やインタビュー,子どもを対象としたワークショップに参加する等のユーザーとのアクティビティへの参加,課題解決の参考となりそうな,図書館とは全く異なる場所への訪問等,画期的なアイデアにつながる新たな視点をもたらし,可能性を広げるためのものである。例えば,オーフス公共図書館のチームは図書館でのテクノロジーの利用に関するニーズを知るために,テクノロジーに精通しているユーザーから,メールの利用もあまりしないユーザーまで幅広くインタビューし,彼らが普段使用している電話等のデバイスの調査まで行ったと紹介されている。調査を行った後,自身の感想や観察結果をチームで共有できるように記録し,写真やメモ等をいつでも見返せるように整理を行う。

 「インスピレーション」フェーズで得た経験を持ち寄り,「創造」フェーズでチームメンバーと共有する。このフェーズでは,ブレインストーミングが最も重要なアクティビティの1つとされている。これまでに学んだことを基に,ツールキットでは,多くのアイデアを出し合うためのブレインストーミングのルールがあげられている。

  • アイデアの良し悪しの判断を避ける
  • 大胆なアイデアを促す
  • 人のアイデアを“BUT”と否定するよりも“AND”で追加し,より新しくする
  • トピックに集中する
  • 一度に一人ずつ話す
  • 文字よりも図やスケッチで可視化する
  • アイデアは質よりも量

 ここで出たアイデアをグループ分けし,成功しそうでかつ新しく革新的なアイデアにメンバーが投票を行い,チームとして最も有望なアイデアをいくつか選び,プロトタイプをつくる。最初のプロトタイプは完ぺきなものである必要はなく,新しいプログラムやサービスの広告を作成したり,実際の大きさを体験するために簡単な3次元モデルを作成したり,紙や糊等を使用して工作したりする等,様々な方法でアイデアを形にすることによって,ユーザーと会話するきっかけとなることが重要とされる。

 「創造」フェーズで作成したプロトタイプを用いて,「反復」フェーズでは,ターゲットとなるユーザーグループからのフィードバックを集め,アイデアを改良していく。前述のオーフス公共図書館では,テクノロジーに関する知識や経験が様々なレベルにあるユーザーが,それぞれのレベルを向上させることができるプログラムの実施について取り組んだ。初期のアイデアとして,ユーザーが各自のiPadを図書館に持ってきて,スタッフと1対1で使い方を学び,新しいアプリをダウンロードする“iPad Spa”を開催した。実際に参加したユーザーからのフィードバックを受け,プログラムの改良を繰り返し,1人の図書館員が取りまとめて複数のユーザー同士でアプリについて会話する“social app conversation”へと発展させた。この方式は,図書館員と1対1で行うセッションよりも活気に満ち,図書館員からだけでなく,ユーザー同士でも学びあうことができることがわかり,他のITヘルプサービスのプログラムでも取り入れられることになった。

 ツールキットは最後に,形となったアイデアがもたらした結果や価値,可能性について周囲に伝え,将来的な長期計画を作成し,アイデアを実験レベルから実現レベルにするフェーズについて解説している。ユーザーのニーズの変化等に対応してアイデアも発展させなければいけない。魅力があり,発展し,実現可能なコンセプトを長期間維持するために,デザイン思考のプロセスは継続し続けるものであるとしている。  

関西館図書館協力課・安原通代

Ref:
http://designthinkingforlibraries.com/
http://blogs.ifla.org/public-libraries/2015/01/13/design-thinking-toolkit-for-libraries-released/
http://designthinking.or.jp/ideo_toolkit_ja.pdf