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カレントアウェアネス
No.323 2015年3月20日
CA1842
大学図書館と特殊コレクション
-名古屋大学の西洋古典籍特殊コレクション
名古屋大学附属図書館:中井えり子(なかい えりこ)
はじめに
日本国内の大学図書館に文庫やコレクションがいくつ、どこに存在し、それらがどのようなものであるのか、文献をさがしてみた。国立国会図書館刊行の『全国特殊コレクション要覧』(1)は、所蔵機関やコレクションの種別・テーマを問わず調査されたもので、これを更新して、オンライン化して公開したものが「全国特殊コレクションリスト」(2)である。このサイトに、2015年1月28日現在6,272件とある。また、関係リンクとしてり、日本国内の大学図書館関係個人文庫(3)と日本の大学所蔵特殊文庫データベース(4)が紹介されている。後者は『日本の大学所蔵特殊文庫解題目録』(5)をオンライン化したものである。そのほか、少し古いが大学図書館の情報を含む文献があり(6)、これらの文献やデータベースで、大学図書館が所蔵するだいたいの特殊コレクションを知ることができる。
このような特殊コレクションを図書館が入手する手段は、寄贈、購入、寄託、移管が考えられる。その所蔵に至る経緯については、受入手段の如何を問わず、小樽商科大学のシェル文庫、東京大学のアダム・スミス文庫、一橋大学のメンガー文庫やフランクリン文庫、京都大学のビュッヒャー文庫やマイヤー文庫、名古屋大学のホッブズ・コレクション Iなど、国立大学が所蔵する外国図書の文庫・コレクションに限ってみても、興味深いものが少なくない。
国立大学の場合、文部科学省の予算で購入した通称「大型コレクション」を所蔵していることが多い。大型コレクションは、旧文部省が1978年から、文部科学省となった翌年の2002年まで、主として人文社会科学系の外国図書購入のために行った予算措置である(7)。
本稿では、大学図書館における西洋古典籍(概ね1850年以前に刊行されたり、書写された西欧の資料)の特殊コレクションの現状と課題について、名古屋大学中央図書館の事例をもとに話を進める。なお、ここでいう特殊コレクションとは、図書館が収集したコレクションのうち、特定の主題、資料の種類で構成されたひとまとまりの資料群や、歴史的人物や著名な人物が収集した資料からなる文庫を指す。
名古屋大学の西洋古典籍特殊コレクション
名古屋大学の西洋古典籍のコレクションは、1949年に経済学部に赴任した水田洋名古屋大学名誉教授(1919生、日本学士院会員)の収集活動に負うところが多大である。以下に水田名誉教授の文章を引用する。
「名古屋大学には文系学部がなかったし、新設文学部の教官たちは図書館に関心がなかった。空白地帯(歴史的地理的)の出版物と研究資料の収集。気がついてみるとこれは大変なことで、古い図書館が当然のこととして持っている同時代文献が、ここにはないのである。」(8)
水田名誉教授の専門分野は、西洋近代社会思想史であるが、引用文のように、研究に必要な資料が名古屋大学にはなく、研究費等で購入するほか、個人でも買い集める必要があった。60年以上におよぶ研究生活のなかで、私費で収集された蔵書を、名古屋大学が2009年度と2011年度に購入したのが「水田文庫」(9)である。自然法思想から啓蒙思想を経て、ロマン主義に至るまでの原典2,100冊以上の西洋古典籍からなる。現在も研究活動中のため、残りの資料は遺贈されることになっている。西洋古典籍の個人文庫には、貴重書約850冊を含む「永井文庫」もある。「永井文庫」は、水田名誉教授に師事した永井義雄名古屋大学名誉教授の旧蔵書で、2007年度に寄贈された。
前述した「大型コレクション」経費で購入した原典からなる特殊コレクションには、「ホッブズ・コレクション I, II」「18世紀フランス自由思想家コレクション」「ヨーロッパ教育史・教育理論研究コレクション」「言語哲学コレクション」「英国貴族院上訴事件判例集」などがある(10)。「ホッブズ・コレクション I, II」は、水田名誉教授の推薦により購入されたコレクションで、その購入にあたり、「集書のたのしみは、だれでもしっている一流品を手にいれることよりも、研究者のうでのみせどころになる二流三流品を、あつめることにあるのかもしれない」(11)といっているが、名古屋大学の特殊コレクション全体にその精神が現れている。例えば、ジョナサン・スウィフトの著作は、『ドレイピア書簡集』の異なる版本を2点(1725年と1730年)所蔵しているが、『ガリバー旅行記』は、1850年までの刊本は所蔵していない。すなわち、これらはすべて研究の必要上収集されたもので、稀少本はあるが、俗に言うお宝本はほとんどない。しかし、個々の文庫やコレクションが互いに関連性を持って補完しあっており、西洋近代社会に関わる政治、法律、経済、思想、哲学、教育、言語等の広い分野の研究に応えることができる内容を形成している。
大学図書館における特殊コレクションの課題
特殊コレクション以外の一般貴重書にあてはまることも含まれるが、以下に課題を掲げる。
(1)補完
前述のように、名古屋大学なりの収集方針で形成してきた特殊コレクション群であるが、これらの中には補完するべきものもあり、そのために必要な資料が少なからずある。個々のコレクションが単独で完結している場合を除いて、コレクションの内容を補強させていくことで、はじめて研究に耐えられるコレクションになるのではないかと思う。
通常、教員組織のある学部とは異なり、国立大学図書館での研究用図書の選定と予算の確保は困難を極める。しかし、西洋近代社会思想史の場合、所蔵する著作のほかの版や同時代の各国語訳は、ある著作が他国でどのように受容されたかを知るためには重要な版本である。そして、このような版本であれば、図書館員でも探すことができ、また、高額でないことも多いため通常経費で購入でき得る。
一方、大学図書館には、学習・教育支援機能や地域貢献機能がある。学生への啓蒙活動として、さらに地域貢献の一環として図書館資料の公開が求められており、普段見ることのない古典籍を、授業も含め、展示する機会が多くなっている。特殊コレクションを補強し、かつ中学や高校の教科書に載っているような馴染みのある原典を展示すれば、啓蒙活動の効果を高めることができる。ただし、著名な著作は比較的高価であるうえ、古書の場合、予算があっても、必要な出物があるとは限らないため、現実的にはなかなか難しいものがある。
(2)管理
図書館には、コレクションを閲覧や展示に耐えられる状態に保つ義務がある。劣化させないための書庫環境整備のほか、表紙、特に背表紙の破損や、製本の綴じ糸の切れなどがある場合は、専門の修復家による適切な修復が必要となる。修復の必要性の見極め、予算確保、修復本の記録方法などの課題がある。
(3)利用
貴重な資料とはいえ、利用されなければ存在しないに等しい。利用しやすいように閲覧手続きも可能な限り簡略化する一方で、利用の目的によっては資料のマイクロ化や画像データベース化も有効である。
また、研究者向けの展示会も利用者を増やす機会となる。ガラス越しではなく、実際に手にとって見せる工夫も必要であろう。名古屋大学では、日本18世紀学会が学内で開催された折に、その参加者に、館内展示室で展示品の半分以上を3時間限定で直接手に触れることができるようにしたり、他の学会では学会会場に特殊コレクションの一部を貸し出したりして好評であった。開催条件が限定されるが、学会と図書館との連携を図ることも一考である。
さらに、本学では水田名誉教授の寄付金により、2012年度に、若手研究者奨励のための名古屋大学水田賞が創設された。水田賞の事務担当部署と連携することで、特殊コレクションの利用拡大につなげることができそうである。
その前提として、目録の質の問題がある。個々の文庫やコレクションには、そのまとまりが重要であることも多いため、オンライン検索でもコレクションを特定して検索できるようにすること、また目録上で版本の違いが識別同定できるような目録記述の整備が必要で、NACSIS-CAT(国立情報学研究所総合目録データベース)の現行の運用では限界がある。稀覯書の目録規則適用の徹底とカタロガーの育成が課題となる。
おわりに
大学図書館の研究機能として、資料の収集と学術情報へのアクセスの観点から電子ジャーナルと機関リポジトリがよく論じられるが、人文・社会科学系の研究支援として、リプリント版やオンラインで利用できないような古典籍のオリジナルを収集することも重要であろう。日頃から古書店カタログを見て、コツコツと買い集める地道な活動ではあるが、人数そのものが自然科学系と比べて少ない研究者のために、現時点では価値判断の難しい資料でも、将来の利用を見越して収集し、既存の特殊コレクションを補完して提供することも大学図書館の使命の一つと考える。
(1) 国立国会図書館参考書誌部編. 全国特殊コレクション要覧. 改訂版,国立国会図書館, 出版ニュース社(発売), 1977, 15, 217, 46p.
(2) 国立国会図書館. “全国特殊コレクションリスト”. レファレンス協同データベース.
http://crd.ndl.go.jp/jp/library/collistall.html, (参照2015-01-05).
(3) “日本国内の大学図書館関係個人文庫”.
http://www.fitweb.or.jp/~taka/pcollect.html, (参照2015-01-05).
(4) Koch, Matthias. Universitare Sondersammlungen in Japan : eine deutsch-japanische annotierte BiblIographie = 日本の大学所蔵特殊文庫解題目録 : ドイツ語・日本語併記. Munchen : Iudicium, 2004, li, 854p, ISBN3-89129-400-X.
(5) “ドイツ-日本研究所 = Deutsches Institut fur Japanstudien.日本の大学所蔵特殊文庫データベース”.
http://tksosa.dijtokyo.org/?menu=xx&lang=ja, (参照2015-01-05).
(6) 刊行順に次の4点を挙げる。
・細谷新治. 全国経済学書コレクション:日本にある経済学関係洋書の特殊文庫. 経済セミナー. 1980.1, No. 300, p. 86-107.
・第一出版センター編集 ; 神作光一監修. 全国『文庫・記念館』ガイド. 講談社, 1986, 263p, ISBN4-06-201000-0.
・書誌研究懇話会編. 全国図書館案内 : (付) 地方史主要文献一覧. 上, 下. 改訂新版, 三一書房, 1990, 2冊, ISBN 4-380-90234-X, 4-380-90235-8.
・日外アソシエーツ編. 個人文庫事典. 1 : 北海道・東北・関東編, 2 : 中部・西日本編. 日外アソシエーツ, 紀伊国屋書店(発売), 2005, 2冊,ISBN4-8169-1883-3, 4-8169-1884-1.
(7) 印刷物としては、東京大学附属図書館編. 全国国立大学所蔵大型コレクション総合目録: 昭和53年度-平成2年度. 東京大学附属図書館, 1991, v, 498p, ISBN4-88659-015-2、があるが、オンラインの次のサイトで検索できる。
国立情報学研究所. “学術研究データベース・リポジトリ. 大型コレクションディレクトリー (東京大学附属図書館)”.
https://dbr.nii.ac.jp/infolib/meta_pub/G0000025OGATA, (参照 2015-01-05).
また、名古屋大学情報・言語合同図書室で独自に編集した次のサイトがある。
名古屋大学附属図書館. “国立大学大型コレクション : 1978(昭和53)-2002(平成14)年度”.
http://www.nul.nagoya-u.ac.jp/db/ogata/univ.html, (参照2015-01-05).
(8) 水田洋. ぼくの思想形成と蔵書形成. 名古屋大学附属図書館研究年報. 2011, v.9, p. 45-59.
(9) 水田文庫の概要については、次の資料を参照のこと。中井えり子. 水田文庫概要. 名古屋大学附属図書館・附属図書館研究開発室, 2013, 83p. ISBN 978-4-903893-12-9.
http://hdl.handle.net/2237/17738, (参照2015-01-05).
(10) 名古屋大学の文庫、大型コレクションについては、次のサイトで概略がわかる。
名古屋大学附属図書館. “貴重書・コレクション”.
http://www.nul.nagoya-u.ac.jp/guide/collection/collection.html, (参照2015-01-05).
「ホッブズ・コレクション I, II」と「水田文庫」の冊子体目録として、次の図書がある。
名古屋大学附属図書館編. イギリス近代思想史原典コレクション目録 = Catalogue of a collection of the printed materials for the history of English thought. 第I期:ホッブズとその時代 = Hobbes & his age、第II期:イギリス近代思想の諸潮流 = Mainly after Hobbes. 名古屋, 名古屋大学附属図書館, 1982-1983. 2冊.
Eriko Nakai, ed. The Mizuta library of rare books in the history of European social thought : a catalogue of the collection held at Nagoya University Library. Tokyo, Edition Synapse; Abingdon, Routledge, 2014, xxxv, 315 p., [2]p.of plates, ISBN978-4-86166-191-4, 978-1-138-84712-5.なお、ホッブズ・コレクションは、IIIがあるが、これは、IとIIを補完するために、別途予算で購入したものをまとめたもので、冊子体目録は存在しない。
(11) 引用部分は、水田洋. “ホッブズ・コレクションの購入”. 思想史の森の小径で. 横浜, 秋山書房, 1985, p.80からである。なお、p.76-80にホッブズ・コレクションが名古屋大学に納入された経緯が書かれている。
[受理:2015-02-03]
中井えり子. 大学図書館と特殊コレクション -名古屋大学の西洋古典籍特殊コレクション. カレントアウェアネス. 2015, (323), CA1842, p. 8-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1842
Nakai Eriko.
Nagoya University Library and Western Rare Books Collections.