カレントアウェアネス
No.334 2017年12月20日
CA1910
ラテンアメリカのオープンアクセスとLa Referencia
電子情報部システム基盤課:水野翔彦(みずのやすひこ)
ラテンアメリカのオープンアクセス
一般的に、オープンアクセス(OA)の推進には2つの手段があるといわれている。ひとつはOA誌の推進(ゴールドOA)、もうひとつはセルフアーカイブ(グリーンOA)である。
ラテンアメリカについていえば、学術情報のOAが世界に広まり始めた1990年代、汎米保健機構の仮想保健図書館(1)、CLACSO(2)、SciELO(3)(CA1566参照)やRedALyC(4)などのプラットフォーム上でゴールドOAは広がりを見せていた。DOAJ(Directory of Open Access Journals)(5)の登録情報からも、域内の各国が比較的早い時期からOAに取り組んでいることがわかり、ブラジル、メキシコ(6)を中心に2000年代後半にはかなり浸透していた(7)。
一方、グリーンOAについてはというと、OAジャーナルのディレクトリであるOpenDOAR(8)およびオープンリポジトリのダイレクトリであるROAR(Registry of Open Access Repositories)(9)収録の機関リポジトリ数を見る限り、一部の国以外については十分とは言えない状況であった(10)が、ちょうどこの頃、世界的なOA運動の高まりとともにラテンアメリカでも機関リポジトリの設置が進んでおり、2009年から2010年にかけて新規設置数は最大となっていた(11)。
La Referenciaの事業が開始されたのはこの時期で、ラテンアメリカの高等教育機関や自然科学分野の研究機関において生み出された成果を可視化し共有することを目指す、機関リポジトリによる地域ネットワークとして誕生した。2017年11月現在、そのポータルサイトではラテンアメリカで刊行された論文等143万件(12)へのアクセスを一元的に提供し、世界でも有数の規模となっている。本稿では、La Referenciaの活動をもとに、近年のラテンアメリカにおけるOA運動について紹介する。
La Referenciaの沿革
La Referenciaは2009年、米州開発銀行(IDB)の地域公共財推進イニシアチブが資金を拠出するプロジェクトとして開始された。その背景として、IDBへのプロジェクトの申請資料(13)は域内外でのラテンアメリカの科学情報の可視性の低さを指摘し、あわせて域内の科学情報のマネジメントに関する公共政策の欠如、インフラや専門的な人材の不足がグッドプラクティスの広がりを阻害しているとしている。また、機関リポジトリの多くは、収録している文献数が1,000件以下の比較的小規模なものばかりであり、メタデータや相互運用のためのプロトコルの標準化も不十分であった(14)。
このような背景のもとで開始されたLa Referenciaの活動は、体制によって2つの時期に分けられる。第1期はIDBの支援のもとでパイロットプロジェクトとして実施されていた2010年から2013年までで、ラテンアメリカ各国の研究教育機関によるネットワークRedCRALAを母体としつつ、活動を4つのコンポーネント(I:連携ネットワークにおける共通戦略、II:共通政策と合意の枠組みの確立、III:パイロットシステムの開発と実装、IV:人材育成戦略のデザイン)に分割(15)、必要に応じて外部のコンサルタントを交えてプロジェクトが進められた。第1期の成果としては、パイロットの実施ならびにそのための諸条件、つまりLa Referenciaの創設に関する技術的な枠組みの確立と、政治的な合意の2つがあげられる。前者については、複数回の会合を通じて2012年にはメタデータ規格としてDRIVER 2.0(16)を採用すること及び、パイロットのために実装すべき必須メタデータ5項目をはじめとした記述ルール、ハーベストの方法・収集対象・実装期限などが定められた(17)。政治的な合意としては、2012年12月にブエノスアイレス宣言(18)がなされ、組織La Referenciaが誕生した。これを踏まえ、2013年にはメタデータのハーベストを開始、2013年10月には約32万件の資料の検索が可能(19)なパイロット版ポータルサイトがリリースされている。また、これに先立つ2013年6月にはすでに欧州の電子インフラ推進プロジェクト“CHAIN-REDS”(20)との提携も発表(21)されており、前述した国際的な可視性について強く意識されていたことがわかる。
第2期は、各国の機関リポジトリに関する政策に従い、持続可能な地域サービスとして事業を強化することを主目的として2013年末から開始された。この時期はIDBではなく、参加国の分担金と人的資源によって事業が進められている(22)。主なトピックとしてオープンアクセスリポジトリに関する欧州の地域ネットワークであるOpenAIRE(23)やオープンアクセスリポジトリ連合(COAR)を通じた国際的な協力関係づくりとメタデータガイドラインの改訂などがあるが、これらは次項で紹介する。
現在のLa Referenciaと地域間連携
La Referencia には、2017年11月現在9か国が参加しているが、2016年にコスタリカがメンバーに加わった(24)ように、参加国は今後も変更されうるものである。参加国の科学技術・高等教育を所管する官庁が担当機関となり、各国のまとめ役である「ノード」となるシステムを運営している。
表 La Referencia参加国別データの概要(2017年10月4日時点)
国名 | 所管機関 (ノード) | IR数 | データ件数 | 備考 |
アルゼンチン | MINCYT (SNRD) | 21 | 57,915 | 2013年に法制化 |
ブラジル | IBICT (oasisbr) | 22 | 1,045,286 | |
チリ | CONICYT (SIC) | 2 | 19,797 | |
コロンビア | Colciencias (SNAAC) | 26 | 43,046 | |
コスタリカ | CONARE, Micitt (Kímuk) | 4 | 30,601 | |
エクアドル | SENESCYT (RRAAE) | 24 | 28,000 | |
エルサルバドル | MINED, CBUES (REDICCES) | 12 | 988 | |
メキシコ | CONACYT (REMERI) | 22 | 80,063 | 2014年に法制化 |
ペルー | CONCYTEC ( RENARE) | 72 | 36,431 | 2013年に法制化 |
出典:La Referenciaのウェブサイトより
La Referenciaのメタデータ収集は、各ノードが各国内の機関リポジトリの持つメタデータを収集し、ノードとなるシステムに集約、それをさらにLa Referenciaの中央ノードが収集するという流れとなっている。各国のノードでは2016年現在、8か国がLa Referenciaの開発したプラットフォーム(25)を、メキシコが独自構築のシステムを利用している(26)。メタデータの収集は全て、OAI-PMHで行われている。
各機関から収集されたメタデータは各国ノード、中央ノードの両方でバリデートされ、必要に応じてメタデータの変換が行われる。各国と中央ノード双方から取得したデータをOpenAIREのバリデータにかけ有効なデータの割合を比較した調査では、おもに各国ノードにおける変換処理によってメタデータの品質が保たれていること、例えば特に違いが著しい3つの項目においては90%以上のデータに対して変換処理が行われていることなどがわかっている(27)。品質確保のためのデータ変換は事業開始当初から実施しているものであるが、現在は各機関リポジトリ単位でのメタデータの品質向上と各国ノードにおけるデータの変換処理の低減が課題として認識されている(28)。
メタデータの標準化を進めるにあたっては、他地域との連携が大きな力となっている。La ReferenciaはRedCLARAを通じてOpenAIRE 2020、具体的にはワークパッケージ3の“International Alignment”に協力しており(29)、このプログラムの中で欧州とラテンアメリカの地域間の相互運用性を確保するための活動を進めている。先述した、2012年に合意されたメタデータ項目はDRIVERに準拠した10項目程度であったが、2015年5月にはOpenAIREの協力のもとメタデータのガイドラインを改訂し、DRIVERの全項目実装を推奨した(30)。さらに、2015年11月にはブラジル・リオデジャネイロでワークショップを開催し(31)、この際にOpenAIREとガイドラインの共通化について合意、2016年12月からはOpenAIREのポータルサイトにてLa Referenciaのメタデータが検索可能となっている。また、La ReferenciaのメンバーはCOARの統制語彙を策定するvocabulary groupに参加しており、スペイン語のウェビナーの開催(32)などにも携わるなどしている。
今後の動き
今後のLa Referenciaの動きについては、2015年から2018年までを目途としたロードマップ(33)が公開されている。ガイドライン、技術、そして政策の3つの分野について実施すべき内容、例えば著者IDやプロジェクトID、データリポジトリについての記載のほか、資金提供者とその助成を受けた研究の成果との同定について欧州におけるネットワークと協力し実現可能性を探ることなどの記載があるが、全体としては欧州との協力のもとでメタデータの標準化や新しい課題へ対応していくという内容となっている。 先日、COARのブログにラテンアメリカのOA誌に関する記事(34)が公開され反響を呼んだが、他地域との関係を重視しつつ地域内、地域間の2つのレベルで取り組みを進めその可視性を高めるLa Referenciaの活動も同じく“A paragon for the rest of the world”(そのほかの地域のモデル)であるといえるだろう。今後、La Referenciaの活動がどのような展開を見せるのか、引き続き注視していきたい。
(1)VHL Regional Portal.
http://bvsalud.org/, (accessed 2017-10-04).
(2)CLACSO.
http://www.clacso.org.ar/, (accessed 2017-10-04).
(3)SciELO – Scientific Electronic Library Online.
http://www.scielo.br/, (accessed 2017-10-04).
(4)RedALyC.
http://www.redalyc.org/home.oa, (accessed 2017-10-04).
(5)Directory of Open Access Journals.
https://doaj.org/, (accessed 2017-10-04).
(6)村井友子. 特集 学術情報へのアクセス向上を目指して―機関リポジトリのいま―第II部 地域編: メキシコ―オープンアクセス化の動き. アジ研ワールド・トレンド. 2009, 162, p. 40-41.
http://hdl.handle.net/2344/00004806, (参照 2017-10-04).
(7)佐々木茂子. 特集 学術情報へのアクセス向上を目指して―機関リポジトリのいま―第II部 地域編: ラテンアメリカ・カリブ地域―充実したオープンアクセス. アジ研ワールド・トレンド. 2009, 162, p. 38-39.
http://hdl.handle.net/2344/00004805, (参照 2017-10-04).
(8)OpenDOAR.
https://doaj.org/, (accessed 2017-10-04).
(9)ROAR(Registry of Open Access Repositories).
http://roar.eprints.org/, (accessed 2017-10-04).
(10)村井. 前掲.
(11)La Referencia. “Edición Especial: América Latina pasa la primera página en Acceso Abierto”. La Referencia. 2013-01.
http://lareferenciaold.redclara.net/rfr/sites/default/files/edicion-especial-referencia.pdf, (accessed 2017-10-04).
(12)La Referencia.
http://www.lareferencia.info/joomla/en/, (accessed 2017-10-04).
(13)“IDB – RG-T1684 : ESTRATEGIA Y MARCO REGIONAL PARA RED DE REPOSITORIOS DE DOCUMENTACIÓN CIENTÍFICA”. IDB.
http://www.iadb.org/es/proyectos/project-information-page,1303.html?id=rg-t1684, (accessed 2017-10-04).
(14)“Edición Especial: América Latina pasa la primera página en Acceso Abierto”. La Referencia. 2013-01.
http://lareferenciaold.redclara.net/rfr/sites/default/files/edicion-especial-referencia.pdf, (accessed 2017-10-04).
(15)詳しい活動内容や報告書もウェブサイトに掲載されている。
“Documentos por Área”. La Referencia.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/documentos-areas.html, (accessed 2017-10-04).
(16)Driver 2.0.
http://cordis.europa.eu/project/rcn/86426_en.html, (accessed 2017-10-04).
(17)収録の対象は逐次刊行物の記事、学位論文、テクニカルレポートとされている。
La Referencia Plan Piloto Componente III. “Acta acuerdo comité técnico.”. La Referencia.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/sites/default/files/docs_publicos/aspectostecnicos.pdf, (accessed 2017-10-04).
(18)“ACUERDO DE COOPERACIÓN ENTRE ALTAS AUTORIDADES DE CIENCIA, TECNOLOGÍA E INNOVACIÓN DE AMÉRICA LATINA PARA LA CONSTITUCION DE LA REFERENCIA”. La Referencia.
http://www.lareferencia.info/joomla/es/recursos/documentos/acuerdos-politicos/2-acuerdo-de-cooperacion-regional-acta-de-buenos-aires-que-constituye-la-referencia-2012, (accessed 2017-10-04).
(19)Cabezas, Alberto. “LA Referencia: Estrategias de Repositorios de Acceso Abierto en América Latina”. La Referencia. 2014-11-25.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/content/la-referencia-estrategias-de-repositorios-de-acceso-abierto-en-america-latina-0.html, (accessed 2017-10-04).
(20)CHAIN-REDS Project.
http://www.chain-project.eu/, (accessed 2017-10-04).
(21)Barbera, Roberto. “LA Referencia Open Access Document Repositories integrated in the CHAIN-REDS Knowledge Base”. CHAIN-REDS Project. 2013-12-06.
https://www.chain-project.eu/news/-/asset_publisher/Y0St/content/la-referencia-open-access-document-repositories-integrated-in-the-chain-reds-knowledge-base, (accessed 2017-10-04).
(22)La Referencia. “”3era Edición Especial “A los dos años de la Declaración de Buenos”. La Referencia. 2014-12.
http://lareferenciaold.redclara.net/rfr/sites/default/files/edicion-especial12.pdf, (accessed 2017-10-04).
(23)openAIRE.
https://www.openaire.eu/, (accessed 2017-10-04).
(24)“Quienes Somos”. La Referencia.
http://www.lareferencia.info/joomla/es/institucional/quienes-somos, (accessed 2017-10-04).
(25)最新のVer.3.0について、導入したブラジルのIBICTの事例がOpen Repositories 2017 Conferenceで発表されている。
Carvalho-Segundo, Washington L. R. de; Matas, Lautaro; Cabezas, Alberto; Amaro, Bianca; Gomes, Gabriel. “The LA Referencia Software and the Brazilian Portal of Scientific Open Access Publications (oasisbr)”. La Referencia. 2017-06-29.
http://www.lareferencia.info/joomla/pt/recursos/documentos/presentaciones-y-folletos/63-presentacion-sobre-herramienta-de-busqueda-or2017, (accessed 2017-10-04).
(26)現在の状況は以下に記載。
“Tecnología”. La Referencia.
http://www.lareferencia.info/joomla/es/servicios/tecnologia, (accessed 2017-10-04).
(27)Matas, Lautaro. “Diagnóstico tecnológico, validadores de directrices y plataforma regional.” La referencia. 2015-11-25,26.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/sites/default/files/docs_publicos/tecnologia_diagnosticolareferencialmatas.pdf, (accessed 2017-10-04).
(28)Ibid.
(29)“WP3 – International Alignment”. OpenAIRE.
https://www.openaire.eu/wp3-international-alignment/, (accessed 2017-10-04).
(30)“Metadatos y Políticas de Cosecha de LA Referencia”. La referencia. 2015-06-01.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/sites/default/files/docs_publicos/politicadecosechalareferenciamayo2015final.pdf, (accessed 2017-10-04).
以下の資料では主な特徴と以前との違いがまとめられている。
“Síntesis Reglas de Metadatos LA Referencia”. La Referencia. 2015-06-08.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/sites/default/files/docs_publicos/sintesis_reglas_de_metadatos_la_referencia.pdf, (accessed 2017-10-04).
“Guidelines Compatibility Overview”. La Referencia. 2015-06-08.
http://lareferencia.redclara.net/rfr/sites/default/files/docs_publicos/guidelinescompatibilityoverview_0.pdf, (accessed 2017-10-04).
(31)Cabezas, Alberto. “M3.2 Report: Promotional Workshop/Consultation for Latin-American region. 25 and 26 of November 2015”. COAR. 2015-12-15.
https://www.coar-repositories.org/files/LA-Referencia-Workshop-Report-Feb2016.pdf, (accessed 2017-10-04).
(32)“Webinar: Vocabularios Controlados para Repositorios: Objetivos y Avances del Grupo de Trabajo COAR (in Spanish)”. COAR.
https://www.coar-repositories.org/activities/webinar-and-discussion/previous-webinars/webinar-vocabularios-controlados-para-repositorios-objetivos-y-avances-del-grupo-de-trabajo-coar-in-spanish/, (accessed 2017-10-04).
(33)Alberto Cabezas B. “D3.2 Report of current state and roadmap for implementation of guidelines in Latin America”. COAR. 2016-04-30.
https://www.openaire.eu/edocman?id=844&task=document.viewdoc, (accessed 2017-10-04).
(34)Alperin, Juan Pablo; Babini, Dominique; Chan, Leslie; Gray, Eve; Guédon, Jean-Claude; Joseph, Heather; Rodrigues, Eloy; Shearer, Kathleen; Vessuri, Hebe. “Open Access in Latin America: A paragon for the rest of the world”. COAR. 2015-08-17.
https://www.coar-repositories.org/news-media/open-access-in-latin-america-a-paragon-for-the-rest-of-the-world/, (accessed 2017-10-04).
[受理:2017-11-10]
水野翔彦. ラテンアメリカのオープンアクセスとLa Referencia. カレントアウェアネス. 2017, (334), CA1910, p. 7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1910
DOI:
https://doi.org/10.11501/11007715
Mizuno Yasuhiko.
La Referencia and Open Access in Latin America.