CA1834 – 図書館整備「反対運動」とその争点 / 桑原芳哉

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カレントアウェアネス
No.322 2014年12月20日

 

CA1834

図書館整備「反対運動」とその争点

 

尚絅大学文化言語学部:桑原芳哉(くわばら よしや)

 

1.はじめに

 公共施設の中でも、福祉施設や環境施設の整備にあたっては、住民による「反対運動」や議会による反発等への対応が課題となっている。ゴミ処理施設や火葬場などの「環境衛生施設」の整備に関する紛争のほか、近年では「保育所」についても「迷惑施設」とされ反対運動が起こる例もある。福祉施設や環境施設に関する紛争については、「施設コンフリクト」として、1990年代以降、事例の報告(1)や研究(2)が進んでいる。

 これらの施設と異なり、図書館については、その整備について大きな反対があるという事例は報告されてこなかった。しかし、近年、図書館整備に関連して住民などからの「反対」の意志が表明される事例や、図書館整備の是非が首長選挙の争点となった事例についての報道がある。

 生涯学習や地域の課題解決の拠点として、図書館を求める声がある中で、図書館整備に「反対する」という事例について整理する。

 

2.事例の収集と整理

 公立図書館の整備に関して「反対」という意志が示された国内の事例について、網羅的に収集することを企図した。このような事例は、当該地域では比較的大きく報道される可能性が高いことから、新聞記事による報道事例を収集することとした。

 全国紙、地方紙及び建設関係業界紙の記事検索データベース3種(「G-Search」「EL-NET」「聞蔵Ⅱ」)により、住民や議会、首長による、図書館(または図書館を含む複合施設)の整備に関する反対等の意志表示(反対運動、反対意見表明、整備予算の否決、住民投票、首長リコール、図書館整備を争点とした首長選挙、首長による整備計画の撤回など)の事例を収集した。

 収集した事例について、(1)~(3)の視点により整理し、考察を行う。
(1) 時期
(2) 地域
(3) 争点

表1 図書館整備「反対運動」等の事例
(「期間」開始時期の順)
(「市町村」欄の*は1995年以降に市町村合併を行った自治体)
項番都道府県市町村期間概要
1静岡東伊豆町1995~1997複合施設整備見直しの署名活動
2長崎長崎市(*)1995~2007被爆遺構の保全
3熊本山鹿市(*)1995~1998複合文化施設用地選定への反対
4群馬藪塚本町(*)
(→太田市)
1996~1998文化施設建設反対(町長リコール署名)
5茨城三和町(*)
(→古河市)
1997~1998建設:議会の反対(契約案を否決)
6宮崎新富町1997~1999住民投票条例請求、町長選争点
7熊本菊池市(*)1998~2001複合施設整備:議会の反対、市長選
8山口山口市(*)1998~2002文化交流プラザ整備反対運動
9秋田角館町(*)
(→仙北市)
1999複合施設整備:住民投票条例請求
10宮崎門川町2001~2002住民団体の反対運動(監査請求等)
11長野豊科町(*)
(→安曇野市)
2005住民の反対運動(署名活動)
12長野塩尻市(*)2005~2006市街地への移設に対する反対運動
13山形米沢市(*)2005~2013文化複合施設整備:疑義・反対
14岐阜飛騨市(*)2007~2009複合施設整備:住民団体等の反対
15兵庫伊丹市2007~2010新図書館建設:住民団体等の反対
16長野軽井沢町2008~2009駅舎内への整備に関する疑義
17和歌山田辺市(*)2008~2010新図書館建設に対する反対運動
18京都福知山市(*)2008~2012駅前拠点施設整備への疑義
19岩手一関市(*)2009~2011駅舎との複合施設整備への疑義
20千葉八千代市2010~2013都市再生整備に対する反対
21長野木曽町(*)2011~2012複合施設整備:住民からの反対
22岐阜中津川市(*)2011~2012新図書館建設:反対運動(市長選等)
23兵庫明石市2011~再開発事業:住民団体の反対運動
24茨城古河市(*)2012複合文化施設整備への反対運動
25長崎五島市(*)2012新図書館建設:住民等の反対
26岐阜岐阜市(*)2013~2014複合施設整備:市長選の争点
27北海道釧路市(*)2014~図書館移転整備への反対
28山梨山梨市2014~新市長による整備計画の見直し

 

3.結果

3.1 「反対運動」等の事例

 新聞記事検索により収集した事例について、表1に示す。1995年以降、28件の事例を確認することができる。このうち、岐阜県中津川市の事例については、中津川市のウェブサイト内に「新図書館建設事業」として事業の経緯等に関する情報が公開されている(3)

3.2 整理・分析

(1) 時期

 確認できた事例で最も古いものは、1995年の事例になる。検索した新聞記事データベースの収録期間の制約により、古い事例が漏れている可能性があるという、調査の限界を考慮する必要があるが、国内において福祉施設の整備に関する「施設コンフリクト」への問題意識が高まった時期が1990年代以降と考えられていることからも、図書館に関する整備「反対」という意志が表明されるようになった時期が、1995年頃以降という結果については受容できるものと思われる。

 表1において「期間」を見ると、1995~1998年頃と、2005年以降の事例数が特に多くなっている。この背景については、次のように推察する。

 1995~1998年頃の事例については、1995年に「地方分権推進法」が施行され、地方分権推進委員会による勧告の後、2000年の「地方分権一括法」の施行により施設整備に係る国庫補助等が大幅に削減されていることから、自治体当局が削減前に国庫補助等を受けるため早急に施設整備を進めようとした事業計画に対して、議会や住民が反対したものと推察できる。表1のうち(1)、(3)、(4)、(5)、(6)が該当すると考えられる。

 一方、2005年以降の事例については、整備費だけでなく「事業の優先度」や「事業の効果」を争点とする事例もあり、施設整備に対する住民等の「納税者意識」が顕在化したものとも考えられる。

(2) 地域

 収集した事例については、まず大都市圏の自治体における事例が少数であり、地方都市や町村における事例が多いことが確認できる。地方都市や町村については、図書館未設置自治体も多いが、過疎化や高齢化が進む中で福祉施設や医療施設等の整備が切実な課題であり、「事業の優先度」が争点になるケースが見られる。

 また、収集した事例のうち20の事例(表1中「市町村」欄の「*」)が、いわゆる「平成の大合併」による市町村合併を行った自治体となっている。

(3) 争点

 28件の事例の主な争点としては、「整備費」「建設地」「事業の優先度」があることが確認できる。

 収集した事例の主な争点として、最も多いものが「整備費」である。何十億という整備費が、住民や議員にとっては「過剰に多額」と見られ、事業の中止や計画の見直しを求める運動につながるケースが多い。整備費が主な争点となった事例について、報道から確認できる計画時の整備費と反対運動等による整備計画の結果を表2に示す。

表2 整備費が主な争点となった事例
自治体名
(整備施設)
整備費(計画時)(百万円)反対運動等による整備計画の結果
静岡県東伊豆町(総合文化会館)3,400計画撤回
群馬県藪塚本町(ホール等複合)1,580計画地に整備
茨城県三和町(図書・資料館)1,000一時撤回→計画地に整備
宮崎県新富町(総合文化会館)8,100文化会館のみ整備(図書館は中止)
山口県山口市(文化交流プラザ)7,000計画どおり整備
秋田県角館町(地域情報センター)2,000計画どおり整備
岐阜県飛騨市(図書館+市議会議場)2,400図書館+会議室として整備
兵庫県伊丹市(新図書館)2,700計画どおり整備
和歌山県田辺市(新図書館)(不明)計画どおり整備
京都府福知山市(市民交流プラザ)4,870計画を見直し整備(施設規模縮小)
岩手県一関市(新図書館)1,800計画を見直し整備
千葉県八千代市(ギャラリー等複合)3,100計画どおり整備
長野県木曽町(複合施設)1,200計画撤回
岐阜県中津川市(新図書館)1,770事業中止
兵庫県明石市(再開発ビルへの整備)5,000(計画どおり整備の方向)
茨城県古河市(文化センター)13,000事業中止
長崎県五島市(新図書館)1,300計画中止
山梨県山梨市(新図書館)1,635(新設整備中止の方針)

 図書館単独施設ではなく、ホールやギャラリーなどとの複合施設として大規模な施設整備を計画していた事例や、自治体の財政規模に比較して多額な整備費と考えられるケースなど、「巨額な整備費」と批判された結果、計画の撤回や事業の中止となった事例も見られる。整備が実現した事例においても、施設規模の見直しなどにより整備費の縮減が図られている事例もある。

 次に、「建設地」が主な争点となった事例を確認する。表1に挙げた事例のうち、(3)、(10)、(12)、(13)、(19)などが該当する。図書館整備の必要性そのものは認めるものの、建設地が適切でないという批判と考えられる。前述の整備費に関する批判と関連した「用地取得費が高い」という批判や、利便性の高い場所を求める意見、逆に、交通量の多い地域を避けて安全な場所にという意見などが見られる。また、建設予定地が首長の利権に関わる土地であるという批判が出た事例もある。

 さらに、「事業の優先度」が争点となる事例も見られる。表1に挙げた事例のうち、(7)、(15)、(20)、(21)、(26)などが該当する。「図書館よりも別の施設を」という批判が出るもので、新図書館の整備計画を進める一方で、公立保育所の民営化を進めていた自治体において、子育て世代の住民から図書館整備に対して多くの反対意見が出された事例もある。また過疎化や高齢化の進展を背景とした福祉施設や医療施設等の整備を求める意見も根強い。

 

4.考察と課題

4.1 「整備費」に関する説明の必要性

 図書館整備に「反対」する意見として、多く見られるのが「高額な整備費」に関する批判である。確かに「数十億」という金額は、多くの住民には想像もつかない高額であり、「図書館にそんな大金を使うのか」という批判に直結することは首肯できる。しかし、その整備費用及び整備後の運営費を含めた経費が、住民にとって実際にどのくらいの負担になるのかについて、具体的に説明している事例は確認できない。

 例として、兵庫県伊丹市の新図書館整備を取り上げる。2007年に新図書館整備が計画された時点での設計費・工事費等の事業費は約27億円とされていた(4)。また、新図書館開館年次である2012年度の図書館費当初予算額は約2億6,000万円とされている(5)。単純な試算として、仮にこの費用で整備され、40年間運営されたとすると、40年間の総経費は131億円、1年間の経費としては3億2,750万円となる。伊丹市の人口は約20万人であるので、単純な試算では図書館整備・運営に係る市民1人当たりの負担額は年間1,600円余り、月額にすれば約140円となる。このような試算を提示することが、整備費に関する大きな批判に対して効果的な説明となる可能性を追求する必要があると考える。

 また、整備費という「インプット」に対する「効果(アウトカム)」を示すことも追求する必要がある。図書館整備を計画する自治体の説明資料や首長の会見での発言等を確認すると、「図書館は将来への投資」「住民の知的財産」といった抽象的な言葉により図書館の必要性を説明しているケースがあるが、このような説明が住民や議会に対して図書館への理解を高めることに結びついているとは考えにくい。

 保育所の整備については、近年、子どもの声や送迎の車に関連して近隣住民の理解が得られない、という事例が多く見られる。このような「迷惑施設」としての対応に加えて、保育所の整備にあたっては、一般に、1か所整備することにより待機児童が何人減少する、という具体的な数字により説明が行われており、その結果、保護者(主として母親)の就労機会が増大するという事業効果が推察され、その必要性についての理解を広めることにつなげている。このような、施設整備の「効果」に関する「わかりやすい説明」を考える必要がある。

4.2 課題

 今回の調査では、対象事例の収集にあたって新聞記事として報道された事例を対象としたが、事例の網羅的な収集方法としては疑義があり、さらに効果的な事例の収集について検討する必要がある。また、個別事例の分析については、福祉施設に関する「施設コンフリクト」研究における実践例(6)(7)や環境衛生施設をめぐる紛争事例、ホールなどの文化施設の整備事例などを参考に、その手法を検討する必要があると考える。

 図書館整備に対して「反対」という意志が表明される事象は、地方自治体の財政事情や住民の意識を考慮すると、今後もさらに発生することが考えられる。図書館への「理解」を求める方策を探るためにも、研究が必要と考えられる。

 

(1) 特集:終わりなき住民紛争~その根底にあるもの~.いんだすと.1998, (127), p. 1-51.
施設コンフリクト:差別がつくられる構造.ヒューマンライツ.1999, (136), p.4-25.
清水修二.NIMBYシンドローム考:迷惑施設の政治と経済.東京新聞出版局,1999, 283p.
特集:施設コンフリクト(摩擦)と自治体.晨.2000, 19(12), p. 10-32.
特集:“迷惑施設”のゆくえ.中央公論.2012, 127(5), p. 26-65
特集:NIMBYを考える.住民と自治.2013, (601), p. 8-29.

(2) 古川孝順[ほか]編.社会福祉施設-地域社会コンフリクト.誠信書房, 1993, 181p, (ソーシャル・リサーチ・シリーズ1).
高橋克紀ほか.迷惑施設の建設をめぐる住民の合意形成.月刊自治研.2003, (525), p. 62-70.
柳尚夫.精神障害者施設コンフリクトへの対応:大阪府池田市での事例をもとに.公衆衛生.2003, 67(5), p. 376-379.
大野裕介.「迷惑」とは何か:「迷惑施設」をめぐる運動を通して.現代の社会病理.2007, (22), p. 135-153.
野村恭代.精神障害者施設におけるコンフリクト・マネジメントの手法と実践:地域住民との合意形成に向けて.明石書店,2013, 254p.

(3) 中津川市.“新図書館建設事業”.
http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/wiki/新図書館建設事業, (参照 2014-09-14).

(4) 伊丹市.“社会教育施設(新図書館)等整備基本計画(案)へのパブリックコメント”.
http://www.itami-library.jp/Sintopubcomkai.pdf, (参照2014-09-14).

(5) 伊丹市立図書館編.“図書館の経費”.図書館年報 平成24年度.2013,p. 18.

(6) 古川[ほか].前掲.

(7) 野村.前掲.

 

[受理:2014-11-18]

 


桑原芳哉. 図書館整備「反対運動」とその争点. カレントアウェアネス. 2014, (322), CA1834, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1834

Kuwabara Yoshiya.
Opposition Movement to Construction of Libraries and the Issues.