CA1773 – 動向レビュー:日本の公共図書館の電子書籍サービス-日米比較を通した検証- / 森山光良

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カレントアウェアネス
No.312 2012年6月20日

 

CA1773

動向レビュー

 

日本の公共図書館の電子書籍サービス
―日米比較を通した検証―

 

岡山県立図書館:森山光良(もりやまみつよし)

 

はじめに

 電子書籍に関する情報があふれている。ただし、日本ではそのほとんどが、個人向け有料サービスに焦点を当てた技術や業界動向の情報である。一方、日本の公共図書館の電子書籍サービスに関する研究や動向の紹介はごく少ない(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)。その背景に、サービス実施館が限られているという不振状況がある。海外の公共図書館の電子書籍サービスに関する研究や動向の紹介もごく少ない(10) (11) (12) (13)

 本稿の目的は、日本の公共図書館が電子書籍サービスの導入に消極的な要因を検証し、その不振状況の改善に向けた検討を行うことである。検証に当って、日本とは対照的に導入が進んでいる米国と比較する。また、図書館サービスという図書館界内部の環境だけでなく、図書館サービスを取り巻く外部環境としての電子書籍市場や、より広く書籍市場の状況をも考慮に入れる。

 本稿は次のように構成される。最初に、本稿で扱う電子書籍の定義を行う。第2に、日米それぞれの公共図書館の電子書籍サービスを比較する。第3に、日本の公共図書館が電子書籍サービスを導入するメリット、デメリットを示し、内部環境としての図書館サービスの側面から不振要因の由来を考察する。第4に、外部環境としての電子書籍市場や、より広く書籍市場の状況について、日米それぞれを考察する。最後に、日本特有の不振状況の改善に向けた検討を行う。

 

1. 電子書籍とは

 ここでは考察対象を明確にするため、本稿で扱う電子書籍の定義を行う。まず、既存の定義を挙げておく。

 『図書館情報学用語辞典』の第3版には、電子図書(electronic book)の項で、「従来は印刷して図書の形で出版されていた著作物を、電子メディアを用いて出版したもの。電子書籍ともいう」と定義されている(14)。なお、電子出版とは、「読者がアクセスする最終的な流通形態に電子メディアを用いて、著作物を一般に頒布する形態」と定義されている(15)。電子ジャーナル(electronic journal)の項は別立てされている。

 “Encyclopedia of Library and Information Sciences”の第3版には、第2版にあった“e-books”の項はない。しかし、“Self-Publishing on the Internet”の項で、“e-books”とは、「a 図書を読む疑似体験ができる閲覧ソフトを備えた機器またはシステムで表示される電子コンテンツ。b 電子コンテンツを表示する携帯型の読書システムそのもの」とするマクラリー(V. R. McCrary)の定義を紹介している(16)

 ヴァシリウ(Magda Vassiliou)等は、“e-books”について、「(1)これまで慣れ親しまれてきた図書のあり方を、電子環境で提供され得るようにまとめた、文字その他のコンテンツから成る電子的な対象物である。(2)典型的には、検索、参照、ハイパーリンク、しおり、付箋、強調表示の各機能や、マルチメディアコンテンツ、双方向ツールのような特色を持つ」と定義している(17)

 また、後述するいずれの出版統計でも、電子書籍は、電子ジャーナル、オーディオブック(録音図書)、視聴覚(AV)資料等と区分されている。

 以上を参考に本稿では、電子書籍を、電子出版され、多様な機能の付加された閲覧ソフトを用いて読むことができる書籍(図書)と定義する。なお、電子ジャーナルや、音声・映像等が主体となるオーディオブック、AV資料等とは区別して用いる。特に本稿での主な考察対象は、ベンダー(供給業者)との購入契約を伴う公共図書館向けの電子書籍とする。

 

2. 日本の公共図書館の電子書籍サービス

 筆者の調査では、2012年3月時点で、電子書籍サービスを公式に実施している日本の公共図書館は、東京都千代田区立図書館(18) (19)、岐阜県関市立図書館、大阪府大阪市立図書館、大阪府堺市立図書館(E1133参照)(20)、和歌山県有田川町立図書館、山口県萩市立図書館、山口県下関市立図書館、佐賀県武雄市立図書館に過ぎない。2007年に開始の千代田区立図書館以来足踏み状態である。

 各館は、館外からのオンライン利用に際して、大日本印刷系列や凸版印刷系列等のベンダー(システム基盤はiNEO社かEBSCO社が構築したものにほぼ二分される)のサーバに、閲覧機器でアクセスするよう利用者に案内する。つまり、クラウドサービスであり、各館が自館サーバに電子書籍を保存し提供するのではない。それは、ベンダーの設定するデジタル著作権管理機能(Digital Rights Management:DRM)で、サービス全体を厳密に管理するためである。具体的には、同時アクセス、ダウンロード、プリントアウト等の制限である。

 各館のサービスは、主にパソコンでの閲覧を想定したものとなっている。しかし、武雄市立図書館のみ例外で、同館はタブレット端末のiPadを指定している。同館では、iPadを所有する利用者に対して、クラウドサービスを介して非購入電子書籍を提供しているが、同館所有のiPadを貸し出すことで、iPadに保存された購入電子書籍も含めて閲覧できるようになっている。また、武雄市立図書館以外のサービス提供館でもiPad等への対応が進んでいる状況にあるが、電子書籍フォーマットの不統一が障害となり、提供する電子書籍のごく一部にしか対応できていないのが実態である(21)

 各館が提供している電子書籍は、購入電子書籍のほか、青空文庫で提供されている著作権切れの図書や、当該市町村が著作権を持つ市町村史等の非購入電子書籍も含まれる(22)。購入電子書籍は、情報の鮮度の比較的低い、一部の学術書、専門書、学習書が主体となっている。公共図書館における電子書籍ならではの選書傾向として、従来見送られがちであった本文書き込み形式の資格・検定対策系、語学系の問題集等が意識的に選ばれるようになった点が挙げられる。

 サービス実施のリスクも認められる。千代田区立図書館よりもさらに早く、奈良県生駒市立図書館と北海道岩見沢市立図書館は電子書籍サービスを開始したものの、対応するベンダーの撤収に伴いサービスを終了した。外部サーバに保存されていた購入資料は一部を除き図書館に残っていない(23)。契約内容次第であるが、クラウドサービスを前提とした今後の電子書籍サービスでも同様のリスクを念頭に置く必要がある。図書館の管理下に完全に置けない点や、物として残らない点を考慮すると、導入の際には予算枠の見直し、費目替えの検討も必要になる(需用費、備品費等から、使用料および賃借料、役務費等へ)。ただし、費目替えされると、図書館法第3条で想定された図書館資料ととらえにくくなる。

 

3. 米国の公共図書館の電子書籍サービス

 2011年時点で、米国の公共図書館全体の67.2%が電子書籍サービスを実施している。電子書籍を館外からオンラインで利用可能としている公共図書館は全体の60.9%である (24)。2009会計年度の公共図書館資料費が前年度比4.8%減となる一方で、その一部の電子書籍費は同0.7%増の12.0%を占める(25) (26)

 米国のミネソタ州のヘネピン郡図書館は、中央館と地域館を合わせて41館あるが、2012年3月末に「村上春樹」で著者名検索すると、紙書籍、大活字本、オーディオブック等、さまざまなタイプの資料56点がヒットする。紙書籍の『1Q84』の予約は260人と米国でも大人気で、46冊の複本がある。さらに同著者の『走ることについて語るときに僕の語ること』については、電子書籍とオーディオブックがありいずれもファイル単位でダウンロード利用できる(27)。日本では、DRMが厳しく、ファイル単位でダウンロードさせないベンダーが一般的で、Web接続状態で閲覧させる仕組みとなっている。これに対し、米国は車社会なのでオーディオブックの普及度が公共図書館で高く、オーディオブックのダウンロードやポッドキャストも一般的である(米国の公共図書館全体の59.5%がサービスを実施)(28)。読書習慣や文化の違いが、電子書籍サービスの仕組みにも影響を与えている(29)。貸出期限が来たら利用できなくなる点、クラウドサービスである点は日本と同様である。

 ここまで日米の公共図書館の電子書籍サービスを紹介したが、両者を比較すると、導入の度合い、専門書のみならず通俗書も含めた品揃え、利用者の使い勝手等の点で米国が優る。

 

4. 日本の公共図書館が電子書籍サービスを導入するメリットとデメリット

 現時点で、日本の公共図書館が電子書籍サービスを導入するメリットは以下のとおりである(30)

(1)非来館型サービス
一般に館外からのオンライン利用を実現する。

(2)障害者支援
文字拡大や読み上げ機能がある。最新規格のEPUB3は、マルチメディアDAISYと同様、読み上げとテキストのシンクロ表示ができる。

(3)読書支援機能の提供
全文検索、本文のコピーアンドペースト、消去可能な書き込み機能等を提供できる。

(4)物としての紙書籍に由来する問題の解消
移動の手間、物理的破損、劣化、亡失、延滞、誤排架、物理的な蔵書スペース問題等がなくなる。

 なお、(1)~(3)は利用者にとってのメリット、(4)は利用者、図書館双方にとってのメリットである。

 一方、現時点で、日本の公共図書館が電子書籍サービスを導入するデメリットは以下のとおりである(31)

(1)公共図書館向け電子書籍数の不足
米国では累計数十万件規模の電子書籍を提供するベンダーが複数あるが(32)、日本ではどのベンダーも累計5,000件程度に止まる。さらに電子書籍の追加補充がほとんどない(33)ため、日本の導入館での利用頻度は、サービス開始時にもっとも高く、しばらく低下し、フラットな低迷状態が長く続く傾向にある。

(2)品揃えの偏り
提供される電子書籍は、情報の鮮度の比較的低い、一部の学術書、専門書、学習書等や、著作権切れの青空文庫等に限定される。

(3)DRMによる利用の制約
非来館型サービスにおいては、ファイル単位でダウンロードさせることによってWeb未接続状態での閲覧機能があるベンダーと、Web接続状態のみでの閲覧機能があるベンダーに分かれる。後者の利便性は低い。

(4)DRMによる資料管理の制約
購入後の資料についてのベンダーとの関係は、基本的に紙書籍では消滅するが、電子書籍では継続する。ベンダーによる図書館の囲い込みとDRM制御が行われ、蔵書の間接管理もしくは、単にライセンス供与を受ける印象である。奈良県生駒市立図書館、北海道岩見沢市立図書館の事例のように、ベンダーの撤収により、蔵書編成から外れるリスクは紙書籍にはないものである。また、電子書籍の貸出し回数に26回という上限を設定し、貸出しライセンスが切れた電子書籍を図書館に再度購入するよう求める出版社(HarperCollins社)が米国で現れた。26回の貸出し回数が紙書籍の耐用限度であると同社が判断したことによる。米国の図書館界は猛反発している(E1156参照)。

(5)伝統的な図書館運営手段の喪失
電子書籍の購入契約で取得した権利そのものを譲渡することはできないため、電子書籍に関しては、次のように伝統的な図書館運営手段が喪失する。利用者が個人の立場で購入した電子書籍を図書館が寄贈受入することはできない。また、図書館間で電子書籍が移動する相互貸借は現時点で成立しない。

(6)電子書籍フォーマットの不統一
主流はEPUBとPDFであるが、XML、Flash等のフォーマットもある。電子書籍リーダーやタブレット端末は、それぞれ一部の電子書籍フォーマットにしか準拠していないため、個人がこれらの機器でWeb接続する場合、図書館が提供する全電子書籍を利用できるとは限らない。また、自宅にWeb環境のない利用者向けに、電子書籍をあらかじめ内部に保存して、これらの閲覧機器ごと貸し出しても、図書館所蔵の全電子書籍を網羅するとは限らない。なお、武雄市立図書館の場合は、電子書籍フォーマットをPDFに限定することによって、上記懸案を解消している(34)。ただし、フォーマットを限定すると、出版された一部の電子書籍しか提供できなくなる。

(7)価格メリットのなさ
紙書籍よりも割高な費用のため、紙書籍のみで蔵書構成する場合よりも提供冊数は減少する。購入費のほかに、継続的なサーバ維持費が必要な場合があり、低迷する資料費がさらに圧迫される(35)

 なお、(1)~(3)は利用者にとってのデメリット、(4)は図書館にとってのデメリット、(5)~(7)は双方にとってのデメリットである。

 以上のように、現時点では導入のデメリットの方がはるかに大きく、導入の不振要因となっている。限られた予算で最大のサービス効果を発揮させようと考えると、導入には慎重にならざるを得ない。

 ちなみに、デメリット(5)は電子書籍が本来持っている性質に由来するものである。それ以外の項目はベンダーのサービスや電子書籍市場の未成熟に由来するデメリットである。そこで以下では、公共図書館の電子書籍サービスを取り巻く外部環境としての電子書籍市場について、紙書籍市場をも踏まえつつ、日米それぞれ考察することによって、問題の背景を検証する。

 

5. 日本の書籍市場

 日本では、紙書籍の価格決定と流通の制度基盤に、再販売価格維持制度(以下再販制と略す)と委託販売制度があり、セットで機能している。再販制とは、製造者が問屋、小売店、消費者への販売価格(再販売価格)を決定し、その価格(定価)での販売を守らせる制度である(36)。委託販売制度とは、小売店がメーカーの生産した商品を、買切りではなく、返品可能な委託という形で仕入れることのできる制度である(37)

 紙書籍の流通プロセスは次のように単純化される。

出版社(印刷会社との取引を含む)―取次―書店

 電子書籍の流通プロセスは次のように単純化される。

出版社(制作会社との取引を含む)―取次―書店

 紙書籍の流通プロセスでは、書店は定価販売を求められる一方で、売れ残りを返品することによって多品種販売のリスク回避を行う。日本特有の取次(トーハン、日販等)が金や情報を流してこの仕組みを支えている。2010年の新刊点数が依然として高レベルな78,354点(最多は2009年の80,776点)であることに示されるように、この仕組みは中小零細出版社の多い日本の出版文化を保護する点で一定の成果を挙げてきた。しかし、そもそも需要と供給の関係で価格形成される市場メカニズムが機能しないしわ寄せは、返品率が39.6%(最多は2009年の41.1%)と高止まる状況や、書籍実売総金額が88,308,170万円(前年比3.4%減、最多は1997年の110,624,583万円)と漸減する状況を生んだ(38) (39)

 電子書籍の流通プロセスでは、再販制は適用されない(40)。既存の印刷会社(大日本印刷、凸版印刷)は制作会社に移行して流通プロセスを系列化し、紙書籍とは異なる系列ごとの取次が別途再編成されつつある。書店はWeb上にあり、通信サービスを提供する各キャリア、通販業者、既存の書店や、Apple社等のICT関連業者が新規参入している(41)。動向の注目されるAmazon社は、まだ参入していない。

 日本の電子書籍の販売額については、インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所が推計している。2010年度に前年度比13.2%増の650億円と増加はしているものの、2003年度から2007年度まで毎年度ほぼ倍増していた勢いは、2008年度以降鈍化している。このうち、コミック(マンガ)が524億円(80.6%)、さらにケータイ(スマートフォンを除く)向けコミックが492億円(75.6%)を占める(42)。なお、当該販売額は個人向けの小売段階の数値である。教育用、企業向け、ゲーム性の高い電子書籍の販売額は含まれない。

 日本の電子書籍市場では、コミック以外の電子書籍の販売不振と、品揃えの偏りが相まって悪循環に陥っている。また、次の不振要因も挙げられている。(1)出版社の著作権処理が進まないこと。(2)電子書籍リーダーが普及しないこと。(3)Web情報は無料という意識が根強いこと。(4)市場メカニズムに基づく電子書籍市場が本格的に立ち上がれば、紙書籍への値下げ圧力が働き、再販制に基づく従来の仕組みが立ち行かなくなるため、出版業界が積極的に動かないこと(43)

 具体事例として、電子書籍サイト「Yahoo! ブックストア」(44)を筆者が確認したところ、2012年3月末時点の販売点数は39,931点であった。2011年11月末時点の約35,000点との差は約5,000点である。直近4か月間で11.4%(年率換算34.2%)程度の伸びである。前身がコミック中心の「Yahoo! コミック」であることにもよるが、2012年3月末時点でコミックが38,575点あり96.6%を占める。一般書1,100点のうち976点は女性向け大衆恋愛小説のハーレクインである。

 なお、慶應大学での電子書籍に関する学生対象の調査では、学術分野の電子書籍が有効と考えられる一方、和書の品揃えが極端に少ないと報告されている(45)

 

6. 米国の書籍市場

 米国の紙書籍の流通プロセスは次のように単純化される。中小零細出版社の多い日本と比べて、出版社が相対的に大規模で印刷所を所有するケースが多い。

出版社(印刷所を含む)―物流・卸売業者―書店

 電子書籍の流通プロセスは次のように単純化される。

出版社―電子書籍配信業者―書店

 紙書籍の流通プロセスでは、再販制と委託販売制度を基盤とする日本と異なり、他業種と同様のごく一般的な流通構造である。書店は一般に、買切りで仕入れ、値引き販売する。電子書籍の流通プロセスでは、電子書籍配信業者が、日本の制作会社と卸売業者を兼ねた多彩な役割を果たす(46)。電子書籍の書店は日本同様Web上にある。

 米国の電子書籍の販売額については、米国出版社協会(Association of American Publishers:AAP)と書籍産業研究グループ(Book Industry Study Group:BISG)が2011年から始めた新しい出版統計の“BookStats 2011”で発表している(47)。AAPの従来の統計よりも、調査対象となる出版社の範囲が広がったため精度が高まった。2010年は前年比63.7%増の16億1,650万ドルである。日本と異なり、教育用等の電子書籍の販売額も含まれる。また、従来からAAPの発表数値は卸売段階の数値である。米国の出版社の卸率が約50%であるのを考慮すると、2倍することで小売段階の概数が求められ(48)、32億3,250万ドル(1ドル80円換算で2,586億円、以下同様とする)となる。ただし、これは定価ベースの合計額である。再販制がなく値引き販売が一般的な米国で、実際の販売額はこれより低下すると思われる。ちなみに、AAPの従来の統計手法による2010年の卸売段階の販売額の既発表数値は4億4,130万ドル(小売段階の円換算概数は706億円)であった(49)

 具体事例として、米国のAmazon社が運営する電子書籍販売サイト“Kindle eBooks”(50)を筆者が確認したところ、2012年3月末時点の販売点数は1,097,851点であった。2011年11月末時点の854,631点との差は243,220点であり、直近4か月間で28.5%(年率換算85.5%)の伸びである。日本の電子書籍市場にAmazon社がまだ参入していないため、前記の「Yahoo! ブックストア」の伸び率と比べると2.5倍になる。また、日本のようにコミックに偏らない。「村上春樹」で著者名検索すると、『1Q84』等が2012年3月末時点で34点ヒットする。日本ではまだ電子書籍になっておらず、日米で逆転現象が起きている。なお2011年4月に、同サイトの電子書籍の販売冊数は紙書籍を超えた(51)

 一方、2010年時点で電子書籍を読む米国人の人口比率は7%に過ぎない(52)。2012年時点の18歳以上の成人を対象とした別調査でも、増加傾向にあるものの21%に過ぎない(53)E1288参照)。それと不釣合いな品揃えの充実については、米国の出版社が、企業規模の大きさを基盤に、需要を喚起する高い先行投資能力を備えていることが読み取れる。

 統計の取り方が日米で異なるので単純比較はできないが、米国の電子書籍市場の方が規模と伸びは大きく、幅広い分野にわたる多数の電子書籍が流通している。

 

7. 日本特有の不振状況の改善に向けて

 日本の公共図書館が電子書籍サービスを導入するデメリットと、日本の電子書籍市場の問題を照合すると、電子書籍の点数の不足と、品揃えの偏りが共通している。公共図書館の電子書籍サービス、電子書籍市場ともに不振状況にある。紙書籍のごく一部が電子書籍として再刊行されるに過ぎず、電子書籍市場の規模がさほど大きくない現時点で、公共図書館の電子書籍サービスが不振状況にあることは公共図書館にとってさほど問題にならない。

 しかし、公共図書館向け電子書籍点数の不足、品揃えの偏り、さらに価格メリットのなさ等の問題が解消されないまま、仮に電子書籍市場が好転し、紙書籍の刊行段階を経ず一足飛びにボーンデジタルの電子書籍が刊行される状況に移行してしまうと、日本の公共図書館は出版物を事実上収集できず、知る権利を保障する地域の情報拠点であることができなくなる可能性がある。

 ここで、公共図書館の電子書籍サービスの日米格差を決定付けるポイントは、価格、電子書籍の品揃え、DRM等について出版業界と交渉する図書館コンソーシアムの有無であると考えられる。一館単独の交渉力は極めて小さい。米国では州単位あるいは複数州単位で図書館コンソーシアムが形成されており、出版業界との交渉を通じて電子書籍サービスのより良い方向を探っている。たとえば、カンザス州の図書館コンソーシアムは、電子書籍ベンダーの変更にあたり電子書籍の所有権を主張し、それらの電子書籍を新たな電子書籍ベンダーに移行するよう求めた(54)。日本では、大学図書館が電子ジャーナルを対象とした実績を持つ。大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)は518館が加盟する世界有数の大規模コンソーシアムであり、バイイングパワーを発揮して出版社との交渉を行うとしている(55)。公共図書館も結束して図書館コンソーシアムを組み、ベンダーや出版業界と交渉することが必要である。導入のデメリットが大きいからといつまでも電子書籍に背を向けて良いわけではない。交渉によって事態を改善する姿勢が必要である。すでに、出版業界側では、株式会社出版デジタル機構(Pubridge)が、各出版社の代行で対図書館ビジネスを行うとしている(56)。公共図書館側でも早急に対応する必要がある。

 

(1) 満尾哲広. 千代田図書館におけるデジタルコンテンツの提供(千代田Web図書館サービス). 専門図書館. 2008, (230), p. 13-19.

(2) 湯浅俊彦. 日本における電子書籍の動向と公共図書館の役割. 図書館界. 2009, 61(2), p. 112-117.

(3) 湯浅俊彦. 電子出版学入門. 改訂2版, 市川, 出版メディアパル, 2010, 126p.

(4) 柳与志夫. 千代田図書館とは何か 新しい公共空間の形成. ポット出版, 2010, 197p.

(5) 湯浅俊彦. 公共図書館と電子書籍: どう対応すべきか. 図書館雑誌. 2011, 105(2), p. 84-85.

(6) 間部豊. 電子書籍・電子図書館に関する動向と今後の課題. 情報メディア研究. 2011, 10(1), p. 45-61.
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jims/10/1/45/_pdf/-char/ja/, (参照 2012-05-05).

(7) 湯浅俊彦ほか. 電子書籍の諸相, 図書館の立ち位置. 図書館界. 2011, 63(2), p. 124-133.

(8) 時実象一. 第19回年次大会予稿 公共図書館における電子書籍. 情報知識学会誌. 2011, 21(2), p. 238-244.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsik/21/2/21_21_17/_pdf, (参照 2012-05-05).

(9) 佐久間素子. 堺市立図書館における電子書籍提供サービスについて. 図書館雑誌. 2011, 105(6), p. 384-386.

(10) 井上靖代. アメリカの図書館はいま。(44)公共図書館で電子図書を借りてみたら. みんなの図書館. 2010, (397), p. 39-47.

(11) 時実象一. 米国公共図書館における電子書籍の利用. 図書館雑誌. 2011, 105(1), p. 46-48.

(12) 井上靖代. アメリカの図書館はいま。(51) 電子書籍e-Bookの貸出はいま. みんなの図書館. 2011, (406), p. 75-84.

(13) 時実象一. 公共図書館に電子書籍を配信するOverDrive社. 図書館雑誌. 2012, 106(2), p. 108-110.

(14) 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会. 図書館情報学用語辞典. 第3版, 丸善, 2007, p. 166-167.

(15) 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会. 図書館情報学用語辞典. 第3版, 丸善, 2007, p. 166.

(16) Bates, Marcia J. et al. Encyclopedia of Library and Information Sciences. 3rd ed., Boca Raton, FL, CRC Press, 2010, p. 4638.

(17) Vassiliou, Magda et al. Progressing the definition of “e-book”. Library Hi Tech. 2008, 26(3), p. 355-368.

(18) 柳与志夫. 千代田図書館とは何か 新しい公共空間の形成. ポット出版, 2010, 197p.

(19) 満尾哲広. 千代田図書館におけるデジタルコンテンツの提供(千代田Web図書館サービス). 専門図書館. 2008, (230), p. 13-19.

(20) 佐久間素子. 堺市立図書館における電子書籍提供サービスについて. 図書館雑誌. 2011. 105(6). p. 384-386.

(21) 千代田Web図書館の電子書籍をiPadで利用する場合、PDF形式のみに対応している。
“iOS対応について”. 千代田Web図書館. 2012-04-12.
https://weblibrary-chiyoda.com/board/notify_view.php?no=55, (参考 2012-05-05).

(22) 例外的に、武雄市立図書館の提供する電子書籍は、そのほとんどが非購入電子書籍で占められる。

(23) 湯浅俊彦. 電子出版学入門. 改訂2版, 市川, 出版メディアパル, 2010, p. 63.

(24) しかし56%の米国人は公共図書館の電子書籍サービスを知らないというデータもある。
“Summer 2011 Digital Supplement”. American Libraries Magazine. 2011.
http://americanlibrariesmagazine.org/archives/issue/summer-2011-digital-supplement-0, (accessed 2012-05-05).

(25) “Public Libraries Survey Fiscal Year 2008”. Institute of Museum and Library Services, 2010-10.
http://harvester.census.gov/imls/pubs/Publications/pls2008.pdf, (accessed 2012-05-05).

(26) “Public Libraries Survey Fiscal Year 2009”. Institute of Museum and Library Services, 2011-10.
http://harvester.census.gov/imls/pubs/Publications/pls2009.pdf, (accessed 2012-05-05).

(27) “Hennepin County Library Catalog”. Hennepin County Library.
http://hzapps.hclib.org/catalog/, (accessed 2012-05-05).

(28) “Summer 2011 Digital Supplement”. American Libraries Magazine. 2011.
http://americanlibrariesmagazine.org/archives/issue/summer-2011-digital-supplement-0, (accessed 2012-05-05).

(29) 植村八潮. 電子出版の構図. 印刷学会出版部, 2010, p. 4.

(30) “Survey of Ebook Penetration and Use in U.S. Public Libraries”. Library Journal. 2010-11.
http://c0003264.cdn2.cloudfiles.rackspacecloud.com/Public%20Library%20Ebook%20Report_2.pdf, (accessed 2012-05-05).

(31) “Survey of Ebook Penetration and Use in U.S. Public Libraries”. Library Journal. 2010-11.
http://c0003264.cdn2.cloudfiles.rackspacecloud.com/Public%20Library%20Ebook%20Report_2.pdf, (accessed 2012-05-05).

(32) 時実象一. 第19回年次大会予稿 公共図書館における電子書籍. 情報知識学会誌. 2011, 21(2), p. 238-244.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsik/21/2/21_21_17/_pdf, (参照 2012-05-05).

(33) 凸版印刷系列の紀伊國屋書店が作成したNetLibraryの以下の冊子カタログには「当カタログでは、原則として2012年2月末までの納品が可能なおよそ3,700点の和書eBookをご案内しております。」とあり、具体的なタイトルリストも掲載している。
紀伊国屋書店. NetLibrary 和書eBook総合カタログ 図書館向け電子書籍サービス. 紀伊国屋書店, 2011.
また、2012年4月25日現在の点数は以下のサイトによると3,705点であり前記資料と比較するとほとんど増加していない。
“法人向電子書籍サービスNetLibrary”. 紀伊國屋書店.
http://www.kinokuniya.co.jp/03f/oclc/netlibrary/netlibrary_ebook.htm, (参照 2012-05-05).
一方、2011年7月に刊行された大日本印刷の広報誌の以下の記事には、「約5,000タイトルの電子書籍コンテンツを図書館向けに提供している」とあるが、具体的なタイトルリスト等は明示されていない。
大日本印刷株式会社. 「紙と電子の書籍」を融合した次世代型の電子図書館を構築. Solutions Dispatch. 2011, 31, p. 9-11.
http://www.dnp.co.jp/cio/solutions/news/up_file/286/0000224/00007e3.pdf, (参照 2012-05-18).

(34) 閲覧機器の貸出しに当ってはデータ流出のリスクも考慮する必要がある。

(35) 凸版印刷系列の紀伊國屋書店が作成した以下の資料において、具体的に朝倉書店の1988年から2009年までに出版された紙書籍206点の税抜価格と、対応する公共図書館向け電子書籍の税抜価格(同時アクセス数が1の資料とする)を比較し、電子書籍価格の紙書籍価格に対する倍率を求めると、最大値は9.64、最小値は2.77、中央値は3.10、標準偏差は0.86であった。なお、図書館は、電子書籍価格のほかに支払うべき費用はない。
紀伊国屋書店. NetLibrary 和書eBook総合カタログ 図書館向け電子書籍サービス. 紀伊国屋書店, 2011.
また、以下のサイトでも同様である。
“法人向電子書籍サービスNetLibrary”. 紀伊國屋書店.
http://www.kinokuniya.co.jp/03f/oclc/netlibrary/netlibrary_ebook.htm, (参照 2012-05-05).
一方、大日本印刷系列の図書館流通センター(TRC)が作成したTRC-DLリスト(非公開)において、同様に朝倉書店の1994年から2005年までに出版された紙書籍26点の税抜価格と、対応する公共図書館向け電子書籍の税抜価格(同時アクセス数が1の資料とする)を比較し、電子書籍価格の紙書籍価格に対する倍率を求めると、最大値は6.91、最小値は1.99、中央値は3.00、標準偏差は1.24であった。なお、図書館は、電子書籍価格のほかに継続的なサーバ維持費を支払う必要がある。

(36) 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会. 図書館情報学用語辞典. 第3版, 丸善, 2007, p. 82.

(37) 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会. 図書館情報学用語辞典. 第3版, 丸善, 2007, p. 7.

(38) 出版年鑑編集部編. 出版年鑑平成22年版1(資料・名簿編). 出版ニュース社, 2011, p. 12.

(39) 出版年鑑編集部編. 出版年鑑平成23年版1(資料・名簿編). 出版ニュース社, 2011, p. 12, 302.

(40) “Q14 電子書籍は、著作物再販適用除外制度の対象となりますか。”. 公正取引委員会.
http://www.jftc.go.jp/dk/qa/#Q14, (参照 2012-05-05).

(41) インプレスR&D編著. 電子出版への道. インプレスジャパン, 2011, p. 42-51.

(42) インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所. 電子書籍ビジネス調査報告書2011. インプレスR&D, 2011, p. 15-24.

(43) 山田順. 出版大崩壊電子書籍の罠. 文藝春秋, 2011, 253p.

(44) “Yahoo! ブックストア”.
http://bookstore.yahoo.co.jp/, (参照 2012-05-05).

(45) 島田貴史. 慶應義塾大学における電子学術書利用実験プロジェクト 実験から見えてきたもの. 情報管理. 2011, 54(6), p. 316-324.
http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/54/6/316/_pdf/-char/ja/, (参照 2012-05-05).

(46) インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所. 米国電子書籍ビジネス調査報告書2011. インプレスR&D. 2011. p. 20-53.

(47) Association of American Publishers et al. “BookStats 2011”.
http://www.onebodypress.org/index_files/BookStats2011AnnualReport.pdf, (accessed 2012-05-05).

(48) “Industry Statistics”. International Digital Publishing Forum.
http://idpf.org/about-us/industry-statistics, (accessed 2012-05-05).

(49) インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所. 米国電子書籍ビジネス調査報告書2011. インプレスR&D, 2011, p. 13.

(50) “Kindle eBooks”. Amazon.com.
http://www.amazon.com/Kindle-eBooks/b/ref=sa_menu_kbo8?ie=UTF8&node=1286228011, (accessed 2012-05-05).

(51) “Amazon.com Now Selling More Kindle Books Than Print Books”. Amazon.com. 2011-05-19.
http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1565581&highlight=, (accessed 2012-05-05).

(52) インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所. 米国電子書籍ビジネス調査報告書2011. インプレスR&D, 2011, p. 36.

(53) Rainie, Lee et al. “The rise of e-reading”. Pew Internet. 2012-04-04.
http://libraries.pewinternet.org/2012/04/04/the-rise-of-e-reading/, (accessed 2012-05-05).

(54) Kelley, Michael. “Kansas State Librarian Argues Consortium Owns, Not Licenses, Content from OverDrive”. Library Journal. 2011-06-20.
http://www.libraryjournal.com/lj/home/891052-264/kansas__state_librarian_argues.html.csp, (accessed 2012-05-05).

(55) 尾城孝一. 大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の創設と活動について. 図書館雑誌. 2011, 105(11), p. 744-746.
JUSTICE. http://www.nii.ac.jp/content/justice/, (参照 2012-05-21).

(56) 株式会社出版デジタル機構.
http://www.pubridge.jp/, (参照 2012-05-05).

[受理:2012-05-21]

 


森山光良. 日本の公共図書館の電子書籍サービス. カレントアウェアネス. 2012, (312), CA1773, p. 22-28.
http://current.ndl.go.jp/ca1773