CA1688 – 2009年アジア太平洋図書館・情報教育国際会議(A-LIEP 2009)開催報告 / 根本彰

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カレントアウェアネス
No.300 2009年6月20日

 

CA1688

 

2009年アジア太平洋図書館・情報教育国際会議(A-LIEP 2009)開催報告


  2009年3月6日から8日まで、筑波大学を会場としてアジア太平洋図書館・情報教育国際会議(Asia-Pacific Conference on Library & Information Education and Practice;A-LIEP)が開催された。この会議の主催者の一員として関わったことから、開催の経緯と準備状況、会議の成果について報告したい。

 会議は、筑波大学大学院図書館情報メディア研究科、筑波大学知的コミュニティ基盤研究センター、日本図書館情報学会の3者が共同主催者となり、情報知識学会など3つの学会の協賛と文部科学省など4つの公的機関の後援、28の企業等のスポンサーの財政支援を受けて開催された。開催にあたっては、筑波大学大学院図書館情報メディア研究科のスタッフが中心となって準備を行った。

 日本の図書館情報学関係でこれだけの規模の国際会議が開催されるのは久しぶりである。1986年の国際図書館連盟(IFLA)東京大会は、もう記憶している人も少なくなった。日本の図書館あるいは図書館情報学は、このIFLA東京大会前後の数年がピークであったが、1990年代以降、バブル経済崩壊に伴う公的資金の減少と情報環境の大きな変化への対応の遅れがあって、ずっと沈滞していたというのが個人的な見方である。その意味で、2006年に京都で開催されたアジア電子図書館国際会議(ICADL;E587参照)などとならんで、日本が国際的に情報発信する体制がようやく作れるようになってきたものである。

 A-LIEPは2006年に最初の会議がシンガポール、2007年に第2回が台北で開催され、今回のつくばでの開催が第3回にあたる。この一連の会議が開催されることになったきっかけが、日本でのLIPER(CA1599CA1621参照)の研究活動にあったというのは今回初めて伺ったことで驚いた。LIPERは2003年から2006年にかけて、「情報専門職の養成に向けた図書館情報学教育の再構築に関する総合的研究」として実施された共同研究(代表者:上田修一・慶應義塾大学教授)の略称である。その研究の過程で、アジア地域の図書館情報学教育の現状を把握するために、シンガポール、タイ、台湾、中国、韓国などから専門家を呼んで話を伺った。それがきっかけとなって、アジア太平洋地域の図書館情報学教育の協力体制をどのように作るかをテーマとした一連の国際会議が開催されるに至っているという。これはLIPER関係者としてもうれしいことである。

 さて、準備の過程では原油価格の高騰による航空運賃の高騰や米国サブプライムローン破綻による金融危機などの大きな経済問題があって、参加への影響が心配されたが、結果的にはアジア太平洋地域だけでなく、北米、欧州、アフリカを含めて30か国から参加があった。全参加者は186名で、このうち国外からの参加は66名であった。昨今の経済情勢を反映してか、南アジアあるいは中近東の諸国からの参加者が多いことが目についた。

 プログラムは、招待講演としてピッツバーグ大学情報学部のロナルド・ラーセン(Ronald Larsen)学部長と国立国会図書館の長尾真館長の講演があり、公募し査読の結果採用された研究発表66件(うち口頭発表47件、ポスター発表19件)、パネルディスカッション1件、シンポジウム1件が実施された。研究発表のテーマとしては図書館情報学教育に関するもの、図書館情報学分野の研究、そして図書館情報学における実践についての報告がほぼ3分の1ずつを占めた。あまり日本では知られていない国々における図書館員養成や図書館の実践についての報告があり興味深かった。

 パネルディスカッションはラーセン氏の基調講演とも結びついたもので、インフォメーション・スクール(略称i-schools)を扱ったものであった。米国で伝統あるライブラリー・スクールの閉鎖が報じられたのは1980年代から90年代にかけてであった。これは大きな政府から小さな政府への移行によって、公共部門の図書館員市場が相対的に小さくなったことに基づく。残された学校は情報技術に基づく知識マネジメントに力を入れ、民間部門でも通用する要員の育成に力を入れてきた。インフォメーション・スクールへの移行はそれを端的に示している。また、シンガポールを筆頭に、アジアの諸国でもそうした市場志向の情報学教育に対応しようとしているところがある。

 長尾館長の講演は、情報工学者であって国立図書館の館長を務める氏の電子出版と電子図書館に関する独自の考え方が参加者の関心を引いた。多くの質問があり、氏はていねいに答えていた。

 最終日のシンポジウムでは筆者も含めて論者が自由に意見を述べた。イェール大学図書館副館長のダヌータ・ニテキ(Danuta Nitecki)氏は、図書館マネジメントにおける調査研究の重要性について述べ、シンガポール・ナンヤン工科大学のクリス・クー・スー・ガン(Christopher Khoo Soo Guan)氏は、グローバルな知識コミュニティの形成に対応するような知識プロセス管理の専門職育成の必要を述べた。また、欧州デンマークから参加したレイフ・カイベルグ(Leif Kajberg)氏は比較図書館学的な視点から、欧州の図書館情報学教育が国際化の状況の中にあって相互の課題を持ち寄って議論し、連携すべきことを述べた。韓国・延世大学のムン・スンビン(Moon Sung-Been)氏は、同大学文献情報学部の現状と課題について報告した。筆者は日本の図書館情報学教育が世界の潮流から孤立しているように見えるが、専門職教育を確立すべきことと、他方で情報専門職のレリバンス(養成教育と職との関連性)そのものが問われていること、という二つの相矛盾する世界的な課題を担っていることを述べた。

 この会議は、日本のようにテクノロジーで世界をリードする国の図書館情報学教育がどういうものなのか知りたいという出席者の期待に、一定程度答えることができたのではないかと考える。また、予想を上回る数の日本の若い研究者が積極的に研究発表を行った点は将来を考えると大きな収穫であったし、また準備に当たった筑波大学のスタッフ・学生・大学院生にとっても、国際会議を経験したことは大きな財産となったものと思われる。

 これまで、図書館関係の国際的な対応については、日本図書館協会、国立国会図書館、国立情報学研究所などが個別にあたってきたが、A-LIEP2009の準備をきっかけとして日本図書館情報学会にも国際委員会(委員長:三輪眞木子・放送大学教授)がつくられ、対外的な窓口として機能し始めている。ようやく見え始めた図書館情報学における国際的課題を議論する場となることを期待したい。

東京大学:根本 彰(ねもと あきら)

Ref.

A-LIEP 2009: Asia-Pacific Conference on Library & Information Education and Practice.
http://a-liep.kc.tsukuba.ac.jp/index.html, (accessed 2009-04-10).

A-LIEP 2009: Asia-Pacific Conference on Library & Information Education and Practice. Tsukuba, 2009-03-06/08. Graduate School of Library, Information and Media Studies, University of Tsukuba et al, 2009.
http://a-liep.kc.tsukuba.ac.jp/proceedings/index.htm, (accessed 2009-04-10).

JSLIS: Japan Society of Library and Information Science.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jslis/aboutjslis_6_en.html, (accessed 2009-04-10).

 


根本彰. 2009年アジア太平洋図書館・情報教育国際会議(A-LIEP 2009)開催報告. カレントアウェアネス. 2009, (300), CA1681, p. 10-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1688