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カレントアウェアネス
No.300 2009年6月20日
CA1689
経済低迷期と向かい合う米国公共図書館
増加する利用
カウンターに立つ図書館員たちは、経済低迷期になると利用が増えることを知っている。ベテランは過去の経験として、新人は知識として。
過去いくたびもの経済低迷期に経験された利用増加の現象(1)は、現在の図書館にも起こっている。それも、一部の地域に限らない。ニューヨーク、ボストン、シカゴ、シアトル、ロサンゼルスといった大都市圏の大図書館ばかりではなく、イリノイ州の小さな機械工業の町で、ネブラスカ州の酪農地帯の群落で、フロリダ州の沿岸地域の静かな観光町で、利用増加が報告されている。
もちろん、ごく当たり前の日常の積み重ねの中で積み重ねられた増加であり、内側にいる人間だからこそわかる程度の変化なのだろう。しかし、検索すると、この1年ほどの間の増加を伝えるプレスリリースやニュース記事が、何百となくヒットする(2)。そしてそれらが伝える数値は、確かに報告に値するものである。貸出数が前年比20%以上増えた、利用カードの登録が10%以上増えた、そんな数値が並んでいる。2008年9月に公表されたHarris Interactive社の調査によれば、米国人のうち図書館利用カード保有者は68%で、その76%が過去1年間に図書館を訪問している(E842参照)。2006年の米国図書館協会(ALA)の同種の調査と比べると、カード保有者の比率は5%、図書館訪問者の比率も10%、高い値を示している。
2009年の現在までを俯瞰することのできる全国的な統計数値はまだ公表されていないが、増加を伝える200件、300件の記事を眺め見ると、利用増加を裏付ける値が出るのは間違いなさそうである。
何が市民を惹きつけているのか
経済低迷という図書館を取り巻く環境変化の中で、この利用増加を牽引しているのは何であろうか?本だろうか?本だとすればどのような本だろうか?それとも他の資料群やサービスだろうか?
ニュースやレポートを丹念に読んでいくと、記者や図書館員は、必ずしも本が利用増加の呼び水であると捉えていないことがわかる。むしろ、彼らが強調しているのは本の貸出以外の点であり、近年、米国の公共図書館が、急激に変化する市民の情報ニーズに応えるべく改善をはかってきた新しいサービス領域である(3)。
まず強調されているのは、インターネット接続の提供が挙げられる。
現在米国で「高速」インターネットとうたわれ盛んに宣伝されているサービスは、6~7Mbps程度であるが、このレベルの速度でも高額である。そのため、高速インターネットは節約の対象となりがちである。
そこで、子どもたちは宿題の情報を集めに高速インターネット環境のある図書館に来る。彼らはインターネット上の宿題支援サイトを利用したり、オンラインのチャットレファレンスを利用したり、友達とソーシャルネットワーク(SNS)で情報を共有したりしながら宿題をする。また大学を卒業したものの目標の職に就けていない20代の若者は、ポータルサイトで求人情報を集め、履歴書などの書類をオンラインで企業へ送付し、面接の約束を取り付けていく。今までコンピュータと関わらずに生活してきた人たちにとっては、就職活動のオンライン化は大きな壁である。それでも図書館員のサポートを受けながら、少しずつ慣れて作業を進めていく。
これらのサービスの基盤となるコンピュータ端末は、毎朝開館とともに席が埋まる。都市圏の大・中規模図書館では200台、300台の端末があるがそれでも足りていない。100年前のカーネギー寄贈の建物をそのまま使う公共図書館でも、その静かな館内の一角はコンピュータ端末コーナーに置きかえられている。実に73%の図書館が、その地域で唯一、無料でインターネットを使える場所となっている(E839参照)。政府情報や、政府補助金のもと行われた科学技術研究の成果の中にはオンラインでのみアクセス可能なものも少なくない現状、図書館がインターネットへのアクセスポイントを提供することは必然であるが、その実際の用途は拡大の一途をたどっており、インターネットサービスはもはや、提供しなければ批判を浴びる図書館の基本サービスとなっている。
次いで強調されているのは、DVD、そしてゲームソフトの充実である。逼迫した家計において、節約の刃に最初に切り落とされるのは娯楽費である。それでも、失業の不安を抱え、ローンに不安を抱え、治安の乱れに不安を抱える時代だからこそ、家族と楽しく過ごす時間を作りたいと願うのが人だろう。そこで、彼らは娯楽施設や高価な芸術観賞を諦めて、あるいはAmazon.com(4)のワンクリックショッピングやNetflix(5)(ビデオ・DVDのオンラインレンタルサービス)の利用を諦めて、代わりに図書館でDVDやゲームソフトを借りる。図書館では、最新作はなかなか手に入らないものの、IMDb(映画情報データベースサイト)(6)の人気トップ250に入るような人気作品は概ねそろっている。NintendoやMicrosoftなどのゲームソフトも、人気のため少し待たされるが期待以上のコレクションが提供されている。Amazon.comやNetflixのように、自宅まで郵送はしてくれないが、図書館へ向かうドライブの時間は家族で過ごす貴重な時間でもある。
インターネットやDVD、ゲームソフトの充実は、近年、米国の公共図書館が大いに力を入れてきたサービスである。そして、これらが図書館に多くの人を引き寄せている。
インターネットやDVDの利用のために図書館通いを開始した利用者が、図書館が情報の宝庫であることを思い出し、また家族を幸せにする娯楽施設であることを思い出し、その他のサービスにまで目を向けるには、それほど時間はかからない。
子ども向けのおはなし会や音楽会、作家の講演会やサイン会、舞台芸術などのパフォーマンスといった図書館のプログラムへの参加者も増加しており、時に倍増の報告もある。特にITスキルを持つ図書館員やサポートスタッフによるコンピュータ講座は人気である。履歴書の書き方、Microsoft WordやExcelの使い方、補助金の検索方法など、コンスタントに人が集まる。
利用が増加しているのは、図書館内で提供されているサービスだけではない。米国の公共図書館は、自宅等からオンラインで利用できるコンテンツも充実させている。広大な米国では、図書館に行くには車がいるが、車に乗るにはガソリンがいる。ガソリン価格が瞬く間に急騰した2008年のこと、高度なコンテンツを遠隔地の人に提供することは家計の節約を助ける。このような理由を盾にしながら、図書館はオンラインデータベースベンダーに対しリモートアクセスの重要性を説き、契約に際してはそれに対応するデータベースを優先した。限られた予算で最大限のサービスをすることは、厳しい経済下における図書館の必然的行動であり、彼らの交渉は力をもった。結果として図書館のウェブサイトへのアクセスは飛躍的に増大し(E842参照)、利用者は電子書籍やオーディオブック、音楽をダウンロードし、パソコンや、携帯情報端末(PDA)、読書用端末、携帯用音楽プレイヤー“iPod”などの携帯端末で楽しむことができるようになった。もちろん、無駄なガソリン代を費やすことなく。
図書館が、この数年で蓄積してきたサービスの向上を踏まえ、それらが市民の節約手段になるPRする姿はとても印象的であり、また時宜にかなっているように思える。図書館の努力の成果が、この経済低迷期にまさに花開いたようにさえ思える。
図書館の力強さはどこからくるのか
米国の公共図書館には、内部から興る積極的な気運がある。それは、低迷期を静かに過ごし財政に余裕が生まれ再び振興の追い風が吹くのを待つ姿勢とは異なる。実際、メディアを通じて見えるアクティブなPR活動は、力強い。
この積極的な姿勢は、なにかに由来するものなのだろうか?米国の公共図書館員という職能集団の1つの特性なのだろうか?
図書館の社会問題解決への強い姿勢が歴史に立脚していること、また図書館業界としてのまとまりが強くぶれないこと、の2点に由来するのではないかと考えられる。
図書館の社会問題に対する対応の歴史については、ハリス(Michael Harris)が1976年に著した“Portrait in Paradox: commitment and ambivalence in American Libraries, 1876 -1976”の中で興味深い論考を示している。ハリスは、図書館の発展史を、社会不安をエンジンとするサイクルの連続としてみることができるとしている。サイクルは社会の特定の脅威の特定から始まり、それをきっかけとして、その解決手段としての図書館が確立される。図書館は新しい使命を自らの存在理由の中心に据え、目標を達成するための新しい政策を掲げ、熱烈に行動する。不幸にも図書館コミュニティが社会に影響しきれぬときには、図書館員は「印刷された言葉の管理人」としての役割に再び注力する。世界恐慌(1929年)以降の歴史においては、このようなサイクルが多く観察されるのだという(7)。
社会が困難に直面するたびに著しい成長を経験する様は、たしかに、ハリスの論考以降にも観察される。
実際に、「テロとの戦い」を理由として吹き荒れたプライバシー侵害になりかねない法案及び法に対する行動、子どもの安全を守ることを理由にした表現の自由を侵害しかねない法案に対する取り組み、情報へのアクセスの不平等をもたらしかねない著作権に対する動きなど、近年の米国図書館界が使命感をもって反対してきた政治的動きを見ると、ハリスの説は1976年以降の時代にも通じるものがある。そして幸いにも、これらの行動は大きな成果を挙げてきている。
そして2008年から続く経済低迷期でも、米国図書館界は熱烈に行動している。8年ぶりに政権を取った民主党オバマ政権の最初の100日は、まさに経済健全化への格闘であったが、その格闘においても、図書館は持てる資源を最大限に活用して、図書館が役に立つ存在であることをPRし、またそれを実証する活動を続け、図書館への資金提供を訴えている。
このような社会への対応は、個々の図書館・図書館員から沸き起こっているものであると同時に、ALAのような全米レベルの組織の活動が強く影響している。
それぞれの図書館は、それぞれの現実に即し様々な改善を試みている。住民が入れ替わり、利用者も変化している。1館の利用増加に関係しうる要因は多様である。このため全国レベルの傾向は、個々の図書館で活躍する図書館員にはなかなか把握できない。
しかし、全国レベルで事例を集約していくと、大きな要因が明確に浮かび上がってくるものである。そこでALAが、業界レベルの情報共有をはかり、個々の図書館はその情報に裏づけを得ながらより説得力のある広報活動をする。この広報活動が全体の傾向を明らかにする。
ALAはもちろん、個別の図書館の広報活動をもサポートする。ALAの作る「厳しい経済状況下における広報ツールキット」(8)はその1つの動きである。このツールキットには、ニュースメディアに対して話をするポイント、証拠を集め主張の正しさを証明していく手順、利用者その他一般市民との関係構築の仕方、メディアへの接触、政府や議会との協働、効果的な抗議集会の開き方などがまとめられており、さらに他の情報源や論拠となる研究資料などのリストもついている。
この成果は、NBC、CNN、CBSなどの全国レベルのTVネットワークを通じて映像として紹介されており、さらにその映像はインターネットでも繰り返し見ることができる(9)(10)。「厳しい経済状況下における広報ツールキット」のトップページに貼り付けられているNBCのビデオも、その1つである(8)。もちろん、ラジオや新聞など他のメディアでも頻繁に紹介されており、それらはALAの「図書館と経済」のページにまとめられている(11)。
こうして、業界として一定のまとまりをもった、効果的な広報活動が行えているのである。
厳しいのは事実だが
経済低迷期の米国の図書館が直面している現実は、もちろん、厳しい。
自治体の財政危機により、フィラデルフィアをはじめとする全米各地で図書館分館の閉鎖、サービス時間の縮小、職員の削減が行われようとしているというニュースは、図書館界に強い危機感をもたらしている。また図書館システムの市場動向分析家であるブリーディング(Marshall Breeding)氏は、Infotoday誌の2009年3月号において、多くの図書館で統合図書館システムのシステム更新が先送りされたり縮小されたりしていることを明かしている(12)。また民間からの資金調達も非常に厳しくなっているとの声も聞かれ、限られた資本の投下先をより厳選せざるを得ない図書館経営陣の苦悩も見え隠れしている。
幸いにも、積極的なPRが功を奏してか、経済低迷期における図書館サービスの存在感は多くの人に体感され、フィラデルフィアのように閉鎖というような極端な選択を免れたケースも多い。一部の図書館は、自らの可能性を拡大させている。その様子には、なにかとても元気づけられる。
今後、2008~2009年の状況を分析するレポートが多く出されるものと予想されるが、そこに示される知見には注意を払っていく価値があるだろう。
調査及び立法考査局国会レファレンス課:依田紀久(よだ のりひさ)
(1) Library Research Center, University of Illinois at Urbana Champaign. “Public Library Use and Economic Hard Times: Analysis of Recent Data”. American Library Association. 2002.
http://www.ala.org/ala/aboutala/offices/ors/reports/economichardtimestechnicalreport.pdf, (accessed 2009-05-07).
(2) 主要な記事へのリンクは以下のサイトで確認できる。
“Use of Public Libraries In Hard Economic Times”. Nova Scotia Provincial Library.
http://www.library.ns.ca/node/1340, (accessed 2009-05-07).
(3) “The State of America’s Libraries Report 2009”. American Library Association.
http://www.ala.org/ala/newspresscenter/mediapresscenter/presskits/2009stateofamericaslibraries/2009statehome.cfm, (accessed 2009-05-07).
(4) Amazon.com.
http://www.amazon.com/, (accessed 2009-05-07).
(5) Netflix.
http://www.netflix.com/, (accessed 2009-05-07).
(6) The Internet Movie Database.
http://www.imdb.com/, (accessed 2009-05-07).
(7) Harris, M. Portrait in paradox: commitment and ambivalence in American librarianship, 1876-1976. Libri. 1976, 26(4), p. 284.
(8) “Advocation in a Tough Economy Toolkit”. American Library Association.
http://www.ala.org/ala/issuesadvocacy/advocacy/advocacyuniversity/toolkit/index.cfm, (accessed 2009-05-07).
(9) Sidersky, Robyn. “Hard economic times a boon for libraries”. CNN.com. 2009-02-28.
http://www.cnn.com/2009/US/02/28/recession.libraries/index.html, (accessed 2009-05-07).
(10) “CBS Nightly News: Libraries are becoming the ‘hot spot for just about everyone’”. American Library Association. 2009-02-10.
http://www.ala.org/ala/newspresscenter/news/pressreleases2009/february2009/piocbs.cfm, (accessed 2009-05-07).
(11) “Libraries and the Economy”. American Library Association.
http://www.ala.org/ala/newspresscenter/mediapresscenter/presskits/librariesintougheconomictimes/economy.cfm, (accessed 2009-05-07).
(12) Marshall, Breeding. Library Automation in a Difficult Economy. Infotoday. 2009.3.
http://www.infotoday.com/cilmag/mar09/Breeding.shtml, (accessed 2009-05-07).
依田紀久. 経済低迷期と向かい合う米国公共図書館. カレントアウェアネス. 2009, (300), CA1689, p. 11-14.
http://current.ndl.go.jp/ca1689