CA1576 – ショッピングセンターと公共図書館 / 鈴木均

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カレントアウェアネス
No.286 2005.12.20

 

CA1576

 

ショッピングセンターと公共図書館

 

はじめに

 人の集まるところに図書館を作れば,利用が伸びる。これはほぼ自明の事であるから,ショッピングセンターの中に図書館を作るということ自体は,決して目新しいアイデアではない。現に多くの実例が我が国にも存在する。しかし,その具体的な効果,あるいは社会的な意義については,充分に検討されているとは言い難い。立地条件に着目した各国の報告を見比べると,それぞれの条件に即した様々なアイデアに触発されるとともに,図書館をコミュニティの中にどのように位置づけるか,という問題に対するそれぞれの国による違いも垣間見えて興味深い。

 シンガポールでは,国家政策の一つとして図書館の設置がすすめられ,その際多くがショッピングセンターなど,利用者の便宜のよい立地を選んでいることがすでに報じられている(CA1499参照)。オーストラリアも長期にわたる豊富な実例を持ち,ショッピングセンター側が図書館を誘致するメリットを意識して,賃料負担あるいは割引などを実現している例が報じられている。

 日本でショッピングセンターに図書館を置くことについて,その立地条件に着目した文献は管見ながらないが,大型商業施設「ニッケコルトンプラザ」に隣接する市川市立中央図書館の他,スーパー併設,あるいは駅前再開発の一環として複合ビルに整備される図書館は数多くある。

 

英国から

 英国のモリス(Anne Morris)らによる報告は,いくつかの実例を検証し,関係者へのインタビューなどを通じてショッピングセンター内の図書館の得失を論じている。これによると,利用者の増加,利用のカジュアル化など,図書館側には目に見えてメリットがあるのは明らかである。家族連れが買い物の合間にちょっと立ち寄ったり,従業員が仕事の合間に立ち寄ったりと,従来の利用のされかたとは異なるものが生まれるという。

 ショッピングセンターの側にも一定のメリットがある。図書館への来館者が売り上げにどれだけ貢献するかをはっきり示すデータはないが,有力な集客装置であることへの認知が上がったことは確かなようだ。書店などとの関係は一般的に良好で,ほとんど競合することはなく,双方にメリットがあると見られている。新刊主体の書店と,ストック重視の図書館とでは品揃えが補完関係にあることを,当事者同士が認め合っていることによる。ショッピングセンターに図書館があるということが全体のイメージアップにもつながっているという。ビジネス上の情報提供にも役立ちうる。

 一方,よいことばかりではなく,高い賃料の負担などの問題点もある。アクセスの悪い郊外型のショッピングセンターの場合,必ずしも利用者の利便は向上しないし,利用の変化と,それを受け入れる図書館の中身がマッチしないこともあり得る。双方にとってのメリットをより明らかにする活動が求められている,と筆者は結論づけている。

 

米国から

 米国ではブランキンシップ(Donna Gordon Blankinship)が,インディアナポリスのGlendale Mallの分館,また,ワシントン州キング・カウンティの分館などが,ショッピングモールの中の図書館として成功していることを報告している。開館時間を含め,ショッピングモールの持つ顧客志向をとりいれて,大胆に図書館のイメージを塗り替えたこれらの図書館では,新たな顧客を開拓し,一つのコミュニティを作り出すことに成功しているという。とりわけ,キング・カウンティの2か所に設置された新しいスタイルの分館“The Library Connection”は,図書館というよりも書店に近い表紙見せのディスプレイや,品揃え,運営で話題を集めている。

 いずれの場合も,ショッピングセンターという市民にとっての利便性が極めて高い場所に図書館を置くことは,従来図書館とは無縁に見えた人々をひきつけ,図書館の価値を再認識させる,あるいは,図書館自身が,そういった環境の中で自らを変えていく,そうした契機として捉えられている。単なる立地の問題だけではなく,その姿勢から学ぶところは多い。

 

ショッピングセンターとは

 ところで,ショッピングモールとは,本来,単なる小売店舗の集合体であるだけでなく,都市の郊外化,モータリゼーションと密接に結びついた,歴史的存在である。アンダーヒル(Paco Underhill)は,これを「アメリカ人が都市に背を向けた瞬間を示す記念碑」と評している。かつて,公共的な場そのものであった「都市」は,安全でも便利なものでもなくなり,それに替わる中産階級のための安全な消費の場として,ショッピングモールが郊外に建設されたというのである。ショッピングモールが都市の代替物として成立したという文脈から見ると,米国のショッピングモールそのものが,コミュニティを作り出す器としての役割を要求されているようにも見えるが,本来的に私有の店舗であるショッピングモールが,そのような場であるかどうかをめぐって,さまざまな議論もされている。しかし,だからこそ,King Countyの図書館のように,公共空間の受け皿としての図書館の存在が,開発業者の利益にもかなっていることを示すことが重要になっている。これはおそらく,冒頭で触れたオーストラリアの実状にも当てはまることである。

 一方,都市やコミュニティの歴史的文脈が異なる日本やヨーロッパでは,事情は異なってくる。日本では,三浦展が「ジャスコ文明」と名付けて,郊外型ショッピングセンターの開発が地域コミュニティの空洞化,広域犯罪の誘発などの一因となっていることを指摘している。

 英国のモリスらの報告にみられた5か所のショッピングセンターは,バースやダービシャーのチェスターフィールドなど,むしろ旧市街地の中心部「再」開発の一環として構想されている施設である。それらのモールにおいて図書館の設置は,開発者の意図と言うより行政の意図であり,そもそもこの報告自体が,開発者に図書館のメリットを認識させることを目的としている。つまり,市場の論理と,公共の論理を相互に翻訳して意志疎通することが要求されるのである。米国流のショッピングセンター開発,三浦のいう「ジャスコ文明」化に対抗するひとつのブレーキとしてのショッピングセンターと,その中での図書館という志向がここでは見て取れる。

 

結論

 ショッピングセンターが内包する市場の原理は,一方では,効率・顧客志向といった,図書館にとっても学ぶべき点を持っている。しかし,他方で,公共性の担保や,コミュニティの維持など,欠けがちな視点がある。米国やオーストラリアのように,ショッピングセンター自身が一つのコミュニティを形成し,それがまた市場にとっても合目的的である場合もあるが,ヨーロッパのように,市場性をとりこみつつ,公共空間を確保する方策として図書館がある場合もある。それぞれの図書館の置かれた社会的文脈の中で,そのありかたは捉えられるべきであり,単純に利用者の便宜・効率などに目を奪われると,リッツァ(George Ritzer)の指摘する「マクドナルド化」(1)に図書館を巻き込むだけに終わる危険性もある。

 効率・顧客志向を徹底したシンガポールの図書館は,DIY図書館として,自動化,無人化に進んでいる(CA1517参照)。それは一つのありかたではあるが,例えば日本で,図書館を「コンビニ化」することが,何をもたらし,何を失わせるのか,充分に検討する必要があるだろう。

浦安市立図書館:鈴木 均(すずき ひとし)

 

(1) リッツァは,このように「効率」を志向する合理化過程を,ハンバーガーショップになぞらえて「マクドナルド化」と呼んでいる。顧客の支持とは裏腹に,そこにはむしろ「合理化の鉄の檻」があり,究極まで進んだ合理化が,必然的に人間の疎外状況を生み出すという。
鈴木均. 特集: 図書館員による図書館研究. 公共図書館の可能性: 図書館の現場より. 現代の図書館. 43(3), 2005, 146-155.

 

Ref.

Morris, Anne et al. Siting of public libraries in retail centres: benefits and effects. Library Management. 25(3), 2004, 127-137.

 

Blankinship, Donna Gordon. Let’s go to the mall.Library Journal. 130(2), 2005, 44-46.

Johnstone, Laurelle. Public Libraries and shopping centres. Australasian Public Libraries and Information Services. 12(1), 1999, 25-30.

Underhill, Paco. Call of the mall. New York, Simon & Schuster, 2004, 277p. (鈴木主税訳. なぜ人はショッピングモールが大好きなのか: ショッピングの科学ふたたび. 東京, 早川書房, 2004, 340p).

三浦展. ファスト風土化する日本: 郊外化とその病理. 東京, 洋泉社, 2004, 221p.

Ritzer, George. The McDonaldization of society. Newbury Park, Calif. Pine Forge Press, c1993. xv, 221p. (正岡寛司監訳. マクドナルド化する社会. 東京, 早稲田大学出版部, 1999, 376.13p).

日立製作所. 進むシンガポールのe-ライブラリ. (オンライン), 入手先< http://cgs-online.hitachi.co.jp/report/singapore/004.html >, (参照2005-10-01).

 


鈴木均. ショッピングセンターと公共図書館. カレントアウェアネス. (286), 2005, 11-13.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no286/CA1576.html