CA1517 – シンガポールのDIY図書館 / 井上健太

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1517

 

シンガポールのDIY図書館

 

 国を挙げてIT化に取り組んでいるシンガポールは,1994年に図書館整備計画としてLibrary2000構想を立ち上げ,その実現のため,1995年に国立図書館委員会(National Library Board: NLB)を設置した(CA1136参照)。

 NLBにとっての第一目標は利用者満足である。NLBはここ数年,幾つものナレッジ・マネジメントのイニシアチブを始めることで利用者の様々なニーズの理解に努め,サービスレベルの向上を追求してきた。具体的には,利用者のフォーカスグループによるフィードバックシステムが作られ,サービスの提供における図書館改善が推し進められてきた。

 例えば,混雑時には返却手続きだけで45分,貸出手続きにはさらに45分を要するというような待ち時間の長さに対する不満の声を受けて,利用者が貸出時に列をなさずにすむ自動貸出システムが作られた。これは3M社のセルフサービス機器であり,利用者自身に資料の貸出手続きをさせるというものであった。また貸出情報問合せ(Borrower’s Enquiry: BNQ)ターミナルが導入された。借りた本が思い出せず,図書館員に自分が借りている本を尋ねる利用者が多くいたことから設置されたものである。専用機器の指定位置に利用者登録証を当てると画面上に貸出情報,延滞記録などが表示される。この機器を通じて,データベースなどの有料サービスにかかった料金も,専用の「キャッシュ・カード」を使って支払うことができる。これも利用者の自助努力を促すもので,カウンターでの待ち行列を減少させた。資料の返却についても,無線タグ(Radio Frequency Identification: RFID;E140参照)を用いたシステムによって,資料をブックドロップに入れるだけで自動的に返却処理がなされ貸出が「返却済み」となるようになった(CA1499参照)。

 NLBのウェブサイトはワンストップサービスの拠点として位置付けられており,オンライン目録を提供するだけでなく,貸出の更新,予約といった多くのサービスを全てウェブ上で提供できるよう改善が図られてきた(CA1499参照)。

 こうした改善の結果,利用者の間に「自分でできることは自分で」という自助努力の気持ちが芽生えてきた。図書館側と利用者側の双方にセルフサービスに対する共通認識が生まれてきたことを見て,NLBのプロジェクトチームは,館内に図書館員を置かないで図書館を運営する計画をスタートさせた。この計画は開館時間の延長を求める利用者のニーズへの対応を目的とするものであった。図書館のセルフサービス化を更に進めて図書館の全サービスを利用者が「自ら行う」,すなわち「Do It Yourself(DIY)図書館」を開館させるというものであった。このDIY図書館のプロトタイプとして,センカン(SengKang)コミュニティ図書館が計画された。<

 2002年12月,ショッピング・モール内という利用者にとって極めて利便性のある場所に,10番目のコミュニティ図書館としてセンカンコミュニティ図書館は誕生した。現在毎日(国民の祝日などを除く)午前11時から午後9時まで開館している。

 この図書館で新たに始められたDIYサービスは利用者登録とレファレンスサービスである。

 NLBのそれまでの利用者登録は図書館の利用者サービスセンターや,ウェブ上のeLibraryHub(E041参照)で行われていた。センカンコミュニティ図書館の利用者登録は館内に設置されている専用のキオスク端末を使って行われる。このキオスク自体は開館以前に何度もテストが重ねられ,その結果がフィードバックされ改良されたものである。利用者は登録の際,身分証明としてNRIC(National Registration Identify Card:シンガポールの身分証明書)等の身分証明書をキオスク端末に挿入し,必要事項を入力すると図書館員の助けを借りずに利用者登録を行うことができる。登録が済めば,使用した身分証明書そのものをそのまま登録証として使用することもできる。

 レファレンスサービスについては,「サイブラリアン(Cybrarian)」というシステムが開発された。これはパソコンを利用した画面共有(co-browsing)装置を応用したもので,このサイブラリアンを使えば,利用者はどこからでもレファレンスの質問をすることができ,別の図書館(国立レファレンス図書館)にいる図書館員がそれに対応することができる。例えば,資料の所蔵や排架場所などについて他の図書館にいる職員がオンライン目録で検索し,さらに資料が排架されている場所をモニターで示すことも可能である。

 NLBは,1998年にビデオ会議装置を使って,すでにこのサービスを試みていた。この最初の試行では,図書館員と利用者はスクリーンでお互いの顔を見ることができたが,サービスを受けている時は互いの顔が見えない方が好ましいという利用者からのフィードバックがあったため,サイブラリアンでは,図書館員と利用者の顔を写せるようなカメラは設置せず,電話と画面共有装置だけとなった。センカンコミュニティ図書館では遠隔レファレンスサービスを利用者に提供するため,このような端末が館内に2つ設置された。

 センカンコミュニティ図書館は図書館員が館内にいないにも関わらず,開館日初日の利用状況は同規模の他の図書館とほとんど相違がなかった。開館初日の来館者数は12,300人以上,貸出点数は13,900点程に上り,新規で利用者登録を済ませたのは128人,サイブラリアンサービスは255件の利用があった。それから後約半年を経た翌5月31日までの来館者数は合計636,208人,貸出点数は868,589点であった。利用者からの評価もおおむね肯定的なものであった。

 また図書館員不在という条件をさらに補ったのは多くの図書館ボランティア達の協力であった。貸出システムなどに不慣れな利用者に対して,彼らボランティアがその利用を助けた。

 このセンカンコミュニティ図書館の成功は,他の図書館にも影響を及ぼしている。例えば,2003年1月にリニューアルされたアンモキオ(Ang Mo Kio)コミュニティ図書館でもサイブラリアンサービスと利用者登録等が導入された。センカンコミュニティ図書館の2倍の広さを持つクイーンズタウン(Queenstown)コミュニティ図書館も,センカンコミュニティ図書館と同様に2003年11月にDIY図書館としてリニューアルされた。各図書館からはサイブラリアンシステムを通じて,月に2,000件ほどのレファレンス質問が国立レファレンス図書館へ送られている。

 シンガポールでは,図書館のコア・コンピタンスはレファレンスであると位置付けられている(CA1499参照)。本稿で紹介したセルフサービス化の流れは,図書館員がこの方針に沿って情報マネージャーとしての役割をより重視できるよう,その日常業務を軽減させるという意味合いも含まれていると考えられる。今後の展開が注目される。

関西館資料部文献提供課:井上 健太(いのうえけんた)

 

Ref.

Teng,Sharon. et al.Knowledge management in public libraries. Aslib Proceedings. 54(3),2002,188-197.

Choh,Ngian Lek. A Totally Do-It-Yourself Library without a Library Customer Service Desk: The Singapore Experience.(online),available from < http://www.ifla.org/IV/ifla69/papers/050e-Ngian-Lek-Choh.pdf >,(accessed 2003-01-21).

National Library Board Singapore Home Page.(online),available from < http://www.lib.gov.sg/ >,(accessed 2003-01-21).

 


井上健太. シンガポールのDIY図書館 カレントアウェアネス. 2004, (279), p.5-6.
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