CA1562 – 動向レビュー:デジタル知的財産権の権利保護に対する新たな国際的潮流 / 山本順一

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カレントアウェアネス
No.284 2005.06.20

 

CA1562

動向レビュー

 

デジタル知的財産権の権利保護に対する新たな国際的潮流

 

1. 知的財産権制度に対する発展途上国の逆襲

 2004年10月4日,世界知的所有権機関(WIPO)総会は,アルゼンチンとブラジルが提出した「WIPOのための開発発展に関する活動指針の作成」(Establishment of a Development Agenda for WIPO)(1)に向けての提案を採択した。この提案は,多くの発展途上国によって強く支持されるとともに,大多数の市民団体によっても支持された。

 その内容は,著作権制度にとどまらず特許制度をも含む知的財産権制度全般を対象としたものであるが,1974年以来国際連合の組織の一部となったWIPOの動向を含め,近年の国際的な権利強化の動きを真っ向から批判している。WIPOの親機関である国連が推進している「ミレニアム開発発展諸目標」(Millennium Development Goals)(2)をはじめ,各種のサミットや国際会議で確認されており,TRIPS協定(3)の定めにも沿うことであるが,情報通信技術等の新しい技術の恵沢を先進諸国や特定の企業(群)が独占するのではなく,発展途上国や低開発国も享受でき,貧困と飢餓の撲滅に資するよう,知的財産権制度のあり方に国や地域ごとの‘開発発展の程度という尺度’(development dimension)を導入し,発展途上国等の開発の必要性を踏まえWIPO加盟国の取り得る政策の幅を確保するとともに,公共的利益実現のための柔軟性(public interest flexibilities)を考慮するべきであると主張している。

 この提案の中程(p.3)には,「情報へのアクセスと知識の共有は,情報経済において,革新と創造を促進するための必須不可欠の要素であると考えられるにもかかわらず,デジタル環境に新たに知的財産権保護の仕組みを追加することは,情報の自由な流れを阻害し,‘クリエイティブ・コモンズ’(Creative Commons)のような運動を通じて,革新と創造を推進するための新しい社会的ルールをつくろうとするいくつかの努力を台無しにするものである」と述べられており,‘むすび’(p.5)では「公共の利益にかかわる基本的政策課題を認識することなく,知的財産権の保護を絶対不可侵の利益として押し進めようとする考え方は,知的財産権制度の信頼性そのものを損なうことになる」と断言している。

 

2. WIPOの将来に関するジュネーブ宣言

 上に紹介したWIPOの総会に先立ち,数百にのぼる非営利団体,科学者,大学人,その他の個人が署名する(4)「WIPOの将来に関するジュネーブ宣言」(Geneva Declaration on the Future of the World Intellectual Property Organization;E253参照)(5)が9月29日に公表された。その宣言の趣旨は,やはりWIPOに対して,発展途上国等のニーズに一層の理解を深め,知的財産権についてそれ自体を目的とするのではなく,発展途上国や低開発国を開発発展させるために利用できる多くの道具のなかのひとつと考えるよう求めるものであった。

 この宣言は,冒頭に「人類は,知識,技術そして文化の統御において,地球規模の危機に直面している。その危機は,多くの点で明らかである」との認識を示している。そこで示された8つの点,ポイントを翻訳し,確認することにしたい。

  • (1)絶対必要な医薬を入手できず,数百万の人たちが疾病に苦しみ,死に絶えてゆく。
  • (2)教育,知識そして技術にアクセスする上での道徳的に問題のある不平等は,開発発展と社会的結びつきを大きく損なう。
  • (3)知識経済における競争を排除する実務慣行は,消費者に莫大な費用を課すことになり,革新を阻害する。
  • (4)著作者,芸術家および発明家たちは,次々に創意工夫に富んだ革新的作品や発明をなしとげようとするとき,その障害が次第に大きくなっていることを実感している。
  • (5)知識,技術,生物資源および文化に対する所有権と支配の集中を容認すれば,社会経済的に遅れた国や地域の開発発展や多様な構成,そして民主主義的な社会制度を損なうことになる。
  • (6)デジタル環境において各種知的財産権を守るために生み出された諸々の技術手段は,身体に障害を持つ人々,図書館,教育者,著作者および消費者を保護するために設けられた著作権法制における中核的な権利制限の仕組みに対する脅威となっており,プライバシーと自由を根底から脅かしている。
  • (7)独創性を備えた個々人や創造的なコミュニティに報い支援を与える主要な仕組みが,いまや創造力に恵まれた個人と消費者の双方にとって不公正なものに堕している。
  • (8)私的組織や私企業が社会的,公共的財を横奪し,そして社会の共有財産を囲い込んでしまっている。

 

3. ジュネーブ宣言に対する国際図書館連盟の立場

 上記のジュネーブ宣言に主要な署名者として名を連ねた国際図書館連盟(IFLA)は,同宣言公表の前日,「WIPOの将来に関するジュネーブ宣言についての国際図書館連盟の立場」(The IFLA Position on the Geneva Declaration on the Future of WIPO)(6)を,著作権等法的問題委員会(Committee on Copyright and other Legal Matters:CLM)を通じて,明らかにしている。

 その声明には,「IFLAの信奉する中核的価値のひとつが,『人民,地域社会および諸組織団体は,その社会的,教育的,文化的,民主主義的,そして経済的幸福実現のために,情報,思想および創造力により生み出された著作物に対して,普遍的かつ公平にアクセスできることを必要としているという信念』であるがゆえに,IFLAはこのような(ジュネーブ宣言を支持する)措置をとった」とうたわれている。

 「IFLAは,知識を発展させるためには,精神的営為の産物へのアクセスに保護を与えつつ,それを提供することが絶対に必要なので,知的財産の生産者と情報利用者の代理人としての図書館の両者に対して二重の責任(dual responsibility)」を負っているとの認識を示しつつ,「これまでWIPOは,効果的な知的財産権制度の基礎をなす利用者と権利者とのバランスを十分に守ろうとはせず,維持促進に努めてこなかった」ことを断罪したジュネーブ宣言を支持している。

 そして,IFLAは,WIPOに対して,ボイル(James Boyle)(7)が明らかにした諸原則を踏まえて,緊急を要する課題として,以下の5つの重要な問題点に対策を講ずることを促している。すなわち,(1)絶えず延長を繰り返している著作権の存続期間など,知的財産権法制における権利者寄りの不均衡,(2)従来の知的財産権ルールの適用範囲を制限することを通じての,権利者側の情報独占,(3)技術的保護手段やデジタル複製防止装置による情報アクセスへの障害や,研究開発や創意工夫の阻害,(4)個人レベルにとどまらず,国家間では発展途上国等に犠牲を強いるデジタル・デバイドの拡大,(5)発展途上国等にとっては,有利な貿易条項と引換えに情報知識の流通と技術移転を一層困難にする自由貿易協定,これらを克服するために著作権制度をはじめとする知的財産権制度の枠組みを再検討するべきであるとしている。

 IFLAは,著作権制度もまた知識へのアクセスを容易にし,創意工夫に富んだ革新を推進し,開発発展を加速するものに改善するべく検討が加えられるべきであるし,経済社会の発展段階が様々に異なる国々の間の均衡,権利者と消費者それぞれの要求の間のバランスを回復すべきである,と主張している。

 

4. 著作権をめぐる新しい動き

 これまで検討してきたWIPO総会でのアルゼンチンとブラジルの提案や‘ジュネーブ宣言’,そしてそれを支持するIFLAの声明に共通するのは,知的財産権が特定先進諸国や特定有力企業(群)による独占と囲い込みを促進するメカニズムを備え,情報と知識の共有と技術移転を不当に制限する側面を強くもっていると認識していることにある。著作権制度を含む知的財産権制度のこのような弊害が顕著になった大きな理由は,20世紀後半に始まる情報通信技術の加速度的発展とソフトウェア,‘プログラムの著作物’の法的保護のあり方にある。

 インターネットが国防目的やアカデミック・ワールドにおける研究開発の道具として利用されている間はプログラムのソースコードは公開され,それらは関係する研究者や技術者たちが共同して改善,性能の向上に努めた。ところが,コンピュータという高速演算,情報処理の機械の‘部品’にすぎないソフトウェアをFORTRANやCOBOLという‘言語’によって表現された‘言語の著作物’であると強弁する人たちがあらわれ,その社会経済的強者の勝手な‘論理’を裁判所と政治家たちが片目をつぶって認めてしまった。高度情報通信社会の入口で叢生した情報企業群はソースコードを極秘(トレード・シークレット)にしただけでなく,それがさらに著作権で二重に守られることになった。商用ソフトウェアについては,従来の図書や雑誌,レコードのように複製物商品が第一消費者の手に渡ったとたん著作権が消尽するという伝統的な大原則,‘ファースト・セール・ドクトリン’が支配するところとはならず,購入した複製物の著作権が依然として権利者の手に残るという‘使用許諾’(ライセンス)の法理が当然のごとく妥当するものと考えられるようになった。

  • オープンソース・ソフトウェアの拡大

     しかし,ソースコードをインターネット上で世界中のすべての人たちに公開し,有用なソフトウェア技術を共有するだけでなく,ソフトウェア開発の戦列に参加することを促し,素晴らしいソフトウェアを作り出そうとする動きは確実に強まっている。Linuxはその見事な成果であるし,ApacheやSendmail,Bindなど多くの優れたオープンソース・ソフトウェアが広く利用されている。非営利組織であるオープンソース・イニシアティブ(Open Source Initiative)(8)は,このオープンソース・ソフトウェア運動を強力に推進している。

  • インターネット・アーカイブ

     「インターネット・アーカイブ」(Internet Archive)(9)は,1996年,サンフランシスコに創設された非営利公益団体である。米国議会図書館やスミソニアン協会などを含む諸機関,諸組織と協力しながら,将来の世代のために,ウェブページにとどまらず,インターネット上に存在したテキスト情報,音声ファイル,動画およびソフトウェアのことごとくを保存蓄積するとともに,研究者や歴史家,一般市民に対し公開し,自由なアクセスを提供している。そこでは,現実に権利者の許諾なく著作物が利用されるにもかかわらず,著作権が障害になるとは認識されず,見事にオーバーライドされている。

  • クリエイティブ・コモンズ

     スタンフォード法科大学院を拠点とし,レッシグ(Lawrence Lessig)が中心となって運営されている「クリエイティブ・コモンズ」(10)は,創造的な活動の展開に資するよう,柔軟な著作権運用を支援しようとする非営利の組織である。すなわち,関係するすべての権利利益を留保する伝統的著作権制度を前提として,著作権者が著作権に含まれる一定程度の権利利益だけを任意に留保することとし,それ以外の著作権にかかわる権利利益を‘共有地’(commons;CA1541参照)としてすべての人々に公開するという仕組みの普及を図っている。このとき,あらかじめ定められた定型的な11種のライセンス類型を用意しておき,著作権者はそのなかから自分の意図にあうものを選べばよいとしている。

     この米国生まれの運動は日本にも伝わり,国際大学グローバル・コミュニケーション・センターを拠点とする‘クリエイティブ・コモンズ・ジャパン’はライセンス類型を日本の著作権制度に適合するようあらため,普及を図っている。

 

5. 著作権濫用の法理

 米国の特許法の世界には,従来から‘特許権濫用’(patent misuse)の法理が存在している。これは,衡平法上の準則で,特許権保有者がその独占的利益を拡大するために相手方の取引を制限したり公共的利益に反するような特許の利用をすることは許されないというものである。この特許制度で育った法理の趣旨が,近年,著作権制度にも活かされる裁判例が少なくない(11)。権利者側が著作権の使用許諾を与えるにあたり,当該著作物とその利用の改善と創意工夫を不当に阻み,相手方とそのビジネスを長期間にわたり従属させようとしたり,その他公序に反するやり方で著作権制度が認める権利制限をないがしろにする当該著作物の利用を強いたり,あるいは著作権にかこつけて自らの不当な利益確保を図って同種異種の事業に従事する者に対してはなはだしい競争制限を課することは,‘著作権濫用’(copyright misuse)の禁ずるところとなり得る。

 

6. むすび

 デジタル・ネットワーク時代に突入し,良くも悪くも一方でますますスーパーコピー社会の様相を強めている状況がある。上にも触れたように,世界中で展開されている種々の市民運動や公共性を再発見する法理の強調もあって,優れた学術論文や政府情報,ニュース報道,情緒豊かなフォルクローレや名曲など,価値ある情報がインターネット上でオープンされ,世の中は貧富の差を超えて市民全体で素晴らしい文化を共有する方向をめざして着実に進んでいるように思われる。20世紀後半以降,欧米先進諸国(そこに日本も含まれる)の通商上の比較優位の確保と,肥大しようとする,また肥大しすぎた著作権ビジネスとその周辺利益に大きく肩入れしてきた著作権制度は,インターネットが生み出した情報の自由な噴流に対して,すでに利益誘導の‘水制’としての機能を果たしえなくなりつつあるように思われる。いまこの国で周回遅れで流行の,知的財産の囲い込みを支援する‘バイドール法’(12)の考え方と使い方についても,著作権制度に絡め検討すべき点は少なくない。

筑波大学大学院図書館情報メディア研究科:山本 順一(やまもと じゅんいち)

 

(1) WIPO. Proposal by Argentina and Brazil for the Establishment of a Development Agenda for WIPO. 2004, WO/GA/31/11. (online), available from < http://www.wipo.int/documents/en/document/govbody/wo_gb_ga/pdf/wo_ga_31_11.pdf >, (accessed 2005-04-01).
(2) United Nations. “UN Millennium Development Goals”. (online), available from < http://www.un.org/millenniumgoals/ >, (accessed 2005-04-01).
(3) 抄訳は,
“知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(抄)”. 社団法人著作権情報センター. (オンライン), 入手先 < http://www.cric.or.jp/db/z/maf_index.html >, (参照2005-04-12).
(4) 2004年10月12日現在の署名者は646で,世界中からの個人または機関を含み,国際図書館連盟や米国その他の図書館協会や多くの図書館関係者の名もあがっているが,その氏名から日本とのつながりが推測される‘こばやし・えりこ’氏(カリフォルニア州在住)を除き,日本の機関の名称や日本人の名前は存在しない。日本でも著名なレッシグ氏やサミュエルソン氏の名前は当然のごとくそこにある。
(5) Geneva Declaration on the Future of the World Intellectual Property Organization. (online), available from < http://www.cptech.org/ip/wipo/futureofwipodeclaration.pdf >, (accessed 2005-04-01).
(6) IFLA CLM. “The IFLA Position on the Geneva Declaration on the Future of WIPO”. IFLANET. (online), available from < http://www.ifla.org/III/clm/CLM-GenevaDeclaration2004.html >, (accessed 2005-04-01).
(7)ボイルは,現在,デューク法科大学院(Duke Law School)の教授で,知的財産権制度を含む法と社会に関する諸問題について,積極的に発言を続けている。後に紹介するクリエイティブ・コモンズの創設メンバーのひとりでもある(< http://www.law.duke.edu/boylesite/ >を参照)。
Boyle, James. A Manifesto on WIPO and the future of intellectual property. Duke Law & Technology Review. (0009), 2004. (online), available from < http://www.law.duke.edu/journals/dltr/articles/2004dltr0009.html >, (accessed 2005-04-19).
(8) Open Source Initiative. (online), available from < http://www.opensource.org/index.php >, (accessed 2005-04-01).
(9) Internet Archive. (online), available from < http://www.archive.org/ >, (accessed 2005-04-01).
(10) Creative Commons. (online), available from < http://creativecommons.org/ >, (accessed 2005-04-01).
(11) Cf. Lasercomb America v. Reynolds, 911 F.2d 970 (4thCir 1990), Practice Management Information Corp. v. AMA, Alcatel U.S.A., Inc. v. DGI Technologies, Inc., 166 F.3d 597 (5thCir 1996), Ty Inc. v. Publications International Ltd., 292 F.3d 512 (7thCir 2002).
(12) 米国のPatent and Trademark Act Amendments of 1980のこと。それを真似てこしらえた日本の法律には,産業活力再生特別措置法(平成11年8月13日法律第131号),コンテンツの創造,保護及び活用の促進に関する法律(平成16年6月4日法律第81号)がある。

 


山本順一. デジタル知的財産権の権利保護に対する新たな国際的潮流. カレントアウェアネス. 2005, (284), p.15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1562