CA1541 - 動向レビュー:情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性 / 坂田仰

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1541

動向レビュー

 

情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性

 

1. 情報を巡る公共性と私事性の衝突

 著作権や特許権等のいわゆる知的財産権に対する社会的認識が深まりを見せている。最高裁判所は,2004年9月28日,ダンス教室が指導のために契約を結ぶことなく音楽を無断で使用し,著作権を侵害したとする日本音楽著作権協会の訴えを認め,約3,646万円の支払いを命じた名古屋高等裁判所判決を支持した。これまでであれば見過ごされてきたような程度の著作権利用に対しても,厳しい制裁が加えられるという状況が到来している。

 しかしその一方で,知的財産に対する過度な商業主義的囲い込み(enclosure)が,知の「公共性」を危うくするという議論も台頭してきている。科学的知見,特に社会科学のそれは,全く無の状態から創造されるものではなく,先人の業績,あるいは他者との対話(dialogue)の積み重ねから生み出される部分が多い。また,共同体(community)の存続と個人の自律的「生」にとって,ある種の情報の共有化が不可欠でもある。社会の存続にとって不可欠な情報の共有とフェア・ユース(fair use)の推進を説く「情報コモンズ(information commons)」の動きは,近年,猛烈な勢いで進む過度な「情報基盤の私事化」への危惧から生まれたものである(1)

 だが,資本主義社会においては,J.ロック等の古典的な所有権概念を持ち出すまでもなく,個人の労働の産物(property)は,それを生み出した者に排他的に帰属することが自明の理とされてきた。情報コモンズの動きは,一見,この資本主義の公理と矛盾するかにも映る。しかし,情報コモンズが投射するこの矛盾は,人類の新たなフロンティアとでもいうべきデジタル社会において,「知」の在り方を巡って展開される「公共性」と「私事性」の衝突の一断面に他ならない。議論が絶えたことのない「公共性」と「私事性」の調和の在り方が,新たな地平においても問われ続けているともいえよう。

 では,公共性とは何を意味するのか。この問いに一義的に答えることは困難である。周知のごとく,公共性の概念は,論者によってその意味づけが微妙に異なるばかりか,そもそも両者は,厳然と峻別可能なものではなく,多分に相対的なものにすぎないという考え方すら有力である。だが本稿では,その最大公約数的存在として齋藤純一の分類に注目したい。齋藤は,公共性が語られる文脈毎に,(1)国家に関係する公的な(official)もの,(2)全ての人々に関係する共通の(common)もの,(3)誰に対しても開かれている(open)もの,という3つの意味合いが存在すると指摘している(2)。そして,(1)の国家的公共性には公共事業や公教育が,(2)の共通項としての公共性には公益,公共の福祉等が,(3)の公開としての公共性には公園や情報公開等の概念がそれぞれ密接に関わっているとする。情報コモンズを巡る議論に齋藤の分類をあてはめるならば,(2)全ての人々に関係する共通の(common)情報を,一定のルールの下に,(3)誰に対しても開く(open)べきであるという主張として位置づけることが可能であろう。

 

2. 民主主義への脅威

 情報コモンズは,民主主義と関わって論じられることが多い。その理由は,民主主義の健全性が,自由で開かれた情報の流れに依存している点にある。民主主義社会においては,主権を有する個人が主体的に活動し,積極的に政治過程にコミットメントしていくことが前提となっている。そして,真の主体的意思決定は,正確な情報に基づき熟考を重ねた上で,初めて可能となる。それ故に,主権者が判断材料とする情報を獲得可能にする環境を構築し,それを維持することは,民主主義社会の存続要件であり,情報コモンズを巡る言説の多くもこの点に関わってくる。

 情報技術の発展,特にインターネットの普及は,時間,場所,コストといったこれまで情報獲得の制約要因となってきたものを除去し,情報の流れを活性化させる契機として機能している。と同時に,マス・メディアの発達の影で,情報の「受け手」としてのみ行動することを余儀なくされていた人々に,再び「送り手」としての地位を獲得する可能性を付与することにもなった。その意味においては,情報技術の発展は,民主主義の発展に寄与する可能性があるし,また実際に多くの影響を及ぼしてもいる。

 しかしその一方で,インターネットの普及をもたらした同じ技術革新が,自由な情報の流れを阻害し,コントロールする技術をも生み出していることに留意する必要がある。フェア・ユース,ファースト・セール(first sale)(3),公共所有(public domain)等,情報の共有を可能とする従来の仕組みが,私的利益の最大化を追求する企業や個人が進める情報基盤の「囲い込み」によって,危機に瀕するという事態が顕在化しはじめている。その象徴的存在が,米国に見られる著作権に関する法制度の強化である。

 米国は,日本とは異なり,連邦憲法の中に著作権に関わる基本条項を包含している(4)。そこでは,一定期間,著作権者に著作物に関わる排他的権利を容認するとともに,期限経過後は著作物は公共の所有になるものとされ,著作権者の権利保護(私的利益)と一般の利用(公益)の調整に関する基本原理が明示されている。米国は,この規定を基軸に,新たなメディアが登場する度に,連邦法その他の下位規範を改変することで対応してきた。その最たる例が,電話や電波メディア規制の基本法としての性格を有する1934年制定の「コミュニケーション法」である(5)

 しかし,デジタル社会を推し進める技術革新のスピードは,法制度のみならず,それを支える立法者,裁判官その他の法実務家の理解を遙かに超えるものであった。その結果として,現代社会において情報が有する価値に一早く気づきその確保に乗り出したメディア産業のロビイングによって,情報の公共性に関する本格的な議論を経ないままに,私的利益の保護に傾倒する考え方が,議会によって公式化されていくことになる。その典型が,1998年の「著作権期限拡張法(SOCTEA)」(6)と「デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)」(7)CA12321478参照)であった。

 著作権期限拡張法によって著作権の保護期間が20年延長され,デジタル・ミレニアム著作権法の下で著作権保護を回避する手段に刑事制裁が科されることになった。何れも,情報の公共性に根ざしたフェア・ユースを制限し萎縮させる効果(chilling effect)を有し,情報の自由な流れを阻害する要因となることは多言を要しない(8)。ここに,国家的「公共(official)」としての「法」が,私的セクターに取り込まれ,誰に対しても開かれているという意味の「公共(open)」を浸食し,「情報基盤の私事化」を後押しするという構図が浮上してくる(9)。その中で,民主主義の健全性を示すバロメーターというべき情報の自由な流れは脅威に晒され,創造性や文化がメディア産業によってコントロールされるという事態が着実に進んでいることを見逃してはならない(10)

 

3. 図書館界に寄せて

 最後に,図書館界と情報コモンズの関わりについて若干のコメントを附しておくことにしたい。英米を中心とする欧米諸国は,公園や道路,それに類する多くの共有地(commons)を,市民が情報交換や討論を行う重要な場と見なし,民主主義に不可欠な存在と位置づけ,パブリック・フォーラム(public forum)論の下でその保護を図ってきた(11)。時代が下るに連れて,プリント・メディアの発達,マス・メディアによる情報発信手段の寡占化が強まる中,情報の受け手としての個人を支える新たな場が模索されていく。その重要な拠点の一つが公共図書館であったことはいうまでもない。公共図書館には,利用者が必要とする情報を主体的に選択することが可能な場として,多様な情報を保存し,それに誰もが平等にアクセスできる開かれた存在であることが期待された。ここに全ての人々に関係する(common)情報を,誰に対しても開く(open)という公共性を体現しているという意味において,「情報コモンズ」の原型を見ることができる。

 そして現在,情報技術の発展に支えられた新たな地平は,公共図書館を凌駕する可能性を有する新たなコモンズ,パブリック・フォーラムへの可能性を開いた。だがここでも同様の技術が情報コモンズとしての公共図書館を脅かすヤヌス的存在として機能することになる(12)。現在の状況が続く限り,現代型公共図書館が情報社会への対応として指向するネットワーク化が,機能不全に陥る可能性がある。情報基盤の私事化,囲い込みの進行は,ネットワークを通じて情報をやり取りし「群」として機能する公共図書館に対し,ネットワークにおける情報の自由な流通を拒否し,経済的負担を要求する傾向がより強まっていくと予測されるからである。

 早晩,図書館界は,情報化社会における自らの役割を再同定することが求められることになろう。そこには,情報基盤私事化の流れを所与の前提として,誰に対しても開く(open)という意味の公共性を後退させる道と,過度な情報基盤の私事化に戦いを挑み,情報のフェア・ユースを維持すべく努力を重ねる道の2つの選択肢が存在している。そしてこの選択は,図書館界が,民主主義の活性化,個人の自己実現に果たしてきた役割を,どの程度重視するかによって決せられることになる。

 図書館界は,これまでの経緯から,当然,第二の道を模索することになろう。だが,本質的問題は,その最終評価が,図書館界ではなく,社会を構成する全ての人々によって下されることになるという点にこそある(13)。民主主義社会は,治者と被治者の自同性が確保された社会であり,「公共(official)」としての「法」を支える正統性の源は,主権者である構成員をおいて他にない。それ故に,第二の選択肢,すなわち情報コモンズ確立の成否は,そのガイド役としての図書館界と社会との対話如何にかかっているといっても過言ではない。この点について,米国図書館協会情報技術政策部(ALA/OITP)は,図書館司書を情報コモンズのガイドとして位置づけ,その発展可能性を共同体の構成員に向かって説明していくことの重要性を説いている(E166参照)(14)

 社会との対話を前に,図書館関係者は,自らの職務の社会的使命に関する自己認識を改めて問い直す作業を余儀なくされる。この作業を通じて,民主主義を支える施設という図書館界のこれまでの主張が,単なるスローガンに過ぎなかったのか,それとも内実の伴う存在であったのかという点が試されることになろう。果たして図書館界は,真に全ての人々に関係する(common)情報を提供してきたといえるのか。その多くがこれまで潜在的利用者に過ぎなかった構成員によってその公共性が計られるというアイロニーの中,図書館界は評価の時を迎えようとしている。

日本女子大学家政学部:坂田 仰(さかた たかし)

 

(1) 例えば,代表的な組織として「情報コモンズ」< http://www.info-commons.org/ >や,「クリエィティブコモンズ」< http://www.creativecommons.org >がある。 (accessed 2004-11-15).
(2) 齋藤純一. 公共性. 東京, 岩波書店, 2000, viii-ix.
(3) 著作権を有する者が,製品等を売却することによって,著作権が消費し尽くされる(exhaust)とする考え方。デジタル分野に適用されるかは,消極説が通説といわれる。しかし,近年,適用対象への取り込みを目指す法改正の動きも一部に存在する。
ファースト・セールに関わる米国連邦最高裁判所の先例としては,Quality King Distributors, Inc. v. L’Anza Research International, Inc., 523 U.S.135(1998)がある。
(4) U.S.Const. Art.1, §8, cl.8.
(5) 47 U.S.C. §151.
(6) 著作権と深い関わりを持つミュージシャン出身の議員,ソニー・ボノ(Sonny Bono)の名を冠する法律。Sonny Bono Copyright Term Act,17 U.S.C. §301.
(7) Digital Millennium Copyright Act,17 U.S.C. §1201.
(8) 萎縮効果は,法律だけではなく,言説の空間を支配する様々な規制によってももたらされる。サイバー空間を統制するコード(CODE)の重要性については,ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)の指摘がある。
Lessig, Lawrence. (山形浩生,柏木亮二訳) “第1章 コードは法である”. CODE - インターネットの合法・違法・プライバシー. 東京, 翔泳社, 2001, 3-13.
(9) もっとも「市場」主義経済は,時に誰もが出入り自由な平等に開かれた制度として論じられることがある。しかしながら,本稿の文脈からは,その公開性が「経済的豊かさ」に依存する制度と措定されることはいうまでもない。
(10) ローレンス・レッシグは,巨大メディアによる法を手段とする創造性,文化の統制を問題視し,メディア産業の行動を批判する。
Lessig, Lawrence. (山形浩生,守岡桜訳) FREE CULTURE. 東京, 翔泳社, 2004, 371p.
(11) 紙谷雅子. パブリック・フォーラム. 公法研究. (50), 1988, 103-119.
(12) 但し,パブリック・フォーラムの範囲を巡っては,学説上見解が分かれており,インターネットがその範疇に含まれるか否かについては現在も議論の対立が続いている。この点が争点とされた事件としては,例えば,U.S.v. American Library Association,Inc.,539 U.S.194(2003)等がある。
(13) 第一次的評価は,図書館界に関わる人々によって下されるという点はいうまでもない。
(14) “Libraries and the Information Commons”, A Discussion Paper Prepared for The ALA Office of Information Technology Policy. (online), available from < http://www.ala.org/ala/washoff/oitp/icprins.pdf >, (accessed 2004-10-25).

 


坂田仰. 情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.7-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1541