CA1540 – フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立− / 北村由美

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1540

 

フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立−

 

はじめに

 フィリピンでは,1990年9月の共和国法第6966号によって,司書が専門職として定義され,司書の職務内容が法制化された。その結果,新規採用の司書は,図書館情報学分野の学位取得と国家試験合格が義務になり,司書職は他の専門職と同列に扱われるようになった。通称フィリピン・ライブラリアンシップ法で知られる同法は,フィリピンにおける司書の専門性に対する認識を確固たるものにした。法制化までの背景には,第2次世界大戦以前の宗主国であった米国の影響と,政界へ多大な影響力を持つフィリピン大学を中心とした司書教育制度,そして専門職団体の力がある。

 本稿では,アジアで他に例を見ない司書の専門職性を定義したフィリピン・ライブラリアンシップ法を中心に,フィリピンにおける司書教育と司書制度について紹介する。

 

1. フィリピンの司書教育とフィリピン大学

 フィリピンにおける司書教育は,1914年にフィリピン大学で2人の米国人司書によって開講された図書館学(library economy)に関する講義が始まりである。初期の受講生たちはその後米国に渡り,帰国後フィリピンにおける司書教育に貢献する。1916年には同じくフィリピン大学に図書館学の理学士コースが開講され,1922年に学部として独立する。1932年に,サント・トーマス大学教育学部の選択科目として図書館学が導入されたのを皮切りに,フィリピン大学以外の大学でも司書教育が開始される。第2次世界大戦後は,1962年にフィリピン大学において図書館学修士課程が開始され,その後他大学でも同修士課程が始まる。1978年にはフィリピン大学において,東南アジア諸国内で初めて情報専門職養成の大学卒業者対象の講座が開始された。このようにフィリピンにおける司書教育は一貫して,フィリピン大学の主導のもとに行われている。またフィリピン大学においては,1962年にすでに司書に教員の地位が保証されている。

 

2. 専門職団体の活動と共和国法第6966号成立まで

 フィリピンで最も古い図書館関係専門職団体は,1923年に設立されたフィリピン図書館協会(Philippine Library Association)である。同協会は,軍人・駐在員夫人などの米国人女性達が1900年に結成した在マニラ米国貸出図書館協会(American Circulating Library Association of Manila)を前身とする。フィリピン図書館協会は1925年以降年次総会を開いているが,それらの会議の主賓として,ケソン大統領(1935〜1942年)や,オスメニャ副大統領(1935〜1942年)が招かれており,司書職に対する賛辞を述べている点を見ると,設立当初から同団体の政治性の高さがうかがわれる。日本占領期は活動を中止していたが,第2次世界大戦後活動を再開する。戦後は1954年にフィリピン専門図書館協会(Association of Special Libraries in the Philippines)が設立され,フィリピン公立図書館協会(Public Libraries Association of the Philippines;1959年),フィリピン図書館学教諭協会(Philippine Association of Teachers of Library Science;1964年)など各種専門職団体が次々と設立される。1966年,フィリピン図書館協会はエバ・エストラーダ・カラウ上院議員が提出したフィリピン国内におけるライブラリアンシップ実務規定に関する法案916を支持したが,成立しなかった。そのため,フィリピン図書館協会のメンバーを中心に1990年のフィリピン・ライブラリアンシップ法成立まで24年間,フィリピンにおける専門職としての司書の確立を目指したロビー活動が展開された。

 

3. フィリピン・ライブラリアンシップ法における司書専門性の定義

 フィリピン・ライブラリアンシップ法では職業規制委員会(Professional Regulation Commission)下に司書評議会(Board of Librarians)を設立することを規定しており,司書職は他の専門職と同列に扱われている。司書評議会は,司書教育および司書のレベル保持に対して全面的な責任を負う。同法ではまた,司書を国家試験合格者であると定義し,司書の専門分野の内容として,(1)記録情報の組織,普及,保存,修復,(2)図書館やそれに類する機関の組織と管理に関する助言を与えるなど専門的サービスの供給を有料もしくは無料にて行うこと,(3)図書館情報学分野の教授,(4)顧客用の書類や報告書の契約や検証,を挙げている。

 

4. フィリピン・ライブラリアンシップ法における司書資格試験の規定

 司書資格を得るためには,以下の基準を満たした上,試験に合格する必要があると定められている:(1)フィリピン共和国民である,(2)20歳以上である,(3)心身ともに健全である,(4)政府に認められた高等教育機関から図書館情報学士または図書館情報学修士を取得している。

 試験内容と比重は以下の通りで,全体の正答率75%以上,かつすべての科目の正答率が60%以上であることが合格の条件である。

  • (ア) 図書館や情報センターの組織・管理(30%)
  • (イ) レファレンス,書誌編纂,利用者サービス(20%)
  • (ウ) 選書・資料受入(15%)
  • (エ)目録・分類(15%)
  • (オ) 索引・抄録(10%)
  • (カ) 情報技術(5%)
  • (キ) ライブラリアンシップに関する法律と実務(5%)

試験合格者は3年期限の免許を授与される。

 

5. 2003年フィリピン・ライブラリアンシップ法

 フィリピン・ライブラリアンシップ法は,2003年12月に共和国法第9246号をもって改正された。新法の最大の特徴は,司書の職務としてマルチメディア形式で提供される情報の選択・収集・レファレンスが追加された点である。これに合わせて,試験内容にもマルチメディア情報資料の収集・受入や,情報サービスの運営管理など,こうした資料の取り扱いに必要な知識を問う科目が設けられるなどの変化があった。同時に,各科目の正答率の条件は50%に下げられた。

 

おわりに

 本稿では,フィリピンにおける司書の専門性を定義した共和国法第6966号成立の背景と同法の内容を見てきた。同法成立後,現在までに3,000人が司書免許を取得した。大学図書館に比べると,公立図書館・学校図書館での専門司書の割合はまだまだ不十分であるが,長い目でみればゆるやかであっても確実に浸透していくだろう。司書の専門性の法的な位置づけを勝ち取ったフィリピンのケースが,今後この国での司書職と図書館の発展にどう寄与していくのか見据えたい。

京都大学東南アジア研究所:北村 由美(きたむら ゆみ)

 

Ref.

Arlante, Salvacion M. et al. The professionalization of librarians: A unique Philippine experience. Asian Libraries. 3(2), 1993, 13-22.

Cruz, Prudenciana C. Developments in libraries of the Philippines: A country report. Country Report Submitted to CONSAL 2003 in Brunei, 2003. (online), available from < http://www.consal.org.sg/webupload/forums/attachments/2478.pdf >, (accessed 2004-10-26).

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Saniel, Isidoro. History: Half a century of the Philippine Library Association. (online), available from < http://www.dlsu.edu.ph/library/plai/plai%20history.htm >, (accessed 2004-10-08).

 


北村由美. フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立−. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.5-7.
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