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カレントアウェアネス
No.283 2005.03.20
CA1554
動向レビュー
「情報哲学(the Philosophy of Information)」の誕生:図書館情報学理論研究における新たな動向
1. はじめに くり返す学的危機
図書館情報学(LIS)に関わる新たな理論探究は,LISの危機と併せて議論される傾向が強い。図書館界においても情報技術の影響が極めて大きいために,情報技術自体への関心とその随伴現象の様々な問題の現出に追従するだけに時間を費やさざるをえないのは世界共通であろう。ゆえにLISの危機は現実の彼方に吹き飛び,情報技術に追従することに邁進せざるをえない時期が一面では続いている。その極論が電子図書館的機能の充実による無人図書館論であり,これは専門職不要論としてLISの制度的危機への予感を孕んでいる。その動向の不安定感が多少とも安定した方向を模索しはじめ,LISの確立をまっとうしそうな研究が現れている。本稿で「理論」とはLIS総体もしくは一般を定義しうる言説を指す。LISの各論の理論,たとえば計量書誌学のそれなどは対象にしない。連関して日本の現状を見ておくのは学理上有益なので,管見の及んだ範囲内で主要な成果を参照しておく(1)。
2. 最近のLIS理論研究動向
理論研究動向一般を評論したモノグラフとしては,ロチェスター(Maxine K. Rochester)とヴァッカリ(Pertti Vakkari)が国際図書館連盟(IFLA)の図書館理論調査分科会の委託でとりまとめた「国際的な図書館情報学研究:国別動向比較」がある。対象国がスカンディナビア諸国,オーストリア,中国,スペイン,トルコ,英国に限られているが,対象論文を計量的に分析しており,ここ20〜30年の趨勢を見るには参考になる。また昨年のIFLA大会でも図書館理論調査分科会が活発な研究報告をしている(2)。
この調査報告と前後して2002年にはシアトルで米国とフィンランドのLISの教員を中心に理論研究の国際会議が開催され,報告書も刊行されている(3)。
また同時期に雑誌Social Epistemology誌で情報学が特集された。本誌は社会認識論(SE;社会的認識論とも訳される)の専門誌であるが,特集編集主幹のドン・ファリス(Don Fallis)が指摘しているように,Social Epistemology誌は図書館学研究者ジェシー・シェラ(Jesse H. Shera)の用語をそのまま引用して創刊された。この特集においても,シェラのSEの再検討と再評価を試みる論考が複数ある。
LIS専門誌で理論をとりあげたものにはLibrary Trends誌の「図書館情報学の最新理論(Current Theory in Library and Information Science)」がある。しかしながら各論の動向であり,本稿の対象でない。
これらの論考をみると,LISに関わる近年の理論研究は,情報メディアを中心としたマクルーハン(Herbert Marshall McLuhan)の流れを汲む理論(社会情報学),米国を中心としたSEの再検討・再評価の動き,認識論一般の再検討の3つの流れに集約されるように思われる。そこで本稿では,3番目の領域で独創的な「情報哲学(philosophy of information:PI)」の概要を紹介したい。
3. フロリディの「情報哲学(PI)」:情報学のブレイク・スルー
PIを提唱したイタリア人哲学者ルティアーノ・フロリディ(Luciano Floridi)の「応用情報哲学として図書館情報学を定義することについて」は上述のSocial Epistemology誌に掲載され,LIS研究者から反響を呼び,Library Trends誌に「情報哲学」が特集されるにあたり,フロリディは「応用情報哲学としての図書館情報学あとがき」を著して,LISとPIとの問題構制(problematics)を描き出した(4)。
PIの革新的な成果は,情報をアリストテレス形而上学の第一哲学(philosophia prima)に相当するとした上で,LISを応用PIと位置付けたことである。
情報学と称する領域は,定義がまちまちなために情報概念すら共有できていないのが現状である。特にメディア論としての社会情報学からコンピュータ・サイエンスを経てバイオインフォマティクスを含む,情報に関わる森羅万象を知悉するものなどいない。この困難さを克服するためにフロリディは<デジタル>に着目して,情報を定義するために,デジタルによる認識論革命をカントのコペルニクス的転回に倣って<計算的転回(computational turn)>と名づけた。演算は,数学的にみれば,デジタル計算機での演算誤差の発生率が10万分の1と云われる高精度にある。この数学的精密さを駆使して今われわれが使っているPCは作動している。その具体的な応用ソフトであるワープロ,通信,画像等を通して人間の哲学的命題である<存在(あること)>をどのように精確に記述するのか,すなわちどのように精確に認識するのか,という知識論の至上命題に回答を与える認識論的枠組みとその存在論が情報哲学なのである。フロリディも指摘しているように,情報哲学において問題を検討する基本は<知>であるが,現象としてのデジタル化された情報を認識対象の基本単位として扱うか,または見做すことにより,さらに確実な議論が可能になる。いわばデジタルという・・もの的明証性の強さが,従来の哲学が依存した思弁をさらに論理的に強化し得る可能性がある。
彼はLISの再検討をめぐる議論を次のように始める。「LISはSEとPIの両方に厳密に関与しているが,SEがLISに満足しうる基盤を提供しえない」ことを最初に示し,三者の関係を家族に例えて(下図参照),「LISとSEは兄弟の関係にあり,PIという共通の両親を共有していると了解されるべきである」と自らの立論を説明した上で,「LISは既存の哲学的基盤の受容を必要としないばかりか,哲学的基盤を形作るなかでPIにおける重要な役割を演じうる」と指摘した。さらに哲学と科学の関係性にも言及して「LISと哲学は主に百科全書的展望を共有しているが,これは科学一般にも当てはまる。哲学は科学ということば同様学問領域の大きな多様性を現す包括的なことばである」としてLISが哲学同様の位置づけを獲得する必然性を論証する。
(出典)Floridi(2002)
ところが,「LISはもちろんSEに近接しているし,両者の領域内で対象の社会的ダイナミックスに関心を寄せており,両者には広い視野と経験的な指向性がある。にもかかわらずこの方法は完全に失敗してきた」ので「SEはLISの基盤を提供できない」と断言する。その理由は「知識社会学とは異なり,LISは規範的なスタンスを持ち,それゆえ純粋に記述的な方法論以上のものを要求している。図書館は教育や伝達の必要性や価値を満たし,守り育む場所であり,そのコンテンツは公共のために評価され,選択されている。そこでは目録作業のような中立的で,評価からは無縁な活動がなされている。この規範的なスタンスがLISを社会知識の認識論に傾かせている」ためとされ,LISがSE的傾向を帯びざるをえないとの解釈を与えている。
これらの失敗を克服する認識論としてPIの有効性を指摘するために,学問的領域とその構成を説明した上で「PIは計算よりも情報を重視している」とそのもの的明証性としての特徴をあげる。応用PIとしてのLISは,ドキュメントに関わる領域を中心に,「ドキュメントやそのライフサイクル,そしてドキュメントを作成,管理,統制するための手続き,技法および周辺機器に関する領域である」と再定義される。
以上の概要から,「情報分析と設計の基盤的哲学として理解することで,PIはわれわれの知的環境の合目的的構築を説明しかつ誘導し,かつまた現代社会の体系的な取り扱い方を提供しうる。PIは人間性に関して世界の意味付けを可能にし,世界を確実に構築し,存在の意味論付けに新しい舞台を準備する」というのがPIの全構想である。
LISとPIの関係においては,本章の冒頭で指摘しておいたように情報メディアの多様化による社会情報学のゆれをLISも被ってきたが,情報を可能な限り精確に定義することで,このゆれを安定させ,<学>としての危機を最小に抑えることが可能になる。また学としての自らの百科全書的知の位置づけも明確になり,LISの各論の精緻化や学際性を情報哲学(すなわちデジタルによる計算的転回)のもとに一貫して規定できるメリットもある(5)。
4. 情報哲学から図書館情報学へ
PIの理念と領域は「広範囲な現象と実践の説明可能性を探求すべきであり,これを前向きに精密に推し進めたい。PIは原理主義である」とフロリディは宣言する。
PIの目的は「存在を情報的に分析しようとするアプローチであり,人間存在にかかわる最小の共通存在論に適応」することにある。すなわち計算的転回を適用して情報を精査する一方で,人間存在を含めて全存在の意味を情報を通して解釈しようという野心的な試みがPIなのである。
PIの認識論的に自立した強さについては,カントが自らの認識論的革命を「コペルニクス的転回」と呼び,近年ではリチャード・ローティ(Richard Rorty)が自らの認識論を「言語論的転回(linguistic turn)」と呼んだように「計算的転回」と名づけたところに,PI創案の自負のほどが伺える。LIS関係では同様に「認知的転回(cognitive turn)」(1)もある。いずれの認識論の革新性が今後の諸学に最も影響力があるかは明白であろう。諸学を百科全書的に位置づけうる視点に立つことが最低必要条件である。今後どのように補強,精緻化,検証されてゆくのか,実に楽しみな哲学革命が起きたといえよう。社会生物学者のエドワード・O・ウィルソン(Edward O. Wilson)が著書『知の挑戦(Consilience: the unity of knowledge)』で,分子生物学的視点で諸学の再構築可能性を予見しているが,これはもの的世界観からのパラダイム転換の指摘であり,第一哲学を再構成する要因にはなりえないので,PIの上位を占める可能性は少ない。よってPIが哲学以外の諸科学(学問)のマッピングにも大きな影響を及ぼすと想定できよう。
最後にPIがLISに及ぼす影響を見ておこう。学としては哲学と同等に存在する自らの百科全書的知の位置づけが明確になり,LISの各論の精緻化や学際性を情報哲学(デジタルを認識単位においた情報概念による計算的転回)のもとに一貫して規定できるメリットもある。哲学は普遍学でもあり,諸学の知を学的体系と分類において明確なデジタル単位の情報を用いてマッピング(たとえば情報の視覚化などの手法で)することを可能にする。一方でLISは諸学が生産する知をドキュメントとして取り扱う相補的な関係性を明確にした。つまりLISは自らの存在理由を哲学的に規定することができ,従来甘受していた諸学の補助科学としての地位を脱却,自律できる学的根拠を獲得し得る契機が明示された。この延長上で専門性および専門職制度の必然性をも説明可能にする場と契機を得たことになる。LISが哲学から自立するのは無意味だが,学際的界面において不即不離の関係を確認することで,たびたび招来する蟻地獄的な学的危機を脱することが可能になる。
情報哲学は技術ではないので情報を具体的に加工したり,処理したりすることはない。<計算的転回>という認識論的転回を経て,この哲学がLISを含めて関連する情報学の分岐諸学をも傘下に展開することで,合理的な世界のもとにさまざまな問題構制が透過になる。あくまでも諸<学>のディシプリンの一つに過ぎないが,その果たす機能は知を基礎付ける際に,情報レベルから知の新しい物理的あり方を規定する。よって情報哲学の理解いかんで,展開する世界が異なると考えるべきであろう。
中部大学附属三浦記念図書館:松林 正己(まつばやし まさき)
(1) 影浦峡. 情報媒体構造論の構想と方法的考察. 第52回日本図書館情報学会研究大会発表要綱. 2004, 21-24. ; 西垣通. 基礎情報学. 東京, NTT出版, 2004, 235p. ; 野家啓一. “「情報内存在」としての人間 : 哲学から見た情報概念”. パラダイムとしての社会情報学. 東京, 早稲田大学出版部, 2003. ; 斉藤孝. 「記録・情報・知識」の世界: オントロジ・アルゴリズムの研究. 八王子, 中央大学出版部, 2004, 322p. ; 米山優. 情報学の基礎: 諸科学を再統合する学としての哲学. 東京, 大村書店, 2002, 448p.
いずれの議論もLIS以前に情報学(論)を前提している。西垣は情報を意味作用に求め,米山は秩序ととらえている。メタサイエンスとしても基礎付けと位置付けの中心に哲学がおかれているのは,哲学の基本問題が知識論にあるからに他ならない。知識論の本質は,精確な認識をどのように獲得するのかである。しかしLISは人間の情報探索行動をも対象化することによって,情報学の領域を必然的に獲得した。その背後にはハイデガーの頽落概念があり,いわゆる認知学派の認知的転回(cognitive turn)を基礎づけた。同様の文脈で人間を<情報―内―存在>と定義したのは野家であるが,これは認知学派が依拠するハイデガーの存在了解を敷衍したものだ。斉藤の議論は存在論的アルゴリズムであり,PIに類似するが,認識論的革新性はない。影浦の分析準拠枠がPIに最も近い。
(2) Rochester, Maxine K. et al. International Library and Information Science Research: A Comparison of National Trends. Amsterdam, International Federation of Library Associations and Institutions, 2004. 54p. (IFLA Professional Report; Nr.82) (online), available from < http://www.ifla.org/VII/s24/pub/iflapr-82-e.pdf >, (accessed 2005-01-14).
(3) Bruce, Harry et al., ed. Emerging Frameworks and Methods : CoLIS4 : Proceedings of the fourth International Conference on Conceptions of Library and Information Science. Seattle, USA, 2002-07, the Information School, University of Washington, Libraries unlimited, 2002, 336p.
本書に関して,ワシントン大学のスミスが紹介の論説を寄稿している。
Smith, Martha Kellogg. Emerging Frameworks and Methods: Fourth International Conference on Conceptions of Library and Information Science (CoLIS4): 21 – 25 July 2002, Seattle, Washington. D-Lib Magazine. 8(9), 2002. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/september02/smith/09smith.html >, (accessed 2005-01-14).
本稿に連関する論文は下記の2本であるが,伝統的な認識論の議論を超えてはいない。
Hjorland,Birger. Principia Informatica: Foundational Theory of Information and Principles of Information Services. ; Tuominen, Kimmo, Talja et al. Discourse, Cognition, and Reality: Toward a Social Constructionist Metatheory for Library and Information Science.
(4) Floridi, Luciano. On defining library and information science as applied philosophy of information. Social Epistemology. 16(1), 2002, 37-49. 本号は情報学を特集している。
Floridi, Luciano. Afterword LIS as Applied Philosophy of Information: A Reappraisal. Library Trends, 52(3), 2004, 658-665. 本号は「情報哲学(The Philosophy of Information)」を特集している。
上述の2誌に図書館情報学理論に関する論説が掲載されている。紙幅の都合上目次は割愛した。
PIの著者フロリディのHPは下記にあり,大半の論文を公開しているので,参照されたい。
Luciano Floridi, University of Oxford. (online), available from < http://www.wolfson.ox.ac.uk/~floridi/ >, (accessed 2005-01-14).
(5) フロリディは,その後応用PIとしてのLISに寄せられた「「社会」的には十分ではない」という批判に対して,現実の図書館に関わる社会的な側面を3層に分けて検討することで応答とする。その3層は,下記のとおりである。
第1層 図書館を対象に扱う
第2層 図書館情報学総体にかかわる 学習から実践まで
第3層 少数の人のみが関心を持つ根本的なもの たとえば数学の哲学とか図書館情報学の場合にはPIを示唆する
松林正己. 「情報哲学(the Philosophy of Information)」の誕生:図書館情報学理論研究における新たな動向. カレントアウェアネス. 2005, (283), p.18-21.
http://current.ndl.go.jp/ca1683