CA1535 – 動向レビュー:米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向 / 杉江典子

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カレントアウェアネス
No.281 2004.12.20

 

CA1535

動向レビュー

 

米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向

 

1. はじめに

 デジタルレファレンスサービス(Digital Reference Service)とは,主にインターネットを介したレファレンス質問のやりとりである。図書館員と利用者をつなぐコンピュータ技術によって様々な形態が存在する(1)。現在最も主流となっているのは,電子メール(あるいはウェブフォーム)とチャットによる質問のやりとりで,それぞれメールレファレンス,チャットレファレンスなどと呼ばれる。米国で始まったこのデジタルレファレンスサービスについては,すでに田村俊作(CA1437参照)と斎藤泰則(CA1488参照)がその概要や動向を本誌で取り上げている。本稿では,主にそれ以後の文献を取り上げ,最近の動向を紹介してゆく。

 米国の図書館では,1990年代以降,デジタルレファレンスサービスの試行が,多くは研究助成を受けて繰り返されてきた。このデジタルレファレンスサービスの可能性については,単にレファレンスサービスの担当者や専門家の間だけでなく,図書館界全体において華々しく語られているように見える。しかしインターネットはプラスの側面ばかりをもたらしてくれたわけではない。デジタルレファレンスサービスが盛んに語られる傍らでは,多くの利用者が検索エンジンに代表されるインターネット上の情報源や,商用の質問回答サービスを好んで使うようになり,ますます現実の図書館でのレファレンス利用が減ってしまうことへの危惧も語られ続けている。確かに現実の図書館でおこるレファレンス質問数の減少については,様々な文献で述べられている。

 最もよく引用される米国研究図書館協会(Association of Research Libraries:ARL)による統計では,ARL加盟館における1館あたりのレファレンス質問処理件数の中央値は,1996年の157,275件をピークに急激に減少しつつあり,2003年には93,036件にまで落ち込んでいる(2)。ただし,ジェーンズ(Joseph Janes)が2000年に図書館員を対象に行った調査結果(3)によると,全体の質問数が減っていると考えるのは大学の図書館員が最も多く,逆に公共図書館の図書館員では,増えていると考える人数が最も多かった。この結果を規模別にみると,質問が減っていると考えるのは大規模館の図書館員が最も多く,小規模館の図書館員では,増えていると考える人数が最も多かった。また,米国図書館協会公共図書館部会(Public Library Association:PLA)の統計によると,公共図書館におけるレファレンス質問の処理件数は,この10年でははっきりした増減は見られない(4)

 以上のことから,インターネットの登場によって最も大きな影響を受けているのは,現時点では大規模な大学図書館であると言うことができよう。

 

2. デジタルレファレンスサービスの動向

2.1 図書館によるサービス提供状況

 それでは現在米国では,どの程度の図書館がデジタルレファレンスサービスを提供しているのであろうか。2000年から2001年にテノピア(Carol Tenopir)らによって,ARL加盟館を対象として実施された調査の結果(5)からは,回答館の99%がメールレファレンスを提供し,29%がチャットなどによるリアルタイムのレファレンスサービスを提供していることがわかった。また2002年にARLが加盟館に対して行った調査結果からは,回答館のうち54%がチャットレファレンスを提供していることがわかっている(6)

 ジェーンズが2000年に図書館員を対象に行った上記の調査結果では,公共図書館で71%,大学図書館で83%が何らかの形でデジタルレファレンスサービスを提供していることがわかった(7)。さらに,2001年にバオ(Xue-Ming Bao)が大学図書館のホームページを調査した結果(8)からは,ウェブを利用してデジタルレファレンスサービスを提供している図書館は全体の46.9%であったこと,大学の規模・設立母体別にみると,最も割合が高かったのは,修士課程を持つ公立大学の図書館で75.0%,最も低かったのは4年制の私立大学の図書館で27.3%であったことがわかった。

 ジェーンズらの調査は図書館員が質問紙に回答する方法で行われたため,サービスを活発に行っている館で働く図書館員が回答に協力的であり,結果が実際よりも高めであることが推測される。かたやバオの調査は,著者が自分自身でホームページにアクセスをして行った調査の結果であるため,データは現状そのままを表していると考えてもよいだろう。これらの調査結果からは,デジタルレファレンスサービスの様々な形態のうち1990年代前半に始められたメールレファレンスは,ほぼ10年を経て,大規模な図書館では定着したと見ることができる。しかしメールレファレンスでも,依然として一部の規模の小さな図書館ではあまり提供されていないという事実も浮かび上がってくる。

2.2 利用者による利用状況

 図書館の提供するデジタルレファレンスサービスを,利用者はどの程度利用しているのだろうか。上記のARLの調査結果(9)中で,回答館のうち数館については2002年中のチャットレファレンスの質問受付数が示されている。これを見ると,最も受付数の多いイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校では1日平均41件受け付けているが,これは全体からするとずば抜けており,大半の大学図書館が10件にも達していない。また,クロス(Louise Kloss)らが,ノースイースタン・オハイオ図書館協会地域図書館システム(Northeastern Ohio Library Association Regional Library System)という公共図書館を中心とするコンソーシアムの提供するチャットによるレファレンスサービスについて行った調査結果(10)では,調査期間中の参加館は14〜17館であったが,システム内の利用は平均すると1日7.6人とあまり多くない。

 チャットレファレンスは,メールレファレンスに比べると,スタッフの配置や訓練など運営にはコストがかかると言われているにもかかわらず,大規模な図書館ですらあまり利用者からは利用されていないことがわかる。まだサービスを始めてから日の浅い館が多いことも関係していると考えられるが,この傾向は様々な場面で指摘され,導入の是非についても議論されるようになってきている(11)

2.3 利用者の質問とサービスに対する評価

 デジタルレファレンスサービスでは,レファレンスインタビューが困難であることなどから,利用者からの質問や図書館員とのやりとりが,現実の図書館で起こるものとは違ったものになる。上記のジェーンズの調査(12)では,図書館員は,デジタルレファレンスサービスには,即答質問が最もふさわしく,調査質問は最も困難であると考えていることが明らかになっている。

 実際に図書館に対して利用者がどのような質問を投げかけているのかを調べた調査がある。マーステラ(Matthew R. Marsteller)らが,2000年から2001年にかけてカーネギーメロン大学のチャットレファレンスの記録分析を行った調査(13)では,利用案内的な質問が34%,特定の資料の所在が28%,事実調査が19%,調査の必要な質問が19%となっていた。また,上記のクロスらのチャットレファレンスについての調査結果で最も多かった質問のタイプは,「中高生が宿題に対する援助を求める質問」となっており,「即答質問」,「娯楽に関する質問」,「個人的関心に関する質問」が同数で2番目に多かった。大学図書館では確かに比較的短時間で回答できそうな質問が中心となっているが,「調査の必要な質問」も19%だが含まれている。また,質問項目が違っているが,公共図書館でも即答のできる質問は2番目に多く,それ以外にも,多様な質問を受け取っている。

 次に,利用者がデジタルレファレンスサービスをどのように評価しているかを調べた調査結果についても触れたい。上記のクロスらのチャットレファレンスについての調査(14)では,ある期間,サービス利用後の利用者に質問紙による調査を実施している。調査対象者は12名と少ないが,8名から回答があり,「図書館員が役に立った」は6件,「回答が得られた」は7件,「サービスが気に入った」は8件,「また利用したい」は8件など,大半が前向きなものであった。また上記のマーステラらの調査(15)でも,回答に対する利用者のフィードバックから,利用者がサービスを肯定的に評価していることがうかがえた。

2.4 サービス担当職員

 上記のクロスらは,一定期間にサービスを担当した図書館員7名に質問紙で調査を行った(16)。サービスにあたる図書館員はどのような人々で,サービスの利点や障害についてどう考えているかについて調べている。

 回答した図書館員は,7名中5名が図書館学修士あるいは図書館情報学修士を持っており,レファレンスサービスの経験年数は5年から22年,デジタルレファレンスサービスの経験年数は4年から6年であった。全員がサービスに使われているソフトウェアの訓練を事前に受けており,ソフトウェアの利用に対して問題は感じていないなど,サービスのための技術も実践経験も十分持っているとクロスらは判断している。また図書館員は,このサービスが図書館閉館後にも提供できる点を最も評価している。同時に7人中5人が,利用者が図書館員とのやりとりにおいて,非現実的な期待を寄せていることがサービスの障害になっていると考えている。例えばウェブ上の情報源には限界があること,図書館員が必要な情報を探すことには時間がかかるということなどが利用者には理解されていないという。その他にも,レファレンスインタビューの困難さ,利用者のあきらめの早さなどが挙げられていた。チャットレファレンスでは,メールレファレンスにはなかったような負担が生じていることがわかる。

 

3. デジタルレファレンス自動化のための基礎研究

 前述のように,メールレファレンスは現存するデジタルレファレンスサービスの様々な形態の中で最初に始められ,最も浸透している形態である。メールレファレンスでは,図書館が電子メールを受け取ってから利用者に回答を送るまでの作業を効率的に行うために,各種のソフトウェアが使われている。ソフトウェアの機能は年々進化しており,サービスのバリエーションは増している。デジタルレファレンスサービスは,特にコンソーシアムや協同レファレンス,あるいは大規模なシステムにおいて,大量のレファレンス質問を処理する必要があるため,いかに労力をかけずに質の高いサービスを提供できるかが重要である。

 このような状況の中で,デジタルレファレンスサービスのプロセス自動化にむけた研究が,ランケス(R. David Lankes)らによって進められている。彼らは,1998年に,インキュベーター(Incubator)というプロジェクトの中で,AskAサービス(ウェブ上で受け取ったレファレンス質問に,その主題の専門家が回答するサービス)で受け取った質問を処理するソフトウェア開発のために,メールレファレンスのジェネラルプロセスモデル(下図)を作成した(17)。このモデルには,利用者がウェブ上のAskAサービスに質問を送ってから,質問が主題専門家に振り分けられて回送され,専門家の回答が利用者に送り返されるまでのやりとりと,利用者からの質問傾向を追跡し,質問のやりとりを蓄積していくことや,さらにはそれらの情報を元に図書館における情報源を構築するプロセスが表されている。

 

図 AskA サービスのためのジェネラルプロセスモデル

出典:Pomerantz et al.(2004)

 

 

 2001年頃から,このソフトウェアの改訂版を開発するために全米科学財団(National Science Foundation:NSF)の助成金を受けて,現存するメールレファレンスのプロセスを解明しようとする一連の研究が行われている。ランケスらの研究では,このプロセス中の“triage(質問の振り分け)”というステップに焦点を絞って質問の振り分けに影響を与える要因を調査し,15の要因を特定した(18)。以下で紹介するのは,初代のジェネラルプロセスモデルを現存するデジタルレファレンスサービスに適用して,モデルを改良しようとする試みである(19)。これ自体はサービス自動化にむけたプロセス解明のための研究だが,この結果からはデジタルレファレンスサービスの現状が読み取れる。

 この調査では,図書館員にプロセス中のそれぞれのステップをさらに細分化したプロセスの実施状況を尋ね,それぞれのサービス中で実現されているプロセスの傾向を分析している。特に顕著であった傾向は,以下のようなものであった。

 過去の質問と回答のやりとりがデータベースに蓄積されているというサービスは40%あり,質問を受け取った後,自動的にそのデータベースを検索してくれるプロセスがあるサービスは6%であった。また届いた質問を適切な人に振り分けるサービスは60%あったが,そのうち人が振り分けているサービスは71%で,自動的に振り分けているサービスは14%であった。また利用者とのやりとりが繰り返される場合,改めて届いた質問が前に受け付けた質問の続きであることが自動的に判断できるサービスは25%,判断を人手によっているサービスは75%となっていた。

 このように,メールレファレンスでは,やり取りの媒体は電子メールであるが,実際の作業には人の手がかかっている部分が多い。また図書館員が実現を望むサービスも,受け取った質問の自動検索や,届いた質問の状態が自動的に示されることなど,サービスの自動化に関するものが上位となっていた。自動化の進んでいるのは主に大規模サービスであり,小中規模サービスでは人手に頼るプロセスが多かった。その他に,図書館員が利用者に回答を送り返す際に,その質や正確さについてチェックしているというサービスの割合が19%と低いことも指摘されていた。デジタルレファレンスでは,特にコンソーシアムや協同レファレンス,AskAサービスなどの場合,回答の責任を誰が負っているのかが不明確になりやすい。図書館以外の商用の質問回答サービスとの競合において,回答の質を売りにしてきた図書館にとって,この点での改善策が望まれるだろう。

 

4. おわりに

 本稿では,デジタルレファレンスサービスのここ数年の動向を,最近出版された文献を元に紹介してきた。デジタルレファレンスサービスに関する文献はこの数年でかなり増え,実態は少しずつ明らかになってきているが,それでも個別の事例紹介にとどまる文献が多い。またサービスのあり方そのものが変化のただなかにあるため,全体像を把握することは依然難しい。さらに,調査が行われているのは比較的規模の大きな大学図書館が多く,公共図書館や小規模な図書館の状況は把握しづらい。更なる研究が望まれる。

駿河台大学文化情報学部:杉江 典子(すぎえ のりこ)

 

(1) 福田求.デジタルレファレンスサービスにおけるコミュニケーション技術に関する考察. 情報科学研究. (20), 2002, 29-40.
(2) Association of Research Libraries. “Service Trends in ARL Libraries, 1991-2003”. Association of Research Libraries. (online), available from < http://www.arl.org/stats/arlstat/graphs/2003/graph1_03.xls >, (accessed 2004-07-11).
(3) Janes, Joseph. Digital Reference: Reference Librarians’ Experiences and Attitudes. Journal of the American Society for Science and Technology. 53(7), 2002, 549-566.
(4) Public Library Data Service. Statistical report. Chicago, Public Library Association, 1993-2003.
(5) Tenopir, Carol et al. A Decade of Digital Reference: 1991-2001. Reference and User Services Quarterly. 41(3), 2002, 264-273.
(6) Association of Research Libraries. “SPEC Kit 273 Chat Reference December 2002”. Association of Research Libraries. (online), available from < http://www.arl.org/spec/273sum.html >, (accessed 2004-07-11).
(7) Janes, op. cit., 549-566.
(8) Bao, Xue-Ming. A Study of Web-Based Interactive Reference Services via Academic Library Home Pages. Reference & User Services Quarterly. 42(3), 2003, 250-256.
(9) Association of Research Libraries, op. cit. (6).
(10) Kloss, Louise et al. An evaluative case study of a real-time online reference service. The Electronic Library. 21(6), 2003, 565-575.
(11) Coffman, Steve. To Chat Or Not to Chat: Taking Another Look at Virtual Reference, Part 1. Searcher: The Magazine for Database Professionals. 12(7), 2004, 38-49. (online), available from < http://www.infotoday.com/searcher/jul04/arret_coffman.shtml >, (accessed 2004-07-11).
(12) Janes, op. cit., 549-566.
(13) Marsteller, Matthew R. et al. Exploring the Synchronous Digital Reference Interaction for Query Types, Question Negotiation, and Patron Response. Internet Reference Services Quarterly. 8(1/2), 2003, 149-165.
(14) Kloss, op. cit., 565-575.
(15) Marsteller, op. cit., 149-165.
(16) Kloss, op. cit., 565-575.
(17) Pomerantz, Jeffrey et al. The current state of digital reference: validation of a general digital reference model through a survey of digital reference services. Information Processing and Management, 40(2), 2004, 347-363.
(18) Pomerantz, Jeffrey et al. Digital Reference Triage: Factors Influencing Question Routing and Assignment. The Library Quarterly. 73(2), 2003, 103-120.
(19) Pomerantz, op. cit. (17), 347-363.

 


杉江典子. 米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.12-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1535