カレントアウェアネス
No.267 2001.11.20
Trend Review (2)
CA1437
デジタルレファレンスサービスの動向
はじめに
レファレンスサービスと電子化との関係については,これまでもCD-ROMなどのパッケージ型のメディアや,DIALOGなどのディストリビュータのサービスを通じて,各種のデータベースを提供してきている(わが国の公共図書館はこの点で著しく立ち遅れたが)という点からすると,電子化はずいぶん以前から始まっているということができる。しかし,インターネットの登場によって出現した事態は,従来のこうした「電子的サービス」とは一線を画する,まったく新しいものであるように思われる。その特徴を一言でいうならば,「サービスの供給側(図書館)と受容側(利用者)とが,同一の通信インフラで結ばれていることを前提に,サービスを構築する」ということであろう。
インターネットを通じて,図書館は遠隔地の利用者に館の壁を超えてサービスを提供することができるようになった。これまでも電話や文書を通じてのサービスは存在したが,情報源自体を直接遠隔地にまで提供するというのは,インターネットになって初めて可能になったことである。さらに,インターネットは図書館に膨大な量の安価な情報を提供してくれるが,同時にまた,その情報は利用者にとっても自由に閲覧可能なものであるため,図書館は他の情報源とのかつてない競合を経験することとなった。
こうして,インターネットはレファレンスサービスにこれまでにない脅威と好機を提供している。レファレンスサービスの消滅を予測する議論がある一方で,ニューヨーク公共図書館科学産業ビジネス図書館(SIBL)のように,インターネットを前面に打ち出したサービス展開を図る図書館も現れている。組織の点でも,技術スタッフの採用など,大きな変化を経験しつつある。OCLCなどの書誌ユーティリティの登場が整理業務を一変させたように,インターネットの登場はレファレンスサービスを一変させるだろうとの予測も,非常な現実味を帯びて聞こえてくる。
レファレンスサービスの電子化の進展状況については,米国研究図書館協会(ARL)加盟の大学図書館を対象に,テノピア(Carol Tenopir)らが1991年から2000年まで3年おきに実態調査を行っている(1)。ARL加盟館は大規模大学の図書館が多数を占めるから,一連の調査が示しているのは,各調査時点における,米国でも特に電子化の進んでいる部分の状況であろう。そこで,本稿では,テノピアらの一連の調査,特に2000年の調査結果を手がかりに,米国における近年のデジタルレファレンスサービスの進展をたどってみることにする。
事態は急速に変化しているため,その全体像を把握し,今後の方向を予測することは非常に難しい。本稿が扱うのは対利用者のサービスの部分のみで,管理的業務は取り上げておらず,しかも現在の時点での整理に過ぎないことをお断りしておきたい。
レファレンス情報源の変化
(1) Webによる電子情報源の一元的提供
この10年で,電子的な情報の提供体制はかなり急激に変わった。専用回線や公衆回線を利用し,代行検索によって提供されていたオンラインデータベースや,エンドユーザ自身による検索のはしりともいうべきスタンドアローンのCD-ROMはすたれ,代わってWebを利用したサービスが急速に普及してきている。
少し前までは,図書館が提供する電子情報源は,館内のみのOPAC,スタンドアローンのCD-ROM,接続方式や検索方式が互いに異なる複数のオンラインデータベースと多様であった。しかし,現在は,あらゆる電子的情報源はWebを通じて提供される方向に向かいつつある。Webのブラウザは,インターネットにアクセスできる人ならまず必ず操作可能であると期待できる。つまり,ここにはじめて,図書館の利用者教育を待たずにエンドユーザが直接電子情報源を自由に検索・利用できる環境が整ったのである。
OPAC,記事索引データベース,全文データベースなどをすべてWeb上で提供し,相互間や館外のインターネット情報源との間にリンクを張ることによって,利用者がこうした情報源の多様性を意識することなく,必要な情報の検索・入手を行えるようなシステムを構築することが可能となってきた。図書館のホームページは,利用者が電子情報源を活用するためのワンストップショップ(一元的窓口)となることをめざすのである。
(2) 情報源整備の重要性
図書館のホームページが主要なサービスポイントになるとすると,ホームページを通じて有用な情報源を提供し,利用者が情報を探しやすい環境を整備することは,従来図書館が間接的なレファレンスサービスとして行ってきた業務に相当する,重要なサービスになる。ミシガン大学情報学部が授業の一環として1995年にスタートさせたインターネット公共図書館(IPL)はこのことをよく意識していた。
IPLは「公共図書館の機能をどの程度,また,どのように,インターネット上で実現することが可能か」を課題とする実験プロジェクトであり,伝統的な図書館で提供されているサービスをインターネットの仮想空間上で実現することは,その重要な一部であった。したがって,レファレンスサービスはIPLの主要サービスの一つであったが,その中心は電子レファレンスコレクションの形成であり,電子メールによる質問回答サービスは,当初はなるべく抑える方向で計画された(2)。
質問回答サービスの発展
手紙や電話などを用いて,図書館外の利用者からの質問に答えることは,以前からあたりまえに行われていた。したがって,インターネットという新しい通信手段が普及してきたとき,それを質問回答サービスに使うことは,ごく自然な発想だったであろう。
テノピアはインターネットを利用した質問回答サービスとして,電子メールを利用するものと,リアルタイムで行われる「ライブバーチャルレファレンスサービス」とを挙げている(3)。
(1)電子メールレファレンス
インターネットの最も一般的な機能である電子メールを利用するサービスで,わが国でもすでにかなりの数の図書館が実施している。非同期のサービスなので,24時間受付可能であり,回答もまた都合の良いときに行える点で非常に便利である反面,レファレンスインタビューを行えないため,的確な回答が難しくなる場合が出てくる,という問題もある(CA1118,1122,1384参照)。
電子メールレファレンスについては,週に数件といった,口頭でのサービスに比べて非常に利用頻度の低いことがしばしば問題とされてきた。これに対しては,低利用の主な理由は宣伝不足であり,図書館のトップページや市役所その他の公共機関などのホームページに質問用のボタンを配置し,ホームページの閲覧中に疑問が生じたら,直ちに気軽に質問のメールを図書館に送れるようにする,などの工夫で利用頻度を高めることができる,との意見がある。
(2)ライブバーチャルレファレンス
昨年頃から,カウンターでのやりとり同様,インターネット上でメッセージを交換しながら,リアルタイムで質問回答を行うサービスが登場してきた。チャットと呼ばれるシステムを利用するものもあるが,最近話題になっているのは,「コールセンター」という種類のソフトを利用するものである。これは企業が製品のサポートサービスとして,製品に関する消費者の質問に答えるときなどに使うソフトで,利用者の待ち時間をコントロールし,数多く寄せられる顧客からの質問の適切な処理を可能にしてくれる。例えば,LSSI社のソフトでは,チャット機能とともに,Webのページを送受信する機能を備えており,図書館員がデータベースの検索結果などを利用者に送ることができるようになっている(4)。
(3) 協力レファレンス
インターネットの強力なコミュニケーション機能を生かして,共同でレファレンスサービスを提供しようとする試みが各地で始まっている。従来の協力レファレンスをさらに発展させ,各館が協力し合いながら,リアルタイムで利用者の質問に答えていこうとするものである。
図書館に直接関係するものではないのだが,明らかにこの種の協力事業発展の刺激となったと思われるものに,教育資源情報センター情報技術分野クリアリングハウス(ERIC/IT)が1998年に開始したバーチャルレファレンスデスク(VRD)プロジェクトがある(5)。IPL,米国議会図書館(LC)アメリカンメモリー中の質問回答サービス,米国航空宇宙局(NASA)の科学者が宇宙に関する質問に答えるAsk a Space Scientistのように,インターネット上には子どもや親に対して質問に回答するさまざまなサービスが存在する。VRDはAskAサービスと呼ばれるこの種の質問回答サービスの協力によって,子どもや親からのあらゆる質問に答えようとするもので,回答を集積して検索可能にしたデータベースや,質問を適当なAskAサービスに回送するしくみなどで構成されている。質問回答は電子メールで行われている(CA1323参照)。
協力し合うことにより,単独で行うよりもはるかに広く深い範囲の質問に答えることができる。VRDの着想を一言でいえばそうなるだろう。一方,ライブバーチャルレファレンスサービスの登場とともに,昨年あたりから,協力し合うことにより,単独で行うよりもはるかに長時間にわたってサービスを提供しようとする試みが各地で始まっている。ロサンゼルスのMetropolitan Cooperative Library Systemによる24/7 Referenceプロジェクト(6)や,イリノイ州の大学図書館のコンソーシアムであるAlliance Library SystemによるReady for Referenceプロジェクト(7)などでは,図書館が受持時間を分担することによって,年中無休の24時間サービスの実現をめざしている。LSSI社はレファレンス担当要員を自社中に配置して,深夜など,どの図書館も分担できない時間帯をカバーするサポートサービスを提供している。LCを中心に始まった共同デジタルレファレンスサービス(CDRS:CA1355,1422参照)は,現在のところは図書館相互に質問の回送を行っているのみだが,世界中の図書館が協力することにより,将来は24時間体制で利用者の質問に直接,最適の図書館がライブで回答することをめざしている(8)。
インターネット時代のレファレンスサービス
テノピアは2000年の調査結果をもとに,インターネット時代の質問回答サービスの変化について述べている。一つは量から質への変化で,利用者はWebOPACやその他のインターネット情報源を検索した後に質問をしてくるため,質問件数が減少した一方,質問内容は高度になった。もう一つは内容の変化で,書誌データベースは利用者自身が検索しているので,事実質問や,利用者教育に通ずる情報源や検索の仕方に関する質問などが増加した。また,質問にライブで回答する際に,機器の操作の仕方やソフトなどについても説明しなければならなくなることがあり,サービスで対応すべき範囲が広がったことも指摘されている。
Webによるレファレンス情報源の一元的な提供や24時間サービスの登場に見られるように,これからのレファレンスサービスの一つの方向はアクセスの改善である。一方,IPLの経験やレファレンス質問の変化が示唆しているものは,より質の高いサービスの提供である。
この両者の課題に対して,米国の図書館は協働することによって対処しようとしているように見える。AskJeevesやWebhelp.comのような商業ベースの質問回答サービスが登場するなかで,図書館のレファレンスサービスがめざすべき一つの方向は,利用者に質的に保証された情報を提供し,それによって情報過多社会における知的基盤の形成を図ることであろう。そのための方策は,質の高い情報源の整備・提供と,ベテランの図書館員や,ときには外部の専門家の力も借りて行われる質問回答サービスである。米国の最近の動向が示唆しているものは,そのようなことであるように思われる。
田村 俊作(たむらしゅんさく)
(1) 次のような報告が刊行されている。Tenopir, C. et al. Electronic reference options. Online 16(2) 22-28, 1992; Tenopir, C. et al. The impact of electronic reference on reference librarians. Online 16(3) 54-60, 1992; Tenopir, C. et al. Electronic reference options. Online 19(4) 67-73, 1995; Tenopir, C. et al. The digital reference world of academic libraries. Online 22(4) 22-28, 1998; Tenopir, C. et al. The impact of digital reference on librarians and library users. Online 22(6) 84-88, 1998; Tenopir, C. et al. Reference service in the new millennium. Online 25(4) 40-45, 2001
(2) Janes, J. The Internet Public Library: an intellectual history. Library Hi Tech 16(2) 59-61, 1998
(3) Tenopir, C. Virtual reference services in a real world. Libr J 126(12) 38, 40, 2001
(4) Virtual Reference Desk. [http://www.virtualreference.net/virtual/01.html] (last access 2001. 10. 10)
(5) Lankes, R.D. The Virtual Reference Desk: building a network of expertise for America’s schools Ver. 1.0. 1998. 22p; The Virtual Reference Desk. [http://www.vrd.org/] (last access 2001. 10. 10)
(6) 24/7 Reference. [http://www.247ref.org/] (last access 2001. 10. 10)なお,このサイトには大変わかりやすいサービスのデモがある。
(7) Sloan, B. Ready for Reference: Academic Libraries Offer Live Web-Based Reference. [http://www.lis.uiuc.edu/~b-sloan/r4r.final.htm] (last access 2001. 8. 31)
(8) Oder, N. The shape of e-reference. Libr J 126(2) 46-50, 2001; Collaborative Digital Reference Service. [http://www.loc.gov/rr/digiref/about.html] (last access 2001. 6. 21)