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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日
CA1652
チャットレファレンスサービスに必要な専門的能力
1.はじめに
ICTを活用したレファレンスサービス、すなわち、デジタルレファレンスサービスは、米国において様々な様相を見せている。また、その様相に対する分析が進められ、研究面での蓄積も進んでいる。本稿では、デジタルレファレンスサービスの一つであるチャットレファレンスサービス(以下、CRS)に関する研究の広がりを報告する(1)。ただし、日本においては、このサービス活動そのものに対する十分な紹介がなされていないことから、その特徴が確認できるように、CRSに必要な図書館員の専門的能力(competencies)を扱った論考に焦点を合わせる。
2.チャットレファレンスサービスの性質
デジタルレファレンスサービスにおいて、ネットワーク上に仮想的なレファレンスデスク(レファレンス質問の受付窓口)を設け、利用者のニーズに対応して情報を提供したり、利用指導を行なったりする活動をバーチャルレファレンスサービスとよんでいる。単館で実施する場合もあるし、ネットワーク機能を展開させて複数館で協同の窓口を開設することもある。
CRSは、利用者とコンピュータ上で、文字(テキスト)のやりとりによる対話(チャット)をしながら進められる。すなわち、CRS特有の性質として、次の3つの要素に目を向ける必要がある。
- 場所
- 時間
- 媒体(コミュニケーションの方法)
これらを、既存の主なレファレンスサービスの形態と比較して見ると、表1のように整理することができる。CRSは、場所の点では対面RSと異なり、遠隔型のレファレンスサービスである。また、時間の点では、EメールRSでは、利用者からの質問と、それに対する回答にタイムラグを生じるのに対して、CRSは、利用者と図書館員が時間を共有している形態、すなわち、同期型となっている。さらに、媒体の点では対面RSや電話RSとは異なり、文字によるコミュニケーションが基本となる。
表1. CRSの性質
このようにCRSは、従来行われてきたレファレンスサービスとは異なる性質を持っており、図書館員には、新たな能力、あるいは、これまで以上に高めることが求められる能力があることを予測させる。
3.チャットレファレンスサービスの実際
米国においては、レファレンスサービスを普及・向上させ、また、標準的あるいは理想的なサービス提供のために、指針(guideline)づくりが活発であり、近年では、デジタルレファレンスサービスに関する指針も登場している(2)。また、デジタルレファレンスサービスを実際に行うためのハンドブックや解説書、研修用教材が出版されている(3)。
その一方で、サービスそのものの指針ではなく、図書館員の能力を整理する試みも行われている(4)。さらには、指針やハンドブック類に示されている内容をもとに、CRSに必要な専門的能力を明示しようとする研究も進められている(5)。
ルオ(Lili Luo)の研究では、関連文献からCRSに必要な能力を抽出し、図書館員に対する面接調査を踏まえて、関係する能力を、3つに大別している(表2)(6)。
- レファレンスサービス一般に必要な能力
- CRSに特有の能力
- レファレンスサービス一般の能力であるが、チャットの環境で強く求められる能力
表2. CRSに必要な専門的能力
一方コバクス(Diane K. Kovacs)は、CRSならびにEメールによるレファレンスサービスの技術及び知識を、大きく3つに整理している(7)。
- 機械操作に関する技術と知識
- レファレンスインタビューにおけるコミュニケーション技術と知識
- レファレンス情報源に関する利用技術と知識
ルオの区分における「CRSに特有の能力」の中では、「オンラインコミュニケーション技術」が重要と考えられている。この能力は、「同期」かつ「文字」によるコミュニケーションという性質を反映したものであると言えよう。すなわちEメールによるレファレンスサービスであれば、利用者への返答も、慌てずに時間をかけて行うことができる。しかし、CRSにおいては、すぐさま利用者に対して反応を返すことが重要になる。このことは、コバクスのハンドブックにおいては、「沈黙しないこと」といった表現で説明されている(8)。また、オハイオ州の公立図書館協議会のオンライン研修プログラムでは、「返信が遅れないように、長い段落を連ねるのではなく、短く区切って送信する」ことを勧めている(9)。
一方、「協同的な環境で作業する能力」は、バーチャルレファレンスサービス、あるいは、ネットワーク上での協同レファレンスサービスの一部としてCRSが位置づけられていることを前提としている。具体的には、他の図書館員とチームワークが保てることや、他の図書館の情報源やサービスに関する知識があることが示されている。また、主題に関する専門知識よりも、ジェネラリストであることが必要とされており、幅広い領域に対応することが重視されている。
4.おわりに
日本におけるレファレンスサービスは、館種の如何を問わず、米国の状況とは大きな隔たりがある。CRSはもとより、バーチャルレファレンスサービスの実践についても、事例を見出すことは難しいのが現状である。それゆえ、国立国会図書館のレファレンス協同データベース事業が、デジタルレファレンスサービスという文脈においては、先進的な取り組みとなる程度である(10)。
しかし、CRSの実践は、ただ単にレファレンスサービスの展開という側面を持つだけではなく、図書館員の能力開発の基礎データを得る上で興味深い。すなわち、チャットのやりとりは、レファレンス事例そのものになるからである。しかも、ほぼ自動的に記録文(transcripts)となり残される。これを分析すると、図書館員が用いた知識や技術、探索方法などを導き出すことができると考えられることになると考えられ、米国ではすでに、研究成果が公表されている(11)。
日本においては、CRSそのものの展開がこれからということもあり、レファレンス協同データベースに蓄積されたレファレンス事例データを分析した類似の研究(12)にとどまるが、今後、CRSあるいはバーチャルレファレンスサービスが進むことによって、図書館員の専門的能力を具体的に示す機会が増えることと期待される。
青山学院大学:小田光宏(おだ みつひろ)
(1) デジタルレファレンスサービスとチャットレファレンスサービスの関係については、次の文献を参照。
小田光宏. デジタルレファレンスサービスの現在. 情報の科学と技術. 2006, 56(3), p.84-89. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004668711/, (参照 2008-01-10).
(2) 代表的なものとして,次の指針がある。
- International Federation of Library Associations and Institutions. “IFLA Digital Reference Guidelines”. 2002, (accessed 2008-01-10).
- Reference and User Service Association. “Guidelines for Implementing and Maintaining Virtual Reference Services”. http://www.ala.org/ala/rusa/rusaprotools/referenceguide/virtrefguidelines.cfm, (accessed 2008-01-10).
(3) 以下のハンドブック類が刊行されている。
- Kovacs, Diane K. The Virtual Reference Handbook: Interview and Information Delivery Techniques for the Chat and E-mail Environments. London, Facet Publishing, 2007, 132p.
- Hirko, B.; M. B. Ross. Virtual Reference Training: The Complete Guide to Providing Anytime, Anywhere Answers. Chicago, American Library Association, 2004, 160p.
- Lipow, Anne Grodzins. The Virtual Reference Handbook. New York, Neal-Schuman Publishers, 2003, 199p.
- Meola, Marc; Sam Stormont. Starting and Operating Live Virtual Reference Services. New York, Neal-Schuman Publishers, 2002, 167p.
(4) 以下のものがある。
- Reference and User Service Association. “Professional Competencies for Reference and User Services Librarians”. http://www.ala.org/ala/rusa/rusaprotools/referenceguide/professional.htm, (accessed 2008-01-10).
- Special Libraries Association. “Competencies for Information Professionals of the 21st Century,”. Revised Edition, June 2003. http://www.sla.org/content/learn/comp2003/index.cfm, (accessed 2008-01-10).
(5) Luo, Lili. Chat Reference Competencies: Identification from a Literature Review and Librarian Interviews. Reference Services Review, 35(2), 2007, p.195-209.
(6) Luo, Lili. Chat Reference Competencies: Identification from a Literature Review and Librarian Interviews. Reference Services Review, 35(2), 2007, p.205.
(7) Kovacs, Diane K. The Virtual Reference Handbook: Interview and Information Delivery Techniques for the Chat and E-mail Environments. London, Facet Publishing, 2007, 132p.
(8) Kovacs, Diane K. The Virtual Reference Handbook: Interview and Information Delivery Techniques for the Chat and E-mail Environments. London, Facet Publishing, 2007, p.86.
(9) Ohio Library Council. “Virtual or Remote Services, Chat”. Ohio Reference Excellence on the Web, http://www.olc.org/ore/2remote.htm, (accessed 2008-01-10).
(10) 依田紀久. レファレンス協同データベース事業に見るデジタルレファレンスサービス. 情報の科学と技術. 2006, 56(3), p.90-95. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004668712/, (参照 2008-02-07).
(11) Pomerantz, Jeffrey. et.al. Peer Review of Chat Reference Transcripts: Approaches and Strategies. Library & Information Science Research, 28(1), 2007.
(12) Oda, Mitsuhiro; Norihisa Yoda. “Reference Transaction Records as Evidence of Reference Librarian’s Competencies”. Poster Presentation of Evidenc-Based Library & Information Practice, 4th International Conference (May 6-11, 2007, Durham, North Carolina, USA).
小田光宏. チャットレファレンスサービスに必要な専門的能力. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1652