CA1653 – ISO/TR28118 「国立図書館のためのパフォーマンス指標」制定の動き / 徳原直子

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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日

 

CA1653

 

ISO/TR28118 「国立図書館のためのパフォーマンス指標」制定の動き

 

 国際規格に、図書館のサービスや業務の有効性、効率性などの品質を評価するための手段となる指標を規定したISO11620「図書館パフォーマンス指標(Library performance indicators)」があるが(1)、ISO11620の改定に責任をもつ国際標準化機構/情報とドキュメンテーション技術委員会(ISO/TC46)の統計・評価分科委員会(SC8)において、「国立図書館のためのパフォーマンス指標(Performance indicators for National Libraries)」というテクニカルリポート(TR)を制定するための作業が行われている。TRとは、国際規格(IS:International Standard)よりもコンセンサスレベルが低く、ISOがガイドラインとして発行する類の性格をもつものである。

 

1. 背景

 1998年に発行されたISO11620は現在、ISO/TR20983「電子図書館パフォーマンス指標(Performance indicators for electronic library services)」(CA1497参照)と統合するための改定作業が進められているところである。ISO11620では、あらゆる種類の図書館に適用されうるものとして、十分にその有効性を検証した指標が規定されている。しかし、国立図書館は他の館種と異なり、独特の重要な活動、例えば、国内出版物の収集・保存、全国書誌の発行および国際協力の推進などの業務がある。また、国立図書館はその国において唯一の機関であることが多く(ドイツのように国内に複数の機関がその役割を担っているケースもあるが)、国内図書館との比較が困難である。さらに、ISO11620にあるような、利用可能者数を特定する必要のある指標(特定サービス対象者の利用率、人口当たり来館回数など)は適用できない。

 こうした事情から、国立図書館にとって有効な指標の探求が、欧州国立図書館長会議(CENL)や国際図書館連盟(IFLA)国立図書館分科会において進められてきた。CENLでは、2001年からパフォーマンス評価のための作業グループを立ち上げ、指標群の検討やベンチマーキング適用の可能性について研究を行ってきた。また、2003年のIFLAベルリン大会の国立図書館分科会と統計・評価分科会の合同セッションでは、ヨーロッパの各国立図書館へのアンケート調査結果が報告された(2)。IFLAでは、国立図書館分科会の戦略目標に「ベンチマーキング、ベストプラクティス及び品質管理の推進、並びに経営スキルの向上」が数年来継続して掲げられている。ベルリン大会では、前述のCENLの調査報告のほか、アジア・オセアニア地域の国立図書館に対するパフォーマンス指標の利用に関するアンケート調査結果(3)も報告されている。

 

2. 経緯

 2005年IFLAオスロ大会国立図書館分科会では、国立図書館の評価指標の事例が発表された際に、さらなる情報が必要との意見が多数あったことから、ISOの新たなプロジェクトとしてTR化に取り組むことが提案された。これを受けて、2006年5月のSC8パリ総会において、このTR化を新規案件として取り組むことが決議された。同年8月に開催されたIFLAソウル大会国立図書館分科会では、SC8のポール(Roswitha Poll;前ミュンスター大学・地域図書館長)議長が、CENLやIFLAで検討してきたものをまとめた素案(4)を提示し、SC8内に設置する作業グループに参加するよう各国立図書館に呼びかけた。

 

3. TR化に向けた作業

 2006年10月、SC8のもとに新たな作業グループ「WG7:国立図書館のための品質評価(Quality measures for national libraries)」が設置された。作業グループには、議長国のドイツをはじめ、英国、フランス、スペイン等11か国12人が登録した。日本からは、国立国会図書館の代表として筆者が参加している。

 第1回目の会議は2007年1月にベルリンで開催された。IFLAソウル大会で示された素案をもとに、組織の品質を評価するには使命と目標について検討することがまず重要との認識から、国立図書館の使命と目標を確認の上、指標の候補について議論した。第2回目は、同年5月のISO/TC46スペイン大会(E658参照)と同時に開催され(5)、作業グループのメンバーで作成した原案について検討した。11月のミュンヘンでの第3回目の会議を経て、2008年2月に投票のための委員会原案が取りまとめられた。

 

4. TRの候補となっている指標群

 委員会原案(6)に取り上げられている指標を表に示した。指標の分類(表中、斜め太字部分)は、TRの附属書B「国立図書館の使命と目標」と対応している。★マークは、電子図書館サービス(ISO/TR20983)との統合作業が進められているISO11620改訂版の最終原案(FDIS: 2008)を参考にした指標である。これらは、国立図書館に限らず、あらゆる図書館に共通して有用なものと考えられる。また、利用する数値の定義はISO11620と同様、ISO2789 “International library statistics”(7)に基づくことになっている(E652参照)。

 最初の素案にはあったが、作業グループの議論の過程で指標の有効性に疑問が生じたため削除されたのは、「国内で唯一所蔵している国内出版物の蔵書に占める割合」、「外国資料購入費の経常支出全体に占める割合」、「全アクセス中、仮想来館(ホームページへのアクセス)の割合」、「ILL申込みにおける提供できた割合」、「電子的手段によるレファレンス申込み割合」の5つであり、追加されたのは、「ホームページからのアクセス容易性」、「特別コレクションにおける電子化割合」、「貸出・複写サービスにおける職員生産性」の3つである。

 国立図書館には、米国や日本のように議会図書館と一緒になっている場合、フィンランドのように大学図書館と一緒になっている場合など、さまざまな形態がある。そこで、このTRでは、国立図書館に特化した主要な業務・サービスについて有効な指標だけを取り上げている。また国立図書館以外にも、サービス対象人口が特定できない図書館など、同じ評価上の課題をもつ図書館にも適用できるとされている。

 それぞれの指標には、「背景」、「定義」、「目的」、「算出方法」、「結果の解釈」、「事例データ及び参考文献」の6項目について説明がある。「背景」では、国立図書館における当該指標の重要性が示されている。「事例データ及び参考文献」では、実践している図書館の数値データや参考資料が示されている。これら2項目がISO11620の指標の説明と異なる記載項目であり、スタンダード(IS)ではなくTRならではともいえる。


 

表 「国立図書館のためのパフォーマンス指標」指標一覧

表 「国立図書館のためのパフォーマンス指標」指標一覧
(表をクリックしていただくと、拡大して表示します)


 

5. TRの課題

 このTRの指標には、ウェブ情報の収集及び利用についての指標がない。第1回目の作業グループ会議において含めるべきと当館から意見を出したが、ウェブ情報の収集を実践している国立図書館が現時点では少ない、との理由から却下された。また、国立図書館の補足的な業務として位置づけられた、総合目録事業や国全体で進める文化的価値のある資料の電子化事業といった指標もない。さらに、ISO11620でも指摘のあるところだが、アウトカム指標やインパクト指標がない(強いてあげるなら、利用者満足度だろうか)。ただし、将来的な追加の可能性は、TR本文でも言及されている。

 

6. 試行にあたって

 当館では、作業グループの原案作成に資するため、指標のデータ算出を試行した(表中最右列参照)。TRによって、ある程度は算出方法が統一されると考えられるが、算出における細かな解釈は各図書館によって異なってくる可能性がある。比較にあたっては、図書館の業務や利用者層の違いを考慮し、データの解釈について十分理解することが必要である。

 

7. 今後の動向

 委員会原案は、3か月の投票期間を経て、投票権をもつ国の過半数が賛成すればISOから正式にTRとして発行されることになる。投票の締切りである2008年5月には、ISO/TC46全体総会がストックホルム(スウェーデン)で開催される。そこで同時に開かれるSC8の作業グループにおいて、投票のコメント等を検討することになっている。順調に進めば夏ごろには制定の見込みである。

 2008年8月にケベック(カナダ)で開催予定のIFLA大会では、国立図書館分科会と統計・評価分科会が合同のセッションをもち、SC8議長がこのTR化について紹介することとなっている。今後、各国立図書館がこのTRの指標群を積極的に活用し、指標の有効性について検証していくことが求められている。

収集部収集企画課:徳原直子(とくはら なおこ)

 

(1) 対応する国内規格として、JIS X 0812:2007. 図書館パフォーマンス指標.がある。これは、初版であるISO11620:1998にAmendment 1:2003 “Additional performance indicators for libraries” の内容を反映させたものである。

(2) Ambro?i?, Melita. et al. Performance Evaluation in European National Libraries: State-of-the-Art. 2003, p24. http://www.ifla.org/IV/ifla69/papers/024e-Ambrozic_Jakac-Bizjak_Mlekus.pdf, (accessed 2008-1-31).

(3) Baba, Dato’ Zawiyah. Performance indicators for national libraries in Asia/Oceania: preliminary proposals based on a survey of Asia/Oceania libraries. 2003, p11. http://www.ifla.org/IV/ifla69/papers/025e-Baba_Shukor.pdf, (accessed 2008-1-31).

(4) Poll, Roswitha et al. Performance Indicators for National Libraries A list of possible indicators, taken from the new draft of the standard ISO 11620 and from practical examples tested by national or regional libraries. 2006, p11. http://www.ifla.org/VII/s1/pub/s1-PerformanceIndicators2006.pdf, (accessed 2008-1-31).

(5) 徳原直子. ISO/TC46最新動向:2007年スペイン会議から. 国立国会図書館月報. 2007, (559), p.21-16. http://www.ndl.go.jp/jp/publication/geppo/pdf/geppo0710.pdf, (参照 2008-02-14).

(6) ISO/DTR 28118. Information and documentation- Performance indicators for national libraries. 2008, p91.

(7) 対応する国内規格として、JIS X 0814:2007「図書館統計」がある。これは、ISO2789の2003年版と対応しているが、最新の2006年版とは対応していない。

 

Ref.

徳原直子. “特集, 「情報活動と標準規格」: 図書館評価-パフォーマンス指標と統計”. 情報の科学と技術. 2006, 56(7), p.323‐330. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004759541/, (参照 2008-03-10).

 


徳原直子. ISO/TR28118 「国立図書館のためのパフォーマンス指標」制定の動き. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1653