CA1519 – 動向レビュー:中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向 / 李常慶

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1519

動向レビュー

 

中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向

 

はじめに

 「ナレッジ・マネジメント」という言葉とその概念は1990年代の始めごろから,ビジネス界で流布するようになったと思われる。ビジネス界は早くから”ナレッジ時代”のグローバル経済におけるナレッジの重要性を認識してきた。図書館は情報を収集し整理および提供する重要な専門機関であるため,図書館もビジネス界で議論されているナレッジ・マネジメントと切り離せない関係にあると考えられるようになってきた。そのため,1990年代の半ばごろから,図書館界は積極的にナレッジ・マネジメントの概念や考えを取り入れて,図書館サービスの改善と向上に役立たせようと動き出した。

 以下では,中国の図書館界が欧米で注目されているナレッジ・マネジメントに対して,どのような考えを持っているのか,ナレッジ・マネジメントの概念や考えを取り入れる背景と目的は何か,また,中国図書館の実情に合わせて,ナレッジ・マネジメントのどの部分に特に関心を向けているか,などを中心に話を進めることにする。

 

1.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの導入とその研究

 1998年に図書館のナレッジ・マネジメントに関する研究が中国の地方図書館シンポジウムで初めて取り上げられたが,ほとんど反応がなかった。それはナレッジ・マネジメントに関する議論がそれまでほとんどビジネス界に限られていたため,図書館運営へのナレッジ・マネジメントの導入は多くの図書館関係者から見れば,図書館とはあまり関係のないようなものに見えたからである。ところが,その後,ナレッジ・マネジメントに対する関心が各分野に広がり,図書館界でも大きな話題となり始めた。1999年に中国の図書館界ではナレッジ・マネジメントに関する研究が12本あり,2000年に28本,2001年に51本,2002年になると,研究の数が急速に増え,2002年度の前半だけでも既に60本の発表があった(1)。これらの研究は各々,異なった角度から,図書館のナレッジ・マネジメントに関する問題を論じており,主にナレッジ・マネジメントの基礎理論に関する研究やナレッジ・マネジメントの技術に関する研究,ナレッジ・マネジメントの実施措置に関する研究およびナレッジ・マネジメントの応用に関する研究などに分かれる。ナレッジ・マネジメントの基礎理論に関する研究には,ナレッジ・マネジメントの定義や内容,特徴,ナレッジ・マネジメントの機能と原則およびナレッジ・マネジメントと情報管理との比較研究などが含まれている。ナレッジ・マネジメントの技術に関する研究は,情報技術のナレッジ・マネジメントへの応用に集中しており,ナレッジ・マネジメントの実施措置に関しては,ナレッジと組織構造,国家情報インフラストラクチャーや教育普及の関係まで様々な議論が行われている。そして,ナレッジ・マネジメントの応用に関しては,図書館の組織管理,人的資源管理,図書館におけるナレッジ・マネジメントなどに関心が向けられている(2)。ところが,その研究の多くはナレッジ・マネジメントに関する理論の検討に留まり,応用的な研究は少ないのが現状である。

 

2.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメント導入の背景と目的

 中国の図書館界では,近年,ナレッジ・マネジメントに対する関心が目に見えて高まるようになってきた。なぜなら,ナレッジ・マネジメントは,中国の図書館が置かれている社会的環境や図書館自身の発展,図書館の抱えている問題などと大きく関係しているからである。例えば,ナレッジ・マネジメントを導入することによって図書館のこれからの発展方向を示唆し,理論武装の新しい手段を獲得して,中国図書館界が抱えている問題を解決しようとする実用的な考えも見られる。

2.1 図書館を取り巻く社会的環境の変化

 まず,中国図書館の置かれている社会的環境が大きく変化しており,情報技術の発展やコンピュータの普及により,中国社会も情報化の時代に入ろうとしていることが挙げられる。多くの企業はもちろん,政府機関や学校なども新しい情報技術を取り入れている。また,インターネットの利用者数も急速に増え,2003年11月の時点で全国で既に7,800万人を突破し,米国に次いで世界で2番目の利用者数となっている(3)。これと同時に,インターネットカフェも全国各地で急増し,合法と非合法のものを合わせると,少なくとも20万軒以上存在していると言われている。多くの若者をひきつけるインターネットカフェの大量出現は,図書館に与える影響が大きい。また,営利目的のデータベース会社やコンサルタント会社,IT企業なども積極的に情報の提供に乗り出している。これらの企業が提供している情報サービスは有料のものばかりでなく無料のものもあり,図書館サービスに挑戦するかのようになっている。

2.2 図書館自身の変化

 中国の経済発展と文化教育レベルの向上につれて,図書館の建設ラッシュが現れた。特に大学や大規模公共図書館では新館建設という大きな成果が挙がっている。それによって,新しい情報技術や設備などが導入され,特にインターネットなどを利用できる環境が整うようになり,インターネット利用サービスを提供する図書館が増え続けている。こうした状況の中で,ウェブサイトを持つ図書館も急増している。新しい情報技術を採用することによって,情報メディアそのものにも使用方法などにも大きな変化が起きている。多くの図書館は相変わらず主として伝統的な文献資料を収集し提供しているが,電子情報の収集とそのサービスの提供にも力を入れ始めている。特に大学や研究機関の専門図書館と大規模公共図書館は文献資料のデジタル化を進める一方で,電子情報の収集とそのサービスの提供も重要視している。図書館のこうした変化は単なる新しい情報技術の出現によるものだけではなく,図書館利用者の文献資料に対する要求の変化にもよっている。インターネット利用者数の急増はその変化を裏付けている。従来からの紙の文献資料やそのサービスの提供だけでは,もはや中国図書館利用者の情報要求を満足させることができなくなり,より密度の濃い情報と多方式の情報サービスの提供が求められている。

2.3 図書館の抱えている問題

 ところが,社会的な環境や図書館自身が大きく変わっているにもかかわらず,中国の図書館が抱えている問題は山積みされ,迅速な対応を拒んでいる。その主なものは次の通りである。第1は,多くの図書館管理者が依然として伝統的な図書館の運営観念に留まっていることである。その運営観念を改善しない限り,図書館の運営は管理者個人の経験や習慣に頼らざるを得ない。第2は,中国図書館の管理体制およびその管理方式が極めて遅れていることである。多くの図書館は役所式の管理体制を採用している。そのため,多くの図書館は閉鎖的な管理方式になっている。第3は,多くの図書館は利用者に対する制限が多く,館内のコレクションのサービスしか提供せず,インターネットによる資源の共同利用があまり進んでいないことである。第4は,新しい管理手段や情報技術の導入などが遅れているため,業務効率の向上に支障をきたし,情報とナレッジのスムーズな交流や伝達が大きな制約を受けていることである。第5は,図書館員の研修や教育が重視されておらず,職員の資質を高めることができないために,図書館の人材構造のバランスが崩れていることである。

 こうした中国の社会的環境の変化や図書館自身の発展および抱えている問題などを踏まえて,中国の図書館界は図書館の今後の発展およびそのサービスの改善と向上に役立つ「理論武器」としてナレッジ・マネジメントを導入し,図書館の改革やその業務の遂行を改善しようとしている。

 

3.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントへの関心領域

 中国の図書館界におけるナレッジ・マネジメントに関する議論は,次の4点に集中している。

3.1 情報資源管理とナレッジ・マネジメントとの比較研究

 情報資源管理は本来図書館管理の重要な要素の一つであるが,ナレッジ・マネジメントはこれとどこが違うのかということが,中国図書館関係者の関心を集めている。そこで,まず情報とナレッジとの違いから,問題が提起された。代表的な考えの一つは次のように解釈できる。情報は目に見えるもので,人の行為や決定と関係なく存在し,加工処理後,形が多少変わるが,物理的なもので,周囲の環境に依存せず,伝達しやすく,簡単に複製できるものである。一方,ナレッジは目に見えないもので,人の行為や決定と密接な関係があり,加工処理後,考えや内容などが多少変わるが,精神的なもので,周囲の環境に一致させ,学習によって伝達できるが,複製はできないものである(4)

 こうした情報とナレッジとの違いが明らかにされた上で,情報資源管理とナレッジ・マネジメントとの比較検討が進められている。情報資源管理はデータを情報に変化させ,さらに情報を組織の定めた目標の達成のために役立てるのに対して,ナレッジ・マネジメントは情報をナレッジに変化させ,そのナレッジを用いて特定の組織の対応力や創造力などを高める。ナレッジ・マネジメントは情報資源管理の新しい発展段階であり,情報資源管理が経験した各段階と異なり,情報と情報,情報と活動,情報と人を結び付け,人と人との相互交流の中で,情報とナレッジの共同利用を通してグループの知恵を用いて創造的なものを作ることになる。ナレッジ・マネジメントの強調しているところは次の2点である。1つはより多く現有のナレッジを共同利用することである。2つ目は新しいナレッジの創造と移転である(5)。多くの図書館関係者はナレッジ・マネジメントを導入することによって,図書館がナレッジ時代において重要な役割を果たし,より高いレベルのサービスを提供することができるとの期待を持っている。

3.2 新しい情報技術の採用

 中国の一部で大学図書館や大型公共図書館の新館建設や新しい情報技術の導入などが比較的順調に進められているが,図書館全体としてはまだ低いレベルに留まっている。そのため,中国の図書館界が時代の発展に追いつき,利用者の様々な情報要求を満足させるためには,新しい情報技術の導入が必要である。ナレッジ・マネジメントを取り入れることは,新しい情報技術の導入を求める重要な理論的根拠ともなる。

 図書館はナレッジ・マネジメントの実施を推進するために,丹念に設計された使いやすいナレッジ・マネジメントシステムを作り,最新の情報技術を補助手段とする必要がある。図書館長は最高の責任者として,企画部門や情報技術センター,人事部門および財務部門などの責任者と協力してナレッジ・マネジメントシステムを設計し開発すべきである。このようなナレッジ・マネジメントシステムは現在のコンピュータや情報技術の基礎の上に出来上がり,バックアップした内部ネットワークや外部ネットワーク(注),インターネットおよび内外の情報資源を獲得,分析,整理,保存および共同使用できる補助的なソフトなどを含み,多様なチャンネルやレベルを通じて,利用者と著作者(教員,研究者と主題専門家など),出版者,政府機構,ビジネス機構,企業およびその他の組織との有効なナレッジ交流の実現に役立つものとなる(6)

3.3 図書館の管理体制への改革

 

 コンピュータやネットワークなどの情報技術が急速に発展し普及することによって,図書館はますますネットワーク世界における一つの接点となり,情報提供の基盤となっていく。そのため,図書館のこれまでの閉鎖的な管理体制を変える必要がある。

 ところが,中国図書館界の現在の運営管理の観念や管理体制,組織機構などは時代遅れのものである。これに関しては2つの問題点が指摘されている。1つは館長の任命に関してである。中国では,図書館のことをあまり知らない他の部門や政府官僚が図書館長として任命されることが多い。このような館長では,図書館の最高責任者としての業務を十分に遂行するのは困難である。2つ目は,文献資料の管理業務の流れや資料の種類に基づいて図書館の各部門を設置し,個別の方式で業務を遂行するため,各部門は閉鎖的で部門間の連携が欠けていることである。管理体制上の問題は図書館の発展にとって大きな支障となっている。そこで,ナレッジ・マネジメントを採用することによって,時代の発展変化に適応する,新しい図書館の管理体制や組織機構,管理方式などを模索し,図書館管理の総合的な能力を高めて,図書館の対応と創造的な意識を強化することが期待される。

3.4 図書館の人的資源の管理

 図書館が利用者に適したサービスを提供し,利用者の様々な情報要求を満足させることができるかどうかは,図書館員の資質や能力にかかっている。ところが,中国の図書館は極めて厳しい状況に置かれている。すべてに経済を優先している今日の中国社会では,図書館の社会的地位が低く,図書館員の収入も少ないため,図書館は優秀な人材を確保することがなかなか難しい。そして,図書館員の積極性や自発性などを発揮させるような人的資源の管理体制ができていないため,図書館を辞める優秀な人材が多く見られる。こうした状況の中で,新しい人的資源の管理体制を構築することは,多くの図書館にとって緊急の課題となっている。したがって,ナレッジ・マネジメントの導入は図書館の人的資源管理体制を構築するのに大いに役立つと思われる。

 図書館の人的資源の管理については次のような議論が行われている。まず,図書館員の知識や経験は図書館の知的財産であり,大事にされ共有されるべきである。知識や専門技能などを分かち合う組織文化の構築を奨励し,また適切な褒賞や奨励体制を作る必要がある。例えば,創作や出版,講演,指導およびアドバイスなどの形で他人と知識や経験を分かち合う図書館員に対して一定の褒賞を与えるべきである。また,図書館は毎年一定の経費を使い,図書館員に教育や研修の機会を提供し,その知識を更新拡大すべきである。そうすれば,知識の老化を防ぐことができる。さらに,図書館は経験豊富な図書館員が新しい職員に知識や経験を伝授するのを奨励し,新しい職員が経験豊かな職員から学ぶシステムを作る必要がある。また,定期的に自主的なゼミや討論会および自由な話し合いの場を設け,職員間の相互交流を促進すべきである。多くの価値のある経験は長期的に蓄積されていくものなので,図書館には職員のために良好な勤務条件や環境を作り,人材を留めさせる努力が求められる。

 

4.終わりに

 中国図書館界においてナレッジ・マネジメントは,ネットワーク時代における図書館の今後の発展方向を示す新しい理論として受け止められている。同時にナレッジ・マネジメントの検討によって,中国の図書館が抱えている問題点をより明らかにすることが期待される。ところが,ナレッジ・マネジメントに関する議論が過熱気味となり,また図書館管理者の参考になるようなナレッジ・マネジメントの成功例がないため,ナレッジ・マネジメントの性急な導入を自重する図書館関係者も少なくない。ナレッジ・マネジメントに関する理論の検討から,図書館現場での応用へどこまで進むことができるのか,まだ,はっきりしないところがあるが,ナレッジ・マネジメントに対する関心や議論は中国図書館界においてはまだ当分続きそうである。

北京大学信息管理系:李 常慶(リーチャンチン)

 

(注) 新しい情報技術の出現によってネットワークが使えなくならないように,ネットワーク自体も常に技術的にアップしなければならない。

(1)肖永霖 et al. 我国図書館知識管理研究近況. 情報雑誌.(7),2003,20.
(2)盛小平. 国内知識管理研究総述. 中国図書館学報. 28(3),2002,60-63.
(3)中国互网絡信息中心(CNNIC). (online),available from < http://www.cnnic.net.cn/ >,(accessed 2003-12-05).
(4)李華偉. 知識管理:図書館的作用. 津図学刊. 78(1),2003,1.
(5)呉慰慈. 従信息資源管理到知識管理. 図書館論壇. 22(5),2002,12-13.
(6)李華偉. 知識管理:図書館的作用. 津図学刊. 78(1),2003,3-4.

 


李常慶. 中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.9-12.
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