PDFファイルはこちら
カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20
CA1526
動向レビュー
LibQUAL+TMの展開と図書館サービスの品質評価
はじめに
近年,行政評価の進展などを背景として,図書館サービスの評価への関心が急速に高まるとともに,新たな評価手法への取り組みが行われるようになってきた。そうした取り組みの一つに,顧客の視点からのサービス品質評価がある。
本稿では,現在,国際的な規模で展開されているLibQUAL+TM(CA1404参照)の手法を紹介し,図書館のサービス品質の測定手法をめぐる今後の課題と展望について整理したい。
1. サービス品質評価とSERVQUAL
「サービス品質」の概念はマーケティング研究の成果に基づくものである。マーケティング研究では,サービスにおける非有形性(サービスは行動あるいは行為であるため,かたちとして捉えにくい),不可分性(サービスでは生産と消費が同時に発生し,買い手もサービスの生産過程に参加しパフォーマンスと品質の決定に関与する)という特性から,サービスの品質は「サービスの卓越性」についての顧客の判断に基づいて把握することが相応しいと考えられてきた。
サービスの質を測定する指標のひとつに,1980年代半ばにパラシュラマン(A. Parasuraman),ザイタムル(Valarie A. Zeithaml),ベリー(Leonard L. Berry)によって開発されたSERVQUALがある。SERVQUALは,顧客のサービスに対する期待と実際に受けたサービスに対する判断(以下,これを「認知」という)を測定することによってサービス品質の把握を行うもので,公共・非営利分野を含めた数多くのサービス領域で活用されてきた。パラシュラマンらは,複数の業種の顧客に対して行ったフォーカスグループ・インタビューの分析からサービスの良し悪しに関する顧客の判断基準を抽出したうえで,それぞれの判断基準に対応する質問項目をまとめたアンケート調査を実施し,そのデータの多変量解析(主として,探索的因子分析および相関係数の分析)によって質問項目の絞り込みを行った。この結果から最終的に,有形性(tangibles),信頼性(reliability),応答性(responsiveness),保証性(assurance),共感性(empathy)という五つの局面(dimension)とそれらに対応する22項目の質問によるSERVQUALがまとめられた(1)。
2. LibQUAL+TM
2.1 LibQUAL+TMの概要
1990年代に入り,図書館サービスの分野にSERVQUALを適用する試みが行われるようになった。初期の調査においては,図書館サービスに向けた若干の表現の手直しは別として,SERVQUALの局面構成と質問項目はそのままにする方式がとられた。しかし次第に,これらの調査結果の分析からSERVQUALの5局面が大学図書館のサービスの品質を捉えきれていない可能性が報告されるようになった。このため,SERVQUALを基にしつつも,図書館サービスに適合する局面と質問項目の設定を前提とした調査研究が進められるようになった。その一つにLibQUAL+TMがあげられる。
LibQUAL+TMは,テキサスA&M大学の研究チームおよび研究図書館協会(Association of Research Libraries : ARL)が,米国教育省(U. S. Department of Education)の高等教育改善基金(Fund for the Improvement of Post-Secondary Education : FIPSE)の資金援助を受けて行っている,図書館サービスの品質評価に関するプロジェクトである。このプロジェクトは,ARLの新尺度イニシアチブ(New Measures Initiative)の一つとして1999年に開始された。
LibQUAL+TMの調査は,大規模なデータ収集を前提として,ウェブ方式(電子メールで案内を行い,記入はウェブページで受ける方式)で行われる。これまでの調査は,2000年に12機関(ARL加盟機関のみ),2001年に43機関(ARL加盟機関以外の研究機関,私立単科大学,健康科学図書館を含む),2002年に164機関(OhioLINK,スミソニアン研究所・ニューヨーク公共図書館の研究図書館部門を含む),2003年に308機関(米国だけでなく,英国,カナダ,オランダの機関も対象,その中には英国国立・大学図書館協会(Society of College, National & University Libraries : SCONUL)も含む)の参加を得て実施され,次第に規模が拡大され国際的な広がりを持つに至っている(2)。
2.2 LibQUAL+TMの局面と質問項目
LibQUAL+TMの開発は,調査,分析,修正(再設計)の繰り返しを通して行われてきた。このため,調査の対象となる局面とそれに対応する質問項目は,調査の都度,場合によってはかなり大幅に変更されてきた。
最初の調査に先立って,クック(Colleen Cook)とトンプソン(Bruce Thompson)は,テキサスA&M大学図書館が1995年,1997年,1999年に実施したSERVQUAL調査のデータを用いて主成分分析を行い,そこからサービスの姿勢(affect of service; SERVQUALの保証性,応答性,共感性が融合),信頼性,有形性の3因子を抽出した(3)。また,クックとヒース(Fred M. Heath)は,ARL加盟機関の図書館利用者60名に対する質的調査(インタビュー調査)を実施し,そこからSERVQUALに追加すべき局面として,「場所としての図書館」,「コレクションへのアクセスの容易さ」,「セルフ・リライアンス(利用者が自分だけの力で図書館を利用できるよう条件が整えられていること)」の三つを取り出した(4)。
これらの結果を受け,2000年の調査では,SERVQUALの22項目に「場所としての図書館」(9項目),「コレクションとアクセス」(10項目)を追加した41項目が用いられた。その分析の結果,追加の2局面の妥当性が示されたとし(5),続く2001年調査では56項目の質問項目が設定された。
2002年の調査では,質問項目が25項目と大幅に減少する。項目の削減は,2001年データの認知値を用いた主成分分析により,先の質的調査から得られた局面に適合する25項目を選び出す方法で行われた。この結果,「サービス姿勢」,「場所としての図書館」,「パーソナル・コントロール(電子的情報環境において手助けなしに情報アクセスを行える環境の提供)」,「情報アクセス」の4局面が設定されることになった(6)。
2002年には25項目による調査が,2003年には22項目の調査が実施され,最終的に「サービスの姿勢」,「場所としての図書館」,「情報のコントロール」(範囲,適時性,利便性,探索の容易さ,最新の設備)の3局面が確認されたとされる(7)。
2.3 評価の基準
LibQUAL+TMの最大の特色は,「異なる図書館間およびサービス設定において共通に使用でき,比較のための基準(norm)を提供できる調査ツールの開発」を目指した点にある。SERVQUALでは,各組織における顧客の期待値(最低限受入可能なレベル,望ましいレベルの2つ)と認知値を比較することによって,サービスの適切さや卓越性,ニーズへの適合度の測定を行うのであるが,LibQUAL+TMではこれに加えて,組織間の比較を行うための基準値を算出し評価に使用する。
2002年のデータをもとにした資料では,個人単位の基準値(individual norms)と機関単位の基準値(institutional norms)の2種類が示されている(8)。個人単位の基準値とは,各調査対象館の平均値が全回答者中のどの程度にあたるかを示すものであり,機関単位の基準値とは各調査対象館の平均値が全調査対象機関のどの程度にあたるかを示すものである。基準値としては,認知値と2種類のギャップ値(サービスの適切さ=認知値から最低限の期待値を引いた値,サービスの卓越性=認知値から望ましい期待値を引いた値)が用意されている。また,適切な比較を行えるよう,基準値は全体についてだけではなく,同等のグループ(peer group ; 例えば,ARL加盟機関のみ),あるいはサブグループ(例えば,ARL加盟機関の教員のみ)ごとにも算出されている。
2.4 e-QUAL:電子図書館サービスの評価
LibQUAL+TMの一環として,2003年からは,FIPSEと全米科学財団(National Science Foundation : NSF)からの資金援助を受け,電子図書館サービスの品質評価への取り組み“e-QUAL”が開始されている。e-QUALの基本的な目的は,NSFの全米科学電子図書館(National Science Digital Library : NSDL)に関連し,学生の学習を充実させるための電子図書館のサービス品質評価プロセスを整備することにある(9)。
これまでに,図書館が仲介して行うサービスと,利用者が自分自身で行う情報探索環境を含めたサービス提供空間全体を明らかにするための,質的な分析作業が行われてきた。具体的には,学習のための電子図書館の評価活動に取り組んでいる数学分野のMath Forum,MERLOT(Multimedia Educational Resource for Learning and Online Teaching)のサービス内容の分析や,地球科学分野のDLESE(Digital Library for Earth System Education),MERLOTの利用者に対するフォーカスグループ・インタビューなどである。
なお,さまざまな電子図書館におけるかなり大規模でより多様な利用者に対応するには,より単純な回答フォーマットが必要であるとして,e-QUALにおける今後の利用者アンケートでは,認知値のみを収集することが予定されている。
3. サービス品質評価の課題と展望
3.1 LibQUAL+TMの拡大の要因
今後の図書館のサービス品質評価を考えるうえで,LibQUAL+TMの展開プロセスは示唆的である。特に,飛躍的ともいうべき規模の拡大要因を検討しておくべきであろう。主たる要因としては,クックらが述べているように,個々の図書館においては頑健性と安定性を備えたサーバーや,データの集計と分析を行うためのスキルや専門知識の確保が難しいことから,容易に参加できるプロジェクトが魅力的であることがあげられる(10)。また,テキサスA&M大学チームにおける,質的分析のリンカーン(Yvonna S. Lincoln),教育心理統計のトンプソンという権威ある専門家の存在がポジティブな影響を与えたことも考えられよう。さらに,もう一つの要因として想定されるのは,図書館運営に関連する全国基準等において数量的規定が用いられなくなる傾向が強まっているなかで,図書館の現場はわかりやすい評価手法を求めているのではないかという点である。
3.2 サービス品質評価のあり方
ハーノン(Peter Hernon)らは,それぞれの図書館における期待は異なるので比較には意味がないと基準値の設定を否定し,それぞれの図書館の期待に合わせたオーダー・メイド方式の調査を提唱した(11)。図書館や利用者の属性による期待の異なりについてはクックやトンプソンらも認めており,基準値は同等のグループで活用すべきことを強調している。しかし,基準値は各局面単位に設定されるにとどまっており,個々の図書館の経営にどれだけ活用できるかは不明である。また,サービス評価の目的から離れて,各館の数値や基準値から得られる順位値が一人歩きしてしまう危険も考えられる。
2002年の調査では,期待値についてはサンプルの半数からしか収集されておらず,前述したように今後のe-QUALでは認知値のみの収集が予定されている。サービスに対する期待値は,必ずしも認知値と同様に変動するものではなく,そこに生じるギャップ値の幅や期待値そのものの高さが経営戦略の選択に重要な情報を提供するという点こそが, SERVQUALの出発点であった。この点については,今後さらなる議論が必要であろう。
また,局面や質問項目の設定といった点では,LibQUAL+TMが図書館のサービス品質の全体を捉えているか疑問が残る。この点については,永田,佐藤による調査分析の結果(12)を参照されたい。
おわりに
利用者があってはじめて図書館サービスは成り立つのであるから,サービスの向上には顧客の視点による評価が不可欠である。これまでに用いられてきた,蔵書冊数,受入冊数などのインプット指標や,貸出冊数などのアウトプット指標による評価は,提供者側の視点に立つものであり,限られた一面しか伝えない。サービス品質評価は,これまでは看過されてきた側面に光をあてるものである。ただし,サービス品質を含め個々の評価手法から得られる指標は,ジグソー・パズルの破片のようなものに過ぎない。状況を的確に把握するためには,さまざまな手法あるいは指標を多面的に組み合わせることが必要なのである。LibQUAL+TMを契機に,さまざまな評価手法およびその活用への関心と理解がより一層高まることを期待したい。
三重大学人文学部:佐藤 義則(さとうよしのり)
(1) Parasuraman, A. et al. SERVQUAL: a multiple-item scale for measuring consumer perceptions of service quality. Journal of Retailing. 64(1), 1988, 12-40.
(2) Cook, C. et al. “Developing a National Science Digital Library (NSDL) LibQUAL+TM Protocol: An E-service for Assessing the Library of the 21st Century”. LibQUAL+TM. (online), available from < http://www.libqual.org/documents/admin/NSDL_workshop_web.pdf>, (accessed 2004-04-15).
(3) Cook, C. et al. Reliability and validity of SERVQUAL scores used to evaluate perceptions of library service quality. Journal of Academic Librarianship. 26(4), 2000, 248-258.
(4) Cook, C. et al. Users’ perceptions of library service quality: a LibQUAL+ qualitative study. Library Trends. 49(4), 2001, 548-584.
(5) Cook, C. et al. Psychometric properties of scores from the web-based LibQUAL+ study of perceptions of library service quality. Library Trends. 49(4), 2001, 585-604.
(6) Cook, C. A Mixed-methods Approach to the Identification and Measurement of Academic Library Service Quality Constructs: LibQUAL+TM. Graduate Studies of Texas A&M University, 2001, 341p. Ph. D. available from University Microfilms International, Order no. 3020024.
(7) Hipps, K. et al. Library Users Assess Service Quality with LibQUAL+TM and e-QUAL. ARL Bimonthly Report. (230/231), 2003, 8-10. (online), available from < http://www.arl.org/newsltr/230/libqual.html>, (accessed 2004-05-05).
(8) Thompson, B. LibQUAL+TM Score Norms. (online), available from < http://www.coe.tamu.edu/~bthompson/libq2002.htm>, (accessed 2004-05-05).
(9) Cook, C. et al. 前掲 (2).
(10) Cook, C. et al. LibQUAL+TM: preliminary results from 2002. Performance Measurement and Metrics. 4(1), 2003, 38-47.
(11) Hernon, P. et al. Methods for measuring service quality in university libraries in New Zealand. Journal of Academic Librarianship. 22(5), 1996, 387-391.
Hernon, P. et al. Service quality : a concept not fully explored. Library Trends.49(4), 2001, 687-708.
Nitecki, D. et al. Measuring service quality at Yale University’s Libraries. Journal of Academic Librarianship. 26(4), 2000, 259-273.
(12) 佐藤義則ほか. 図書館サービスの品質測定について:SERVQUALの問題を中心に. 日本図書館情報学会誌. 49(1), 2003, 1-14.
佐藤義則ほか. 大学図書館の「サービス品質」評価を構成する局面. 情報メディア学会誌. 2(1), 2003, 1-15.
永田治樹. “大学図書館の経営計画と「顧客評価」”. 図書館の経営評価. 東京, 勉誠出版, 2003, 29-47.
佐藤義則. LibQUAL+TMの展開と図書館サービスの品質評価. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1526