CA1525 – 公共図書館における電子本の導入 / 疋田恵子

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カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1525

 

公共図書館における電子本の導入

 

 昨年来,新聞紙上をはじめ各種メディアで電子本,いわゆる“ebook”の特集をよく目にするようになった。国内では電機大手の松下電器,ソニーが電子本市場へ新規参入,昨年11月には電子出版コンテンツの配信,レンタルを行うオンライン電子出版事業会社「パブリッシングリンク」が設立された。また今年に入って相次いで読書専用端末が発売されたことも大きな話題となっている。電子ペーパーの技術革新や急速に普及するネットワーク環境もあいまって,一躍脚光を浴び始めた感のある電子本市場だが,2000年にも同じような盛り上がりを見せたことがある。米の人気小説家スティーブン・キングが最新作を電子本で発売,これがネットワークを一時不通にさせるほどの大反響となった。日本国内でも大手出版社らが次々と電子本業界に参入,「これからは電子本の時代!」とばかりに期待されたが,結局のところ,その後もそれほど世間には受け入れられていない。今回は期待どおりの華々しい躍進を遂げられるのか,大いに注目されるところだ。

 既に学術・大学図書館では電子メディアの導入が一般化している。電子本ベンダーも市場としての図書館を重視しており,既存の電子本パッケージも学術図書館向けのものが多く見られる。一方,電子メディアの導入に関してはやや出遅れた感のある公共図書館にとっても,近年,電子本の台頭は無視できない存在となりつつある。国内外の公共図書館での電子本導入例をいくつか紹介しよう。

 

1. リッチモンド図書館の導入事例

 ロンドンのリッチモンド図書館では国民のネットワーク(People’s Network;CA1500参照)の支援を受け,OCLC netLibraryおよびSafari Technical Books Onlineの電子本パッケージを導入,2003年3月より本格的にサービスを開始した。利用者は,自館のPCから電子本にアクセスできるほか,自宅など遠隔地からもアクセスできる。

 netLibraryで提供されているのは,図書館の購入分であるビジネス,IT,ネットワーク関連,コミュニケーション,マネージメント,医学,心理学,法律といった分野およそ350タイトル(閲覧可,貸出可)と,netLibraryのフリーコレクションとして歴史,文学の古典作品3,000タイトル(閲覧可,貸出不可)。netLibraryでは紙の出版物同様,電子本を1冊ずつ購入する形式をとっており,貸出システムも従来の図書館システムに倣って,ひとつの電子本は一度に一人しか利用することができない。複数ユーザーに同時に提供したい場合は,図書館は同じ電子本を複数購入する必要がある。ここでは貸出期間が24時間(冊数無制限)に設定されており,貸し出された電子本は24時間後には自動的に返却扱いとなる。

 一方,Safari Technical Books OnlineではIT関連分野,およそ250タイトルが提供されている。Safari Technical Books OnlineはIT,プログラミングといった分野で世界的シェアを誇るオライリー社とピアソン・テクノロジー・グループの共同出資によって開始されたため,ここで提供される多くが紙の出版物に先立って利用可能なのが特徴的である。Safariは同時アクセス数とタイトル数を基本とした価格設定となっており,契約の範囲内でタイトル変更および複数ユーザーの同時アクセスが可能だ。netLibraryのような貸出システムは持っていない。

 netLibrary,Safari Technical Books Onlineとも,閲覧する際はオンライン上での常時接続が必要となるが,netLibraryでは購入した電子本については,MARC 21フォーマットのMARCレコードが提供されるので,自館のウェブOPACにそのMARCレコードを反映させることによって,利用者は直接電子本を検索,アクセスすることもできる。

 

2. エセックス図書館の導入事例

 同じく英国のエセックス図書館ではOverDriveの電子本パッケージを導入,携帯情報端末(PDA)の利用を中心とした電子本のサービスモデルが試行されている。これはライブラリコンソーシアムであるCo-Eastとラフバラ大学がレイザー財団からの資金提供を受け,2003年4月から2004年3月までの1年間の予定で実施しているプロジェクトで,公共図書館における電子本の導入,維持管理のためのガイドラインの策定を目的としている。

 当プロジェクトではOverDriveのほか,ebraryの電子本パッケージも導入予定だが,現時点ではOverDriveの電子本のみ,およそ230タイトルが閲覧可能となっている。ここでは文学作品を中心にミステリー,サスペンス,サイエンスフィクション,ファンタジー,スリラーといった分野がPalm Readerフォーマット,Adobe Readerフォーマットのいずれか(もしくは両方)で提供されている。OverDrive のシステムも,netLibrary同様,従来の図書館システムに倣っており,ひとつの電子本は一度に一人しか利用することができない。利用者は3冊まで,21日間貸出を受ける(=自分のPCやPDAにダウンロードする)ことができる。貸出期限が過ぎるとPC上にダウンロードしたファイルが開かなくなり,これをもって返却されたこととなる。またOverDrive のシステムは閲覧,貸出ともにPCへのダウンロードが基本なので,閲覧時にオンライン上での常時接続は必要としない。

 一方,ebraryはオンライン上での閲覧となる。OverDrive,ebraryともnetLibrary同様,購入・契約した電子本については,MARC 21フォーマットのMARCレコードが提供される。

 エセックス図書館ではebraryの“general interest”コレクション全2,500タイトルの提供を予定しているが,ラフバラ大学による2003 年 6 月第1 四半期レポートによると,ebraryのマルチユーザモデルのアクセス数の算定方法が米国マーケットを中心とした設計であったため,英国の公共図書館モデルに当てはまらず懸案となったとある。結局どのような解決を経たのか,その他,プロジェクトの最終報告が待たれるところである。

 

3. 国内の導入事例

 国内では,北海道の岩見沢市立図書館が2002年に,石川県のいしかわシティカレッジデジタルライブラリーが2003年7月にイーブックイニシアティブジャパンと提携して,電子本の貸出サービスを開始している。岩見沢市立図書館では電子化された岩波文庫の作品を館内PCで閲覧可能であり,いしかわシティカレッジデジタルライブラリーでは東洋文庫や岩波文庫など約600冊が閲覧できる。

 イーブックイニシアティブジャパンが提供する貸出システムは,電子本を1冊ずつ図書館が購入する方式ではなく,作品数や予想される閲覧者数を元に算出された年額料金を同社に支払うシステムとなっている。同社は実際の閲覧回数に応じた各作品の使用料を出版社や著作権者に配分するとのことだ。

 最近の出版不況で,出版業界からは図書館でのベストセラー本の大量購入や無料貸出の是非について異議が唱えられているが,同社システムの運用形態は今後,著作権保護や利用に応じた課金制度といった問題を考える上でも興味深い材料といえる。

 

おわりに

 このほか米国でもクリーブランド公共図書館(E047参照)をはじめ,多くの公共図書館で電子本サービスの試行,本格運用が開始されている。

 急速に発展するネットワーク情報社会にあって,電子情報資源の組織化,提供は図書館の新たな役割のひとつと位置づけられている。電子本の導入によって,図書館は書庫スペース,劣化,盗難,遅延問題から解放され,利用者は遠隔地からの24時間アクセスの実現,全文検索,横断検索,ハイパーリンクの利用といった電子本の特性である多様な情報検索が可能となる…というのは電子本ベンダーの受け売りだが,電子本サービスが図書館,利用者双方にとって有益なサービス形態のひとつであることには間違いないだろう。ただ,実際のところ電子本業界は未だ発展途上であり,乱立するフォーマットの統一等,広く一般に定着するには解決すべき課題が数多くある。一方,図書館も限られた予算,限られた人的資源のなかで幅広い利用者層に対応しなければならない。電子本サービスの有用性は認識しつつも,まだ利用者ニーズ,導入効果がつかみきれないというのが現状のようだ。同じ電子メディアである「電子ジャーナル」と共通する課題も多い。

 電子本サービスに関しては,まだこれといった包括的な評価や分析結果が出されていない。今後電子本市場がどう発展をし,どう図書館に影響を与えてくるのか。先陣を切って電子本サービスを開始した各図書館,各プロジェクトの結果報告を待つとともに,引き続き今後の動向を見守りたい。

総務部情報システム課:疋田 恵子(ひきたけいこ)

 

Ref.

Garrod, Penny. Ebooks in UK libraries: Where are we now? Ariadne. (37), 2003. (online), available from < http://www.ariadne.ac.uk/issue37/garrod/&gt;, (accessed 2004-04-16).

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 ebraryは,ランダムハウス,ピアソン,マグローヒルから出資を受けて,1999年に設立された有限会社。一般教養,ビジネス・経済,コンピュータ,人文科学,自然科学分野の図書等約4万冊をデータベース化して,オンラインで図書館,学会等に提供している。

宇田川信生ほか. eBook 最新事情 : 電子書籍ビジネスの「離陸」へ向けて意気盛んな日本,図書館・学術機関のeBook利用に「次」を模索する欧米. Kinokuniya e-Alertレポート. (オンライン), 入手先< http://ealert.kinokuniya.co.jp/kinoentry.html&gt;, (参照2004-04-16).

イーブックイニシアティブジャパン. (オンライン), 入手先 < http://www.ebookjapan.co.jp/&gt;, (参照2004-04-16).

北海道岩見沢市立図書館で岩波文庫の電子書籍を導入: 市の光ファイバー網使って市民向けに閲覧サービス. INTERNET Watch. (オンライン), 入手先< http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2002/0514/iwa.htm&gt;, (参照2004-04-16).

 


疋田恵子. 公共図書館における電子本の導入. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1525