カレントアウェアネス
No.244 1999.12.20
CA1291
英国における政府情報へのアクセスと著作権
イギリスは政府情報公開法制定への取り組みが遅れていたが,1997年のブレア労働党政権の成立を契機に法制定を目指す動きが加速し,1999年11月には情報公開法案が議会に上程されるに至っている(http://www.publications.parliament.uk/pa/cm199900/cmbills/005/2000005.htm)。それと同時に,「国王の著作権(Crown Copyright)」と呼ばれる,政府情報に課せられている著作権についての規定を緩和し,電子環境下で政府情報のアクセス・利用を容易にしようという取り組みもなされている。
英国著作権法第163条によると,国王の著作権の対象となるのは「女王陛下により,又は国王の上級公務員若しくは顧員によりその任務の過程において作成される」著作物である。このうち言語・演劇・音楽・美術の著作物の場合,作成年末から75年間のうちに「商業的に発行」されなければ,国王の著作権は作成年末から125年間存続し,「商業的に発行」される場合には作成年末から50年間存続する。ここで言う「商業的な発行」は,「複製物の公衆への頒布」および「電子的検索システムを用いて著作物を公衆に対し利用可能にすること」を意味し,必ずしも有料での頒布に限られない(著作権法第175条第2項)。なお,法律についても国王が著作権を保有するものとされているし(同第164条),議会のその他の著作物については議会が著作権を保有することになっている(同第165‐167条)。
このような政府の著作権は英国印刷庁(Her Majesty's Stationery Office: HMSO)が管理している。HMSOは英国の政府刊行物の発行・販売に長年携わってきたが,1996年10月にこの業務は新たに発足した民間企業たるStationery Office, Ltd.に継承された(CA1074,CA1211参照)。しかし政府刊行物の発行・販売機能が民営化された後も,政府の著作権を管理する権限は政府機関としてのHMSOが依然保持している。
政府の著作権に基づく,刊行物・データ等の販売収益やライセンス収益の合計は,1996-97年において約1億8千万ポンドにもおよび,政府が情報サービスを遂行するための財源に寄与しているという。また政府は,政府情報の正当性が維持される目的を果たしている,という理由で自らの著作権保有を擁護している。しかし,政府が著作権を保有する仕組みは,原則として政府情報に著作権を課さない米国の制度と対照的であり,それゆえ米国のように政府情報を自由に加工し提供する産業の発展が英国では妨げられている,という批判が成されてきた。また,「国民から徴収した税金によりつくられた政府情報は国民が自由にアクセス・利用できるようにすべきだ」「インターネット上で情報が自由に流通する時代にあっては国王の著作権は不利益をもたらす」という意見も出てきた。
ブレア労働党政権が発足して間もない1997年12月,英国政府は情報公開法の制定に向けての方針を示す文書として『皆さんの知る権利(Your Right to Know)』を発行したが,その中で「国王の著作権の見直し」も政府情報へのアクセス向上をはかる手段のひとつとして言及されている。続いて翌1998年の1月には,『情報時代における国王の著作権』という緑書(論議の材料とするための政府試案を述べた文書)が発行された。ここでは,国王の著作権の歴史と現状,政府情報に関する他国の著作権規定などを概観した後,国王の著作権を今後どのように変えるべきかについて選択肢を提示し,関係者の意見を募った。
これを踏まえ,1999年3月には『これからの国王の著作権の管理』と題する白書が発行された。ここではまず,前年の緑書に寄せられた意見をまとめ,今後は「政府は依然著作権を保有するが,特定の領域については著作権を放棄する」という方向性を提示した。著作権の放棄の対象となり得るものとしては,法律とその解説書,プレスリリース,書式,緑書など意見聴取のための刊行物,公式ウェブサイト上の著作物,主要な統計,科学・技術・医学関係の刊行物,閣僚の談話,未出版の公的記録,刊行物のレイアウトなどが挙がっている。また,著作権管理に関わる一貫性の強化や手続きの簡略化も,政府の方針としてこの白書で掲げられた。
さらに,白書の中で提示された新たな取り組みとしては,「情報資産記録表(Information Asset Register: IAR)」が興味深い。これは英国の政府情報の所在確認を容易にするために,情報のタイトル,キーワード,発行年月日,担当部署などのアクセスポイントを標準化し,電子上で情報を検索できるようにする,という仕組みである。IARは米国政府印刷局の政府情報案内サービス(Government Information Locator Services)やカナダの“Info Source”というプログラムをモデルにしており,これに関わる業務はHMSOが担うと定められた。
なお、白書は図書館の役割についても1章を割いている。ここでは、研究・学習の目的での政府情報の利用に際し著作権規程を緩和することが示唆されている。
この白書の発行後,HMSOはいくつかの領域で政府の著作権に関する新たなガイドラインを発表している。またIARはHMSOの“Inforoute”というプログラムに組み込まれ,電子上の政府情報検索システムの構築に向けて準備が進められている。これらの動向についてはHMSOのウェブサイト(http://www.hmso.gov.uk/)を参照されたい。
翻って日本の場合,政府が提供する情報・刊行物については,法律・通達・判例など法規関係のものを除いて政府が著作権を保有している(著作権法第13条)。さらに,国有財産権法第2条によれば,著作権が不動産や船舶・航空機などと同様に国有財産として扱われることになっている。情報公開法の制定という課題をクリアした日本ではあるが,政府情報へのアクセスを改善するために他の様々な制度の見直しにも取り組む必要があるのではなかろうか。
東京大学大学院:古賀 崇(こが たかし)
The future management of Crown Copyright. [http://www.hmso.gov.uk/document/copywp.htm] (last update 1999. 3. 26) (last access 1999. 11. 15)
Flint, Michael F., et al.イギリス著作権法 木鐸社 1999. p.102-103
名和小太郎 デジタル・ミレニアムの到来 丸善 1999. p.166-167