CA1074 – HMSOに民営化の動き / 飛田由美

カレントアウェアネス
No.203 1996.07.20


CA1074

HSMOに民営化の動き

イギリス政府刊行物の出版システムは,過去30年間比較的安定していた。HMSO(Her Majesty's Stationery Office:英国印刷庁)は議会・政府資料の最大の出版者であり,最大の売手である。しかし近年,政府機関から直接出版されるnon-HMSOと言われる資料が政府機関の数が増えるのと共に増加し,現在ではHMSOの出版物よりはるかに数が多くなっている。また,政府刊行物の形態も,紙に印刷されるものから,インターネットで提供されるものまで,多様化してきている。

わが国の政府刊行物とも全く共通する問題だが,これらnon-HMSOの出版物は,さまざまな組織から出版され,流通経路もまちまちなため,その把握と入手は容易ではない。書式の統一も図られていないために,時には出版者や出版年等の基本的な書誌事項を表示せず,目録担当者を悩ますようなものも現われてくる。電子化等による提供形態の多様化は,このような問題点を一層深刻なものとしている。

昨年10月,イギリス政府はHMSOの民営化の計画を発表した。それは以上のような問題を抱えながらも維持されてきた政府刊行物の出版システムを揺るがし,大きな方向転換を迫るものである。

HMSOは1786年,政府の各省庁に文房具を供給する機関として設立された。現在でもこちらの仕事の方が経営上大きな比重を占める。議会・政府資料の出版や販売といった業務は重要ではあるが,総売り上げ高の20%を占めるにすぎないのである。文房具・備品等の供給に関する業務については,民営化されることで公的機関のみを顧客にするという制限を撤廃し,民間の契約も取れるようになることが期待されている。

一方,議会・政府資料の出版・流通機構の方は,民営化されるとすれば,予算の削減により,基本的なサービスが低下する可能性があり,問題が大きい。例えば,政府刊行物の書誌の作成や,図書館に対する割引サービスなどは,採算が合わないという理由で,切り捨てられる恐れがある。このようなことから,議会・政府資料の出版・流通は民営化の対象外とされる可能性もある。

しかし,HMSO出版物の価格は民営化によって改善が期待されている。価格引き下げの要求に答えるため,HMSOは最近いくつかの議会資料の価格を引き下げた。週間版の英国議会議事速記録Weekly Hansardの予約代金は,下院が775ポンドから420ポンドヘ,上院が310ポンドから175ポンドヘと45%引き下げられたのである。HMSOは何を出版するのか選択することのできる民間の出版社とは異なり,たとえ売れそうにないものでも議会や政府のために出版しなければならない。最近ではnon-HMSOのタイトルでよく売れそうなものを選択し,HMSOから出版するといったことも行っている。仮に民営化されないとしても,価格の設定などに見られるマーケット重視の姿勢は今後ますます強くなることは間違いなかろう。

電子出版物の普及は,政府刊行物の将来をさらに不透明にしている。HMSOは最近Electronic Publising Divisionを増強し,多くの電子出版物を提供できるようにした。しかし,未だ紙媒体を補足する程度の役割しか与えられていない。

政府刊行物をインターネットで広く提供している省庁はまだわずかであるが,多くの顧客との出会いの場として,また政府情報の普及の手段として,有効だと考えられている。HMSOは,インターネットでそのサービス内容や出版情報,主題目録を提供している他,重要な法令のダイジェストも提供している。HMSOがインターネットで出版物を提供する上での大きな問題点は,確実な支払い方法が確立されていないということと,インターネットがまだ広く普及していないということである。イギリスでのインターネット利用者の数は全人口に比べるとまだごくわずかなのである。

インターネットを始めとする電子出版物の普及は出版コストの上昇を抑えるという利点があり,このため将来的には,印刷媒体で提供されるものの数は減り,その代わりに電子出版物の出版数は増加すると考えられている。

飛田 由美(とびたゆみ)

Ref: Butcher, David. British official publishing: future uncertain. The Law Librarian, 26 (4) 488-492, 1995
Clements, Jamice. Uproar over HMSO privatisation. The Library Association Record 98 (2) 59, 1996