CA1073 – カナダ国立図書館の電子出版パイロットプロジェクト / 山地康志

カレントアウェアネス
No.203 1996.07.20


CA1073

カナダ国立図書館の電子出版パイロットプロジェクト

カナダ国立図書館(NLC)では94年の9月より95年の7月まで電子出版物の取扱に関するパイロットプロジェクトを行ってきたが,この度その報告がなされたので,紹介したい。

このプロジェクトはEPPP(Electronic Publications Pilot Project)と呼ばれ,電子出版物がカナダの出版文化に及ぼす影響と,電子出版物の処理の過程で発生する様々な問題を検討する目的で設けられたものである。93年に,NLCは電子出版物と国立図書館の役割についての調査を既に行っているが,今回のEPPPではカナダの図書館界とともに,より長期にわたる電子出版物の取扱を検討することが主要な課題となった。

すでに,カナダ内の幾つかの大学では先行的に電子出版物の処理に関する実証研究が行われ,電子図書館の設計も始まっている。このような潮流の中で,NLCに電子出版物の目録作成と保存に関してリーダーシップを取って標準を作成して欲しいとする図書館界の意見を踏まえ,電子出版物を長期にわたって保存し利用する際の技術的問題や,著作権・料金の支払等の問題を明らかにし,解決方法を探ることがEPPPの狙いとなる。

具体的には次の6つの目標が掲げられた。

  1. オンラインで供給される資料を扱う際に発生する問題を整理すること。
  2. 選書・受入・目録・蔵書管理・メディア変換・レファレンスなどを担当する職員に,広くオンラインドキュメントについての知識を修得し,なじむ機会を与えること。
  3. NLCによるオンラインドキュメント処理の長期方針を決定することを支援し,これらのドキュメントを取り扱うための組織のあり方を勧告すること。
  4. NLCは,連邦政府情報の管理に関する主要な役割を担うために必要な経験を得ること。
  5. NLCの収集目的の定義および収集計画を記した文書の中に電子出版物に関する条項を盛り込むこと。
  6. 電子出版物およびその出版方法,特にインターネット上での電子出版に関連する幾つかの技術的な問題についての経験を積むこと。

この目標に沿って,技術的な指針が提示された。それはNLCが現有のハードとソフトおよびフリーウェア(無料で提供されているソフト)を用いて,インターネット上で提供されている電子ジャーナル(EJ)の収集・蓄積・保存・目録作成・提供を行なうためのものであった。

まず,収集については無料で提供を受けた12タイトルのEJから実験を始めた。タイトル数は,プロジェクトの終期には46タイトルにまで増加した。この過程で,収集部員は,EJ出版社との接触を通じて,今までの印刷体の場合と大差ないことを理解した。ただし,プロジェクトを説明し,質問に回答し,議論を重ねるための電話による口頭処理はしばしば困難であった。これは多くの電子出版社はほとんど電子メールに依存していたためである。

EJの受入については,そのURLアドレス(用語解説T14参照)だけ特定されていれば,オリジナルを保存する必要はないという意見もあるが,EPPPではオリジナルを受け入れるという方針を採用した。この方針は,NLCがEJに対するより良いコントロールを可能とする。これは,特に保存の観点から望ましいと思われる。実験に用いられた幾つかのタイトルは他の媒体では入手不能なものであり,1つのタイトルは出版を既に停止してしまっていた。このような場合にオリジナルを保存してあるのは,大変に有意義なことであろう。

EJは電子メールで受けるのが最も簡単な方法であるが,WWWで提供されているものも多い。この場合,EJはしばしば様々な要素部分を持ち,他の出版物と結合しているハイパーテキストであるため,集約しにくく,自動受信し難いことも判明した。

また,いくつかのEJではテキストファイル,HTML文書(用語解説T15参照),MS-WordやWord Perfectのフォーマットを採用するものなど何種類かの版が存在し,あらゆる版が収集されるべきだろうかという疑問がでた。さらに,幾つかのドキュメントは圧縮されたフォーマットで配布されている。重要なデータが圧縮により失われていないかどうか,また,図書館は必ず圧縮ファイルを解凍できるかという疑問も生じた。フランス語の綴り字記号の中には,うまく表示できないものもあった。書誌的な観点では,EJが電子メールを通じて受け入れられたとき,電子メールのヘッダは保持されるべきであろうか,またヘッダはオリジナルドキュメントの一部であろうかという疑問もあった。

目録プロセスでは既存の目録規則に則って,AACRやOCLCの書誌記述ガイドライン,MARBI(Machine-Readable Bibliographic Information)ディスカッション・ペーパーなどを使用した。これらのガイドラインでは電子出版物に対する情報を記述するMARCのタグとして856を指定していたが,CANMARCの中にはこのフィールドは導入されていないので,最終的には一般注記用である500のタグに電子出版物に関する情報を記述した。

複数ファイルを同時にスクロールできないため,主題分析は難しかった。そのため,主題目録担当者はDDC記号を最高3つまでそれぞれの出版物に対して付与し,分類を通して主題に接近することもできるように設計した。

コレクションの管理は,電子媒体では新しい意味を持つ。ディスク上での処理は,棚の上の物理的な資料を扱うのとは違う点があることは明白である。例えば,資料の貸出のプロセスは存在せず,代わりに電子的なアクセスが提供される。しかしながら,NLCの利用者は必ずしも電子的なアクセスに必要なハードやソフトを持っているわけではないので,EJの印刷体への変換や,図書館間貸出(電子形態のままでも,またハードコピーの貸出も含む)は必要性を失わないと考えられている。

さて,NLCの今後の課題として,以下の点が挙げられている。

  • 電子情報の遡及利用についてより注意を払い,長期的なアクセスの保障に係わる諸課題と,‘Just in time’のドキュメントデリバリーの問題とを関連づけること。
  • 政策的・技術的諸問題に関し図書館界とのパートナーシップを育成すること。
  • 電子情報資源についての責務の範囲を明らかにし,ネットワーク環境の下で電子情報の分担保存と分担収集についての「収集パートナーシップ」を発展させること。
  • EJの著作権とアクセスに関する一層の検討。
  • 電子出版物に関する標準化を進展させること。
  • 電子出版物に対する納本制度の検討。
  • ハッカーなどによる電子出版物への打撃に対抗したEJのセキュリティと保存。

さらに,社会的な情報化の進展に伴い,出版業界などと共に考えていかねばならない問題として次のような点が指摘された。

  • 電子出版へのユニバーサルなアクセスの確保と,出版社の権利の兼ね合いをどうすべきか。
  • ハイパーテキストに典型的に見られるように,電子出版物は必ずしも単一の閉じた「文書」として存在しているわけではない。また,書き換えも容易である。このように印刷体の出版物よりもずっと可塑的なものである電子出版物の統一性をいかに維持するか。
  • ネットワーク環境やハードウェアの変化に対応してEJの保存と利用をいかに保証するか。

また,このプロジェクトを推進していく中で,コストの問題も考慮しなければならない大きな要素であることが判明した。異なったフォーマットの出版物を受け入れることは高価につき,また自動的にファイルを変換することはしばしば困難である。これに関し,標準化はコストを低減し,普及を図る点で極めて有効な手段であることが改めて認識された。今後とも電子出版物の取扱については議論を重ね,図書館業務のプロセスの中にどのように取り入れていくか,極めて注目される点であろう。

山地 康志(やまじやすし)

Ref: Brodie, Nancy. The National Library's Electronic Publications Pilot Project. National Library News 27 (3-4) 1, 4-5, 1995
Winston, Iris, et al. Electronic Publications Pilot Project completed. National Library News 27 (12) 1, 4-5, 1995
Lilleniit, Roselyn. Electronic Publications Pilot Project: overview of technical services aspects. National Library News 27 (12) 5-6, 1995