CA1244 – 欧州の子ども向け電子図書館プロジェクト / 田中久徳

カレントアウェアネス
No.235 1999.03.20


CA1244

欧州の子ども向け電子図書館プロジェクト

子どもを対象とした電子図書館システムは,その目的や位置づけの検討を含めて,未解決の課題が数多く残されたテーマである。例えば,一口に子どもといっても,その年齢や発達段階によって,問題の切り口が相当,異なることが予想される。従って,児童の発達や認知の理論を踏まえた,きめ細かな検討が不可欠である。

Libraray Trends誌では,一昨年,「子どもと電子図書館」を初めて特集したが,掲載論文の過半は,デジタルネットワーク社会での子どもたちの情報ニーズや情報探索行動についての基礎的考察で占められ,このテーマの置かれた現状と難しさの一端を窺わせている。

また,子ども向け電子図書館の問題は,基礎的調査研究の積み重ねが必要なテーマであると同時に,現実の教育情報政策と深く関係した課題でもある。当然ながら,情報技術革新がもたらす社会の急激な変化は,子どもたちにより深刻な影響を及ぼすことが予想される。例えば,マルチメディア情報の氾濫に弊害はないのか,読書の普及を妨げることはないのかといった問題。また,情報社会に生き残るための新しいスキル,情報リテラシーをどう育てていくのか。さらには,出身階層や経済格差を超えて,社会的公平は保障されるのか,インターネットのフィルタリングソフトに代表される有害情報の規制と知的自由の問題はどうかなど,いずれも,今後の情報社会の主役である子どもたちの重要な課題である。

その意味で,EU欧州委員会が「第4次テレマティーク応用プログラム(1994〜1998)」の中で実施した「仮想児童図書館」の試みである,“CHILIAS”(Children in Libraries-Information-Animation-Skills)プロジェクトは,EUの情報戦略という観点からも興味深い事例と思われるので,その概要を紹介したい。

このプロジェクトは,ドイツのシュツットガルト市図書館のコーディネートで,フィンランド,イギリス,ギリシャ,ポルトガル,スペインの公共図書館,学校図書館が参加して行われた。プロジェクトの目的は,情報社会の中で従来の図書館の役割が変化し,また,新しい情報技術の進展で,子どもたちの文化や教育,リテラシーが変化を遂げる中で,9〜12歳の児童を主な対象にした新しい形態の図書館サービスのモデルを創出することであった。プロジェクト期間は,1996年8月〜1998年9月の26ヶ月間で,インターネット/ウェブを通じてマルチメディア仮想シュミレーション技術を用いたネットワーク形態のサービスが提供された。

プロジェクトが開始された1996年の時点では,米国の学校の65%がインターネット接続を行っていたのに対して欧州での割合は5%に過ぎなかった。この点では,プロジェクトの動機として,EUの米国への対抗戦略を見出すこともできようが,加えて,英語,独語,ギリシャ語,ポルトガル語,スペイン語,フィン語の6ヶ国語によるサービスを同時に提供したことからわかるように,インタラクティブなマルチメディア技術,通信ネットワーク技術を用いることで,多文化・多言語環境社会という欧州の実情に則した新しいコミュニケーション・システムの構築をめざす試みであった点も重要である。

プロジェクトは,「分析」「プロトタイプ開発」「評価検証」の3段階で進められた。はじめに,伝統的な児童図書館サービスの活動経験,また,UCLAのサイエンスライブラリーカタログ(SLC)プロジェクト等の先行研究の成果を踏まえて,システムに必要な要素を検討し,さらに児童に対するニーズ分析によってプロジェクトに必要なサービスの定義が行われた。

プロトタイプは,“Lib”,“Net”,“Act”,“Skills”の4つのモジュールで構成される。“Lib”は本や写真,画像やビデオといったデジタル化資料からなる電子図書館システムで,子どもたちに興味あるトピックとして,私たちの町(参加機関の所在地6都市),スポーツ,音楽,動物等が選ばれた。“Net”は,子どもたちが意見を交換するEメールの仕組みである。“Act”は,コンピュータや通信技術を用いて,子どもたちが作品を創作し表現する仕掛けである。“Skills”では,子どもたちが情報技術を習得するための支援機能が用意された。

これらの機能は,“Infoplanet”(未知の世界への旅)と題された,宇宙探検を模したインターフェイスに統合された形で提供された。子どもたちは,希望するトピックを選択してマルチメディア情報を利用するほか,関連サイトへのリンクや地域の図書館への案内サービスなどを受けることができる。さらにサブメニューとして以下のものがある。“The story-builder”サービスでは,子どもたちがウェブ上で実際にお話を作り発表することができる。“The guest-book”サービスでは,自国語か英語によるコミュニケーション機能が提供され,国際的な意見交換が行われる。“Infoton”サービスでは,遊びながらアルファベットやデューイ十進分類法,質問式や情報の識別能力などの情報検索能力を学ぶことができる。

評価検証の結果,プロジェクトは概ね成功であったとされた。例えば,“Infoplanet”が誘引となって,実際の図書館の利用が増大した。この点で,“CHILIAS”プロジェクトは,伝統的な図書館と新しいメディアの掛け橋となった。また,参加型プロジェクトとして,子どもたちがコンテンツの創作に加わり,“Infoplanet”にはたくさんの子どもたちの作品が発表された。

プロジェクトが終了した現在も,引き続き各サイトは維持され,それぞれの図書館サービスの一部として継続され定着をみている。欧州委員会では,1998年から13〜19歳の若者を対象に,レフェラルサービスと情報技能の提供を目的とした新プロジェクト“VERITY”(Virtual and Electoronic Resources for Information skills Training for Young people)を開始している。

結論として,“CHILIAS”プロジェクトは,目的や対象とする児童の年齢を明確にしていた点,伝統的な図書館サービスとの連携を意識していた点,子どもたちの能動的な参加,技能取得の方法を検討していた点等で,注目に値する試みとして評価できよう。

田中 久徳(たなかひさのり)

Ref. Children and the digital library. Library Trends 45(4) 1997
Bussmann, Ingrid. The European Virtual Children's Library. Audiovisual Librarian 23(4) 259-261, 1997
http://www.stuttgart.de/chilias/ (last access 1999.2.25)