CA1186 – Gordon & Breach裁判 / 中澤貴明

カレントアウェアネス
No.224 1998.04.20


CA1186

Gordon & Breach裁判

1997年8月,ニューヨークにある連邦地方裁判所は,科学技術雑誌の価格調査をめぐってここ数年図書館界の注目を集めていたGordon & Breach裁判において,原告であるGordon & Breach社の訴えを棄却した。

この訴訟は,Gordon and Breach Science Publishers(以下,G&B社)が,アメリカ物理学協会(The American Institute of Physics以下AIP),アメリカ物理学会(The American Physical Society以下APS),さらに核物理学者の故ヘンリー・バーシャル(Henry H. Barschall)氏を虚偽の広告のかどで訴え,1993年から争われていたものである。G&B社は科学,技術,医学,商業などの各分野の雑誌や図書を幅広く出版,販売している国際的な出版会社である。AIPとAPSは非営利の物理学協会であり,物理学の分野で著名な学術雑誌をはじめとする数多くの学術出版物を発行している。バーシャル氏はマンハッタン計画にも携わったことのある著名な核物理学者で,ウィンスコンシン大学の物理学教授をつとめ,引退後は昨年2月に亡くなるまで科学技術分野の雑誌の価格の高騰とそれによって科学者が被る損害について研究していた。

この訴訟は,バーシャル氏が,物理学分野の雑誌約200誌を対象に費用対効果調査を実施し,費用対効果による雑誌のランク付けを行ったことからはじまる。その方法というのは,雑誌論文1000文字当たりの価格と,ある一定期間その論文が他の文献に引用された頻度(Impact factor)との関係を調べたものであった。この調査結果では,G&B社が出版している雑誌は費用対効果が低く,AIPやAPSの雑誌は費用対効果が高くランク付けされている。そしてこの結果は,AIPのPhysics Today誌,APSのThe Bulletin of the American Physical Society誌にそれぞれ掲載された。G&B社は,この調査結果の掲載に関して,AIPやAPSの出版物が優れているということを宣伝するための不正な広告であると主張し,記事を執筆したバーシャル氏,それを掲載出版したAIP,APSに対して訴訟を起こしたものである。

裁判でG&B社は,バーシャル氏の調査方法では論文1000文字当たりの価格を調査しているが,G&B社の出版物では図や公式が多く含まれていることから,このやり方では他の出版物と比較するに公正ではないこと,バーシャル氏自身がAIPやAPSと古くから親密な交際があり,さらにAPSの役員であるため,調査に際して中立ではなく,図書館員や科学雑誌の購読者をだまし,AIPやAPS自身の出版物が学術的に優れた価値があると思い込ませるための宣伝広告であると主張している。

今回の裁判で,連邦地方裁判所のサンド(Leonard B. Sand)裁判官は,バーシャル氏の調査方法は最もよい方法とはいえないまでも,信頼するに足る正確なものであること,調査結果を掲載することは憲法上表現の自由として保証されていることを理由に,G&B社の訴えを退ける形となった。

G&B社はアメリカで訴訟を起こす前に,ドイツ,スイス,フランスの3カ国で同様の訴訟を起こしていた。ドイツ,スイスにおける裁判の判決は,G&B社の主張を退けたものであったが,フランスにおいては,フランスの厳格な比較広告に関する法律によって,G&B社の主張が認められる形となった。ドイツ,スイスの裁判においては原告が,フランスの裁判においては被告が,現在上告している。

この一連の裁判で問題になっている雑誌の価格をめぐる議論は今に始まったことではない。図書館をはじめ大学関係者の間では,近年のインフレや図書館資料購入費の削減,学術雑誌の数の増大や価格高騰という問題に直面して,雑誌の価格に関する調査結果を互いに共有するということはすでに一般的に行われていた。

そのような状況の中で,G&B社がバーシャル氏による調査を訴訟に持ち込んだことに対して,図書館関係者の多くは法廷に駆け込む前にもっと公開討論や議論を深めるべきであったと訴えている。例えば,アメリカ図書館協会は次のような決議を発表している。

アメリカ図書館協会は,正当な理由による法的手段の行使の制限を求めるものではないが,自由な意見の交換や学術的な討論によらずに(雑誌の価格に関する)このような調査や情報の出版を阻害する目的で法的手段に訴えることに反対する。

今回の裁判で裁判所が,バーシャル氏の調査結果はかなり公共的な重要性をもち,予算の停滞と学術雑誌の価格の高騰に対処しなければならない図書館等が直面しているジレンマに対応する調査であると認めたことは,この裁判を注意深く見守ってきたアメリカの図書館界にとって大きな意義を持つものと推測できる。

G&B裁判に関しては,未だ係争中であるので今後の推移をさらに見守っていきたい。米国での訴訟については,イェール大学図書館のホームページで詳しく扱われているので参照されたい。(http://www.library.yale.edu/barschall/

中澤 貴明(なかざわたかあき)

Ref: Barschall, Henry H. The cost of physics journals. Phys Today 39 (12) 34-36, 1986
Barschall, Henry H. The cost-effectiveness of physics journals. Phys Today 41 (7) 56-59, 1988
Barschall, Henry H., et al. Cost of physics journals: a survey. Bull Am Phys Soc 33 (7) 1437-1447, 1988
Newsletter on Serials Pricing Issueshttp://cadmus.lib.unc.edu/prices/)(last access 1998. 1. 30)
O'Neill, Ann. The Gordon and Breach litigation: a chronology and summary. Libr Resour Tech Serv 37 (2) 127-133, 1993