CA1167 – フランスにおける極右政党の図書館介入 / 高山直也

カレントアウェアネス
No.221 1998.01.20


CA1167

フランスにおける極右政党の図書館介入

フランスでは1995年6月におこなわれた市町村議会選挙で南仏のオランジュ,マリニャンヌ,トゥーロンといった人口3万人以上の都市ではじめて極右政党である国民戦線(FN)の市長が誕生し,1997年2月にはこれも南仏のビトロール市で4番目のFN市長が誕生して,FNが既成政党にとって決して侮れない勢力となっていることを見せつけた。

オランジュとマリニャンヌではさっそく市当局による図書館へのイデオロギー的な介入が始まり,どちらの市でもベテランの女性司書がやめたりやめさせられたりする事態に発展している。

それらの市でどういう介入がおこなわれたかというと,オランジュ市では市立図書館がやっている選書に市当局が口を出すようになったのである。そのやり方がまず問題であるが,ボンパール(Jacques Bompard)市長は自分の連絡役としてベックなる人物を図書館に送り込んで,市の文化担当助役のラジエとともに選書リストの最終チェックをおこなわせたのである。その結果,これまでであれば何の問題もおこらなかったであろうような候補リストが,削除線を引かれて,ときにはコメント付きで戻ってくるようになった。選書という仕事は本についての知識や判断力だけでなく,何よりも客観的で公平なものの見方が要求されるが,それをひとつのイデオロギー色に染まった人間の最終的判断にゆだねたということがまず問題である。

オランジュ市で図書館の検閲がおこなわれているらしいという噂を耳にしたドゥスト=ブラジー(Philippe Douste-Blazy)文化相は,1996年3月に図書館監督官のパリエ(Denis Pallier)を団長とする査察団を派遣して調査に当たらせた。そして7月にその報告書が公表された。

報告書によると,オランジュ図書館では購入に障害となるものとして4つの基準が看取できるという。すなわち1)専門性,2)あつかわれているテーマ(人種差別とかやラップ音楽の類),3)著者の政治観,4)コスモポリタニズムあるいは世界連邦主義である。ボンパール市長は第5の基準として公序良俗もあげている。

それらを検討した上で報告書はオランジュ図書館の選書には3つの逸脱が見られると指摘している。

第1は,選書において娯楽的役割が重視されて,情報・研究・文化的役割の比重が減らされていること。第2は,左翼的と判断されるテーマや作者の著書に対して右翼的なテーマや作者のものでバランスをとる(中間的領域は少ない)ことをもって「多元的」とする解釈がおこなわれていること。第3は,選書においてエスノセントリズム(自民族中心主義)の原則が見てとれることである。

その中でも特に問題になるのは「多元的」の解釈だと思うが,ボンパールの言い分はこうである。つまり選挙をすれば共産党の得票率は10%にも達しないが,FNは15%を獲得することができる。そうであるにもかかわらず公共図書館に左翼や極左系の本しかおいてないのはおかしいというのである。そういうわけで「自分の選書方針はただバランスをとることだけだ」とボンパールはいうわけである。

「多元的」ということがボンパールのいうような意味でのバランスをとることであるかどうかは疑問であるが(というのは例えばFNのように非寛容で極端な主張が述べられている図書を購入しないからといってそれが必ずしも多元性の原則に反するとはいえないからである),仮にそれを認めたとしても,ボンパールのやっていることがバランスをとっていることといえるであろうか。何故ならボンパールがやっていることは,FN寄りの著者のものやFNが好む主題をあつかった本を集めて,FNにとって都合の悪い著者やテーマのものを排斥することでしかないからである。

これはマリニャンヌについてもいえることである。マリニャンヌ市立図書館では『リベラシオン』や『マルセイエーズ』『レベヌマン・デュ・ジュディ』の購読が打ち切られ,それに代わってFNの機関誌『プレザン』や『ナショナル・エブド』『リバロル』の購読が始まっており, 探偵小説週間にある推理作家を招いて話を聞くことにしていたところ,市長がそれに反対して代わりに『プレザン』編集長のアラン・サンデールを呼んで講演会を開いてみたり,問題の性質はやや異なるが,1997年の10月からは父兄同伴でなければ10歳以下の子供の入館を禁じたりすることもおこなわれている。おなじようなことはトゥーロンやビトロールでもおこなわれていると見ていいであろう。

こうした逸脱行為に対して文化相は査察団を派遣し,その調査報告書を市長に示して改善を求めることはできるが,強制権は持っていないのである。そこで文化省では罰則を課すことができるような法律を作ることを検討している。しかし仮に選書の「多元性」を義務づける法律を作ったとしても,FNは今後はそれを逆手にとっていま図書館から閉め出されている図書や雑誌を購入させるために裁判に訴えると公言しているから,なかなかこの問題はデリケートである。法的手段を検討することはもちろん大事だと思うが,基本になるのはやはりそういう逸脱行為に対してみんなが批判の声を上げることであろう。それでもFNが耳を藉さないときには,こちこちのFN支持者は別として,FNに票を入れた有権者たちが選挙においてFNに制裁を加えることであろう。

1997年8月31日から9月5日にかけてコペンハーゲンで開かれたIFLA総会でもこの問題が取り上げられ, 総会と「情報の自由なアクセスと表現の自由委員会」においてそれぞれ動議が採択されている。前者の動議から一部紹介すると,IFLAは「蔵書およびサービスはいかなる形式の思想的または政治的,宗教的検閲にも,また商業的圧力にも屈してはならない」とするユネスコの公共図書館宣言を支持するとした上で,フランスのすべての地方自治体に対して「ユネスコの公共図書館宣言の原則を強く支持すること」を,またフランス政府に対しては「公共図書館と図書館員が同宣言にしたがって行動できるよう保証するための措置を早急に講ずること」を,そして国民議会と元老院の議員たちに対しては「思想的または政治的,宗教的検閲から自由な蔵書とサービスを公共図書館職員が提供する権利を確認し,図書館員の公平性を支持する法律を制定すること」を求めている。

高山 直也(たかやまなおや)

Ref: Le Monde 1996.7.12;1997.10.18
Liberation 1996.7.11
Pavlides, Christophe. Les bibliotheques face aux extremismes. Bull Bibl Fr 42 (3) 72-73,1997
IFLAでの「図書館の自由」関連動議 図書館の自由 (19) 6-11, 1997