CA1131 – カビによるアレルギーの予防 / 鈴木昭博

カレントアウェアネス
No.214 1997.06.20


CA1131

カビによるアレルギーの予防

書物や公文書は,カビの温床となるセルロースを含む紙でできており,カビが繁殖しやすい条件を備えている。このようなことから,公文書館や図書館などの紙資料を保存する施設では,これまでも,カビの害に対しては一定の注意・関心が払われてきた。しかし,それは,カビによる資料の汚損や破損の防止,あるいはカビの被害を受けた資料の修復といった観点からであり,カビは主に資料との関係において関心を集めてきた。カビが職員の健康にどのような影響を及ぼすのかといった人との関係において,カビが問題とされることはあまりなかった。

ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州は,職場における“カビと人”という観点から,同州の公文書館を対象に職員のカビ・アレルギーについての調査を行った。この調査では,職員に対するカビ・アレルギーについてのアンケートとともに,公文書館において発生したカビの種類,その特有な発生状況・条件等に関する調査などが行われた。

同州の調査では,公文書館において20種を超えるカビの繁殖が確認されるとともに,通常はカビ・アレルギーの疑いがある者の割合が10〜15%と見積もられるのに対し,公文書館職員の場合はその割合が32%に上るという結果が示されている。この結果からすると,公文書館職員は通常よりもかなり高いカビの脅威にさらされているといえる。

この調査に基づき,カビの繁殖を“エコロジカルに”抑制し,カビによって引き起こされる健康被害を最小限に抑えるために,同州は下掲のような注意事項を挙げている。

資料にカビが発生・繁殖するのを防止するために,ガスや放射線あるいはその他の化学的処理を伴う措置を資料に施すことも考えられるが,この調査では取り扱われていない。このような措置を導入することによって,健康を害する恐れも完全には無視できないし,紙の劣化を速めるといったことも考えられるのである。このような措置の導入に関しては,公文書館,図書館,博物館関係者や修復技術者などをはじめ,労働衛生や化学・生物学の専門家などによる専門的な議論が必要である。

現在では,10万種を超えるカビが発見されている。大気中にカビが存在するのはごく普通のことであり,また,空気によって運ばれるものなので,根絶することは極めて難しい。病院の無菌室のような状態を作り出すことも可能ではあるが,カビは人間といわば共存しているようなものである。一般的な職場環境においては,カビの根絶に力を注ぐよりも,カビによるアレルギーの発症の危険性を普通の生活においても受ける程度に抑える措置を講じる方が現実的である。

【カビによるアレルギーを予防するための注意事項】

  • カビで汚染された資料が保管されている室内には必要以上に止まらない。書庫内には恒常的な作業場を設けない。
  • カビの胞子は非常に軽いので,空気が微かに動くだけでも舞い上がり,吸い込んでしまう恐れがある。アレルギーを引き起こすには極めて少量のカビで充分であり,カビの胞子を舞い上がらせる恐れのある資料の不要な移動は行わない。
  • カビの胞子を体内に取り込むあるいは皮膚に付着させる恐れがあるので,書庫内では飲食物を摂取したり,化粧品を塗布したりしない。
  • 資料を取り扱う際にくしゃみ,鼻水が出たり,皮膚や目が赤くなったりするようだとアレルギーの恐れがある。このような症状が繰り返し現れる場合には医師の診断を受けるようにする。
  • 資料を受け入れる際には,カビの被害の有無を目で確認し,結果を受入記録に書き留めておく。
  • カビの被害が生じた,あるいはその疑いのある資料は他の資料と同じ場所に保管しない。資料や設備の微生物学的検査を定期的に行う。
  • カビの繁殖は室内の空気の状況に左右される。書庫内では,温度を16℃±2℃に,湿度を50%±5%に保つのが望ましい。
  • 資料の清掃は適切な排気装置(フィルターの定期的交換が必要)が設備されている場所で行う。また,汚染された資料を処置する際には,手袋やマスクなどを身につける。
  • カビの胞子が上着に付着して他の場所に運ばれることがあるので,資料を取り扱う際には原則的に,全身を覆う防護服を着用する。
  • 施設や設備は,また材質に関しても,可能な限りほこりが付着しにくく,さらに,抗カビ剤での洗浄が可能であるような仕様にする。
  • 室内の湿度や温度を上昇させるような作業は換気機能が十分な場所で行う。
  • 換気や加・除湿,暖房のための装置は,それを作動させることによって生じる空気の循環でほこりがあまり舞い立たない場合にのみ,用いる。
  • 排気装置や空調装置の排気口を他の部屋の空気吸入口や窓,ドアの近くに設置しない。
  • 空調装置に関しては,定期的に(少なくとも1年に1度は)専門家による保守点検を行う。
  • 排気装置や空調装置の使用済みフィルターは隔離された場所で処理する。
  • 職員に対しては,汚染された資料を取り扱う際の措置に関する十分な情報を提供する。

鈴木 昭博(すずきあきひろ)

Ref: Neuheuser, H.P.Gesundheitsvorsorge gegen Schimmelpilz-Kontamination in Archiv, Bibliothek, Museum und Verwaltung. Bibliothek 20 (2) 194-215 1996