カレントアウェアネス
No.207 1996.11.20
CA1096
旧東独地域の公共図書館:1989〜1994年
1990年に旧東西ドイツが再統一したが,再統一後の旧東ドイツ地域における図書館の状況に関する情報に接することはあまりなかったように思われる。以下では,小規模なサンプルではあるが,旧東ドイツ地域の様々な規模・特色をもつ9つの公共図書館から寄せられた再統一前後(1989〜1994年)の状況についての報告をもとに,旧東ドイツ地域の公共図書館が置かれている状況を概観したい。
再統一後の変化としてもっとも顕著なのは各図書館における所蔵資料の構成の変化である。政治,経済,法律,近現代史といった分野から児童・青少年向けとされていた文学や様々な実用書にいたるまで広い範囲に渡り,旧東ドイツ時代の資料の内容が現状に合わなくなったことなどから,古い資料の処分と新しい資料の収集が急務となっており,大規模な所蔵資料の更新が行われている。
所蔵資料の構成の変化は第2次世界大戦以降最大のものといわれている。ドイツ図書館研究所(DBI)の試算では,旧東ドイツ地域の全公共図書館の所蔵資料総数の40%が更新の必要ありとされ,利用者の要望に十分応えるには所蔵資料数の75%の更新が必要と答えている図書館もある。所蔵資料の更新は大規模に行われているが,内容が現状に合わなくなった資料がすべて処分されているわけではない。規模が比較的大きな図書館では,“旧東ドイツ時代”を知る手がかりとなるような資料は保存され,利用提供ができる体制が採られているようである。また,処分された資料は図書館の利用者に売却されたり,ノミの市で売りに出されているケースもある。
このような所蔵資料の更新の結果,各図書館の所蔵資料数が旧東ドイツ時代と比べ減少したものの,その一方で,所蔵資料の種類は多様になっているという傾向が見られる。その背景には,旧東ドイツ時代の方が所蔵資料数が多かったということの大きな理由として,図書館が特定の著作物を多数所蔵していたということが挙げられ,現在ではそのような資料が,必要部数を除き,大量に処分されつつあるということや,資料収集に利用者のニーズが反映されるようになってきたという事情がある。また,新しい資料の購入のために連邦や州からも補助金が交付されてきたが,資料購入費は必ずしも十分な額が確保されてきたわけではないようである。
さらに,ビデオやCD-ROMなどのニューメディア資料の収集が開始あるいは改善されつつあることを所蔵資料の構成の変化の一つとして挙げることができる。この種の資料は,旧東ドイツ時代には,あまり整備されていなかったようであるが,利用者の要望も多く,大きな役割を果たしている。
目録作成や資料の購入・貸出管理などの図書館業務へのコンピュータの導入も,旧東ドイツ時代には,あまり進んでいなかったようである。現在では,地域あるいは図書館によってその進捗状況はかなり異なっているものの,全体的に見れば導入は進捗しつつある。同様に,地域あるいは図書館によって状況は異なっているものの,LANやOPACも整備されつつあり,利用者に対する情報提供も改善・強化されてきているようである。
図書館の利用状況に関しては,1990年前後に利用者数及び資料の貸出件数が大幅な落ち込みを見せた。その後,利用者のニーズに沿った資料が整えられてきたことなどにより,貸出件数は回復してきており,再統一前の水準に復した図書館もある。利用者数は貸出件数ほど増えてはいないことから,一人当たりの貸出件数が増加しているものと思われる。
また,図書館によってはかなりの職員定員の削減が行われたものの,職員の大量解雇という事態には至らなかったようである。しかし,ワークシェアリングという観点からパートタイムの職員が少なくない。さらに,今後長期にわたり定員の回復が行われる見込みがないことから,職員構成が高齢化する危険性が指摘されるとともに,図書館職員を目指す者にとっては厳しい状況となっている。また,旧東ドイツ時代には労働組合図書館や小規模な館外図書貸出所などが数多く設置されていたが,現在ではそのほとんどが閉鎖され,各地域の中央図書館に情報センターとしての機能が集中してきている。
再統一後の旧東ドイツ地域では,政治的変化はもとより景気の低迷やそれに伴う失業の増大など経済的・社会的に大きな変動・混乱が生じ,公共図書館の整備・再編にもその影響が及ぶことが懸念された。実際,定員の削減や所蔵資料の再構築などの大きな問題が生じた。しかし,再統一という例外的事態を前に,〔図書館を含む文化行政を所管する〕州や地方自治体をはじめ連邦からも公共図書館の整備・再編のために予想を上回る援助措置が講じられたことなどから,総体的に見ると,再統一に伴う混乱も予想以上にうまく乗り越えられたようである。
鈴木 昭博(すずきあきひろ)
Ref: Beer, Elke, et al. Entwicklung der offentlichen Bibliotheken in den neuen Bundeslandern. Bibliothek 19 (3) 295-321, 1995