E2762 – 図書館の電子書籍貸出しに関するドイツ経済研究所の調査報告書

カレントアウェアネス-E

No.494 2025.01.16

 

 E2762

図書館の電子書籍貸出しに関するドイツ経済研究所の調査報告書

関西館図書館協力課・筒井浩礼(つついひろのり)

 

  ドイツ経済研究所(DIW)は、2024年9月5日、調査報告書“Die wirtschaftlichen Auswirkungen des E-Lending in öffentlichen Bibliotheken auf den Publikumsmarkt”(公共図書館における電子書籍貸出しが市場に与える経済的影響)を公表した。ドイツ連邦政府の与党3党(筆者注:連立政権樹立時)は、2021年の連立協定で、図書館の電子書籍貸出しに関する公正な枠組みを築くこととしており、電子書籍貸出しに対する注目度はドイツにおいて次第に高まってきていた。そのような中で、今回の調査は、DIWが連邦政府文化メディア受託官(BKM)の委託を受けて行われた。本稿では、その報告の概要を紹介する。

●調査項目

  調査は、主に次の4点について行われた。

  1. 紙書籍貸出しと電子書籍貸出しの利用頻度の違い
  2. ウィンドウ戦略(Windowing)により出版社が図書館に対して書籍を利用させない一定の停止期間を設けることが購買市場に与える影響
    (筆者注:Windowingは、一般的には、あるコンテンツに関して、その活用期間を複数期間にずらして設定することなどによって利益を得ることを意味する。書籍については、一定期間図書館に利用させない期間を出版社が設けるといった対応が行われることがある。)
  3. 電子書籍貸出しやウィンドウ戦略が、市場参加者に与える経済的影響
  4. 電子書籍・紙書籍貸出しの利用者の社会的属性や購買行動についての比較分析、電子書籍貸出しの利用が購買行動に与える変化の分析

  (1)~(3)の調査は、今回のプロジェクトのために用意されたデータベースを用いて行われた。このデータベースは、2017~2021年に刊行されたタイトルから1万4,347タイトルを無作為に抽出し、各タイトル(紙・電子別)の売上や図書館での貸出数、ウィンドウ戦略についての情報も参照可能にしたものである。(4)には、ドイツの市場調査会社GfKが提供する消費者パネルデータが用いられた。

●調査結果の概要

  主な調査結果として、各項目では次のようなものが挙げられている。

  1. 出版後3年間における1冊当たりの平均貸出回数は、電子書籍が紙書籍を大きく上回る。出版後1年目の平均貸出回数は、紙書籍が5.8回、電子書籍が14.1回だった。紙書籍は出版後3年目で平均貸出回数が2.0回まで減少するが、電子書籍は11.0回とわずかに減少しただけだった。
  2. 新刊書は近年、ウィンドウ戦略が行われることが増えてきている。書籍のジャンルによってウィンドウ戦略の実施率は異なるが、ベストセラーになるような高い需要が見込まれる書籍で特に多く行われる傾向にある。
  3. ウィンドウ戦略を行った場合、紙書籍も電子書籍も、販売数や売上高が増加する。逆にウィンドウ戦略を行わなかった場合は、市場全体で電子書籍の売上が最大2,250万ユーロ減少、紙書籍の売上が最大1億3,130万ユーロ減少するなど大きな損失が発生し、著者や出版社、書店が経済的打撃を受けることが見込まれる。
  4. 電子書籍貸出し利用者は、ドイツ国民の平均よりも高い収入と教育水準を有している、30~59歳の中年層が多く、若年層や高齢者層は少ない、紙書籍貸出し利用者よりも書籍に費やす支出が少ないなどの傾向が見られる。

●おわりに

  著者や出版社の利益確保にウィンドウ戦略が有効であることや、多くの人が読みたがる本ほど出版社によるウィンドウ戦略が行われる傾向があることが示された点は、調査結果の中でも特に注目すべき部分だろう。これらの調査結果は、電子書籍貸出しをめぐる図書館と出版社側の利害調整の難しさを改めて浮き彫りにしている。

  ドイツに限らず欧州全体を見渡してみても、図書館における電子書籍貸出しの在り方について、図書館と出版社との間でコンセンサスが得られているとは言い難く、依然として多くの論点がある(CA1979CA1816参照)。そのような中で行われた今回の調査は、図書館界と出版業界の双方がビジネスモデルの落としどころを模索していくうえで、一つの有益な判断材料となるだろう。

  報告書が公表されてから約2か月後の10月30日には、BKMによって、電子書籍貸出しの枠組みに関する共同文書が発表された。この共同文書では、同受託官が今後2~3年の間に、図書館や出版社、著作者等によるラウンドテーブルに対し、信頼性のあるライセンスモデルへの転換を求めていくことなどが合意されている。今後さらに多角的に調査が行われ、議論が進展していくことが期待される。

Ref:
“Studie zum E-Lending in öffentlichen Bibliotheken veröffentlicht – Kulturstaatsministerin Roth: „Fairen Rahmen für E-Lending schaffen“”. Die Beauftragte der Bundesregierung für Kultur und Medien. 2024-09-05.
https://www.kulturstaatsminister.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/DE/2024/09/2024-09-05-PM-Studie-E-Lending.html?nn=f80d8b52-58d5-4b3a-ba09-1f569451652a
Cuccu, Liliana et al. Die wirtschaftlichen Auswirkungen des E-Lending in öffentlichen Bibliotheken auf den Publikumsmarkt. DIW. 2024, 61p.
https://www.diw.de/documents/publikationen/73/diw_01.c.912937.de/diwkompakt_2024-200.pdf
“Koalitionsvertrag zwischen SPD, Bündnis 90/Die Grünen und FDP”. Die Bundesregierung.
https://www.bundesregierung.de/breg-de/aktuelles/koalitionsvertrag-2021-1990800
“Empfehlungen des Runden Tisches zum E-Lending”. Die Beauftragte der Bundesregierung für Kultur und Medien. 2024-10-30.
https://www.kulturstaatsministerin.de/SharedDocs/Downloads/DE/2024/empfehlungen-e-lending.pdf
Stellungnahme des Deutschen Bibliotheksverbands e.V. (dbv) zum Fragebogen des Bundesministeriums der Justiz (BMJ) zum E-Lending. DBV. 2023, 19p.
https://www.bibliotheksverband.de/sites/default/files/2023-06/2023_06_23_dbv_Stellungnahme%20zu%20BMJ-Fragebogen%20E-Lending.pdf
井上靖代. 米国での電子書籍貸出をめぐる議論. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1978, p. 16-20.
https://doi.org/10.11501/11509688
ワイト, ベンジャミン. 欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ?. 井上靖代訳. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1979, p. 21-27.
https://doi.org/10.11501/11509689
間柴泰治. 電子書籍を活用した図書館サービスに係る法的論点の整理. カレントアウェアネス. 2014. (319), CA1816, p. 14-16.
https://doi.org/10.11501/8484052