3. 遠隔複写サービス利用者への質問紙調査
3.1. 調査のねらい
高度情報化社会が到来し,情報技術の発達,インターネットの普及などによって,情報の利用方法には大きな変化が生じた。例えば,図書館の目録情報を電子的に共有できるようになったことで,人々がより容易に情報にアクセスできるようになり,図書館間ネットワークを活用してより多くの資料を入手できるようになった。また,人々が家庭や職場などからインターネットを利用して気軽に情報を探せるようになり,学術図書館などではウェブベースのデータベースや電子ジャーナルも浸透してきている。
このような環境変化,情報源の多様化に伴い,選択肢が拡大したことで人々の情報利用行動にも変化が生じていることが考えられる。今後のNDLのサービスの方向性を考える上では,改めて人々の情報利用行動を調査し,従来とは異なるニーズの広がりや選好意識を把握することは重要なテーマであると言えよう。
特に注意しておかねばならないことは,このように情報入手の選択肢が拡大し,その目的や用途,状況などによって情報源を使い分けているとはいえ,人々には社会に存在する多様で幅広い情報源に対して必ずしも十全な知識が備わっているわけではなく,情報環境や情報リテラシーの程度によって各個人の利用可能な情報源の種類は異なることや,関心領域,職種など,個人の性向によってもその情報入手範囲は決まってくると想定されることである。
人々は,実際に望んでいるサービス条件は違うものだとしても,現状で利用可能な情報源の中から選択せざるを得ない。また,そうした選択の範囲で求めるサービス条件も限定される。本章ではこれらのことを踏まえ,現状で提供されている条件下での探索行動だけでなく,利用者が実際に求めるサービス条件について選好調査を行い,その結果からいくつかの利用者層を析出し,それぞれに対応した情報への探索経路や選好について考察する。ちなみに,「選好」とは,経済学の用語でいくつかの選択肢の中から好みに従って選び取ることを言い,その大きさを「効用」という概念で表す。選好についてはコンジョイント分析という手法を用いて調査を行った。
今回の調査はNDLの遠隔複写サービス利用者を対象とした質問紙調査である。本章では環境変化に伴う人々の情報利用行動,選好について改めて把握し,利用者層とその特徴についての考察を行う。
3.2. 調査概要
2002年10月,関西館が開館した1)。関西館はNDLの電子図書館機能を持つとともに遠隔利用サービスの窓口としての役割があり,NDLの所蔵資料への遠隔地からの利用申し込みを受け付けている。また,登録利用者になるとNDL-OPACの検索結果からオンラインで直接複写を申し込むことも可能である2)。つまり,来館もしくは図書館を通すといった従来の利用方法に加え,オンラインからの利用が可能になったことにより,ドキュメント・デリバリー・サービスに進展があったと言える。これも前述のような環境変化によって生じた新たなサービスと言える。
特に遠隔複写サービスは地理的制約がないことに加え,その利用形態は図書館経由の相互利用だけでなく,個人の登録利用も可能であるため,身近にある公共・大学図書館などを経由して利用する人,オンラインからダイレクトにNDLを利用する人など,全国各地の様々な背景,目的を持つ利用者が含まれている。
そこで,この遠隔複写サービス利用者に対し複写製品に同封する形で調査票を送付し,利用者の属性,利用目的,関心領域,NDLに依頼するまでに探索した情報源などをたずねるとともに,情報要求の種類や個々人の状況によって求めるサービス条件(迅速性・経済性など)が異なるという予想に基づき,CBC(Choice-Based Conjoint:選択型コンジョイント)という手法を用いたドキュメント・デリバリー・サービスの諸条件に対する選好調査を実施した。
調査方法は質問紙による郵送調査で,対象はNDL(関西館・東京本館)の遠隔複写サービス利用者(個人・図書館経由を含む)とし,計3,000通の複写物に調査票を同封して発送するという形で実施した。調査票を同封することに伴う送料は利用者へ請求している料金には含まれていない。
実施時期は2004年11月24日(水)から調査票の配布を開始し,3,000件に達した時点で終了とした。遠隔複写サービスでは複写物の発送は東京本館,関西館などのうち依頼を受けた資料の所蔵館から行われる。前年(2003年)11月のNDL複写物の発送件数の実績に基づき,東京本館2,300通,関西館700通に分けて,調査票の発送を開始したが,計画と異なり関西館分の調査票700件は12月2日(木)までに発送を終えたものの,東京本館に相当数の残部が生じた。そこで急遽東京本館分から調査票500通を関西館に転送し,発送を再開した。そうした事情のため関西館発送分には,12月2日(木)の一部と3日(金)から7日(火)までの発送分に調査票が同封されていない。3,000通全ての配布が終了したのは,12月13日(月)である。したがって東京本館と関西館の発送数の最終的な内訳は,東京本館発送1,800件,関西館発送1,200件となった。
なお,本調査実施約1ヵ月前の2004年10月18日(月)から関西館発送分の複写申し込み500件を対象に予備調査を行った。
調査対象者の個人情報は取得していないため,調査期間中に複数の複写依頼をした利用者には複数の調査票が発送されたが,その場合には一度だけ回答してもらい,残りは重複の旨を示す項目に印をつけて返送してもらった。調査票の発送・回収状況などの概要を表3.1に示す。
● 調査票配布件数:東京本館1,800件,関西館1,200件,合計3,000件
● 調査票配布期間:2004年11月24日(水)〜12月13日(月)
● 調査票回収状況
3.3. 調査設計
一般に,利用者が情報サービスの利用を選択する際には次のような要因に基づいて意思決定が行われるとされている4)。
(1)利用者に関わる要因:生活スタイル,行動様式,好みなど
(2)利用の環境・条件に関わる要因:設備(情報機器),経費,登録や利用申請など
(3)情報ニーズに関わる要因:入手までにかかる時間や情報の量
本調査の質問項目のうち主なものとこれらの要因との対応関係は,次に示す表3.2のようになっている。
選好に関する調査の部分では,合計10ページの雑誌論文(または記事)の複写を依頼する場合を想定したシナリオを描き,対になった仮想的なサービス条件の組み合わせを5組提示して,それぞれの場合につき,2つを比較して一方を選択してもらうというCBC(Choice-Based Conjoint)と呼ばれるコンジョイント分析の手法を用いている。
コンジョイント分析とは,多属性選好を評価する手法の総称であり,評価対象に対する選好を回答者に直接たずねる表明選好法の一種である。その特徴として,多属性によって構成される対象の属性ごとの価値を評価することが可能である点が挙げられる。
例えば,人々は商品を購入しようとするとき,たくさんの競合品の中から,意識的に,またしばしば無意識のうちに,それらの機能,デザイン,価格,品質などの判断材料となる諸要因を比較検討して自分の意向に最も合ったものを選好する。コンジョイント分析では,このような場合を想定し,顧客の判断結果から,商品選択の際の複雑な意思決定を分析し,選択にどの要因がどれだけ影響を与えているかという個別の要因に対する効用値を求める。つまり,選ばれた商品やサービスの全体に対する評価により,その商品を構成する各要因に対する評価を把握するのである。
このとき,商品のコンセプトを「プロファイル」と呼び,その商品コンセプトを構成する価格や機能などの要因を「属性」と呼ぶ。そして,各属性は具体的な金額の大小のように様々な値をとるが,これを「水準」と呼ぶ。
本調査では文献複写サービスの提供条件を「プロファイル」として設定し,その属性に「経済性」,「迅速性」,「複写物の画質/形態」の3種類を設定した。この3種類を設定した根拠として,田中久徳による利用調査結果5) を参考にした。田中は利用者がどの文献提供機関を利用するかという点に関し「実際の利用行動の場面において,利用者は,経済性,迅速性,利用の容易さ(手続き,資格,入手の可能性)などの条件を検討し,どの文献供給システム(機関)を利用するかを選択する」と述べ,その選択理由が各々の文献提供システムが現実に果たしている役割の反映と考えている。そして利用者が機関を選択する場合の条件として,①地理的条件,②利用のしやすさ(簡便性),③提供の迅速性,④経済性,⑤利用資格(公開性)などを想定し,調査結果からそれぞれの機関の使い分けに関するこれらの5基準の影響についてまとめている。そのうち「利用を制約する要因」に関する部分を表3.3として示す。
機関名 | 利用を制約する要因 |
NDL | 利用の簡便性,迅速性 |
JICST | 経済性 |
大学図書館 | 地理的条件,公開性 |
本調査の設計においては上記のような選択基準となる条件は利用者の選好に関わる属性であると考え,実際の文献提供システム,すなわちサービスを提供している側の「役割の反映」ではなく,サービスの受け手である利用者の観点から,仮想のサービス条件に対する「選好」を把握しようとする。それによって,選択理由や実際の行動だけでは知ることのできない潜在的なニーズや情報(文献)提供サービスの今後の発展の余地を探るために役立つ知見が得られるであろう。
前述の田中による調査で言及されていた利用者が情報提供機関を選択する場合の条件として挙げられていたものの中から,本調査における文献複写サービスの利用選択というシナリオに適用されるものとして「迅速性」と「経済性」を属性として採用した。また,現在はBLDSCやSUBITOなどでPDFファイルによるドキュメント・デリバリー・サービスが実現している。このような変化に関連して,現在のサービス利用層がどのように反応するかを検討する必要があろう。すなわち,紙媒体と電子媒体(PDF)に対する人々の選好を把握するために「複写物の画質/形態」という属性を設定した。
本調査では,これら合わせて3つの条件を属性として設定し,それぞれについて水準を3つないし4つ設けた。
提示するプロファイル自体は架空のものであるが,それぞれの水準を選定する際にはあまり非現実的になり過ぎないように,現在実際に実施されているいくつかのドキュメント・デリバリー・サービスの条件6) を参考にし,ある程度の実現可能性があると思われる条件とした。実際の質問の提示の仕方については付録Aの調査票を参照されたい。
各属性の具体的な水準については表3.4に示す。
3.4. 調査結果
ここでは,まず回答者全体がどのような属性の人々から構成されているのかということを年齢構成や職種,所属といった人口統計的な項目や利用可能な情報環境に関する項目などを用いて記述し,次に各回答者の関心領域や実際に複写を依頼した資料の主題及びその種類について述べ,情報探索行動に関してはNDLに遠隔複写の依頼をするに至るまでの探索経路やその背景にある情報探索行動に影響を与えると思われる要因などについて考察し,最後にドキュメント・デリバリー・サービスの諸条件に関する選好調査の結果について説明する。
3.4.1. 回答者の属性
年齢
年齢層では30代が30.1%と最も多く,若い年代ほど多い傾向にあり,10代9) は1人もいなかったが20代と30代を合わせると58.6%と半数以上を占めている(表3.5)。
職種
職種では「学生」が最も多く,次いで「その他」,「技術開発」,「教育・保育」が多い。「その他」の内訳としては無職や退職などが最も多く,そのほかには何らかの「研究」に従事しているという記述や,「調査」,「コンサルティング」関係の職種が挙げられていた。また,「教育・保育」と答えた回答者の「所属機関」を合わせて見てみると大学の教員が多く含まれていることが示唆される(表3.6)。なお,「農・林・漁業」という回答が1件あったが,少数であるため「その他」として扱っている。
所属組織
勤務,あるいは在学している組織の種類では,「私立大学」が25.3%と最も多かった。同じ「大学」でも「国公立大学」の割合は20.4%と「私立」よりやや少ない。
「私立大学」に所属している人々に次いで2番目に多いのは「企業」に所属している人々で全体に占める割合は23.3%である。しかし,「国公立」と「私立」を合わせると45.7%となり,回答者全体の半数近くを大学関係者が占めていることがわかる(表3.7)。
所属組織における図書館・資料室の有無
組織・団体に所属していないと答えた回答者を除いて,所属組織における図書館などの有無をたずねた(表3.8)。
図書館や資料室などの部署が「ある」と答えた回答者が80%以上とかなり高い割合を占めている。
所属している組織・団体の種類と付属する図書館・資料室の有無についてクロス集計を行ったところ,大学ではほぼ全数,国公立の研究機関でもほぼ8割に図書館・資料室があるが,それ以外の組織では概ね4割の回答者が図書館・資料室はないと答えている(表3.9)。
複写理由
複写理由では「学術的調査研究のため」と答えている人が最も多く6割以上を占めており,「職業・業務上の調査研究のため」は約26%,それ以外の理由は7%程度であった(表3.10)。
学術・職業以外の複写理由
これは,上記の「複写理由」で「学術的」,「職業・業務上」のどちらでもないと回答した利用者にのみ回答してもらう設問である(表3.11)。学問や職業から離れた関心の場合,純粋に個人的関心による場合と,その背景に何らかの組織団体が存在する場合があると考え,この設問を設けたが,結果として,「所属していない」と答えた回答者が約77%と大多数を占めていた。
費用負担
複写料金の支払いについて,「私費」でまかなっている人(67.9%)が「公費」でまかなっている人(32.1%)を上回っている(表3.12)。
「公費」で支払う場合という回答は,業務上(学生や研究者ならば学術上)の目的のために文献を複写し,その支払いが所属組織において経費処理できる場合である。「私費」で支払うという回答は,業務上・学術上の目的でも経費処理上の何らかの理由で公費処理できない場合と,学生のようにそもそも私費以外の支払い手段を持たない場合,私的な利用目的の場合である。
学協会への所属
何らかの学協会に所属していると答えた利用者が54.3%と,所属していない利用者をやや上回っている(表3.13)。このことは大学に属する利用者が多いこと,利用目的でも「学術的調査研究のため」が7割弱を占めたことと対応しており,遠隔複写サービスが学術情報の提供サービスであり,その利用者の過半が学術コミュニティに属していることを示している。
居住地
遠隔地から利用可能なサービスの利用者を対象としているため,居住地によって行動や選好に差があることはあまり想定できない。調査を実施していた短期間の間にほぼ全て(和歌山と鳥取以外)の都道府県からの複写依頼があったという結果から,NDLの遠隔複写サービスは地理的制約を越えて国内全域に行きわたるサービスを提供していることが示唆される(表3.14)。
表3-14 居住地
-画像をクリックすると新しい画面で拡大表示します-
インターネット利用状況
インターネットの利用状況に関する設問では,電子的な形態でデータやファイルをやりとりすることやPCのディスプレイ上で文字(メールマガジンや電子書籍など)を読むことに慣れているかどうかなどについてたずねた(表3.15)。これは,選好調査での「画質/形態」という属性,特に「PDF」という水準への選好に関わる利用者の特性を取り上げる際に,「PDF」の利点はオンラインで受取(利用)可能であるという点にあり,そこに魅力を感じるにはインターネット環境が充実していて,電子媒体の扱いに習熟していることが条件となると予想したためである。
結果として,この質問に回答した635人のうち,86.9%の人がよく「メールでデータ送受信」すると答えており,また,「座席予約」や「オンライン決済」の経験がある,「メーリングリストに参加している」と答えた回答者も50%以上であったことから,ほぼ半数以上の利用者はオンラインで文書を読んだり,買い物(オンライン決済)をしたり,PCで文書やデータを扱ったりすることに抵抗はないと思われる。
その一方で,この設問に回答したのは全回答者783人のうち635人であり,ここで挙げたような用途ではインターネットを利用していないという人々も148人(全体の約18%)存在していた。
遠隔複写サービスの利用頻度
遠隔複写サービスの利用頻度に関しての設問である(表3.16)。回答者の中で最も多いのは「はじめて」利用する人々であったことから,普段は利用していないが要求している文献が身近な情報源では入手できなかったような人々が最終的に国内の文献を網羅的に保存しているNDLにたどり着いた結果であると見ることができる。
次に多いのが「月に1,2回」利用する人々である。これらの人々は,1年間では12回以上利用する「常連」であると言えよう7)。ここからも,NDLの遠隔複写サービスの利用者にはこのサービスを好んで利用する特定の利用者層を多く含んでいることが示唆される。
3.4.2. 関心領域や複写資料の主題・種類について
関心領域
「関心領域」については,学問分野を越えて複数回答可能な設問としたため,関心の程度によらずいくつでも選択することができる。そのせいか,後に示す実際に「複写した資料の分野」とはやや異なる傾向が表れた(表3.17)。この表では回答が多かった順に並べた。「教育・心理」に関心があると答えた回答者が多いのは,前述のように大学教員の割合が高いことが理由として推測できる。
複写請求した資料の分野
前述の通り,実際に複写請求した資料の分野と,関心があると答えている分野とではその順位が異なっている(表3.18)。「関心領域」では「教育・心理」,「歴史・地理」,「社会・民俗」という人文社会系の項目が3位までを占めていたが,ここでは「関心領域」で4位だった「工学」が2番目に多い結果となった。そして3番目に多かったのは,「関心領域」では5位だった「医歯薬学」となり,「関心領域」とはその構成が大分異なっている。「関心領域」は「人文社会系」に偏っていたが,「複写した資料の分野」では「理工系」と「生物系」もある程度選ばれている。
複写した資料の種類
本項目も複数回答可能であるが,最も多いのは「和雑誌」の利用で,次いで「外国雑誌」,「図書」の順に多い(表3.19)。雑誌の利用が多いのは,文献複写サービスの特徴でもある。図書は著作権法上,全編複写することができないので内容を確認してから複写範囲の指定をすることを考えても,図書に関する複写要求が少ないのは自然だと言える。
3.4.3. 情報探索経路について
資料について事前に得ていた情報
資料・情報を探そうとした最初の段階で,その文献について,「テーマ」,「タイトル」まで把握していた回答者は60%以上,「著者名」まで把握していた回答者は約58%と何らかの書誌事項を把握していた。出版者などの詳しい情報まで把握していたのは約30%程度であった(表3.20)。
依頼方法
最終的にどのような方法で複写依頼をしたのかをたずねる設問について結果を表3.21に示す。
ここでは,「国立国会図書館のウェブページから」NDL-OPACを経由して申し込んでいる利用者,すなわち遠隔複写サービスの登録利用者が半数を占めていた。「図書館や資料室などの職員を経由して」申し込んだ場合には,利用者自身がNDLを選んだわけではない場合がほとんどであると思われる。しかし,この結果によれば51.6%の回答者は,登録利用者制度を利用している,NDL遠隔複写サービスを選好している人であると言えるであろう。ここから,このサービスに対する特定の利用者層が形成されていることが示唆される。そこで,利用頻度と依頼方法のクロス集計を行った(表3.22)。
「はじめて」このサービスを利用する人では47.2%が図書館経由,42.9%がウェブページ経由とほぼ同じくらいの割合であるのに対し,利用頻度が高い人ほどウェブページ経由で依頼している割合が大きい。すなわち,利用頻度が高い人は登録利用制度を利用している割合も大きい傾向があると言える。
表3.22 依頼方法と利用頻度
表3.23 依頼方法と年齢
-画像をクリックすると新規ウインドウで拡大表示します-
そのほかにも依頼方法ごとにどのような回答者がどの程度含まれているのかを見るために,いくつかの項目と依頼方法のクロス集計を行ってみた。
ウェブページ経由で複写を依頼した回答者には30代が最も多く,この組み合わせが全体で一番多くなっていた(16.4%)。また,図書館経由で依頼している年代は20代が最も多いが,この年代ではウェブページ経由での依頼と図書館経由での依頼がほぼ同数となっていた(表3.23)。
60歳以上では図書館経由がわずかにウェブページ経由を上回っており,他の年代とは逆の傾向を示していた。
職種全体で最も大きな割合を占めている「学生」では,依頼方法が図書館経由とウェブページ経由が102人と全く同数となり拮抗していた(表3.24)。
「医療・福祉」,「技術開発」に従事している人々ではややウェブ経由の依頼が多いが,同様の傾向が見られた。大学の教員を多く含むことが示唆される「教育・保育」従事者ではやや図書館経由の依頼が多い。
どの職種でも,全体的にウェブページ経由と図書館経由に二分される傾向があるが,特に上記の4つの職種以外ではその回答者の所属組織など身近に図書館や資料室といった施設があるかどうかが依頼方法に影響を与えることが推測される。
ウェブページ経由で複写を依頼して私費で支払うという回答者が全体の40.3%と最も多かった(表3.25)。また,公費で支払っている場合には図書館経由での依頼が多い(公費で支払った人々のうち58.4%が図書館経由で依頼)が,公費で支払っている場合には所属組織の有無や文献の利用目的に依存していることが考えられる。
また,「図書館や資料室を経由して」依頼している場合には,NDLに依頼する前にそういった場所へ出向いている必要があるであろうし,また,図書館へ出向いた場合でも必ずしも図書館経由で依頼をしているとは限らないかもしれない。そこで,依頼方法と他の図書館の利用の有無についてクロス集計を行った(表3.26)。
全体的な傾向としては,NDLに複写を依頼するまでに図書館へ「行かなかった」と答えている人が52.4%と「行った」と答えた人をやや上回っている。
図書館へ「行った」と答えた人の依頼方法で最も多かったのはやはり「職員を経由して」であった(48.2%)が,図書館へ行ってなおかつ「国立国会図書館のウェブページから」依頼をしているケースも43.1%あった。
しかし,図書館に「行っていない」と答えたにもかかわらず,図書館の「職員を経由して」依頼をしていると答えている回答者が131人存在することから,「NDL以外の図書館」という意図で使用した「他の図書館」という調査票中の表現が,「今回利用した図書館」または「所属機関の図書館以外の図書館」と捉えられてしまった可能性があるため,この結果の解釈にはその点に留意する必要がある。
回答者をとりまく情報環境において,所属組織にある図書館や資料室が利用可能かどうかという要因が複写依頼の方法に影響することが考えられる。そこで,そのような情報環境の違いが図書館の利用状況にどのように影響しているのかを見るために,所属組織における図書館の有無とNDL以外の図書館を利用したかどうかについてのクロス集計を行った(表3.27)。
その結果,所属組織に図書館が「ある」と答えた回答者のうち,図書館や資料室へ「行った」人は49.4%と,50%よりわずかに少なかった。また,所属組織に図書館が「ない」と答えた人々の中では物理的に図書館へ「行かなかった」回答者が全体の半数以上であったが,その一方で所属組織に図書館が「ない」場合でも43.4%の人々が何らかの図書館や資料室へ出向いていた。
利用した図書館の種類
次はNDLへ依頼する前に他の図書館を利用したと答えた利用者が,どのような館種を利用しているのかについての複数選択可能な設問の回答結果である(表3.28)。
「大学図書館」の利用が他に比べ圧倒的に多いのは,「所属組織」で「私立大学」と「国公立大学」を合わせると45.7%と,半数近くを占めることからも妥当な結果であると言える。次に「市町村立」と「都道府県立」の利用がほぼ同数であった。
利用したツール・手段
同様に,NDLへ複写依頼を出す前に他の図書館を利用した人々について,利用した図書館内においてどのようなツールや情報源を用いて資料を探索したのかをたずねた設問である(表3.29,表3.30)。
ここで,NDL-OPACを利用したと回答している利用者が40%近いのは,標本自体がNDLに複写依頼を(図書館員経由を含むとはいえ)出している人々であるという偏りを含んでいることが理由として考えられる。それを考慮してこの結果を利用度数の高いものから順番に読み解いていくと,ある種の情報探索経路が浮かび上がってくる。
他の図書館を利用した,と答えている回答者を,NDLを好んで利用する人々と区別して仮に「他館を利用した人々」と呼ぶ。彼等は,身近な(もしくはそのときの情報要求に見合った)図書館へ出向き,(もしくはインターネット経由で)まずその図書館のOPACを検索する。そしてそこで要求が満たされなかった場合,何らかの「総合目録」もしくは「NDL-OPAC」を検索する。この場合はNDLへ複写依頼を出しているので,「NDL-OPAC」を検索した場合はそこで所蔵を発見し,探索は終了すると考えられる。
先に総合目録などを利用し,そこで要求が満たされなかった場合,「NDL-OPAC」を自ら検索するか,もしくは「図書館員」に相談する,というシナリオが想定できる。
本調査はNDLの遠隔複写を利用した人々が対象となっているので,NDLを愛用している人々との情報探索経路と差別化して捉えることもできるが,この場合の情報探索経路は「図書館を利用する」人々の情報探索行動の1つのパターンとも言えるであろう。
他の図書館を利用したと答えている回答者には,その図書館のOPACや総合目録を重視する傾向が見られた。
一方「他館を利用した人々」とは対照的に,表3.31,表3.32で示すのは他の図書館へ行かなかったと答えた人々である。NDLを選択しているという標本の偏りについては前に述べた条件と同じである。
この,他の図書館へ行かなかった人々はNDL-OPACの次に「自分の持っている図書や雑誌」を最もよく利用しているところから,図書館を利用して「資料を借りる」というよりも,自分の手元に文献を置いておきたいと思うタイプの人が多いのかもしれない。もしくは,身近に,利用可能で自分の要求を満たしてくれるような図書館がない人々であると考えることもできる。
標本の偏りと他の図書館へ物理的にアクセスしていない(OPACを利用した人々は含まれている)という条件によって,当然ながら半数以上が利用したとして挙げている「NDL-OPAC」の次には「ウェブサイト」や「検索エンジン」の利用を挙げている人が多い。何らかの「サイト」を利用したという人が「検索エンジン」を利用したという人より多かった。この結果から推測できるのは,情報源としての「サイト」がブラウザのお気に入りやブックマークに入れてあったり,たまたま見ていた「サイト」からリンクで他の「サイト」へ飛んだりしている間に文献を見つけるパターンがあるのではないかということだ。
また,NDL-OPACを半数以上の人が利用する一方で,同じくオンラインで利用できるそのほかの「図書館のOPAC」や「NACSIS-Webcat」,「図書館間横断検索システム」については,それほどの利用はない。「電子ジャーナル」の利用に至っては10%に満たなかった。もっとも,現在,有料の「電子ジャーナル」は主に学術図書館においてライセンス契約をし,その構成員のみが利用できるようなパターンが主たる利用形態のようであるので,それを個人で利用するというパターンはあまり多くないと思われる。
普段利用するツール・手段
普段情報探索に利用するツールや手段のうち,最も多いのは「検索エンジン」であるが,これはインターネットを日常的に利用している人であればほぼ全員が利用するものと思われる(表3.33)。平成16年版情報通信白書8)によれば,わが国におけるインターネットの人口普及率は平成15年度末で60.6%であり,国民の多くが利用していると言えるので,これはNDL遠隔複写サービスの利用者に限定される特性ではないであろう。一方で,前に述べた,今回複写依頼を出した資料を探す際に用いたツールや情報源についての設問では,ここでの回答とは異なり「検索エンジン」より「ウェブサイト」を利用した人がわずかに多かったことは興味深い。これは,求める「情報」の種類が影響しているのではないだろうか。普段の情報探索行動は幅広い種類の「情報」を含むが,今回は最終的に何らかの文献を求めて複写依頼をしていることからも推測できるように,文献情報のようなある程度まとまった情報を求めていたため,やみくもにウェブ全体から検索することを避ける傾向が見られたことが示唆される。
「検索エンジン」の次に多いのは,普段から「NDL」を利用すると答えている人である。3番目に多いのは「大学図書館」であるが,この調査の回答者の所属機関では「大学(国公私立)」に所属している人々が最も多いので,妥当な結果であると言える。
3.5. 利用者の選好
3.5.1. 全体的な平均選好
ここではドキュメント・デリバリー・サービスの諸条件(迅速性,経済性,画質/形態)に関する利用者の選好についてコンジョイント分析を用いて分析した結果について説明する。本報告ではCBCという個人の選択行為から回答者全体の選好意識を推定する調査手法を採用した。しかし,CBCでは回答者全体の平均的な選好意識を扱うのみであり,ここまでに示したような,NDLの遠隔複写利用者の多様性を反映した分析が困難である。そこで,本報告では,CBCの結果をもとにベイズ推定によって回答者個人の選好意識を推定する手法(Hierarchical Bayse Analysis)によって以後の分析を進めることとした。ベイズ推定は,ある事象が起こったことが判っている時にその原因となる別の事象が起きていた確率がどのように求まるかを示すベイズの定理を応用した方法であり,ある回答者が実際に行った選択と全体の平均的な選好意識の両方の情報を組み合わせてその回答者の選好意識を推定している。質問の設計と結果の推定にはSawtooth Software社のSMRT 4.0.5及びCBC/HB 3.2.1を用いた。
表3.34に示す回答者全体の平均的な部分効用値と平均重要度について述べる。部分効用値,重要度はコンジョイント分析において選好意識(=効用)を計量的に示すために用いられる概念である。一般に,回答者の絶対的な効用を計測することは困難であるが,ある条件の組み合わせと別の条件の組み合わせの効用の違いは計測できると考える。そこで観測された効用差を再現するように(CBCの場合は観測された選択確率を生み出すような効用差を再現するように)属性の水準ごとに部分効用値を推定する。例えば,迅速性と経済性に関して同じ条件で,画質/形態だけがPDFとFAXというように異なっている2種類のサービスの効用差は,PDFの部分効用値とFAXの部分効用値の差から求めることができる。また,申し込み2日後にコピーが届いて400円請求されるサービスとその日にPDFが届いて900円請求されるサービスの効用差は,それぞれを構成する水準に関する部分効用値の合計の差を求めればよい。つまり部分効用値は相対的な尺度である。負の値だからと言って,負の効用が生じるわけではない。ある属性に注目したとき,部分効用値の合計は0になるように基準化されているため, 部分効用値の符号はある属性に対してモデル内で想定された平均的なサービス水準よりも良いか悪いかを意味するに過ぎない。しかしながら,1週間後が3日後に改善される場合と1週間後が2日後に改善される場合の効果の違いを数値で示したり,1週間後が3日後に改善される場合と900円が400円に値下げされる場合にどちらが利用者にとってどの程度喜ばしいかを示したりできる。その意味で,部分効用値は,ある水準が提供されることに対する利用者の効用の大きさを示している。
重要度は属性ごとの部分効用値のレンジ(最大値と最小値の差)を全ての属性に関して合計した値に占める,特定の属性のレンジの構成比として定義される。ここでは%で表示しており,3つの水準の重要度を合計すると100%になる。重要度は利用者が感じる効用の変動に対して,それぞれの属性がどの程度影響を与えているかを示している。つまり重要度が大きいということは,その属性のどの水準を提示するかで効用が大きく変わることを意味している。
なお,数値は小数点以下第3位を四捨五入して表示した。
平均重要度では,料金の重要度が41.63%,次いで画質/形態の重要度が34.72%,複写物の受取にかかる日数の重要度が23.65%という結果になった。すなわち,利用者には経済性(料金)が最重要視されており,複写物を迅速に入手できることよりも,画質/形態が重視されていると言える。
各水準に対する部分効用値を見ていくと,画質/形態ではやや「PDF」に対する選好が強いが「コピー」との差はあまりない。これは全体の平均であることから,この中に紙(コピー)を好むグループと電子媒体(PDF)を好むグループが混在しているためであると考えられる。
迅速性については,複写物の受取が最も遅い「1週間後」の部分効用値が-2.61,「3日後」が-0.01,「2日後」が0.33,最も速く受け取ることができる「当日」では2.29となった。「当日」と「2日後」,「3日後」と「1週間後」ではそれぞれ2.3と2.94の効用差が生じるが,「2日後」と「3日後」ではほとんど効用差が生じないことを意味している。
経済性では,料金が安い順に「300円」の部分効用値が3.73,「400円」では2.85,「900円」では-1.37,「1,400円」では-5.21という結果になった。
現状で提供されている遠隔複写サービスの条件とこれらの選好傾向を比較することにより,潜在的利用者層を取り込むためや,また,現在の中心的な利用者層をさらに惹きつけ,引き続き利用を促すための計画立案の際に1つの判断材料として利用できるのではないだろうか。
3.5.2. 個人の選好によるクラスターごとの特徴
HB推定によって推定された個人の選好から,その類似性によって回答者を7つのクラスターに分類した。まず,予備的にWard法を用いてクラスター分析を行ったところ,5つのクラスターに分かれた。その結果をもとに非階層型クラスター分析によって5〜9のクラスターを生成し,そのうち,妥当な結果となったクラスター数が7つの場合を採用した。
本節では,全体の傾向と比較しながら各クラスターについてそれぞれの特徴を記述する。
表3.35及び表3.36は,クラスターごとの部分効用値と平均重要度を示したものである。全体平均と同様に数値は小数点以下第2位までを表示してある。
以降,それぞれのクラスターごとにそこに含まれる回答者の選好の特徴と属性などについて記述する。
クラスター1(276人):経済性重視で迅速性をあまり気にせず,ややPDFを好む人々
クラスター1は遠隔複写サービスの中核的利用者層から構成される,7つのうちで最も大きなクラスターである。そのため,各属性に対する重要度の順位など全体の傾向との差はあまり見られず,グラフもほぼ重なっているが,「複写物の受取」に関する重要度が18.61%と全体平均よりも低くなっている(図3.1)。「複写物の受取」の部分効用値にも差はほとんどなく,「3日後」のほうが「2日後」より好ましいと感じる結果になっている点を見ると,これらの日数の違いはほとんど評価されていないようである(図3.2)。
「画質/形態」の中では「FAX」に対する部分効用値は-5.53,「コピー」は2.24,「PDF」は3.29となっている。例えば,複写物を受け取るまでに「1週間」かかることと「当日」受け取れることの効用差4.32と,提供文献の「画質/形態」が「FAX」の場合と「PDF」の場合の効用差8.82を比較すると,クラスター1の人々は「FAX」で「当日」受け取れるサービスより,「1週間」かかったとしても「PDF」で受け取ることを望ましいと感じることになる。つまり,彼等は迅速性を犠牲にしても「FAX」よりは「PDF」を選好するのである。
このクラスターに属する人々の特徴を挙げると,まず「料金」に対する選好の強さと呼応するように,「私費」で支払いをしているケースが74.9%と大きな割合を占めている(表3.37)。年齢層は30代が最も多く,次いで20代,40代・・・というように回答者全体の構成とほぼ一致している。職種と所属機関(表3.38)でも大学関係者(学生,教員)と企業で技術開発に従事している人が多く,全体的な傾向と類似している。
図3.1 平均重要度 (クラスター1と全体) 表3.37 費用負担(クラスター1)
図3.2 部分効用値 (クラスター1と全体) 表3.38 職種と所属機関(クラスター1)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター2(127人):経済性を最重視する人々
このクラスターでは,各属性の平均重要度の順序(優先順位)は全体の平均的選好と同じであるが,「料金」に対する重要度が58.32%となっており,料金を非常に重視する傾向がある(図3.3)。各水準に対する部分効用値を見ても料金では最も安い「300円」を強く好み,最も高い「1400円」は非常に好ましくないと感じ,経済性に敏感に反応する人々であることが示唆される。
また,「画質/形態」について,全体的な傾向では「PDF」が最も好まれていたのに対し,クラスター2では「PDF」よりも「コピー」が好まれている(図3.4)。
図3.3 平均重要度 (クラスター2と全体)
図3.4 部分効用値 (クラスター2と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
このクラスターの特徴は,属性として「20代」の若年層の「学生」の割合が31.5%と全体よりも10%ほど高くなっていることである(表3.39)。
表3.39 年齢と職種(クラスター2)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター3(39人):経済性を重視しコピーを好む人々
クラスター3は平均重要度に関しては全体の傾向とあまり差がなく,「料金」(経済性)を最も重視している(図3.5)。「料金」の各水準の部分効用値を見ても,経済性重視の傾向が顕著である(図3.6)。
図3.5 平均重要度 (クラスター3と全体)
図3.6 部分効用値 (クラスター3と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
また,「画質/形態」では「コピー」を非常に好んでおり,7つのクラスターの中で唯一「PDF」に対する部分効用値がマイナスになっているということと,インターネット利用に関する経験が乏しい(表3.40)という点が特徴である。また,関心領域において「歴史・地理」をはじめとする人文社会系の主題に関心を持つ人々が占める割合が全体の傾向と比較してやや高くなっていた(表3.41)。
表3.40 インターネット利用(クラスター3)
表3.41 関心領域(クラスター3)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター4(159人):画質/形態を最重視し,PDFを好む人々
クラスター4は「画質/形態」を最重要視している人々である。その水準の中では「PDF」を最も好ましいと感じている(図3.7,図3.8)。
図3.7 平均重要度 (クラスター4と全体)
図3.8 部分効用値 (クラスター4と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
特徴としては,「企業」所属者が30.1%と全体での割合よりわずかに多く(表3.42),複写の依頼方法では「国立国会図書館のウェブページから」申込みをしている場合が57.9%と,全体で見た場合(51.6%)よりわずかに大きな割合を占めている点が挙げられる(表3.43)。これらのことより,クラスター4の人々はウェブページからオンラインで複写依頼を出し,そのままオンラインで「PDF」形式の複写物を受け取るようなサービスがあれば好ましいと感じるのではないかと推測することができる。
また,全体と比べると利用頻度が高めの利用者の割合がやや多い(表3.44)。
表3.42 所属組織(クラスター4)
表3.43 依頼方法(クラスター4)
表3.44 利用頻度(クラスター4)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター5(131人):経済性と迅速性を重視する人々
クラスター5は経済性を最重視している点では全体の傾向と同じだが,2番目に重視している属性が「複写物の受取」にかかる日数である点が特徴である。つまり,「経済性」,「迅速性」,「画質/形態」の順で平均重要度が高くなっており,全体の傾向よりは比較的「迅速性」を重視する人々であると言える(図3.9)。
図3.9 平均重要度 (クラスター5と全体)
図3.10 部分効用値 (クラスター5と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
また,「画質/形態」の水準の中では「PDF」を最も好んでいる(図3.10)。
そして属性では「企業」に所属している人の割合が30.0%と全体平均よりもやや高くなっている(表3.45)。
表3.45 所属組織(クラスター5)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター6 (23人):迅速性を最重視する人々
このクラスターは迅速性を非常に重視する人々である。平均重要度では「複写物の受取日数」47.67%,「画質/形態」33.62%,「料金」18.71%という順序で重視している(図3.11)。全体平均では「料金」が最重要視されていたのに対し,ここに属する人々の間では「料金」の差はさほど問題にされないようである。そのため,「料金」の部分効用値では「900円」と「400円」の違いがあまり意味を成していない(図3.12)。また,複写物の受取で「当日」の部分効用値が3.97と高い値になっていることから,「当日」文献を入手できるという即時性に対する選好が特に強いことがうかがえる。
図3.11 平均重要度 (クラスター6と全体)
図3.12 部分効用値 (クラスター6と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
このクラスターに含まれる人々は数が少ないせいか,年齢をはじめとする属性の構成比に偏りがほとんど見られないことが特徴の1つである。また,利用頻度を見ても「1年に1,2回」と「今回がはじめて」という人が同数であり,頻度の高低による違いも見られない(表3.46)。
強いて特徴を挙げるとするならば,職種における「学生」の割合が全体より低く,その分「教育・保育」と「技術開発」の割合がやや高くなっている点と,公費で支払いをしている回答者の割合がやや高い(56.5%)点である(表3.47,表3.48)。費用がどこから支払われるかという条件の違いは「経済性」に対する選好に影響を与えていると考えられる。「経済性」をあまり気にかけない理由として,公費での支払いが可能であるからだと推測できる。
表3.46 利用頻度(クラスター6)
表3.47 職種(クラスター6)
表3.48 費用負担(クラスター6)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
クラスター7(16人):画質/形態を最重要視し,コピーを好む人々
クラスター7は最も小さなクラスターであり,クラスター4と同様に「画質/形態」を最重視している人々である。しかし,その中の水準に対する選好はクラスター4とは異なり,「コピー」を特に強く好む傾向がある。ほかの属性については,水準間の違いはあまり重要だと感じていないようである(図3.13,図3.14)。
図3.13 平均重要度 (クラスター7と全体)
図3.14 部分効用値 (クラスター7と全体)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
この人々はインターネットの利用経験が全体に比べて非常に少ない点が特徴として挙げられる(表3.49)。このことが電子媒体である「PDF」に対する選好に影響していると考えられる。
表3.49 インターネット利用(クラスター7)
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
3.6. 考察
調査結果から,人々はその背景にある情報環境や目的,好みに応じて情報源や探索経路を使い分けており,また,属するコミュニティ(グループのまとまり)によって異なる選好や行動パターンを持っていることが示唆される。
NDLの遠隔複写サービス利用者は,その経由してきた探索経路などから,主にNDLを第一次の情報源として利用しているグループと,他の図書館を利用するグループとに大別できる。そのうち,前者は背景に所属組織の図書館などの情報環境を持たない人々と,所属機関に図書館を持っていながらNDLを愛用している人々に分けられ,後者はその利用する図書館の種類によってさらに細分化される。また,複写請求した資料の学問分野,所属組織の種類,文献の利用目的などによってもその行動や選好は異なっていた。そして,資料入手に関わる諸条件に対する選好の傾向によっても分類することができる。
ドキュメント・デリバリー・サービスの条件に対する選好についてのコンジョイント分析の結果から,NDLの遠隔複写サービス利用者を選好によって大まかに分けると,①経済性を最も重視し,迅速性についてはそれほど気にかけない人々,すなわちクラスター1(276人),クラスター2(127人),クラスター3(39人)に属する回答者が最も多く含まれていた(442人)。しかし,その中でもクラスター1は「PDF」を好み,クラスター2とクラスター3は「画質/形態」のうち「コピー」を好むという選好の違いがある。次に多いのがクラスター4,すなわち ②資料が「PDF」で提供されることを選好するグループ(159人)であった。そして,クラスター5のやや迅速性を重視する人々(131人)と,クラスター6の迅速性を最も重視する人々(23人)の ③迅速さを望む人々,最後にクラスター7の人数は少ないが明確な選好傾向を持つ ④「コピー」を非常に好む人々(16人)の4つに類型化される。
そこで,遠隔複写サービス利用者の行動や選好に影響を及ぼす6つのアスペクトによってグループとして整理した(表3.50)。
表3.50 遠隔複写サービス利用者を構成するグループ
-図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します-
人々はこれらのうちどれか1つに属しているわけではなく,アスペクトが異なるそれぞれのグループは重層的に重なり合っており,その重なる部分によってコミュニティが形成されていると考えられる。例えば,本調査の回答者のうち大きな割合を占めていた「学生」は「b-2」と「C」の重なる部分の大学コミュニティに属していることが想定できる。その中でも個人の関心領域の違いや選好などによって,そこからさらに所属コミュニティを絞り込むこともできるだろう。
今回の調査結果をまとめると,利用形態としては,オンラインからダイレクトに利用する人々が多いが,図書館経由での利用も約4割を占めている。利用された資料の種類や内容では,和雑誌の利用が大半を占めており,主題で最も利用が多かったのは「教育・心理」だが,それに続いて「工学」,「医歯薬学」,など科学技術系の分野も多く利用されている。6割が学術的調査研究目的での利用である。
はじめて利用するという人々が最も多かったが,ある程度利用頻度が高い常連の人々も同じくらい含まれており,継続的な利用があることが示唆される。これらのことから,遠隔複写サービスには固定的な利用者層が形成されつつあると言えるだろう。登録利用制度ができたことにより,オンラインで検索し,その結果からダイレクトに複写依頼ができるようになって物理的障壁から自由になり,利便性が増したことにより,そのサービスを好んで継続的に利用する特定の層が形成されたのであろう。そして彼等の多くは,選好調査の結果を見ると,将来的に展開され得る電子的な形態でのドキュメント・デリバリー・サービスに対して魅力を感じていると言えるだろう。
注・参考文献
1) 国立国会図書館関西館編.図書館新世紀:国立国会図書館関西館開館記念シンポジウム記録集.東京,日本図書館協会,2003,131p.
2) 遠隔利用サービス及び登録利用者制度についてはNDLのウェブサイトを参照。国立国会図書館.”国立国会図書館:登録利用者制度のご案内”.(オンライン),入手先<http://www.ndl.go.jp/jp/information/guide.html>,(参照2004-01-24).
3) 無効は「外国人のため回答不能」として返送されてきたもの
4) 小田光宏.”3.3 利用者と情報メディア・情報サービスの利用”.図書館情報学ハンドブック.第二版.東京,丸善,1999,p.344.
5) 田中久徳.国立国会図書館の科学技術文献の利用動向と利用者像.図書館研究シリーズ.No.33,1996,p.55-85.
6) NDLの遠隔複写を利用できるのは18歳以上と規定されているため,10代の利用者は18〜19歳のみである。
7) 「図書館情報学用語辞典 第2版」に挙げられている利用頻度で利用者を分類するときの利用回数の区分の例によると,「未利用者:過去1年間に利用しなかった人」,「平均的利用者:過去1年間に1回から11回利用した人」,「常連:過去1年間に12回以上利用した人」という分け方ができる。NDLの遠隔複写サービスの場合,図書館や情報センターなどのように物理的に建物にアクセスするわけではないのでこの基準をそのまま適用するのが適切だとは言い切れないかもしれないが,これに沿って考えてみると,ここで「月に1,2回」を年間利用回数に換算すると,最低でも月1回は利用するとして,1年間では12回以上利用することになるので,前述の区分の「常連」であると言える。(日本図書館情報学会用語辞典編集委員会.図書館情報学用語辞典.第2版.東京,丸善,2002,p.242.より。)
8) 総務省.平成16年版情報通信白書.東京,ぎょうせい,2004,p.25.