要旨 / 歳森 敦


 

要 旨

 

 本調査研究は,電子情報環境下における我が国の科学技術情報の資源配置の全体像を明らかにし,科学技術情報の収集整備において,今後国立国会図書館(以下,NDL)が果たすべき役割及び関係機関との連携協力の方向性を明らかにすることを目標としている。本年度の調査課題としては,第1に学術雑誌の配置状況について,各機関間での重複まで加味して,日本全体で提供できている情報の質を明らかにするとともに,その中でのNDLの役割を量的に明らかにすること,第2に,NDLが所蔵する学術情報を利用する手段としての遠隔複写サービスに注目し,一般市民を含む幅広い利用者が,どのような情報探索を経てNDLの利用に至ったかを明らかにするとともに,利用者の類型化をはかること,第3に大学に属していない研究者層に着目し,それら研究者がどのような情報資源をどう利用しているかを明らかにし,その情報行動パターンの中でNDLが果たすべき役割を示唆することを設定した。また,諸外国の事例を参照しながら,NDLが将来の電子環境下で,どのような顧客層を対象に,どのようにドキュメント・デリバリー・サービスを展開していくべきかを最後に論じた。



 

 2章では昨年度に引き続き学術雑誌の全国的な配置状況について,大学図書館,国公私立の研究機関等における学術雑誌の所蔵に関する1980年以降の25年間の変化を調査して明らかにした。Ulrich’s及びNACSIS-CATの所蔵レコード等を用いて,外国学術雑誌全体に対して,日本国内でどれだけの割合を提供できているか,その中でNDLはどの程度の役割を果たしているのかを検討した。具体的には,以下の点が明らかとなった。

 

(1)大学図書館等の所蔵データからは,1995年ごろを境に外国雑誌の供給率が減少に転じたことが示された。この減少は主として印刷版のみの雑誌群において起きているものであり,コアジャーナルでない雑誌の購読中止が供給率を引き下げていることを示唆している。

 

(2)NDLの所蔵データからは,既に1980年代の前半からNDLでは外国雑誌の供給率が減少を続けていること,1995年から2000年にかけての大幅な削減を経て,わずかに回復傾向が見られることが示された。NDLは雑誌数の減少によって結果的にはコアジャーナルへの傾斜を徐々に強めており,大学図書館等での同様の傾向と相まって,大学図書館等の所蔵に対する重複率は80%台の後半まで上昇している。

 

(3)日本全体としてはNDLにおける1995年からの急減,2000年前後からの大学図書館等での減少により,1995年以降継続的に供給率が下がっている。重複率の増加に示される大学・NDL双方のコアジャーナルへの傾斜傾向は,雑誌数の減少率以上に国全体としての供給率を下げる効果を発揮している。

 

(4)大学図書館が大学コミュニティ以外には十分開放されていない中で,NDLは国会,大学に属さない研究者,NPO等の諸団体・市民など幅広いコミュニティを対象として,学術情報の提供を果たさなければならない。しかしながら,近年わずかに回復したとはいえ,1980年代前半以来ほぼ一貫して外国雑誌の供給率が低下しており,これらコミュニティへの情報提供の質を維持するためには何らかの打開策が必要である。

 

(5)雑誌の所蔵に関して,電子化の効果は現時点では明確には現れていない。ただし,印刷版のみの雑誌の減少が進行しており,資料費の制約や雑誌価格の高騰などで,今後も雑誌の購読中止が進むとすれば,電子ジャーナルとの関係において契約上の制約が少ない印刷版のみの雑誌の提供率が従来以上に低下する危険性がある。また,電子版への完全切り替えによって,電子ジャーナルのある印刷版雑誌の購読中止が一気に進行する可能性も否定できない。電子化の中で印刷版雑誌の購読維持や保存について,大学図書館やNDL等の各機関間で役割分担を明確化していくことが求められよう。



 

 3章ではNDLの遠隔複写サービス利用者を対象に質問紙調査を行い,NDLの遠隔複写サービスを利用するに至るまでの情報探索の経路を明らかにした。また,遠隔複写サービスにおける,配送メディア,速度,費用の3点に関する利用者の選好意識を,選択型コンジョイント分析を用いて検証するとともに,選好意識の相違から回答者を複数の集団に分類して遠隔複写サービスの利用者層の同定を試みた。

 

(1)利用者は20代,30代が6割弱を占め,職種としても学生が3割弱で最も多数であるなど若年層に偏っている。学生を含めて大学に所属する人が45%を占める。費用負担面では7割弱が私費で支弁している。利用頻度は36%が月に1〜2回以上利用する常連であり,7割を超える人が過去に利用経験を持っている。

 

(2)複写した資料の種類は和雑誌が中心であり,外国雑誌は2割を占める。依頼は半数を超える人がウェブページから直接行っており,4割が図書館・資料室を経由した依頼である。

 

(3)NDLに複写依頼を出す前に他の図書館を利用した人々は,その図書館のOPACあるいは総合目録やNDL-OPACを利用した文献探索を行い,最終的にNDLに複写依頼を行っている。一方,他の図書館を利用しなかった人々は,NDL-OPACと自分が持っている図書・雑誌を用いて文献を発見しており,その他の手段も関連分野のウェブサイトや検索エンジンとネットワーク上の情報源で挙げられている。手元の資料とネットワーク上の探索から直接NDLへ文献複写を依頼する行動が読み取れる。

 

(4)コンジョイント分析によって推定されたサービスの迅速性,経済性,画質/形態に関する利用者ごとの選好をクラスター分析で分類すると,利用者を7つのグループに分けることができる。そのうち全体の1/3を占める最大のクラスターは経済性を最も重視するという平均的な選好を示し,若者・学生が多いという年齢や職業などの社会経済的な属性,探索行動のパターンも全回答者の平均と類似した構成を備えている。遠隔複写サービスの中核的な利用者層とも言え,特徴としては,迅速性に対する評価が最も低いことである。

 

(5)他のクラスターは中核的なクラスターに対する選好や属性,探索パターンの相違で特徴づけることができる。第2のクラスターは経済性の評価が卓越している人々であり,迅速性も画質/形態もほとんど顧慮されない。20代の学生が3割強を占め,全体の65%が30代までの若年層から成っている。第3のクラスターは経済性の評価に関しては第2のクラスターと同様であるが,画質/形態としてPDFを嫌うという特徴を備えている。インターネットの利用経験が乏しく,人文社会系の主題に関心を持つ人々のクラスターと言えよう。

 

(6)第4のクラスターはPDFの選好が強いことに特徴があり,ウェブページから申し込む行動パターンを取る人々である。第5,第6のクラスターもPDFを選好しているが,それぞれ迅速性の評価が高いことに特徴がある。企業に属している人々が数日内あるいは即日で資料を求める行動パターンにそれぞれ対応していると言えよう。



 

 4章は国立国会図書館関西館(以下,関西館)の所在地である関西文化学術研究都市(以下,学研都市)において,大学に所属しない主として理工生物系の研究者を対象に,学術情報の利用と生産にかかる情報行動を質問紙調査で明らかにした。また,彼らの日常的な学術情報の探索の中で,関西館がどのように認識され位置づけられているかを調べ,関西館が学研都市内の諸研究機関とどのような連携を目指すべきか,ひいては大学に属さず研究開発に従事する人々に対して,NDLがどのような役割を担うべきかを論じた。ここでは以下の点が明らかとなった。

 

(1)学研都市内の研究機関に所属する研究者は印刷版学術雑誌,国内の学会・研究会を中心に伝統的な学術コミュニケーションモデルにほぼ沿った形でフォーマル/インフォーマル・コミュニケーションを行っている。

 

(2)しかし利用状況を頻度の面から見ると,電子ジャーナルなどのネットワーク情報資源が多用されており,自席のパソコンを使ってネットワーク上の情報源を探索・利用するという日常の行動パターンと合致している。

 

(3)9割を超える研究者が頻繁に情報検索を行っており,検索結果をもとに電子ジャーナルないし印刷版学術雑誌から論文を入手している。学術情報の多くは論文単位で流通している。

 

(4)4割を超える研究者が電子ジャーナルを頻繁に利用しており,大学以外の研究機関でも電子ジャーナルの普及が進んでいると言える。電子ジャーナルの利用は学会に所属する研究者に多く,資料室が作成する電子ジャーナルリストからでなく個別のアクセスが多い状況から,研究者は学会などが提供する特定のタイトルにダイレクトにアクセスしていると思われる。

 

(5)9割を超える研究者の勤務先に資料室があり,7割程度で電子ジャーナルやデータベースが提供されている。しかしながら,勤務先の資料提供状況に不満を持つ人は持たない人の数を大きく上まわっており,特に資料が不足しているという不満が高い。自機関で資料が入手できなかった場合には8割近い研究者が他の情報提供機関を使って入手するとしているが,その手段は「資料室を経由して」であり,研究者と外部の情報提供機関との結びつきは資料室を通してのものである。

 

(6)最も頻繁に利用する外部の情報提供機関としてはNDLが最も多く挙げられているが,関西館を利用している研究者は15%に過ぎない。関西館を利用しない理由は「どのような資料が入手できるのかわからない」「出かける時間がない」である。

 

(7)必要な資料が自機関で入手できない場合にも外部機関を通じて入手しようとする一方で,「手間がかかる」ことを嫌う研究者の行動パターンからは,勤務時間中に資料入手のために関西館に直接来館するような利用が今後も期待できないことを示唆している。研究者は自機関の資料室を通じて外部の資料提供機関と結びついており,関西館は研究者に対する直接的アプローチよりも,資料室を介した円滑な情報提供システムの構築を目指すべきである。



 

 5章は2004年12月に関西館で開催された国際セミナー「デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略」におけるイギリス,アメリカ,ドイツの主要なサービス提供主体に関する講演における講演者の発言をもとに,いくつかの文献で補足しながら各国のドキュメント・デリバリー・サービスの状況をまとめた。これらと対比する形で,NDLが目指すべき日本型のドキュメント・デリバリー・サービスについて考察した。

 

(1)イギリスにおいては従来からBLDSCによる集中型のドキュメント・デリバリー・サービスが行われてきた。英国図書館は最大の財源でもある同サービスの効率化・迅速化を図るとともに,在来型の研究者中心のモデルからKnowledge Workerと呼ばれるより広範な層に対する学術情報の提供へと顧客の拡大を目指している。

 

(2)アメリカでは電子化とともにむしろドキュメント・デリバリーの需要が増加しているという状況を背景に,研究図書館間のILLによって構成された従来からのドキュメント・デリバリーの仕組みを肯定的に捉えている。各種の標準規格によって相互接続されることで,従来からの図書館間協力が,より緊密で効果的なものに進歩していくと予想している。

 

(3)ドイツでは図書館間協力に基づく従来のドキュメント・デリバリー・サービスの効率が低く,サービス志向に欠けるという反省から,国家プロジェクトとして一元化されたドキュメント・デリバリー組織の新設に踏み切った。実際にはドイツ,オーストリア,スイスの27館による分散型提供ではあるが窓口は一元化されており,サービス開始当初から個人を対象にPDFによる電子的送信に取り組んだ。また,Vascodaと呼ばれる学術情報ポータルが並行して開発されており,ポータルとドキュメント・デリバリーの一体的提供が指向されている。

 

(4)電子環境下のドキュメント・デリバリー・サービスでは,サービス層の拡大とともに個人に対する直接サービスと学術情報ポータルとの連携が課題となろう。既にNDLはNDL-OPACを経由した複写申し込みによって,急速に対個人のドキュメント・デリバリーの提供量を増大させている。今後は電子的デリバリーの実現,デリバリー・サービスと密に連携したポータルシステムの構築によって,サービスの質的向上を図るべきである。