2.4 視覚障害者の読書と電子書籍の可能性

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 本節では、視覚障害をもつ人の読書と電子書籍の可能性について取り上げる。

 厚生労働省によると、2006年の日本の視覚障害者は、約31万人であると推計されている(1)。また日本眼科医会の推計によると、高齢化などによる強度の視力の衰えに悩む「ロービジョン」と呼ばれる人々は、約100万人にのぼるという(2)

 このように視覚障害をもつ人々は、情報をどのように入手しているのだろうか。厚生労働省の調査では、視覚障害者の約3分の2はテレビ放送から、55%が家族・友人からと答えている。だが一般図書・新聞・雑誌を情報源と回答している人々も少なくなく、全体の約4分の1を占めている(3)

 活字を大きな活字にしたり、音訳や点字に点訳することで、視覚障害者の利用可能性は高まる。パソコンの普及により、テキストデータを使用して読んだりすることも、技術的には容易に可能となっている。

 

2.4.1 視覚障害者の「読書」とDAISY

 多くの人々の努力により、録音・点字図書の整備は進められてきた。とりわけ録音図書は、カセットテープの時代を経て、現在では“DAISY”と呼ばれるデジタル情報に変化した。DAISYの詳細は他に譲るが(4)、従来のカセットテープに代わり、CDに録音することからスタートしたシステムで、音質の劣化がなく、一枚のCDに約50時間と長時間の録音が可能である。章や節、ページ単位での移動や目次からのジャンプ、本文中の文字列からの検索も容易である。またパソコンを利用して、音声とともに、画面上で本文や表紙、文中に使用した絵や写真等も同時に表示できる、マルチメディアDAISYと呼ばれる規格も存在する。

 利用者も視覚障害者はもちろん、いままで通常の方法による読書が困難とされてきた学習障害者や、本をめくることのできない重度の身体障害者でも、特殊なキーボードやマウス、ジョイスティックやアイコンタクト(瞬きでパソコンを操作する方法)等で読書を楽しむことが可能になる。さらに最近の研究では、その人専用に開発された使い慣れたジョイスティックやフットスイッチ、果てはボイスコマンドでパソコンをプレーヤーの如く動かせる研究も進んでいる。そして読み書き、計算などについての発達性障害をもつ子どもたちも活用できるように実証実験が進められている。

 だがDAISYには大きな課題が存在する。DAISYは録音図書の1種であり、「音訳」と呼ばれる方法で作成される。音訳とは墨字資料の原本から視覚情報を読みとり、音声にして伝えることである。正確な表現はもちろんであるが、文章だけではなく、図やグラフ、写真などのすべての視覚情報を、正確にわかりやすく伝える技術も要求される。そのため作成には、多大な時間や手間を要する。視覚障害者は読みたい本をすぐに入手することが叶わないのである。新刊書や音訳されていない本の「読書」に要する、視覚障害者と健常者のタイムラグを、できる限り少なくすることが、重要な課題として浮かび上がる。

 

2.4.2 「電子書籍」と視覚障害者の「読書」

 近年、駅や自動販売機など生活のさまざまな場面で、機械による合成音声を耳にすることが多い。アクセントや単語のつながりに、違和感を感じることもあるが、それも徐々に改善されている。

 これはコンピュータの「自動音声読み上げ」機能の典型的な活用例である。あらかじめ準備されているテキストデータからテキストデータが再生され、音声情報を得ることができる。すでに、パソコン上で表示するテキスト、HTMLをはじめ、パソコンの操作画面、手順など画面に表示する一切の情報を読上げるソフトが開発されている。これらのソフトは一般に「スクリーンリーダー」と呼ばれており、OSに備わっているものもある。視覚障害者のあいだでは、このスクリーンリーダーが普及しており、約12%がパソコンを使っている(5)

 そのために電子書籍のもっている可能性は極めて大きいといえる。電子書籍の多くには、テキストデータが埋め込まれているのである。テキストデータがパソコン上で読上げ可能であることは上記のとおりであるが、これに極めて近い形で、健常者向けに出版されている電子書籍を音読に利用することが、技術的に可能である。

 一方で、本は文字情報の連なりによってなされた作品であり、著作物として保護を受ける。電子出版にとって著作物を保護するということは非常に大切な仕事である。すなわち、作品として一定の完成された形を持つ情報は、単なる文字情報の固まり=テキストデータとして加工・改ざんされうる状態になっていたり、あるいはその状態に戻されたりすることを認めることはできない。詳細は後述するが、電子書籍の多くは著作物の同一性を保持し、不正なコピーを防止する措置がとられている。

 だがスクリーンリーダーによる読み上げは、ほとんどの場合、書籍の内容をシンプルなテキスト情報として把握して、スクリーンリーダーの「エンジン」に渡すのが普通である。この方法では改ざんやデータの抜き取りが可能になってしまう。読上げのために電子書籍の原データを書出したり、あるいは電子書籍の原データをそのまま販売・配布することは著作権の保護上多くの問題をかかえてしまうことになる。

 このような問題を解決する方法として、(1)スクリーンリーダーの開発者と電子書籍フォーマット開発者が連携する、(2)電子書籍を閲覧させるビューア・アプリケーションからスクリーンリーダーへ情報を伝える過程で不正行為を防止する、という仕組みが開発されている。こうした仕組みで、読み上げとコンテンツ保護を両立しており、すでに現実のものとなっている(6)

 日本の代表的な出版社の多くが、電子書籍をつくっている。ベストセラーを含む多くの出版物を、読み上げられる電子書籍を遅滞なく提供すれば、紙の本の出版と同時に視覚障害者が読書を楽しむ「バリアフリー出版」が実現することになる。電子書籍は、これまで「読者」になることが困難であった人々を、新たな「読者」として迎え入れる可能性をもたらしているといえよう。(萩野正昭)

 

(1) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部. 身体障害児・者実態調査結果. 平成18年. 2008, p.3. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01_0001.pdf, (参照 2009-02-13).

(2) 日本眼科医会. “ロービジョンの現状と展望”. http://www.gankaikai.or.jp/info/08/01.html, (参照 2009-02-13).

(3) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部. 身体障害児・者実態調査結果. 平成18年. 2008, p.26. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01_0001.pdf, (参照 2009-02-13).

(4) 日本障害者リハビリテーション協会. “エンジョイ・デイジー”. http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/index.html, (参照 2009-02-12).

(5) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部. 身体障害児・者実態調査結果. 平成18年. 2008, p.27. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01_0001.pdf, (参照 2009-02-13).

(6) アルファシステムズ. “電子本の音声読上げ対応開始について”. 2006-10-11. http://www.alpha.co.jp/ir/pdf/press/20061011.pdf, (参照 2009-02-12).
高知システム開発. “MyBookのご案内”. http://www.aok-net.com/products/mybook.htm, (参照 2009-02-12).
ボイジャー. “目の見えない人に本を届ける:視覚障碍者の読上げソフトとドットブックが手を結ぶ”. 2008-11-21. http://www.voyager.co.jp/hodo/081121_hodo.html, (参照 2009-02-12).