2.3 無料の電子書籍サイト

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2.3.1 「青空文庫」

 日本の出版業界における電子書籍についてここまで振り返ってきたが、業界とは別の位相で電子書籍の流れを形成してきた分野を見落としてはならない。1997年から開始した「青空文庫」はその良い例である。

 青空文庫は、著作権が消滅し、パブリックドメインに帰した文学作品を収集・公開しているインターネット上の無料サイトであり、一般読者への電子書籍の認知に大きな影響を与えたと思われる。

 青空文庫は2007年10月、「青空文庫10年の成果をすべての図書館に」と銘打って、これまで蓄積してきたコンテンツを収録したDVD‐ROMを全国の公共図書館、大学附属図書館、高等学校図書館などへ寄贈した。そのDVD‐ROM『青空文庫 全』には次のようにその役割が語られている

 

 「学校の図書館、地域の公共図書館の多くは、「文学史」に登場する作品群を収録している。しかし、閉架にあってアクセスがあまりよくなかったり、文字が小さく、本が古いことも多いことだろう。あまりに古い本は貸し出し禁止になっているかもしれない。青空文庫という試みは、こういったアクセスしにくい本へのアクセスをよくすることができる。」(12)

 

 ここにはいかに電子書籍化して対価を得るかではなく、著作権の保護期間を満了した文学作品を多くの人が共有できるようにしようとする文化的蓄積を活用しようとする視点がある。

 

2.3.2 「電子文藝館」

 日本ペンクラブの「電子文藝館」は、2001年11月26日の「ペンの日」に開設された。作家の秦恒平館長は「無料公開の大読書室であると同時に、日本ペンクラブ会員が一人一人その存在を作品により自己証明している場でもある」とその趣旨を語っている(13)

 「電子文藝館」の総目次を見ると「歴代会長、詩、短歌・俳句、戯曲・シナリオ、ノンフィクション、評論・研究、随筆、小説、児童文学、オピニオン、翻訳、外国語、索引」となっている。完全に無料公開されており、閲覧だけではなくダウンロードも自由である。そして、ここに作品を発表することを日本ペンクラブとして会員に呼びかけているのである。

 このような試みは作品のデータベースとして機能するだけでなく、文学作品の生産、流通、保存という観点から新たな課題を提起せざるをえない。これまで出版社が職業文学者の生活を支えて来られたのは、雑誌→単行本→文庫→全集や著作集といった文芸作品を商品化する一定のサイクルがあったはずである。しかし、近年の雑誌の売上げ不振は顕著であり、また最初から文庫として出版される新刊群の存在や、全集や著作集の極端な販売不振という状況はかつての出版サイクルを成り立たなくしている。そのような商品としての文芸作品と、インターネットでの作品の無料公開が今後どのように折り合いをつけていくのか、また今後どのように価格付けの整合性を見出していくのか。文芸出版は新たな課題に直面しているのである。

 

2.3.3 「Googleブック検索」と絶版本の有料データベース化の動向

 グーグルが日本で書籍の全文検索サービス「ブック検索」を開始したのは2007年であった。すでにアマゾンジャパンが「なか見!検索」という同様のサービスを開始していたが、アマゾンがオンライン書店として検索した結果、書籍を販売するのに対して、グーグルはアマゾンも含めてオンライン書店や出版社サイトにリンク表示されるだけであるという違いがある。

 このような書籍の全文データベース検索に関して、2008年10月に新たな展開が見られた。米国でのグーグル「ブック検索(Book Search)」著作権訴訟の和解案がまとまったのである。

 2005年にグーグルが図書館の蔵書を全文スキャンし、デジタル化する図書館プロジェクトをハーバード大学、スタンフォード大学、ミシガン大学、オックスフォード大学、ニューヨーク公共図書館の参加を得て開始し、その年の9月に作家協会(Authors Guild)と全米出版社協会(Association of American Publishers)は著作権侵害を理由にグーグルを提訴していた。図書資料をスキャンすることは著作物の複製にあたり、著作権者の複製権を侵害すると主張したのである。これに対してグーグルは図書館の資料をデジタル化し、その一部を閲覧できるようにすることは著作権上認められたフェアユースにあたると反論した。

 和解案では、グーグルは引き続き著作権のある書籍をスキャンし、書籍データベースを作成するとともに、公共図書館や高等教育機関(大学や短期大学)の図書館に専用の検索端末を設置し、著作権が残存しているが絶版となっている書籍の全文を、オンライン上で提供すること、有料でプリントアウトサービスをおこなうことが認められる。また学校、企業、その他の機関に対しては、絶版書籍を収録したデータベースのオンライン提供が有料で認められ、消費者に対しても個別に書籍を販売することや、書籍と一緒に広告を表示することができるようになる。

 この和解案ではまた、著作者や出版社などの関係者代表が参加する、非営利組織の版権レジストリが創設され、スキャンした電子データの取り扱いを登録し、公開の方法をコントロールする条項も盛り込まれている。グーグルは著作権保持者に対して、“Book Search”事業で得た収益の63%を支払うことも合意しており、この中から版権レジストリの運営費用などが供出される。

 正式には2009年6月に裁判所による承認が必要だが、これが決定されると絶版になった書籍の巨大なデータベースが出来上がり、無料プレビュー表示か、有料で全文を販売するかなどを著作権者が設定できることになる(14)

 日本では絶版書籍の市場として、デジタル化されたコンテンツを需要に応じて紙に印刷、製本して読者に届けるオン・デマンド出版が本格化したのが1999年10月のブッキング(日本出版販売と出版社29社が出資)、同じ年の11月のデジタル・パブリッシング・サービス(トーハンと凸版印刷の合弁会社)の相次ぐ設立からであった。絶版・品切れによる販売機会の損失について、デジタル・パブリッシング・サービスを立ち上げたトーハンの藤井武彦副社長は当時、出版業界紙の取材に対して次のように語っている。

 「平成10年4月から同11年3月までの1年間で、絶版・品切れ本による『事故伝票』が20万6000件発生したという。そのうち復刻の需要があるとみられる専門性の高い書籍は3万2000点、平均定価2200円で、月当り3件の注文があることを予測して、藤井副社長はトーハンだけで約25億円の売り損じがあったと分析し、これを同事業の市場規模と判断している」(15)

 グーグルの場合、すでに700万冊におよぶ書籍のスキャンを終了しており、そのうちの400万冊から500万冊が絶版本という。これが新たに電子書籍として全文が有料でダウンロード販売されたり、大学や図書館で閲覧されたりということになるかもしれない。

 これは現時点ではあくまで米国での話であり、米国国外は和解対象とはされていない。しかしBook Searchプロジェクトでは、米国の参加図書館が所蔵する日本語図書もスキャンが進んでおり、すでに多くの図書が検索可能である。また日本国内でも2007年7月、慶應義塾大学図書館が「ブック検索」に参加、協同で蔵書のうち著作権保護期間が満了した約12万冊のデジタル化を進めている。今後、日本の「ブック検索」においても米国と同様の展開が予想されるのである。(湯浅俊彦)

 

(12) 門田裕志. 青空文庫一〇年の成果をすべての図書館に:『青空文庫 全』寄贈計画が目指すもの. 青空文庫全:もう一つの読む自由. 青空文庫, 2007, p3. http://www.aozora.gr.jp/kizokeikaku/aozorabunko_zen_02.pdf, (参照 2009-02-06).

(13) 秦恒平. “電子文藝館の現況:2005ペン総会に当たって”. 日本ペンクラブ:電子文藝館. http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/information/information.html#inf_02, (参照 2009-02-06).

(14) Authors Guild. “$125 Million Settlement in Authors Guild v. Google”. http://www.authorsguild.org/advocacy/articles/member-alert-google.html, (accessed 2009-02-11).
Authors Guild. “Authors Guild v. Google Settlement Resources Page”. http://www.authorsguild.org/advocacy/articles/settlement-resources.html, (accessed 2009-02-11).
Google. “Google Book Search Settlement Agreement”. http://books.google.com/intl/en/googlebooks/agreement/, (accessed 2009-02-11).
Book Rights Registry. “Google Book Search Settlement Notice to Rights-holders: Books & Inserts Registry”. http://www.googlebooksettlement.com/, (accessed 2009-02-11).

(15) “トーハン オンデマンド事業参入”. 新文化. 1999-10-14, p3. .

 

参照ウェブサイト

“iPhone3G”. アップルジャパン. http://www.apple.com/jp/iphone/, (参照 2009-02-10).

“青空文庫”. http://www.aozora.gr.jp/, (参照 2009-02-11).

“amazon.com”. http://www.amazon.com/, (accessed 2009-02-11).

“Kindle Store”. Amazon.com. http://www.amazon.com/kindle-store-ebooks-magazines-blogs-newspapers/b?node=133141011, (accessed 2009-02-11).

“DSVision.jp”. am3. http://www.dsvision.jp/, (参照 2009-02-11).

“iモード”. NTTドコモ. http://www.nttdocomo.co.jp/service/imode/, (参照 2009-02-11).

“Googleブック検索”. Google. http://books.google.com, (参照 2009-02-11).

“EZWeb”. KDDI. http://www.au.kddi.com/service/ezweb/index.html, (参照 2009-02-11).

“Yahoo!ケータイ”. ソフトバンクモバイル. http://mb.softbank.jp/mb/service/3G/yahoo_keitai/, (参照 2009-02-11).

“e-Book Japan”. 電子書籍コンソーシアム. http://www.ebj.gr.jp/, (参照 2009-02-11).

“電子文庫パブリ”. 電子文庫出版社会. http://www.paburi.com/, (参照 2009-02-11).

“日本ペンクラブ電子文藝館”. 日本ペンクラブ. http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/, (参照 2009-02-11).

“ブッキング”. http://www.book-ing.co.jp/, (参照 2009-02-11).

“VOYAGER”. ボイジャージャパン. http://www.voyager.co.jp/, (参照 2009-02-11).

“魔法のiらんど”. http://ip.tosp.co.jp/, (参照 2009-02-11).